第8話 一族のためなら苦しめてしまえ


 ◇




 番人様と話したが、笑われただけだった。

 考えすぎだと、悪魔は殺されて当然で、苦しんで当然。

 生来邪悪な奴だからしかたないじゃないか。


「違うかい~?」

「……違わないかも、しれないけど」


 ……微妙に、納得できなかった。

 生き物であることには変わりない。たしかに悪魔は存在が罪深いかもしれない。だが、無駄に苦しめるのが正しいのだろうか?


「でもこれのおかげで封魔一族はだいぶ強くなってるよ~。ほとんどが戦士として戦えるように教育できる。これがなくなったら、どうなると思う?」

「人間とか、他種族がせめてくるかもしれない。人口が少ない封魔一族の戦力の低下は……たしかにまずいけど」

「そだよ~。悪魔が苦しむのは確かに不要かもね? でも封魔一族のためなんだよ。だから、しゃーないよ~」

「……」


 声が聞こえることも話した。番人様は少し考え込む。


「やつらは欲しいものを感じ取り、誘惑してくるからね~。代々の忌み子もたぶん、悪魔の声が聞こえたんじゃないかな? まあ、用心しなね~」

「……うん」

「まあ、悪魔が絡んで忌み子が裏切ったとは限らないけどね」


 やや意味深にそう言う。


「ほかには! なにか進展なかったの~!」


 急に明るく言い出す番人様。暗い話は嫌、らしい。

 まあいっか、と思う。暗い気分でいてもしかたない。

 ……せっかく番人様といるんだ、楽しまなきゃ。


「どうしてそんなに興味あるの」

「親心に近い何かが最近芽生えたんだよ~」


 親心に近いなにかってなに。


「えっと、話すけど……」

「なんでもったいぶるのかな? 反抗期かな?」

「どうしたのほんとに」


 妙にテンションが高い。

 いや、いつもこんな感じか、と納得する。


「よくぞ聞いてくれた」

「はい」

「ありがとう」

「はいー」

「ふふふ」

「はいー!」


 早く答えて欲しかった。


「放浪してたジャスミンが帰って来たんだよ~」

「ああー」


 ジャスミンは番人様の妻だ。嫁だ。美人だ。

 歌姫、という特殊な職についていて、放浪が趣味とのこと。

 歌姫というのは、かなり重要な位置を占める。封魔一族は魔法が使えない。だが歌姫は、歌で大気の魔力を集めて魔法を使うことができる。


 人間が軍隊を一撃で滅ぼす神域魔法というのがある。これと似たようなことを歌姫はできる。

 ただ、人間が三時間で終える詠唱を倍近くかけて行う必要があったりするが。


「よかったじゃん。前に会ってどれぐらいたったっけ?」

「十年ぐらい前かな~。カルマは覚えてる?」

「少しだけ。ところでいまどこにいるの?」

「お前のうしろだ」


 なんだなんだ、と思ったら背後から衝撃。

 柔らかい感触。

 あ、やばい、と思った。


「離してくれ!」

「ふふふ♪」


 その声は確かに歌姫というのふさわしく、美しかった。

 だが問題はそこではない。


「番人様、助けてくれ!」

「頑張って~」


 なんなんだ。

 俺は結構、認識阻害の陰術には強い。なのにここまで近づかれて気づけないなんて、番人級だ。


「かわいいー♪」

「かっこいいって言ってくれ!」

「まずはそこなのか~」


 番人様は感心したように頷く。

 助けてほしかった。

 やっとのことで振りほどく。

 いい匂いがする。若草色の目。くせっけのある髪。天真爛漫な表情。


「おぼえてる? ジャスミンだよー!」

「えーと」


 動揺する。俺はまだ純粋で清純な男の子で、女性への耐性はない。

 舐めないでほしい。ほんとに、過度な接触は危険だ……!


「もーう♪」


 また抱きしめられる。

 なんというか、いろいろ当たっている。いろいろ? まあ、複数形だ。


「愛する夫が見てるぞ! そういうのはやめた方がいいんじゃないのか!」

「息子みたいなものだからセーフー♪」

「しっかりしてよ人妻!」


 助けてください。

 番人様は腹を抱えて笑っていた。爆笑していた。

 そんなに純朴な少年が動揺するのを見て楽しいのか。なんとも悪人なことだ。


「あはは~ジャスミンそれぐらいにしよう。幸せでカルマが死んじゃうよ~」

「そうねー♪」


 解放された。心臓がばくばくいっている。

 ふう、と一息つく。

 俺はコミュ障近い。なのにこうして唐突に試練が始まると……いろいろと厳しい。


「久しぶりバン! 会いたかったよ!」

「俺もだよ~おかえり」

「あはは♪」

「あはは~」


 ジャスミンは番人様をバン、という愛称で呼ぶ。本当の名前で呼ばないのだろうか? 俺は番人様の名前を知らないわけだけど。

 二人が互いを抱きしめあう。なんだかいいなあ、と思う。

 番人様とジャスミンは雰囲気が似ている。相性はぴったりなのかもしれない。

 そして共通する点が、なんというか。


「見た? バン! カルマったら恋するウサギみたいにびっくりしちゃって!」

「見たよ~。傑作だったね」


 変人だ。この二人はちょっと普通ではない。

 俺はジャスミンに話しかける。


「恋するウサギってなんでそんな言い方?」

「詩人としての感性がそう言っていたんだよ!」

「歌姫じゃなくて?」

「こりゃ一本とられた!」


 とってないと思う。


 ジャスミンは独特な表現の仕方をする。普通とは、ずれている。そういう人。

 だが美人だ。そして番人様が言うには……封魔一族にしては希少な巨乳らしい。

 俺はそれになんと答えたんだっけか。

 ……まあいい。


「お母さんって呼んでいいからね?」

「はい、ジャスミンさん」

「またまたー!」


 ばしばしと叩かれる。


「ねえ、ところで……あの子のこと、覚えてる?」

「あの子?」

「ううん、思い当たりがないならいいの」


 そう言ったジャスミンは少し悲しげな顔をした。

 なぜだろう? 思い出してはいけないなにかが、ある気がする。


「そんなことより!」と番人様が言う。


「積もる話もあることだし、ちょっと俺の部屋行こ~!」

「いこういこうー♪」

「え、待って」


 おいてかれそうな雰囲気だ。


「俺の学校の話は?」

「積もる話もあることだし~」

「積もる話があることだしねー♪」


 たがそれでは俺の心が積もらないかもしれない。


「え、なに、俺どうするの?」

「レッツゴー出発~」


 そうして二人は仲良く手を繋いだ。

 どこかに行こうとしている。


「ちくしょう! 空気なんて読まないぞ! もっと俺にかまってくれよ!」


 番人様からパキリを渡された。赤くて甘い果実。

 パキリ、と音を立てながらパキリを食べて、二人を見送った。

 なぜなら俺が空気を読んだからだ。


 翌日からは普通に話に行けた。

 二人の絆は深まったように見える。

 これから迷惑をかけてやろうと思った。

 ……あの子って、誰だろう?



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