第9話 残酷な仮面。見捨てられること


 ◇


 苦しかった。もう、終わりにしたかった。

 だがそれは許されない。忌み子の俺に、そんな権利は存在しない。


「立てよカルマ」と声がする。


 その姿はまるで死神のようだった。

 髪は腰までと長く、大きなマントが風でそよぐ。

 白と黒の仮面をしている。隙間から覗く緑の目が、残光を引いている。


 番人様は残酷さが必要な時、仮面を被る。『呪文のようなものなんだ』と言っていた。

 仮面を被った時は容赦しないと決めている。

 敵を殺すと、必ずやり遂げると、誓っている。

 本当の『番人』でいる必要があるとき、俺は仮面を被るんだ。


「まだ、できるだろう?」

「もう……無理だよ……」


 ははは! と笑い声。番人様が笑っている。

 嘲りと失望の笑い。


「それじゃあ、どうするんだ?」

「……」

「やめてどうする? おまえは何がしたいんだ? なにが欲しいんだ?」


 俺が、欲しいもの。

 周囲から認められること、愛されること。

 蔑まれないこと、嫌われないこと。


 ――番人に、なること。


「でも、もう無理だよ。限界なんだ」


 必死でそう言う。手の豆は潰れていて、体には疲労がたまっている。

 ずたぼろの精神と肉体。それを引きづって、ものすごい時間、頑張った。でも、もう限界なんだ。


「お前は忌み子だ」と番人様が言う。


 痛いほどその意味がわかった。俺に価値なんてない。嫌われていて、忌まれていて、死んだ方がいい存在だ。

 俺に価値なんてない。番人にならなくては、そうしないと俺は……。


「無理だ」と俺は言う。


 自然と涙が零れた。

 だって限界なんだ。死にそうなぐらい消耗して、辛くて。

 俺はこんなにも頑張っていて、少しは認めてほしいんだ。


「それで?」と番人様が言う。


 ――祈って願いが叶うほど、世界は優しくない。


 お前が頑張った? だったらどうしたっていうんだ?

 周りはお前の努力を汲み取ってくれるのか?

 頑張りました、なんて周りに言ってみるのか?


 番人様は笑っている。

 嘲りと失望の笑い声。


 怖くなる。番人様にまで見捨てられたら、俺はどうすればいい?


 身が震えた。孤独はもう嫌だ。

 辛くて、寂しくて……とても寒い。

 もう二度と、あんな風になりたくない。

 結果を出さなくてはならない。


 俺が努力すること。それを周りは気付いてくれない。周囲から見れば俺はいつまでも忌み子で、殺した方がいい存在だ。


 ――番人になるしかないんだ。


 見捨てられないために。認めれられるために。

 誰かに愛されてたい。よく頑張ったと言ってほしい。


 ――でも、そんな存在、俺にはいなかった。


 大鎌を握りしめる。

 目の前には大木。特殊な術を施された、頑丈な木。

 俺はこいつを両断しなくてはならない。普通じゃない方法で、番人様から教わった力で。


 俺は精一杯振りかぶり、水平方向に大鎌を振るう。

 木には傷がついただけだった。まったくもって、進歩がない。


 ――背後から視線を感じる。


 番人様の、目。

 失望されてしまう。見捨てられてしまう。それだけは、嫌だ。


「必要なのは集中力だ。執着して力を振るえ。お前にはその能力がある」


 突き放すように番人様はそう言った。

 なにかを絞り出そうとする。思い出そうとする。

 出てきたのは俺の不幸だった。


 見放されてしまう。嫌われている。俺の存在の意味。

 狂気じみたものがのぼせ上がる。

 鎌を握る。

 絶対にやらなくてはいけないという執念。

 おぞましいほどの集中力。


 ――祈って願いが叶うほど、世界は優しくない。


 それは世の理だった。他の者にとっては違うかもしれない。

 でも、俺がなにかに祈ったって、縋ったって、誰かが俺を認めてくれるほど、世界は優しくない。


「やれ、カルマ」と番人様が言う。


 歯を食いしばって大鎌を構えた。

 手からは血がにじんだ。

 視界が歪んでいる。だが強引にはっきりとさせた。

 振りかぶり、それを放つ。


「――封魔一閃」


 番人様から教わった力。第二次成長期を迎えていないと無理な技だった。

 俺はまだ、第一次成長期を終えていない頃だった。

 それでもやれと、番人様は言った。


 ふり絞る集中力。

 妄執に近い執念。


 それで、技は完成された。


 ――大木が両断される。


 俺はよろよろと膝をつく。


「やっ……た」


 涙が零れる。ようやく、できた。


「番人……様」


 抱きしめられる感触。

 温かいマントに包まれる。


「よくやった……よくやったぞカルマ」


 優しい番人様の声。仮面は外れていた。


「……うん」


 俺はぼんやりと思う。

 これでまだしばらくは見捨てられない。

 俺は孤独にならない。大丈夫だ。




 ◇



 お待ちかね? だろうか?

 あれから一か月ぐらいたったのだが……。

 成績を図るときが来た。

 バランス能力などの身体能力、戦闘適正、座学。

 座学は番人様から前もってそこそこ学んでいたので普通にできた。


 身体能力面も非常に高い成績をとった。これは星装気を使っていないのに、だ。テストの内容は足場の悪い森の中をどれぐらいのタイムで駆け抜けれるか、とか、武器をどれぐらい扱えるか教官と打ち合ったりとかだが、ここら辺は技術でカバーできる。本来、その数値が戦闘力に直結する星装気だが、それが低くててもしっかりと成果を出せている。

 たぶん、俺が卒業後に番人になるときにも、これはプラスに働くはずだ。今までの始業の成果がでていて、素直に嬉しい。


 この成績なら学年トップだろう。ヘクトールなら俺を超えるかもしれないが、あいにく奴は一つ年上だ。競うことはない。


 そして最後に、ダンジョン探検という項目がある。

 里の戦士が小規模なダンジョンを作り、そこを攻略しろ、という内容だ。

 それが今から行われる。


「注意事項だ」とおなじみのミーファ教官が言う。


「大きく負傷するような罠はしかけていないがインクなどが飛び出る罠がある。それがかかったら減点だ。弱い敵もいる。だが封魔一族である君らならなんなく倒せるだろう。転んで大けがを負うものがたまにいるが、無理せず帰ってくるようにしてくれ。以上だ」


 ダンジョンは昔からあったもので、このテスト毎に戦士が手を加えている。

 深くて地下とか、階層が五回層まである立派なダンジョンだ。害のないミミックとか、おもちゃの矢の罠が仕掛けられいる。

 テストによっては難易度を変えるため、この作業は大変なのだそうだ。でも楽しいらしい。


「では、三人から五人のペアを作れ!」


 ……え?

 待ってくれ、と思う。


 まるでデジャブだ。こんなことが最近あった気がする。

 たぶん……これ俺があぶれるやつだ……!


 どこかのペアに入ろうとする。高速で周囲はペアを完成させていた。

 人数がそろったところはミーファ教官に報告。そんな感じに。

 誰かに話しかけようとする。


 ……でも。


 直前で立ち止まってしまう。

 思い出してしまうのだ。


 ――他者からの拒絶。


 俺が誰かに声をかける。それで、ちょっと嫌そうな顔をされたら?

 優しさでそのペアに入れてもらえるかもしれない。いや、その可能性は高いから誰かに声を掛けた方がいいのだ。


 ――でも。


 そういうことを考えると縮こまってしまう。

 拒絶が怖くて、否定されるのが恐ろしくて。

 俺は忌み子だから。みんなに嫌われているから、きっとそうなる。

 それでも、俺は誰かに声を掛けなくてはならない。


「……あ」


 そうやって二の足を踏んでいたら俺はひとりだった。みんなペアを作っていた。


 ……やっちまったなあ、と思う。


 そうして他の生徒はダンジョンに進んでいった。

 ミーファ教官が隣にいる。


「ごほん、ごほん」

「……」

「あー、大丈夫か?」

「まあ、慣れてるので」

「うーむ、パキリいるか?」


 なんでそんなもの持ってきてるんですか……。

 ミーファ教官は言ってから慌てたような素振りを見せた。


「えーと、これはだな……そうそう。一番最初に帰って来たものにあげようと思っていた褒美用だ」


 たぶん、待っている間が暇だから、その間食べようとしたんだろう。

 俺の中の厳格なミーファ教官のイメージが崩れていく……。


「どうだ、いるか? いっぱいあるぞ?」

「……いただきます」


 パキリ、と音を立てて食べる。

 ジューシーで程よく甘い。おいしい。


「パキリ食べるのうまいな。そこまでうまく音を出せるなんて」

「そうですか?」

「うむ、こんな隠された特技があるとは思わなかったぞ」


 隠された特技らしい。


「ふつう、できません?」

「できないぞ」

「できますって」

「私ができないんだ!」


 普通はできないものらしい。


「あーカルマ。そのどうしたいいんだろうな?」

「俺に言われても……」

「本当はな、ここで絶対ペアができると思ったんだ。それでいったん君が溶け込めば、とんとん拍子に状況はよくなるって、思ってたんだけどなあ」


 そういえば、前にミーファ教官が、チャンスがくる、波に乗れ、みたいなことを言っていたっけ?

 どうやらこのことのようだ。


「このテストでペアができないなんて前代未聞だぞ。予想できなかったよ」


 と、ナチョラルに傷をえぐりに来るミーファ教官。

 俺は知らず知らずのうちに、誰も成し遂げたことのない伝説を打ち立ててしまったらしい。


「この前みたいに私が組めればいいが……それはダメだしなあ。ちょっと上に相談してくるかなあ」

「そうするとテスト終わっちゃいません?」

「うむ、君が困るな……」


 そうなると、取れる手段は限られてくる。


「ひとりで行ってきます」

「うむ、そうなるだろうな……」


 申し訳なさそうにそう言う。でもミーファ教官は悪くない。

 チャンスはあった。俺が怯えてチャンスを掴めなかっただけで。


「いってきまーす」

「選別だ。もっていけ」


 そう言ってパキリを投げてくれた。

 ……どれだけ持ってるんだろう。

 俺はダンジョンに向かう。

 ひとりだが、かえって成績は良くなる気がする。

 まあいっか、と思う。

 忌み子なんだからこんなものだ。



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