第2話接触

キャンプを張っているオアシスまでは約三日の距離だ。行きは様子を

覗いながらの旅だったので五日掛かった。帰りはただひたすらに

帰るだけである。少しなりとも達成感もあり、時間は5分の1位にしか

感じなかった。実際二日と半分くらいでオアシスに着いた。

全員砂漠での行動、ラクダの乗り方にも慣れ、ラクダの方も乗せている

相手に気を許し良くいう事を聞くようになり、一つ一つの行動が

早くなっている事で時間が短縮されていた。だが一番の理由は

誰もが早く帰りたかったというのが要因であった。

砂漠の真ん中とはやはり人が住む場所ではなかったのだ。

アリナの指示に反対する者もいなければリックの案内に疑問を

持つ者もいなかった。すべての行動がスムースに流れていった。

その間一度だけ蜃気楼に遭遇した。リックはすぐに気付いたが

見つけたアレフは興奮して走り出しそうだった。

巨大サソリとの戦闘は来た時よりも多かった。

恐らく倒したサソリの体液の水分と臭いを嗅ぎつけて

周囲の仲間が集まって来たのだろう。

リックはなるべく避けて進んでいたがすべてを避ける事は出来なかった。

ただその頃にはサソリとの戦闘も慣れ、そつなくこなしていた。

本物のオアシスが目に入った時は小さなどよめきが沸き起こった。

オアシスに戻るとトロルのルーリーが出迎えた。

トロル 身長2メートルを優に超す全身を毛に覆われた巨大な生き物である。

その大きさに違わぬ力を持っている。決して頭がいいとは言えないが

言葉を理解し話すことはできる。性格は素直であるが故に教育がしっかり

できれば良く言う事を聞くようになる。反対に教育がなされなかった場合

本能を剥き出しにし暴れまわる破壊神となる。

頭が良くないため教育するには根気が必要になる。一つの事を

教えるのに何度も繰り返し教えなければならなかった。そのためか

教育されているトロルは大変めずらしかった。鎖に繋ぎ戦場の最前線に

投入したり、他の動物やトロル同士で戦わせ賭けの対象にする金持ちの

道楽されるのが関の山だった。

全身に長い毛が生えているため暑さに弱い。そのため今回は

オアシスのキャンプで留守番をしていた。

もう一人一行を待っていた者がいた。こちらは出迎えるかわりに

木陰でだらしない恰好で寝ている所をアレフに見つかった。

「おい!俺たちが灼熱の砂漠で何十匹というモンスターと戦って

汗水垂らして物を手に入れて来たってのにてめえは何してんだ!」

ドワーフのドガレブだ。レブと呼ばれているドワーフも寒さには

強いが暑さは苦手な種族なので今回は留守番になっていた。

「いざという時のために体力を温存しておったのだ。」

「だらだら寝てるのが体力の温存だってのか。えー」

「そうじゃ。他にやる事あれば別じゃが、無駄に動いてもこの暑さでは

体力を使うだけというものだ」

「武器、武具の手入れ、食料管理、ラクダの世話、何だって

やる事あるだろうが。オアシスの果物絞って発酵させて、苦労してる

俺たちのために酒を造ってたってバチは当たらねーと思うぜ」

「そうか酒を造るというのは思いつかなかったのう。武具などの

手入れなら最初の日に終わっておる。ラクダの世話はルーリーが率先して

しておるし、食料管理だって持ってきた食料には

ほとんど手を付けておらん。渡り鳥なのであろう鳥が

水を飲みに降りてきた所に網を投げて捕まえて、食料にしてある。

干し肉に半分はしたので肉に関しては増えてかもしれん。

トカゲは虫を食っておればよいしな。」

「そりゃあちげぇねぇ。」リズマンを同じ呼び方をした事で

仲間を見つけたかのように機嫌を直し、

「酒を造るってとこまでは気は回らなかったようだが

やる事はやってたってことだな。ヨダレを垂らしながら

鼻提灯を膨らませて惰眠をむさぼってやがるだけかと思ったぜ。」

「実際この暑さはこたえるわい。目的の物を見つけたようじゃから

早いところ引き上げたいもんじゃ。」

「おいおい、そりゃ俺だって早く帰りてえがこっちは

着いたばかりでへとへとだぜ」

「分かっておる。早くても立つのは今夜じゃろ

明日の夜でも構わんしな。」

そんな話を聞いていたアリナが(トカゲの部分は聞かなかった事にして)

「出発は明日の夜にする。ラクダの体力まだ戻らないからね。

アイツの事ももう少し調べてからにしたいしね。」

一人事情を知らないレブが不思議そうに尋ねた

「アイツとは何じゃ、誰かと出くわしたのか砂漠の真ん中で。

まさかのう。」

「そのまさかなの。私もちょっと興味あるのよねー。

体つき見ると若そうじゃない。」

珍しくクリスが話に入ってきた。「錆びついた鎧を身にまとった髭の男。

そばにはやっぱり錆びついた剣が落ちてたわね。何者かしら?」

「そんなもん本人に聞くしかねーだろ。それよか早いとこ風呂にでも

入って飯にしようぜ。じゃりじゃりの飯はもう沢山だぜ。

まあここから街に帰る間もそんな感じになるんだろうけどよ。

ここにいる間だけでもゆったりしてえじゃねぇか。だから

あいつを調べるのは明日にして今日はのんびりさせてくれ。」

「そうね。尋問は明日にして今日はゆっくり休みましょう。

あっルーリー。荷物持ってくれるの?ありがとう。

じゃあ私たちのテントに置いといて。あーさすがに疲れたわね。」

「あら山猫アリナのセリフとは思えないわね。じゃあいっしょに

水浴びでもする?背中流してあげる。」

「うっひょうー俺も付き合うぜー」

「あんたは一人でどうぞ」

「冷てぇなぁ。命がけで砂漠を渡ってきた仲じゃねぇーか」

砂漠の真ん中であることを忘れる事が出来るオアシスに

戻り皆の表情も和らぎ、笑顔も自然と出てきた。

砂漠では会話一つで水分と体力と気力を使わなければならなかった。

それが精神を蝕み人を無口にし、気分を憂鬱にし、暗くさせていた。

いつもしゃべってばかりいるアレフでも例外ではなかったのだ。

砂漠によるストレスが減り、皆生き返った心持であった。

「ではその髭男の話は飯の時にでも聞かせてもらおう。」

「お前が人のことを髭男と呼べた義理か。このチビヒゲデブ」

まわりが笑いに包まれた。いつもならすぐにやり返す

レブだったがまわりの全員に笑われてしまったので

何も言えず真っ赤な顔をして黙ってテントに行ってしまった。

「ゴメン レブ!今夜はお酒飲んでいいから許して。」

堪えきれず笑いながらアリナが言った。

表情の少ないリズマン達も心なしか楽しそうに見えた。

「何ぃ酒があるのか!聞いてねぇぞ。」

「だってあるって知ったら即飲んじゃうでしょ」

「よーし。あるだけの酒を用意しろ。」


オアシスの夜、暗闇を照らす炎が宇宙に漂う一つの星のようだった。

謎の髭の男はその夜も目を覚まさなかった。

クリスが魔法を使い覚醒させようとしてみたが

深い眠りに落ちている状態に近く、無理をして精神を

壊してしまう危険を避けるためその夜はそのままに

する事になった。

するにしても「もっと集中できる気候のいい所でした方が

いいわね」ということで決着が着いた。

これにはアレフも両手を挙げて賛成した。

それにより尋問もなくなり、骨休めの小さな宴会のみが

行われる事になった。

砂の中に潜む巨大な昆虫や爬虫類、流砂や小さな砂嵐

(アレフの話では小さな街が吹き飛ばされる規模)を

自分の機転でどう切り抜けて来たかを手振り身振りを

それはもうふんだんに駆使してアレフはレブに説明をした。

レブは髭をいじりながら思慮深く話半分(3割程度?)に聞いていた。

「それは大活躍じゃったなー、リック」

さすがに酒は飲んでいなかったが干し肉をリックはおいしそうに食べながら

「仕事だからね。この位当たり前だよ。」と職人気取りで答えた。

自分の自慢話を横取りされて、唾を飛ばしながら

「何を言ってやがるその半分は俺様の活躍だろうが」と憤慨した。

「それより、例の鎧の男の話をもう少し詳しく教えてくれんかのう。」

レブは「髭男」と言わぬよう気を付けながら尋ねた。

「そうね。でも私たちもまだ分からない事だらけなの。

なぜ生物がほとんどいない灼熱の砂漠に、似つかわしくない

鎧を着て一人でいたのか。水は?食糧は?仲間は?どうやって

そこにたどり着いたのか?。発見した時は暑さと体力の消耗で

冷静にそこまで考えてなかったけど、あらためて落ち着いて

考えてみるとなぞだらけね。」

「あの状況をもう一度思い出すと岩の隙間の影の中に

いたから助かったのかしら、あそこにいたのは恐らく魔力を

使い飛ばされて来たと考えるのが可能性が一番高いんじゃ

ないかと思うの。鎧を少し調べたけどある程度温度調整が

出来る物だと思うわ。ちょっと古そうだけど。だから

彼があそこにいたのはそんなに長い時間ではなかったから

助かった。そんなところかしら、憶測の域を出ないけどね。」

こちらもオアシスに戻り少し落ち着きを取り戻し、

状況を分析し始めたクリスがアリナの言葉に答えた。

「そうね、あの状況では憶測でしか話はできなさそうね。

だからレブには悪いけど「彼」についてはこれ以上の

情報はないわ、目が覚めるまで待つしかなさそうね。」

「それにしても「髭男」だの「鎧の男」だの「彼」だの

めんどくせぇーな。名前で呼んだらどうだ。」

アレフが状況分析に飽きて口を挟んできた。

「名前なんて本人が目を覚ますまで分からないじゃない。」

「へへぇ、やっぱり気が付いたのは俺だけか。この俺様の

観察眼はさすがだねぇー。俺様がいなけりゃお前たちは

路頭に迷っちまうにちげぇーねぇや。まったくしょうがねぇーなぁ」

酒がまわり始めたのか上機嫌で得意げに話始めた。

「鎧の一部に文字を掘ってあるのを俺は見逃さなかったってわけよ。

ナルディーノって掘られてたぜ。ナルドって事で

いいじゃねぇーか。それにしても鎧に名前なんか

入れるなんてガキじゃあるまいし、自分の鎧が

分からなくなりませんようにってか。鎧なんて

戦場によっていろいろ変わるんだ!何度か使って

売り飛ばす。それが当たり前ってもんだろうが」

「わたしはお気に入りの皮の鎧を持ってるわよ。

あれ、軽くていいのよ。サイズもぴったりだし。」

「だからって、名前なんか入れてねぇーだろうが。

ん?あの鎧ずっと使ってんのか?汗臭くなるだろうが。

なんてこった。俺様ともあろう者が汗臭い、

カビだらけの鎧を着た汚らしい隊長の元で

戦ってきたのか。あぁこの世に神など…」

「手入れはしっかりしてるから臭くなんてありません!

まったく人聞きの悪い。使った後はちゃんと乾かすし、

それこそ匂いが残らない薬草を塗りこんであるもの。」

アリナがたまらず話を遮った。

「へぇそんな事までして同じもんを使うことねぇじゃねぇか」

「魔法防御も少しずつ上がってきてるのよ。もったいないじゃない」

「アリナのディフェンス良いの元からじゃないの?」

「そうなの。あの鎧、けっこう相性のいいのよね。」

[ジン]大地、空、太陽、闇。自然の中にあるエネルギー。

それを体内で魔力に変え、放出する。それが魔法。

それは受ける側の抵抗にもなりうる。そしてジンを放出せず、

体内で燃焼させて力に変える事もできる。この世界では

後者の方が多い。ある者はその力で剣を振るい、またある者は

田畑を耕す。この世界の人は生まれながらにしてジン使いなのだ。

「わたしも魔力を高める物は同じ物を使ってるわ。

使い続けた方が少しずつ効果が上がるのよね。マジシャンには常識ね」

クリスがアリナに同調して続けた。

「あなたこそ、ずっと使い続けてる道具の一つや二つ持ってるんじゃ

ない?そうゆう物にも魔力が宿るものよ」

「防具なんかには属性があるしな、そういやあの道具を使って

罠の解除を失敗した記憶がねぇな。まぁどんな道具でも

失敗しっこねーけどな。」

「わしもずっと使っている斧があるが力が湧いてくる気分になる

爺さんが使っていた斧らしいから相当魔力があるかもしれんな」

レブが重々しく続けた。

「使い続ける事だったり、身に着ける物、職種、人種、性格、

色んな内容で効果が上がる物があるわ。かと言って

相性が良くても、私は重すぎると使えないけどね。」

「だから基本性能が良い物より、使い込んだもの方が

守備力が良かったりするのよね。」

相性のいい道具は重量が軽くなったり、守備力が

上がったりする。使い込むことで相性が良くなることもあり、

新しい物が良いとはかぎらないのだ。

「まぁ話が逸れたがあいつの名前はナルドって事でいいな。」

「目が覚めたら聞けばいいと思うけど、じゃあそれまでって

事でいいわ。でもナルドの事はこれ以上分かってる事はもうないわ」

「あぁそうだなもうこの話はお開きで、飲みなおそうぜ」

その時前触れもなくテントの幕が上がった。

そこにリズマンのリーが立っていた。

「あの男が目をさました。来てくれ。」

何も言わず全員がナルドの元へ向かった。

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