第3話帰還

「何も覚えていないのか?」

「そのようね。魔法で探ってみたけど嘘を言ってる訳ではなさそうね。」

「じゃあ何も解らず仕舞いってことかよ」

その場の全員の気持ちを代弁するかのようにアレフが言った。

「名前、出身地、職業、趣味、好きな食べ物、母の名前、

何か彼が何者か解る事は何も覚えていないようね。」

「好きな女の好みとか性癖とか位覚えてないのかね~

本能みたいなもんだからそんくらい解るだろ」

「何なのよそれ。ふざけないで。」

「ふざけちゃいないさ。きっかけみたいなもんじゃねーか。」

「セイヘキって何だ」ナルドが聞いた。

「それはだなぁー」

「そんな事は今はいいの!」説明を遮るようにアリナが言った。

「それじゃ、記憶が戻るまで私の部隊に所属しなさい。」

「おいおい。それこそ、どこの馬の骨かわからん奴だぞ」

「なぁに、お前さんより、よっぽど役に立ちそうだ」

レブがここぞとばかりにからかった。

「何を~そつなく全てをこなすこの俺様に向かって」

「それでも素人じゃ、この部隊は務まらないわ。」

「でも放っておくわけにもいかないでしょ。もちろん

ただ飯を食べさせるつもりはないわ。まず何かしらの

職業でスキルを磨いてもらうわ。そうすれば

記憶が戻った後でも役にたつでしょ。」

二人の漫談は無視して女性二人は現実的な話を進めた。

「あら、やさしい山猫だ事。結構タイプだったりして。」

「まぁしばらくはただ飯だから、その分返すまでは

ただ働きだけどね。」

「やさしい山猫だ事。」クリスの口調を真似してアレフが続けた。

「じゃ職業は盗賊がいいんじゃねぇか。細見で筋肉質。

俺が立派に育ててやらぁ。顔はまぁまぁだし、

情報を集めるにはいい男ってのは都合がいい

酒場の女どもが聞いてもいない事を

勝手に話をしてくれるって寸法だ。」

「それでも今は戦士が欲しいわ。他のスキルは何でもいいけど、

主は戦士。それは譲れない。」

「まぁ隊長さんがそう言うんじゃな」

残念そうにアレフがひきさがった。

「分かった。記憶が戻るまでお世話になります。」

ナルドは無表情に言った。

「おいおい。聞いてなかったのかよ。しばらく

ただ働きだって言われてんだぞ。それでもいいのか?」

「だが何も解らない今、俺に選択の余地はないだろ。」

「ほう。なかなか冷静だな。それならこの部隊でも

なんとかなるかもな。」

「じゃあ、歓迎するわ。疾風の山猫・傭兵部隊に」

「酒が必要だな。宴だ。飲もうぜ。」

「ほどほどにしなさいよ。明日の夜にはここを立つわよ」

「さらに飲まずにいられるかってんだ。この砂の世界に

おさらば出来るんだ。酒持って来い。お前も飲め。」

「よし。わしも飲むぞ。歓迎会だからな。」

記憶を失くした男、ナルド。

髭を剃りさっぱりした顔は凛々しく、美男子と言ってよさそうだ。

傭兵団「疾風の山猫団」に新たな仲間が加わった。

一行は砂漠の中心の探索、及び宝などの発掘の仕事を

終了とし砂以外に何もない白い世界に別れを告げ、

人の住む石造りの灰色の世界へ帰る準備を始めた。

行きは長く感じる物だが帰りは早く感じる。

まして行ったことのない初めての道。

更に一歩進むのに、足を取られる慣れない一面砂の道。

帰り道が早く感じても何の不思議もない状況だ

「おぉ、町が見えてきやがった。この前来たのが

十年も前な気がするぜ。しけた干し肉位しか

食いもんがねぇ町だったが今じゃそれが天国におもえるぜ!」

砂漠の終わりが近づきつつあった。

「そろそろおいらの案内もいらなくなりそうだね。」

リックが名残惜しそうにつぶやいた。

「もう少し付いてこない?もっとまともな町でお礼がしたいわ。

一晩の宿代、ご飯もおごるし、戦利品がある程度お金になれば、

報酬を上積みするわ。いい仕事してくれたもの。」

アリナがやさしく言ってほほ笑みかけた。

弟にご褒美を与える姉のような気分であろう。

「本当?そりゃこの後、他のお仕事の予定はないけど

本当にいいの。おいらも岩場できれいな石なんか見つけたから

賃金とそれをもらうだけでも良かったのに。」

「何言ってんだっつうの。その石は砂漠の中心まで行き付き、

言うならば命を懸けて自分の手で取ってきた物じゃねぇか。

それは誰がなんと言おうとお前の物だ。おれらの雇い主が

見つけたすべてを差し出せって言った所で、お前を雇ったのは

俺らだからお門違いって事だ。」

アレフが唾を飛ばしながら加勢した。

「まぁ私たちもばれない程度に売り払うつもりだから気にしないで」

「じゃあお言葉に甘えて。一晩お泊りするね。」

一行は砂漠での冒険を語り合い、そして久しぶりの

やわらかなベッドで十分に疲れを癒した。

そして都市とは言えないが少し大きな町に移動し、小さな案内役との

別れを引き延ばしていた。

「また、会えるかなぁ」

楽しい旅の終わりを満喫し、別れづらくなったリックがつぶやいた。

「砂漠の案内が必要な時は必ず頼むわ。約束よ。」

「だから、絶対死ぬんじゃないぞ。解ったかくそガキ。」

「そうね。生きてさえいれば…。きっとまたあえるわね。」

「うん」

握手や頭を少し手荒に撫でたり、まじないの呪印を切ったり

それぞれのやり方で別れを告げていた。

「出来れば砂漠でない所で会いたいもじゃな。

あの暑さはもうこりごりじゃ。」

物悲しい別れに穏やかな笑いを混じらせて違う道を歩き出した。

もう会えない訳ではない、だが砂漠の民はもちろん

砂漠で生きていく。慣れてはいても、自然は皆に

平等に厳しい。運が悪い時は経験も知識も関係なく命を

飲み干していく。そして死の訪れは砂漠だけが理由ではない。

まだ医学が発展途上で、医者の数も足りていない。

流行病は悪魔のように恐れられていた。

戦争も起きる。飢饉で餓死することもある。

生きていく事は難儀な時代である。

皆、口にはしないが心の隅にはこれが最後の

別れかもしれないと思っている。

だがまた会えると信じて人は前に進むのだ。

そして別れがあれば出会いもある。

傭兵団「疾風の山猫」に所属する事になったナルド。

アリナから戦士の職業に就くよう言われいた。

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