第6話 番人はりたおし



「痛くないか?」

「平気ですよ」

「そうか、男の子だもんな」


 と、女教官はひとり合点。

 実際、番人様との訓練と比べればこんな怪我は軽い。


「すまなかった……なんといったらいいか」

「……」

「とっさに体が反応してしまったんだ。恐ろしい気を感じた。おぞましいほどの集中力というか」


 女教官は快活に笑う。

 敵意や悪意といったものは感じられない。

 俺にはわかる。さっき感じたあれは……ただ彼女が戦闘に対して真摯だっただけだったのだ。

 ……とんだ勘違いだ。


「私は君のことを知らない。でも、ものすごく訓練したんだろうな。こう言ってはなんだが、私をビビらせるなんて余程だぞ?」


 女教官は優しかった。俺に「忌み子のくせに」なんて言った奴とは比べものにならないぐらいに。


 きっと、忌み子だからといって差別しない人はいる。こういう人だって、いるんだ。

 そう思うと少し泣きたくなった。救いはあるんだと、思ったから。


「君は将来有望だな。番人様の直属部隊『暁の執行隊』ぐらいには入れそうだ」

「ありがとうございます」

「ところで少年、君の名前を聞いていなかったな」


 じっと見つめられる。


「カルマ・ラジックです」

「そうか。推測はつくと思うが、私は鋼の名門だ。鋼の名門、ミーファ・メチラトスだ」

「はい、ミーファ教官」

「そう呼ぶのは二人だけの時にしてくれよ?」

「わかってますよ」


 ははは、と笑う。

 いい人だ。最初は厳格な印象があったが、話してみると存外話しやすい。


「大丈夫か、カルマ」と女教官が言う。


「なにがですか?」

「あまりクラスに溶け込めてないんだろう? 君は話してみれば普通と変わらない、封魔一族だ。私たちは仲間を思いやることができる。でも、君には異物感があって他の人は近づいてこない」

「……そうです」

「すまないな。もっとやんわりした言い方ができればいいんだが……。業魔を飼う忌み子。忌み子代々必ず封魔を裏切ると言われているが、君を見ているとそうは思えないよ。なんとかみんなが、わかってくれるといいんだが……」

「俺は大丈夫ですよ、ミーファ先生。覚悟して学園に来たんですから」

「そうもいかん。私は世話焼きな性格でな。なんとか君の助けになりたい……あ、そうだ!」


 いきなり声の調子をあげる女教官に少し驚く。

 どうしたんだろう?


「いや、たぶん問題ないよ。いつかクラスに溶け込めるはずだ。チャンスが来たと思ったらちゃんと波に乗るんだぞ?」

「え、あ、はい」


 チャンスってなんだろう?


「大丈夫大丈夫だ。今は辛いと思うが耐えるんだ。我慢の時だぞカルマ少年」

「頑張ります」


 なにかしらがあるらしい。

 手を振って別れた。

 今日の授業はこのまま終わりだ。

 俺は自分の寮に戻っていく。



 ◇


 ディンとはあまり話せずに過ごした。事務的な会話しか、ほとんど発生しない。


 せっせとものをかたづけたり、近くにある書物を読んだり。


 そんなことを、ディンはしている。学生の本分である勉強を、だ。

 封魔一族的にあまり重要視されていない分野だ。やはり、学ぶのは種族固有の能力の使い方と、将来なにになるか、そして絆を育むことだ。将来については俺的には決まっていて、修業は番人様につけてもらえる。

 最後の絆については暗い未来しか見えないが……。


 ディンは法の名門だ。将来的には封魔一族の決まり事、法を決める職業についたりするのかもしれない。他には、法の名門の特徴である、鎖能力の高さを生かして一族の戦士になるとか。


 他には冒険者とかか。冒険者になるには世界について学ばなければ許可が下りないようになっているので、結構勉強をしなければならない。たぶん、俺が番人になれなかったら冒険者になるだろう。


 ヘクトールの訓練を見る機会があった。訓練所にいったらヘクトールがいたのだ。

 俺は身さばきとか歩方の練習をしながらその様子を覗く。

 たぶん、ヘクトールと訓練してるのは星の名門の従者の誰かだ。

 ヘクトールは星の名門の本家の長男で、稀代の天才と言われている。そりゃ、英才教育されてるのは間違いない。


 身のこなしはかなりのものだった。完全に素人の域を超えている。


 従者らしきものは大人だった。

 封魔一族は大人と子供では能力がだいぶ違う。

 第二次成長期というのがあるのだ。そこを境に、種族固有の能力と五感が急激に開花する。ついでに能力の発端が見える時期が第一次成長期だ。


 ヘクトールは強い。子供らしくないぐらいに。

 俺と同じか、それ以上かもしれない。そもそも、あっちは稀代の天才だ。

 少し焦る。俺は番人になれるだろうか?



 ◇



「遊びに来たぞ!」

「三日ぶり~」


 封神龍樹の下で。

 俺は番人様に会いに来ていた。

 番人様はその口調と裏腹に、真面目な顔をしていた。手には木の板がある。


「なにしてるのー!」

「ドミノ~」

「そんなことより仕事するか俺にかまってくれよ!」

「あはは~」


 番人様は揺るがなかった。

 俺よりもどこまでもドミノを優先していた。

 だから仕方ないのだ。

 うん、これはある種の必然と言ってもいい。


「ふーー!」

「あああああああああああああああああ」


 ドミノは美しく倒れていった。

 俺の華麗なる息吹によって。

 ……楽しい!


「うわああああああああああああああ」


 芸術的に倒れていくドミノ。番人様の叫び声とのコラボレーション。

 俺はなぜだか達成感を感じていた。


「ついにやったぜ……!」

「なにしとんじゃこのくそ!」


 赤いなにかが飛んでくる。俺は首をひねってそれをかわした。

 バキリ! という音がする。

 今、番人様が投げたのはパキリという果物だ。うまくかじるとパキリ、という音がして楽しい。そんな甘い赤色の果物。


「危ないじゃないか」

「俺はカルマならかわすって信じてたんだよ~」

「そっか、なら仕方ないな」


 番人様が投げたパキリはバキリ! という音を立てた。

 パキリ、ではなく。

 いったいどれぐらい強く投げればあんな音がするんだろう。


「まあまあ、俺も手伝うからもう一回作ろう」

「……作ってもまた崩されそうなんだけど~」

「そんなことないよ。見てくれよこのどこまでも綺麗な俺の目を」

「指を突き刺したいぐらい魅力的な目だよ~」


 ありがとう。


 俺たちはドミノを並べる。永遠と続く単純作業。でも、結構楽しい。

 番人様は俺の師だが、友人でもある。そして封魔一族の英雄で象徴。皆の憧れ。


 俺は番人様のことが結構好きだ。

 なんだか最近ずっとひとりだったから、久しぶり明るく振舞えた気がする。

 ずっとこうして生きていられればいいのに。


「カルマ~学園はどうだい~?」

「まあ、そこそこかなー」

「友達できた~?」

「できてないよー」

「イジメられてないかい~?」

「うーん。それはないけど避けられてる、みたいな」


 そう、俺は忌み子だが、危惧していたイジメだとか、そういうものは一切ない。

 封魔一族は仲間思いだが、部外者には厳しい性質がある。俺は厳しくはされていないが、思われてはいない。まるで仲間と部外者の中間にいるみたいだ。


「ぼっちなんだよなー。あ、そういえばなんか目をつけられたよ」

「カルマぴーんち」

「大丈夫。番人様が言ってたヘクトールだ。星の名門の嫡男」

「あ~あの子か~。カルマはどう思った?」

「相容れない。悪い奴ではなさそう。負けそう」

「うん、はっきり言って才能が違う。彼ね、努力もちゃんとしてるだよ~。才能に溺れないタイプ。周囲の期待に応えようとして、それが出来ちゃうタイプ」

「詳しいんだな」

「うん~。少し俺が鍛えたことがあったんだけどね~。星の名門の麒麟児って言われるだけあって強い。なによりも星装気に関しては……歴代最高だと思うよ。まだ第二次成長期を迎えてないからわからないけど、星の名門だけじゃない、歴代の番人最高の星装気の保持者、ウーグルも超えるかもしれないよ~」


 ヘクトールの強さは肌で感じた。僅かな気の調整。佇まいから感じられる修練度。星の名門というアドバンテージ。


 ――少なくとも、認識阻害――陰術は負けていないとは思う。


 認識阻害の陰術は俺が一番得意な分野で、番人様も得意な分野だから。


「番人特権でカルマ君を指名出来たらいいんだけどね~」

「まあ、そんなことしたら荒れそうだけどな」


 番人が忌み子の師をしている。議会などの上層部は知ってるが、一般的には知られていないことだ。

 俺も周囲に教えないようにと、強く番人様に言われている。


「カルマ君、明日が学園で星装気を測る日かな」

「うん、明日だ」

「まあ、ばれないように」


 星装気は身体能力をあげられる能力なので強さとして一番直結する能力だ。

 だから俺は特に星装気について、周囲に隠すようにと言われている。番人になりたいのなら必要なことだ。


 わざわざ封印術までかけてもらっている。これで星装気を測っても小さい数値しかでない。


「学園は辛くないかい? 寂しがり屋のカルマ君には厳しいでしょ」


 優しい声音。


「……寂しがり屋なんかじゃ」


 自覚は、してるけど。


「まあ、こうしてたまに戻ってこればいいさ~。一緒に遊ぼう」

「さっきひとりでドミノしてたよね!?」

「でもそれ壊したよね……!」


 確かに。


 あはは~、と番人様が笑う。

 彼は変人だった。ペースがつかめないというか、なんというか。

 だが、俺は結構好きだ。なんだかんだで心配してくれるところとか、間延びした口調とか。

 少し、安心するんだ。なんだか自分の親みたいで。


 ……。


「まだまだ頑張れるかい?」

「なに言ってんだ。まだ三日じゃないか、平気平気さ」

「それだけじゃない。番人になるのは厳しいんだよ。ヘクトールが立ちふさがるから」

「まあ、問題ないよ」

「ほ~?」

「努力するよ。もっと頑張って、修業して、誰よりも思いは負けないんだ、絶対に」


 ……俺は、番人になれなかったら、生きている価値がない。番人様は俺を鍛えてくれている。こんな俺から、今すぐヘクトールに乗り換えないのが不思議だ。


 ……それなのに、番人になれなかったら、どうなる?

 親に見捨てられた。

 誰からも嫌われている。

 俺には価値がない。


 ――それなのに番人になれないなら、死んだ方がいい。


 今は価値がなくても、番人になればみんな認めてくれる。なにもかも見返せる。

 それに、番人様に対する最大の恩返しにもなる。

 自虐的な考えだ。でも――理由なら他にだってある。


「努力で結果が覆るかな~」

「別にいいんだ。番人様が言ってたじゃないか。悩むぐらいなら努力で乗り越えろって。例え、その障害に勝てなかったとしても、その努力は自分にとってプラスだ。裏切りはないって」


 ――俺は番人様を尊敬している。それが理由だ。


 番人。外からの脅威を刈り取る大鎌。里の英雄。


 俺は番人様を尊敬していて、番人様みたいになりたくて、それで、番人を目指す。


「俺は結構、番人様が言う言葉が好きなんだ。尊敬してる。自然と心に入ってきたり、厳しい現実を理解するに役に立ったり」

「そんなこと言ったっけな~?」


 どうせ、覚えてるくせに。

 番人様は上機嫌に木の板を並べ立てていく。ついにドミノを並べ終わった。

 楽しそうに、彼は笑う。


「俺はあなたみたいになりたいんだ」

「……」


 しばらく沈黙が続いた。番人様は小さく身を震わす。

 あまりの俺の言葉に感動してしまったのかな、とか思った。

 だが、


「あっははー! 無理だよカルマ君には! だって君、電波なこというし、天然入ってるし!!」


 俺は怒った。


「ふーーーー!」

「うわああああああああああああああ」


 再び倒れていくドミノ。俺の華麗なる息吹による勝利だ。

 ……番人様と遊ぶのは、やはり楽しい!


「おまえ! おまえ!」


 番人様が肩を掴んで揺さぶってくる。

 俺はがくがく頭を揺らしながら手をピースの形にする。

 それはまるで平和の象徴だった。

 そんな中で、俺は言う。


「ちくしょう! 俺のこと天然とか言って馬鹿にしやがって! 絶対ゆるさねえ!」

「おまえなんでそんなに嬉しそうなんだああああああ」


 その後、三回ぐらいドミノにつき合わされた。

 倒すフェイントをすることによって番人様をどきどきさせたりしたが、無事ドミノを倒せた番人様は満足気に見えた。

 俺はそれを見て、少し笑った。

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