龍神伝説

@kulalabel

第1話遭遇

周りを見渡しても全く同じ景色が続いている。

いったいどれくらいこの景色を見てきたのか、一時間か、

はたまた一か月か、それとも気が狂い一年以上彷徨っている

様な気もする。いくら進んでも砂、砂、砂だ。 

 感覚が麻痺し、時間の感覚がわからなくなっている。

このまま永遠に灼熱の砂漠が続くかと思われたが

その感覚をかき消したのはある声だった。

 「何か見える。」進んでいる方向の少し左を指さし、

呟くように言った。

 その呟きに答えるように「また蜃気楼じゃねぇのか?

さっきから何度か動物やら山やら出てきたじゃねぇか」

「蜃気楼じゃないと思ったから口にしたんだよ」

まだ変声期を過ぎていない男の子の声で言い返した。

その言い方にケチをつけようと再び男が言い返そうと

口を開きかけたが「わたしも少し前から気になってたんだ」と

話を切るかのように言い放った。あたかも無駄な口を

きくなと命令するかのように。それを察した男は面白く

なさそうにそっぽを向いて黙り込んだ。

 「じゃあやっぱり蜃気楼じゃないのね」

「じっちゅうはくそうだよ」難しい言葉を必死に使おうと

する少年をほほえましく思いながら「やっと何か出てきたわね」と

言ったのは女の声だった。強い日差しを避けるため

頭からマントを羽織った声は少しこもった感じはするが、

力強く、きれいな、芯のある声だ。このパーティーのリーダー

アリナである。色白な肌、整ったしなやかな筋肉、少し冷たい

強い意志をもった瞳、美女と言うには少し無骨な面はあるが

美しく、若い女性だった。人間(ヒューマン)にしては肌が白く、

エルフにしては線が太すぎる。彼女はハーフエルフなのだ。

少年は誇らしげにうなずいた。彼の名はリック砂漠の道先案内人だ。

そんな少年の幼い口調にぶつぶつ「それを言うなら十中八九だろ」と

こぼしているのがアレフ、本人いわく何でも屋だ。情報収集、トラップ回避、

物資調達、そういった仕事全般を引き受けている。もともと盗賊を

していた彼には適任の仕事のようだ。時折昔取った杵柄で物資を

調達(頂戴)して資金節約をする事も自分の仕事と決めつけている人物だ。

現在このパーティーは6人で構成されている。リーダーのアリナ、

道案内のリック、盗賊のアレフ、

砂漠の旅に雇われた、リズマン(知性を持った人型の爬虫類と

表現しておく)2名。そしてもう一人。これまで一言も言葉を

発していない人物だ。砂漠で話をすることは体力の無駄遣いとでも

いいたげになんの感情も読み取れない遠くを見通す表情で

機械的に足だけを動かしていた。

周りから存在すら忘れさられそうなほど気配を絶っていた。

女性の魔法使いクリスティナ。かなりの魔力を持っていると噂されている。

まだそこまで強い魔力を必要する場面が訪れていないため、

その噂を目の当たりにしたことはこのパーティーでは無いようだ。

「そういやぁお前も来てたんだな。一言っもしゃべんないから

すっかり忘れてた。お前の魔力で少し涼しくしてくんねーか」

リックにちょっかいを出して暑さをまぎらわすのをやめ、

沈黙の魔女に標的を変え話しかけてきた。あわよくば

本当に涼しくしてもらおうと思っているのかもしれない。

「敵に襲われた時に長時間体温調節をできるように魔力は

温存しないと。砂漠に入る前にそういう話になっていなかった?」

実際、ここに来るまで何度か砂の中の住人に襲われ、戦闘をしていた。

普段は砂の中に潜み、灼熱の太陽を避けている。

そして気づかずに近づいてきた獲物を襲う。

彼らにとっては大事な水分補給なのだ。

今回遭遇した住人は巨大なサソリだった。

リックの話ではこの辺りでは一番多いようだ。

その戦闘中クリスは体温の調整を行っていた。

「そんな事言わずによう、これじゃぁこの仕事が終わる前に干からびちまうよー」

「じゃ、アリナに聞いて。OKがでたら少し体温を落とすわ。」

「俺だって砂漠に入る前の話くらい覚えてるよ。あのお堅いリーダーが

一度決まったルールを簡単に破って、涼しくするなんて気の利いたこと

するわけないだろう。だから直接、美人で気の利く優しい魔女に

聞いてるんじゃないか。」

「そんなお世辞を言っても無駄よ。リーダーに聞くか、少しでも

体力、水分を失わないようにその無駄口をやめたらどう?」

「ああ、俺もガブのおっさんとテントで居残りが良かったよ。」

ガブというのはこのチームの一員で足がかりのキャンプで留守を預かっている

ドワーフの戦士だ。アレフはいつもおっさん呼ばわりしているが

その度に「俺はおっさんじゃない!」と怒鳴り散らすのでアレフが

ことある事にちょっかいを出す相手だ。ドワーフは暑さに弱いため今回は

キャンプの留守番をリーダーから言い渡されていた。

「あの髭野郎、留守番って聞いた途端、女神の祝福を受けたみたいに

幸せそうな顔して、わしに任せておけなんて言いやがってうらやましい。」

そんな話をしていると先頭を歩いていたリックが足を止め、

「何かいる」と囁くように、しかし全員に聞こえるように言った。

さすがにアレフも腰を落とし、辺りを警戒しながら何があっても

対応できるよう、構えた。「敵か?」同じように警戒態勢をとっている

アリナが聞いた。「まだこの距離だと細かくは分からない。うずくまった

人の姿に見える。」その答えに強い口調で、しかしそう遠くまでは

聞こえない大きさで「こんな砂漠のど真ん中に人がいるわけがないだろう。

いたとしても、もう人が人ではいられんだろう」

「人みたいね、鎧でも着けてるのかしら?」まるで自分一人だけ

舞踏会会場で踊る相手を探すかのように身構えもせず他人事のように

クリスは言った。独り言のように。

「この距離で分かるの?」アリナは目を丸くして尋ねた。

「大体だけどね。これも魔法の一つよ。猛禽類ほどは見えないけどね」

また表情を戻し、「人数、態勢、動き、なんでもいいから実況して。

このまま少しづつ近づくから」

相変わらず涼しげな表情で「了解」と言った後、前進を開始した。

だが実況はされる事なく、かなり目標まで近づいた。

「なんでなんも言わねーんだよ。実況しろって言われたろうが!」

沈黙に耐え切れずアレフは騒いだ。

「静かに」アリナはアレフを制したが疑問は抱いていたらしく、

「でもなんの動きもないの?」

「だって何か動きがあったら言えばよかったんでしょ。」

「動きがなけりゃ、動きはないって言うとか機転を利かせろよ」

「あらそう。今度から気を付けるわ」

緊張感が途切れた。仕切り直すためにもう一度アリナは聞いた。

「動きはないのね。」

「ええ。ちょっと待って」めずらしく表情を変えながら

「何か聞こえてきたわ。聞き取れないけど、彼何か言ってるみたい。」

再びパーティーに緊張が走った。

「でも呪文の類いではなさそうね。」

相変わらずポーカーフェイスで続けた。

「呪文の場合何かしら魔力は感じるはずだから、でも今はそれを感じない。

魔法に関しては心配はなさそうよ」

「じゃあ呪文というより呪いの言葉でも吐き捨ててるんだろ。

この砂と岩としかない世界なんてくそっくらえってなー」

「そう言いたいのはあんたでしょ。」

「ああそうだよ!もう沢山だ。早く冷たい水で割ったリキュールが飲みてぇー」

すっかり緊張が解けてしまった様子を悟り、アリナが小さく息を吐き

「もう少しよ。あの岩の人影を確認したら結果がどうであれ

一回引き返す。水も食料もあと帰りの分しかないでしょ。

もう少し我慢して。」

「おいらの計算だとあと一日位は大丈夫だと思うけどね」

小さな案内人は自分も計算をちゃんとしてると主張するように

少し唇をとがらせながら言った。

「更に節約しないと持たなそうでしょ。何か起きたら

その時点で危なくなるんじゃない。」

「それを計算に入れても節約すればギリギリ間に合うよ」

少し自信がなさそうな声になりながら懸命に答えた。

「あなたは大丈夫かもしれないかもけど砂漠に慣れていない

私たちには危険な賭けになってしまうわ。実際私も

もう、うんざり。」

「なんだ、随分と素直じゃないか。いつもそれくらい

だったら、隊長様も可愛げがあるってもんだぜ」

もう岩場の人影の事など忘れてしまったかのように

大きな声で笑いながらアレフは腰をすっかり伸ばし

警戒態勢を解いていた。

「よし。じゃあ早いとこ鎧の人間をを確認して一秒でも早く

こんな口の中がじゃりじゃりする場所から

とんずらしようじゃねえか」

「何度も言わせないで、もう少しだから集中力と慎重さを・・・」

「了解致しました隊長殿!」

腰を落とし音も立てず目標に向かって素早くアレフは歩き出した。

それに従いしばらくは一言も話さず一行は進んでいった。

もう誰もが目視で鎧を見分けられる距離まで接近した時、

クリスが手を挙げて皆を静止させた。

目を細め、呪文を唱え様子を覗う。そして息を吐き出した。

「問題なさそうね。後は直接攻撃を受けなければ危険はないわ。」

「それが一番問題じゃないの?」

リックは小さな目を丸くして叫んだ。

「坊主。戦闘でまず一番最初に気を付けないといけないことは

相手の術中にハマらない様にするこった。その一つが魔法による

遠距離攻撃。その中でも直接だったり…いわゆる火とか水でだな。

あと間接的な幻影を見せたり、行動自体を操るなんて物もある。」

アレフは先生気取りで続けた。

「次に気を付けるのが武器による遠距離攻撃。弓、槍、投石

なんでもござれだ!次に気を付けたいのが…待ってました!

罠が仕掛けられていないかだ。俺様の得意分野だ。

お前さんが砂の中の生き物を見つける能力といっしょだな。

直接攻撃は最後ってわけだ。勿論それを甘く見ている

わけじゃねぇよ。ただここを切り抜ければ生きて帰れる

可能性が上がるって訳だ。」

彼はリックの事を気に入っているようだ。気に掛かると言った方が

いいかもしれない。本人に直接言ったわけではないが

砂漠に入りリックの仕事ぶりを見て小さくても懸命にしかし、

大人顔負けのしっかりした内容に思うところがあるようで

「あんな小さなガキがまぁしっかりやってやがる。」とアリナに

漏らしていた。そんな事を知ってか知らずか、リックはアレフの話を

食い入るように聞いていた。大事な事を聞いているという事を

自覚しているようだ。目端が利く、それが小さな子供が大人と

変わらぬ仕事をするために必要な要素のようだ。

「分かった。覚えておく。ありがとう」砂漠に入ってから自分の事ばかり

(本当は誰彼かまわず)からかっているアレフを鬱陶しく思っていたが

素直に礼を言った。

「おっ素直ないい返事だ。よく覚えておけ。」そう言って軽く頭を撫でた。

「ちょっと確認するわ。」クリスが指輪を手で包み鎧の人影の方に向け

呪文を唱え始めた。ほんの数秒間の沈黙の後「意識はほとんどないみたい

うなされて寝言を言ってるような状態じゃないかしら。」

武器はまだしまっていないが全員緊張を落とした。

「なんだってこんなところで昼寝してやがんだあの野郎は」

その鎧の人影が男という事が一目で分かる距離まできてアレフは言った。

岩の間にうずくまるように座っていた。

兜は着けていない。顔はあらわになっていた。といってもどんな顔かは

分からなかった。髭で顔が覆われていたのだ。意識が本当にないかどうか

確かめるように「おい。大丈夫か」とアリナが声を賭けながら揺すってみた。

返事はない。息はある。呼吸は落ち着いている。アレフが最初に武器をしまった。

それにならい他の者も武器を仕舞い始めた。

そのままアレフがその男を調べ始めた。

そしてアレフが表情を変えながら「こ、こいつは…」と言った瞬間、

全員に緊張が走った。

武器に手を掛けて身構える者もいた。

「鎧の下に何も着てねぇぞ。すっぽんぽんだ。」

皆があっけに取られ反応できずにいる中、アリナだけが冷静に

「紛らわしい言い方はやめて。」と咎めた

「だってよう本当だぜ、この灼熱の砂漠のど真ん中で錆だらけとはいえ

金属製の鎧を着てるという事自体信じられないっていうのに、

金属が熱を持って熱射病で済めばまだいいが下手すりゃあっという間に

ミイラの出来上がりってもんだ。拷問だぜこりゃ。しかも鎧の下に

服も着てないと来た日にゃ、あそこが大やけどで大騒ぎしちまう。

俺は一分でもやだね。」

「確かにこの砂漠に鉄製の鎧は合わないよね。砂漠の民は

マントに頭から身を包んで付けたとしてもせいぜい皮で作った

鎧くらいだもんね。そうじゃないと長い時間は持たないよ、暑さで。」

アレフに同調してリックが言った。

「確かにね」二人の話を聞き、考えながらアリナが同調した。

「普通に考えれば当たり前の事ね。この砂漠の熱で思考力が少し落ちてる

みたいね。他に気になる事はある?」

「いや、他には特にない。なんでこんなとこに人間がいるかって事以外は。」

「そうね。でもそれは後で考えましょう。意識が戻ったら本人に直接聞いて

みればいいじゃない。余りのマントか何かある?あったら鎧を脱がせて

着せてあげて。その鎧を今回の結果ということにしましょ。そのひとには

悪いけど助けてあげたその報酬ってことで鎧を貰います

錆だらけの鎧で助けてもらえるんだから感謝していい位よね。」

そんな言葉を聞いて何も言わずリズマン達は鎧を

脱がせ男をマントで包んでいった。

「じゃあオアシスのキャンプに戻ります。用意をして。」

「よっしゃー。やっとこの砂以外何もない味気ない世界とおさらばできる。

待ってろ俺のオアシス、飛び込んで水を体中で飲んでやる。酒が無いのが

残念なところだが仕方ない。少しだけでも持ってくりゃ良かった。まあ街に帰って

からの楽しみが増えたと思えばいいってもんだ。

ちきしょうこうしちゃいらんねー。ほらさっさ片づけしやがれ

一秒でも早くこんなとこ居たくねえだろ。このトカゲども!」

「トカゲって言わないの。リズマンはもともと暑さに強いんだから

私たちほどこの砂漠が堪えるってことはないのよ。

そのお蔭でこの旅は随分助かってるんだから。」

「ただでさえ無表情なこいつらがこの暑さの中しれっとして『暑いんですか』って

顔で黙々と動いてるの見ててイライラしねぇのかよ。」

「だから水の消費量が極端に少なくて済むんだから有難いとしか思わないわよ」

「用意できたよ。髭男はソリに乗せとくね。」リックが報告してきた。

「そうか髭男かそりゃあいい。それじゃあ長居は無用だ。

とっととずらかろうぜ。」

「もうトカゲってもう言わないでよね。分かった?」

「分かった、分かったよ言わないから早く帰ろうぜぇ」

「まったく。それじゃ戻るよ。 ごめんねリー。あんな奴の言う事気にしないで」

「俺たち気にしてない。隊長も気にするな。」

リズマン達に気を遣いながらアリナは撤退の指示を出した。

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