第2話 たぶん強いメンタル


 空はすがすがしく晴れやかだった。

 こんな日はなにかいいことがあるかもしれない。


「さあ今日だよ~カルマくん」


 高い木の上から、男――番人様がそういった。

 番人様は俺の師だ。さらに言えば、この封魔一族の里にとって、英雄であり象徴で、子供のたちや戦士にとっての憧れ。おまけに最高権力者という無茶苦茶な存在。

 そんなすごい人が、俺の師をしてくれている。


「ドキドキするかい?」

「大丈夫だ。メンタルは強い方だし」


 なんて適当なことを言う。実際、メンタル面は番人様がほめたりはしてくれるけど。

 ははは、と俺は笑う。番人様も笑った。


「でも友達出来るの~?」

「……う」

「最近俺以外と喋ったっけ~?」

「……うむ。頭の中の友達を除けば喋ってない」


 番人様はいつも飄々としていて、間延びしたしゃべり方をする。ふざけているようにも聞こえるかもしれないが、実際は俺のことを心配してくれているのだ。

 そう、覚悟しなくては友達は作れない。あまり、俺は周りからよくは思われていないだから。


 ――俺の中に、業魔が潜んでいる。


 暴走したのは一度だけだ。でも、この力は大きすぎる。

 子供のころでさえあそこまで強かった。今、十六という年齢で暴走したら……番人様ぐらいしか、止めれる奴はいないだろう。


「そんな調子で大丈夫かい?」

「大丈夫だ。問題ない」


 実際、自信は皆無と言ってもいいだろう。

 俺は今日から、学園に通う。俺は業魔として、他の者から隔離されて暮らしてきた。コミュ力はあまり高くないかもしれない。

 学校は寮制で、行ったらしばらく番人様とは会えなくなる。十六になる年が訪れた封魔一族の子供はそこにいくきまりなのだ。


 学校では封魔一族としての矜持とか、戦い方を学んだりする。

 俺たちは種族としてプライドが高い。エルフより素早く、ドワーフより耳が良い。

 人族は一番俺たちと見た目がよく似た種族だが、俺たちのほうがはるかに強い。種族として敵わないのはドラゴンぐらいだ。


「不安かい?」と番人様は言う。


 実際、その通りだった。


 うまくやっていけるだろうか? いや、うまくやるってきめたんだ。


 そう言い聞かせるも、やっぱり少し不安で。


「大丈夫だよ~カルマ」


 優しげな声。


「おまえが瀕死の鳥を見つけた時、そしてその鳥が無事に羽ばたいていった時、そういう時の反応はすごくまともだった。おまえは誰かのことを思いやることができる」


 力強く、肩に手を置かれる。


「おまえは優しい奴だ」


 そんな言葉を聞いて、その温かみから、親愛の情を感じて、俺のことをよく考えてくれているということが、伝わってきて。


「なあ番人様」と俺は言う。


「なんだい?」

「その……辛くなったら、時々抜け出して、ここに来ていいかな」


「たまにならいいよ」と番人様は笑う。


 俺は少しだけほっとした。


 ここは龍と封魔が盟約を交わした場所。その象徴となる封神龍樹が生えている。

 特別な場所だ。俺と番人様しかいられない、特別な場所。

 ……でも、昔ここで誰かに会ったことがある気がする。たしか女の子だ。でも異性の友達なんて俺にはいない。番人様に言っても、夢見がちな青少年とか言われて笑われただけだった。


 俺は晴れやかな空を見上げる。

 それを見ると何かを思い出せそうな気がするけど……なんだっただろうか。



 ◇



 黒曜大理石で作られた建物の中を歩いた。

 ここは生徒がいる、学園の中。

 魔を封じる封魔一族の特性をいかして作った、特殊な建物。別に砦として使うあてもないのに、里の中でも有数の防御力を誇っている建物だ。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 緊張していた。俺は他人からどう思われているのだろう?

 ……思っている以上に悪くなければいいが。


 教室の扉を開ける。何人かの生徒たちが既にいた。声をかけたりしたかったがすでに友達どうしでくっついていて、喋りかけられない状態だ。

 仕方ない、と思い、俺は少し離れた場所に座る。

 先生が来るまでの時間をきょろきょろしながら過ごした。


 やがて生徒の数は増えていく。誰もがすでに知り合いである友人を見つけて、近くに座っていた。隣でも喋りあう声が聞こえてくる。期待に満ちた声だ。羨ましいな、と思った。


 俺は結局ずっとひとりだった。


 そして気付く。もともと知り合いがいない状況のやつなんて俺ぐらいなんだと。


 残念ながらぼっちな俺に話しかけてくれる優しい奴はいなかった。

 いや、いるにはいたのだ。封魔一族は基本的に仲間思いだ。おそらく、どの種族よりも結束力は高い。


 だが、俺が誰だかわかるとやめてしまう。

 里から嫌われている忌み子。そんなやつに積極的に近づいてきてくれる奴なんているわけない。

 そういった状況を感じていた。人を拒否する視線。


 ――過去のことを思い出す。


 化け物を見る、目。

 そういうことを思うと、他人から拒絶されるのが怖くて、俺は誰かに話しかけることができなかった。


「どいてくれないか?」と声がする。一瞬話しかけられて嬉しかったが、その顔を見て傷ついた。

 そいつはできれば、俺に話しかけたくなかったのだと感じた。


「ああ、どうぞ」

「……」


 無言で通り過ぎていく。そいつが無口だとか、そういうことではなかった。そいつは友人と会うなり、楽しそうにしゃべり始めた。そんなものだった。

 ……仕方がないことだ。忌み子が学園に通うなんて前例がないことで、本来俺はここにいられない存在なのだ。これからの授業とか、そういうもので一人ぼっちになったとしても……仕方がないことだ。


「注目!」と大きな声がする。何の前触れもなく、先生が教壇に立っていた。

 周囲がどよめく。

 先生は封魔一族の術を使ったのだ。他者から認識されないようにする能力。


「すげえ」なんて声が聞こえる。たしかに教師をやるだけあってレベルが高い。俺の師が得意とする分野だ。


「お前たち!」と教師は叫ぶ。


 熱血タイプだ。


「ここでは封魔一族の誇りと歴史、戦い方を学ぶ! 夢があるやつはいるかー! ないなら作れ! なりたいものに、なるんだあ!」


 熱血教師だと思った。


 よくわからなかったがみんなは「おー!」と答えた。封魔一族は大概ノリがいい。

 きっと、多くの者は、特に男は、将来の夢は、番人になることだろう。この里の英雄で、憧れ。


 ――そして、俺が目指すものでもある。


 番人とは、封魔一族にとっての力の象徴だ。番人になりたいならただただ強ければそれでいい。

 そのために番人様が師となってくれている。だからといってなりやすいとか、そういうことはなく、むしろ、忌み子として嫌われている俺にとって、苦難の道だろう。一番強い者が番人になるのが普通だが……忌み子なんかが番人なんて認めない! という意見が出る可能性は高い。


「諸君。私は君たちに言っておくことがある」


 真面目な声音。騒然としていた場が静まる。


「これは誇張や願いではなく、事実だ。我々、封魔一族は強い。エルフよりも素早く、ドワーフより耳が良い。人族の魔法はろくに効かず、ドラゴンだって連携で勝てる。そしてなにより! 我々は仲間を思いやる! 『敵対者には報復を。一族には祝福の杯を』。我々は! 誰よりも一族の仲間を思いやらなければならない!」


 すーっと教師が息を吸う。


「この学園生活で学ぶのは知識と力! だが私は、諸君らに絆を作ってもらいたい! 君たち自身で! 作るのだ!」


 誰かが手を叩いた。拍手。

 それがまばらに続いていく。

 いい言葉だと思った。俺たちの種族は強い。だがそれより大事なことがある。仲間を思いやるということ。俺は少し、教師の言葉が気に入った。


「解散!」


 そう言って教師は退散していった。


「あれ……?」と誰かが言う。

「これで終わりなの? あの人が担任だと思ってたんだけど」


 それに応える声がある。


「あの人は校長だよ」

「……」


 たぶん、皆の頭にははてなが浮かんでいたと思う。

 校長……?

 なぜ校長……?


「あれ他の三クラスにもやるの……? 喉が枯れそう」

「たしかに」


 勢いのある人物だな、と俺は思った。



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