封魔一族物語~業魔の門~
ペペペチーノ
業魔を身に宿す少年
第1話 約束したから
脳裏に浮かぶのは、俺がなにもかもを、圧倒している光景だ。
その時、まだ年は七かそこらだったのに。
なのに、恐ろしく強かった。
――業魔。
俺の抱えるのは、それだ。
理性がない、大事な人だってろくに、認識できずに暴れまわる、怪物。
両親たちが、必死で止めようとしていた。
しかし、それはまったくもって敵わない。
人に近い造形を持ち、エルフより素早くドワーフよりも力強い、人間とは別の種族として存在する封魔族――あるいは封魔一族。
強力な種族だった。その大人二人が、種族本来の力をほとんど発揮できない子供を、止めようとしているのだ。
けど――子供のくせして、俺の抱える力は大きすぎた。
父が封魔一族が得物としてよく使う大鎌を持って、一閃。
俺は大切にされていたから、親から愛されていたから、手加減されていたのかもしれない。だが少なくとも、封魔の者とはいえ、子供がかわせないような速度だった。
――しかし、まるで当たらなかった。
最初から来ることがわかっていたかのようにかわし、素手で父を吹き飛ばした。
母の悲鳴が聞こえる。怪物はその声に反応する。
母が俺を見る。そして、その目は。
――化け物を見る目。
その時、一瞬理性が戻った。母が俺を見ているとわかって――絶望した。
俺は、母のことが好きだった。手伝いは率先してやった。
それで、母は俺を褒めてくれたんだ。認めてもらえることが嬉しかった。「お母さん大好き!」なんてことをまだ言っているような年頃だった。
……母のことが、大好きだった。
――母は、俺を化け物として見ていた。
「ああああああああああああああああ」
気が狂いそうなぐらい悲しくて、なんでこんなことになってるんだって思って。
てのひらが血で濡れているのに気付いた。それは父の血だった。
俺の中に業魔が潜んでいた。
肥大化した封魔の力。
歪な魔。
俺が生まれた時、里のみんなから、殺せと言われていたのを知っている。父と母が、それをかばっていたのを知っている。
――なのに。
わけがわからなかった。
圧倒的な暴力を、愛する父と母に振るっている状況が。
追い立てるような衝動が。
俺のなにかをかき乱している。
父と母のことが大好きなのに、俺こそが傷つけているのだ。
こんなこと、したくないのに。
力にのまれていくのを感じていた。もう猶予はなかった。
そこで俺の体が跳ね上がる。本能的な動きが、その場から離れさせた。
仮面をつけた男がいた。長いマントをはためかせ、巨大な大鎌を持って。
まるで死神だった。
そいつは音もなく、姿もなく、気付けば目の前に立っていた。
瞬間、骨の軋む音。
地に倒れ、仮面を見上げる。
射殺すような緑の目。残光が漂っている。そして……ほんの少しの、同情?
「じゃあな」という声がする。
◇
『ずっと一緒にいようね』
約束をした。将来もずっと傍に入れるように。一緒に笑って、過ごせるように。
その女の子はひとりぼっちだった。だから俺が声をかけて、仲良くなった。
幸せだった。
子供のころの、幸せな記憶。無邪気で、毎日が楽しくて、父も母も、まだ俺を大切にしてくれていた頃で。
「将来、里にいられないかも」と俺は言った。
幼くても自分の中の業魔を自覚していた。暴走すればどうなるのかも、知っていた。
「その時は……ついていきます……です」
へたくそな敬語で、彼女はそう言った。
「しょうがないなあ」なんてことを俺は言う。そんなこと言ってくれるのが照れくさくて、少し、上から目線な言い方をしてしまったかもしれない。
彼女はほんのりと頬を染めて、嬉しそうに俺の手を握る。
こんなことでそわそわしてしまうガキが俺だった。もっと冷静に対応したかったけど。
「××××!」とうわずった声で彼女の名を呼ぶ。
「カルマ?」と不思議そうに彼女は小首をかしげる。
「ずっと一緒にいよう!」と叫んだ。本心からそう思った。そうしたいと願った。
彼女は綺麗な翡翠の瞳に涙をためて、それを見て、下手なことを言ったか、と俺は慌てて。
「はい」と彼女は答える。
「ずっと一緒にいましょう」
約束が交わされた。なんどもなんども、確認するように同じことを言った。
彼女の瞳に魅入られた。
吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠の瞳。
――そうだ、と思う。
あの頃はなにもかもが叶うと思っていた。完全無欠の世界だと思っていた。
今は違う。それどころか、逆の姿が世界の真実だと知っている。
――祈って願いが叶うほど、世界は優しくない。
俺の師が言っている言葉だった。なにもかも叶う、なんて、あるはずがないんだって。
俺は業魔を抱える危険因子で、忌み子と呼ばれ、生きているのでさえラッキーなんだって。
封魔一族の予言がある。
『世界に変革が訪れる。封魔に滅びの時が来る。業魔は世界を救済せん』
強すぎる業魔がいなければ、封魔は滅びを防げないと、師匠は言った。
それで俺は、生きていてもいいことになっている。
俺はゆっくり目を開く。
もう夢は、覚めていた。
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