第7話 なにが悪か


 夢を見る。

 翡翠の瞳を持つ少女が俺の前に立っている。

「おいていかないで」と俺は言う。しかし、少女はそれが聞こえていないかのように立ち去って行った。

 将来を約束したのに。

 ずっと一緒にいようねって、約束したはずなのに。

 寂しかった。なんでこうも、世の中は思うようにいかない。

 俺は彼女が好きだった。彼女もきっと、俺のことを好いていてくれているのだと思っていた。

 もう、忘れよう。うだうだ言っていてもみっともない。

 なにもなかったのだ。

 すべては夢幻、錯覚。

 そう思うほうが気が楽だ。


 ◇


 今日は星装気を測定する日だ。

 俺たち封魔一族の生徒たちは列を作り、順番を待つ。


 クラス合同で測るので同じ学年の奴らがいっぱいいる。

 ベイルの姿もあった。


 俺の星装気の本当の数値を周囲にばらすわけにはいかない。星装気はこと、戦闘においてもっとも重要となる能力だ。俺が学園に通い続けたいなら、検査員には星装気はコントロールできているぞ、と示す必要がある。

 番人様に封印術をかけてらったのは、まさにこの星装気の部分だった。他は特に封印されていない。だから一応、学園ではすべての能力を引き出せなくても、技術を用いて他の生徒を圧倒できるだろう。

 番人を本格的に目指すのは卒業してからだ。だがこの学園でも、星装気の測定以外の成績は、良い結果を残しておこうとは思っている。


 生徒たちを見やる。

 星装気の数値は公表される。その後のチームづくりなど、もろもろで必要だからだ。

 星の名門、ベイルの数値を覗く。

 ちょうど今、先生が測っている。


「さすが星の名門。平均の五千を大きく上回って一万二千。有望だ」

「へへ、ありがとうございます」


 名門はすこし偉そうなイメージがあるが、先生相手にまでそうはならないようだ。


 俺の星装気の数値を、番人様から聞いたら五万と言われた。

 平均は五千なので星の名門じゃないことを考えると、我ながら馬鹿げた数値だ。忌み子という印象もあって、初見の生徒がこの数値を知ったら、俺を化け物扱いしてもおかしくない。

 まあ、ヘクトールはこれ以上に高い能力を持っているらしくて、それなのに化け物扱いどころか天才扱いというのは生まれの違いというやつだ。


 ……純粋な能力値でいえば、俺はヘクトールに負けている。

 だが――俺の中には業魔が潜んでいる。

 コントロールさえできれば……きっと。


 なんて。

 こんな考えではダメだ。

 俺はヘクトールに勝つ。勝って番人になる。そう、決意した。業魔など関係なしに勝ってやる。番人になるなら、そのぐらいの心意気はないと。


 俺の番が回ってくる。

 周囲の目を感じる。俺が業魔を飼っているから、忌み子だから、注目している。

 星装気はそれだけで封魔一族の強さを表す。それが化け物みたいな数字を出してしまうと……それこそ、本当にみんなから化け物として扱われてしまう。


 ――そこまで強くないと思えば、近づいてきてくれるだろうか?


 忌み子は裏切りものだ。今までの忌み子は六人の内、二人が自殺し、四人が封魔一族を裏切った。裏切って、封魔一族の子供を人間に売り払おうとした。封魔一族の対魔性能は優秀だから、材料として高く取引される。


 大概が人間と手を組んでの裏切りだった。こんなにも結束力の高い封魔一族で、こんなことをしたのは忌み子だけだった。

 首を振る。

 俺は絶対にそんなことはしない。でも、周囲はわかってくれないだろう。


「カルマ」と名を呼ばれる。


 計測係の先生のもとへ。この人は俺が封印を施されていることがわかっているはずだ。

 みんなの反応は、どうだろう?

 そして俺の星装気の数値を読み上げる。


「……二千七百三」


 どうやら番人様の封印はうまくいっているらしい。

 周り生徒が驚いた素振りを見せた。

 あの優秀なはずの忌み子が、たったの二千ぽっち?


「おい!」


 ベイルが怒鳴る。怒ったような顔で、俺に近づく。


「どういうことだ? 忌み子なのにこんな数字になるわけないだろう!」


 俺が答えるまでもなく、先生がベイルに対応した。


「落ち着きなさい。そんなことは、君が気にすることじゃないはずだ」


 ベイルは俯いて引き下がった。

「忌み子なのに」という声が聞こえる。


 ――なんでみんなは俺のことをそう呼ぶんだろう。


 俺を忌み子という記号で遠ざける。近寄らないようにする、毛嫌いする。

 ディンだってそうだ。俺はなにもしていないのに、みんな俺から遠ざかる。


 ――仕方のないことだ、と歯を食いしばる。


 こんな時こそ笑うのだ。悲しくなんかないって、自分が不幸な奴だって、認めないために。


「なに笑ってんだよ!」


 ベイルが叫ぶ。

 そんなつもりじゃなかった。俺がしたのは少しバツの悪い笑みで、相手をあざ笑うような、そんなものではない。


「おまえ、ムカつくんだよ!」


 怯む。その悪意に。

 向けられた敵意に。


 いつだってそうだ。昔のことを引きづって、それで他人の悪意に敏感になって。

 それで、少しでも拒絶の意思を感じると縮こまってしまう。


「やめなさい」と先生の声。


 周囲は俺に敵対的ではなかった。ただベイルが俺のことが嫌いなだけで。


「……だから兄さんは気にしすぎだっていったんだ」


 ぼそり、と呟く声が聞こえる。

 なんとなく、その意味が俺にはわかった。


 ベイルはヘクトールを尊敬していて、忌み子なんかが敵うはずないと思っていた。

 それで、こうも当たりが強かったのだろう。

 ベイルは明らかに機嫌が悪そうだった。


 ――周囲が俺をみる目つき。


 むしろ悪くなっていた。たぶん、どちらかと言えばベイルが変だと、みんなわかってる。

 でも、もともと悪い印象の忌み子が問題を起こした。それだけで、俺の評価は下がる。もともと印象が悪い、からだ。


 唯一の裏切り者の忌み子。汚らわしい卑劣な忌み子。

 でも俺はなにもしてない。なにも悪いことは、していないにのに……。

 理不尽すぎて、吐き気がする。


 あとはなにごともなく過ぎていった。

 クラス合同の星装気測定が終わる。

 俺たちのクラスの次の授業は、実践的な武器の使い方だ。

 生徒たちがぞろぞろと移動を始める。




 ◇




 おどろおどろしい化け物が鎖に繋がれていた。


「今日は武器を実践して使ってもらう。肉がある敵を切り裂き、感覚を経験するんだ。ここで慣れてもらう」


 話しているのはミーファ教官だ。

 化け物にみんなが注目する。


 見ているだけで嫌悪感を催すような、そんななりだった。

 醜悪にねじ曲がった角。汚らしく垂れる体液。邪悪な黄色の眼。

 一目でわかる。こいつとは相いれない。


「たぶん、君らはこいつを初めて見ただろう。こいつは『悪魔』だ。残忍の性格をしていて他者が苦しむ様をみて喜ぶ。好物ははらわた。相手に苦痛の感情を至上の喜びとする……下種だ」


 絶対の敵。それが悪魔だ。どの種族からも嫌悪され、敵対される種。悪魔と言ってもいろんな種があるが、そのすべてが残忍だ。殺戮を好む、としか思えない怪物。


 ……だが、それを切り刻む?


 なんだか変な感覚だ。番人様から前もって聞いていたし、代々やっていることだ。

 けど……。


「まずは出席番号一番からだ。やってみろ」

「はい!」


 鎌を持ち、悪魔に対面する少年の姿。

 なんのためらいもなしに鎌を振るった。


 悪魔の苦悶の声が鳴り響く。


 切られた傷が再生していった。切りつけるための練習用だから、そういうのを持ってきたのだろう。


 少年は嬉しそうだった。悪魔の苦痛は、むしろ称賛だった。


 誰も不思議そうな顔をしていない。

 俺が、おかしいのだろうか?

 武器を最近手にした少年が、悪魔を躊躇なく切る。相手は敵だ。最悪の化け物だ。


 でも……当たり前にできることだろうか?

 いくら悪魔とはいえ……生き物を簡単に傷つけれるものか?

 どんなものであれ、悲鳴やうめき声を聞けば、いい気分にはならない。

 少なくとも、俺はそうだ。



「よし、次、二番」

「よーし!」


 肉を切り裂く音と、再びの苦悶の声。

 二番と呼ばれた奴はは少女だった。嬉しそうに鎌を振りかざし、悪魔を切りつけた。


 気付く。封魔一族は仲間思いだが、他種族には厳しい。

 いや、厳しいなんてものじゃない、残酷なのだ。悪魔の苦痛の声はむしろ喜ばしく思う。自分の種族でないものだから、悪魔は敵対者だから。


 ……こんなことを思う、俺が変なのだろうか?

 誰も疑問に思っていない。当然だと思ってさえいる。

 しばらく悪魔の叫び声が鳴り響いていた。順番に切りつけられていく悪魔。再生していく傷。


 俺の番になった。


「十一番」とミーファ教官の声がする。


 俺は、番人様との訓練で悪魔と戦わされたりした。殺したことだって多くある。

 でも、少しためらいがあった。


 戦意を喪失していて、たらいまわしに切られて、これからもそれが続く。悪魔は封魔一族が厳重に保管する。こういった、特に戦闘の訓練で役に立つから、結構な数を封印して捕らえている。


 これまでいくらこういう役割に使われたのだろう?

 どれぐらい苦しみ続けたんだろう?

 どれぐらい恨んだ? 何度死のうとした?


 俺は……馬鹿なことを思っている。

 悪魔なんかに、同情している。

 拷問紛いのことをされ続け、これからも行われるであろう悪魔に……同情している。


「――殺シてヤル」


 はっ、となる。ばかな、と思った。


 悪魔の声が、呪詛が、聞こえる。

 周りには聞こえている様子はなかった。悪魔の声に、誰も反応しない。


「苦……シイ」


 ――俺が、忌み子だから?


 悪魔の苦痛の声が聞こえる。


 殺してやるという恨みが。

 憎しみが、伝わってくる。


 悪魔の邪悪な目。憎む相手を見据えた、目。

 同時に、なにかを期待していた。

 それはきっと……終わることだ。全てから、解放されること。


 俺は鎌を振りかぶる。


 ――深く、鎌の先端が首に突き刺さった。


 悪魔の眼から光が消えていく。


「殺しテ……ヤル」


 最後まで憎しみの呪詛を呟いて、悪魔は死んだ。


「ああ、カルマ! おまえなにをやってるんだ!」


 ミーファ教官が驚いた声を出す。

 俺は俯く。


「仕方ないなあ。首を狙ったら死んでしまうとか、言ってなかったからな。次の者からは気を付けるように! 他の者も使うものだから殺さないようにしてくれ。私はもう一匹取ってくる」


 わざとやったとは思われなかった。そして、ミーファ教官は終始悪魔を物として扱っていた。


 ……やっぱり俺がおかしいんだろう。少なくとも、ミーファ教官はいい人なのだから。


 みんな俺を咎めたりしなかった。首を狙ったらいけないなんて聞かされてなかったし、仕方ないかな、なんて感じだ。それだけだった。


 ……悪魔の声が聞こえるなんて。

 第一次成長期を過ぎたからそうなったんだろうか。

 なんにせよ……俺は馬鹿なことをした。苦しんでいる悪魔を殺した。どうせ次が運ばれてくるだけなのに。それがわかってて……なにやってんだか。


 バカみたいな同情心だ。悪魔は敵だ。声が聞こえようと、他の生物と同じように苦しもうと、アイツは他者の苦しみを喜ぶ悪魔だ。

 なんなんだろう。一度、番人様に話してみた方がいいかもしれない。


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