第3話 頭の中のお友達
結局、友達を作れなかった。仕方ないので頭の中で友達を作ってみることにした。
いつもそこにいるという感じを出したかったので『空』、を題材にした名前だ。彼女はソラちゃんという。
『どうしたのカルマくん』
「ああ、ソラちゃん……俺、友達作りに失敗しちゃったよ……」
『元気出してよカルマくん!』
虚しくなったので止めた。
そんなわけで俺はこれから住む寮に向かっている。
誰かが近づいてくる予感がした。封魔一族の五感は非常に鋭い。よって探知能力が高く、認識阻害の能力を使わなければ、ある程度生物の動向がわかる。
つまりは、そいつは隠れて近づいてきたわけではなく、普通に近づいてきただけということだ。
当たり前のことなんだけど。
「おい、お前」
俺は振り返る。
知らない顔だ。服装で同じ学年の少年だとわかる。
友達になるのか! と期待する。
「俺は星の名門、ベイル・スターレイだ。話したいことがある。ついてきてくれ」
星の名門は特権階級者だ。人族で貴族という似たような権力者もいるらしい。
他にも名門は二つある。
鋼の名門、法の名門、とあり、、議員や番人様率いる部隊を除けば、普通の封魔と違う、唯一の生まれながら特権階級者だ。彼らは生まれがらにして、他の者より能力が高い。
「話? なんの話?」
「ここじゃないところで話したいんだついてきてくれ」
返事も待たず、ベイルはそう言った。
俺はウキウキしがらついていく。
黒曜大理石の学舎を歩く。やがて開けた場所についた。時計の塔が三時の鐘を鳴らす。
封魔が特殊な技術で石を鍛え、ドワーフがそれを元に組み立てた校舎。それがこの学園だ。
ここは、他種族との交流で作ることのできた、そういう場所。閉塞的だった封魔一族は、最近他種族との交流をよくするようになっている。
ベイルが足を止める。誰もそこにはいなかった。わざとそうしたのだろう。ちょっと探知能力を使えば誰でもできる。
それで。
――僅かに反応があった。
たったひとり、ベイルと俺を除いて、もうひとりいる。
時計塔――その高い場所から、俺を見ている。
俺は気付かないフリをした。俺の実際の能力は誰かに知られてはならない。
――俺は封印を施されている。
本来、忌み子が学園に通うなど例外中の例外。暴走の危険がある者を、生徒の中に放り込むわけにはいかない。それをなんとかしてくれたのが、番人様だった。
でも……俺の実際の能力が漏れ出てしまったなら、例えば身体能力の高さが、生徒に感づかれてしまうようだったなら、封印が不完全と見なされてしまう。俺が学園でふるまっていいのは技術だけで、能力的な強さは、平均的でなくてはならない。
ベイルが戸惑った素振りをした。
もう俺は、友達がどうとか、お花畑な頭のままではいられない。
予想がつく。ベイルは俺の能力を測りたかったのだ。
ベイルは自分を星の名門だと言った。だからわかる。
見ているのは十中八九ヘクトールという男だろう。近い年齢で番人候補として最有力候補。俺がもっとも警戒しなければならない相手。
ベイルは余計なことをいうべきではなかった。星の名門を口にすることで、権力で確実に俺をここに来させたかったのだろうが、俺はそんなことをしなくても来ていただろう。
――ヘクトールが波長を変えている。
俺がどこで気配に気づくのか、そのラインを図ろうとしているのだ。封魔一族として、俺がどれだけ能力があるのか、知るために。
厄介だな、と思った。彼らは俺の封印に関しては何も知らないに違いない。でも、彼らの行動でもし俺の能力がばれてしまったら……まずいことになる。
番人になるためには最も強いことを証明しなくてはならない。しかし、学園に通うためには俺が弱いということを証明しなくてはならない。……頭の痛い問題だ。学園から卒業した瞬間、俺は力をコントールできると認められ、そこから番人を目指さなくてはならないのだ。
とれあえず、ヘクトールのことはなにも気付かないフリをする。
「なあ、忌み子。お前、名前は?」
忌み子。堂々とそういわれて少し傷つく。だが俺は平静を装って答えた。
「カルマ」
ベイルがたじろいでいる。
俺がヘクトールに反応しなかったのが予想外なのだ。
――業魔を抱えるものは忌み子と呼ばれ、その能力は非常に高いとされる。
だから気付かないのは予想外だったんだと思う。
彼は特に俺に対して話すことがないようだった。
おそらく、俺がどこかでヘクトールに気づいて、そこでなにか話して終わる予定だったのだろう。
「お前はなんで学園に来たんだ?」
しぼりだした適当な話題。
「年齢的にそういう決まりだからな。俺は今年で十六だ」
「……えーと、お前は何になりたい?」
ヘクトールのことは番人様からいろいろ聞いていた。おそらく最大のライバルになるであろうとか、能力が非常に高いとか。
星の名門は、認識阻害の能力を苦手とする傾向があるはずだか……ヘクトールのレベルは非常に高い。
稀代の天才。ヘクトールがそう呼ばれていることを、俺は知っている。
「番人だよ」と俺はベイルに言う。能力は隠しても、番人になることは表明するべきだ。本気で、番人になりたいのなら、しっかりと言ったほうがいい。
ベイルの雰囲気が変わった。俺が「番人だよ」と答えた瞬間からだ。
彼は馬鹿にしたような目つきをした。
そして見下したようにこう言う。
「お前が? 忌み子なのに? なれるわけないだろう。みんなが認めたり、尊敬できないやつは番人になれない」
「そんなこと……」
「お前、バカみたいな夢を持ってるんだな」
お前がなるのを許さない。そんな意思を感じる。
「――それぐらいにしておけ」
声。その持ち主が誰だか、知っている。
「……兄さん」
ベイルが驚いたような声をあげた。
俺はその人物の方を向く。
先ほどまで時計塔にいた人物――ヘクトールがそこにいた。
俺は彼が近づいてくるのにずっと気付かないフリをしていた。きっと、なにもばれていない。
「弟がすまなかったな」と頭を下げる。以外と謙虚な奴だ。絶対に謝ることはしないタイプだと思っていたのに。
「ああ」と俺は言う。
ヘクトールは手を差し出した。俺は戸惑いながら握手をする。
「俺の名はヘクトールだ。星の名門、ヘクトール・スターレイ。よろしくな」
知っている。
だが俺はただ頷いて「よろしく」と返事を返すだけだ。
「ベイル、やりすぎだ。名門のひとりとして礼節をわきまえろ」
「……ごめんなさい」
「俺からも謝る。すまなかったな、カルマ」
――俺の名前。
あの距離で聞こえていたのだろうか? いや、最初から知っていた可能性もあるけれど。
「いや、気にしてないよ」
「そうか、ありがたい」
帰るぞ、とヘクトールはベイルに言った。ベイルは黙って頷く。
「番人は誰にだってなれる可能性がある。諦めるには早いさ」
そんなことをヘクトールは言った。
まるで自分がなることを確信しているような口調だった。
ベイルがそれに尊敬の意識を向けたのに、気付く。
――弟が兄に心酔している姿。
いったい、ヘクトールはどれほどの能力があるのだろう?
ひとり取り残される。兄弟の後姿を、眺める。
……寮に向かわなくちゃな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます