◇◇4

 ジリリリリ────


 部屋に鳴り響く置時計のアラームで、長く深かったような眠りから目をさます。

 起きたばかりの目に突き刺さるような朝日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。


「嫌なことを思い出させやがって・・・・・・」


 時々こうして見る夢に、もう三年も苦しめられている。

 あの日、隣の人工島から救援が来た時には、俺以外のギアパイロットは全員死んでいた。

 パイロットに限らず、整備員も四分の三が崩れた瓦礫の下敷きになった。

 人が死ぬ瞬間はいつもいつもドラマチックとはいかない。

 奏も、美咲さんも、判別が出来ないような死体の一つになったのだ。

 けれど俺は生き残ってしまった。

 俺を英雄だと称える者は、決まってその時そこにいなかった連中だ。

 定期的に見る悪夢は、生き残ってしまった俺へと罰なのかもしれない。

 あの日あの時のことを決して忘れてはならないという、誰かの記憶と思念の罰。


「おはようございま〜す! もう起きてますか〜?」


 ドアがノックされ、高すぎないくらいの高さの声で応答を求めてくる。

 声だけで分かるが、ドアの向こう側にいるのは女性だ。


「あぁ、おはよう」


「お! 開けてもいいですか?」


「いや、少し待っていてくれ……」


 まだ寝起きの俺の髪はボサボサで、着ている服も明らかに部屋着なのだ。

 さすがにこのまま女性の前に出るのは、紳士しんしたしなみとしてどうだろうか。

 カーテンを開け、クローゼットから服を引っ張ってくる。

 着替えながら歯を磨き、寝癖をなおす。


「待たせてすまない」


「ほんと長いよ〜! 何分待たせるのさ」


 ドアを開けたすぐそこにいた女性は、頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまっている。

 女性改め女の子と表現した方が、適切なのではないのだろうか。

 どちらかと言えば童顔。

 背が低くて、印象としては丸っこい小動物のような感じ。


「十分も経ってなかったと思うんだが?」


「えへへ、そうだったかもね〜」


 そう、まさにこれ。

 怒っているように見せたかと思えば、すぐに笑顔に戻る。

 いつ見ても本当に表情が豊かだと思う。


「それで、こんな朝早くに何の用だ? まさかただ俺の安眠を邪魔しに来たわけではないんだろう?」


「うん! 今日ね、チームに新しい人が来るって司令が言ってたから、みんなで会いに行こうと思ってね〜」


 現在時刻、午前六時。

 たまの休日くらいはゆっくりと寝かせてもらいたいものだ。

 その新入りとやらも、こんな時間に会いに来られたら迷惑だろうに。


「それでそいつは今どこにいるんだ?」


「もう先に司令室に行っているらしいよ〜」


 全く休みの日の朝早くから起こされたのだから、それなりに使えるヤツでなければたまったものじゃない。

 とりあえず行くか……




 ※※※




 司令室のドアは自動ドアで、俺達二人が近づくと「シャー」と音を立てて開いた。

 正面の壁一面にはかなりの大きさのモニターがあり、手前の階段状に五段あるステップには机が並んでいる。

 机の上にはそれぞれ小さいモニターとパソコンのような機械が置かれ、片耳にヘッドホン、もう片方にマイクをつけたオペレーターが座っている。


「やぁ、やっと起きたか。どうして君は戦闘になるとあれだけ気合が入っているのに、生活面では杜撰なんだい?」


「ほっとけ。それよりも話があるんだろう? 手短に頼むぞ」


 入口よりも二つ下のステップから声をかけてきた、俺よりも少し背の高い男性の元へと行く。

 俺より一回りほど歳をとっているくらいだろうか。

 左目を二つに分断するかのようについている傷を見る限り、戦闘で負傷して最前線からは退いた元兵士だろう。

 即死が多い最近の戦況で、負傷することはかなり珍しいが、それでも生きて帰ってきただけで戦果と言えるのだ。


「ふははは、そうだな! だが、そう焦るな!焦っていては本質を見失うといつも言っているだろう? ……まぁ、いい。今日はお前達の隊に入る新入りの紹介をしようと思ってな!」


「そこまではもう聞いたよ。それでそいつはどこいるんだ? 見る限りいるようには見えないんだが」


 司令室には、忙しそうに手と口を動かすオペレーターと、俺達三人の他は誰もいない。

 男の後ろに隠れている様子もない、だろう。

 こいつ嘘ついたな……

 目を合わせようとしないってことはそういうことか。

 睡眠時間を返して欲しいものだ。


「実は新入りはまだ来てなくてだな。まぁ、司令室は分かりにくい場所にあるし、大目に見ようじゃないか。えぇ?」


「そんなんだから上から怒られるんですよ……さすがに甘やかし過ぎでは?」


 俺達が新人隊員で入った時はもっと厳しかったぞ……

 もっともあの時は同期と笑い飛ばせられたからだろうが。

 どちらにせよ新入りが遅れるのは俺としては────


「すいません! 道に迷っちゃいまして……」


「おぉ! 来たか! 早くこっちに来るといい」


 五分遅刻か。

 まぁこのくらいならば許さなくはないが。

 すごく若いな。

 まだ学生ぐらいの歳だろうか。

 というか学生服を着ている時点で、学生というのは当たり前だ。

 男とは思えないほどに細い手足を見るに、兵士としてと言うよりパイロットとして採用されたのだろう。

 それで、その後ろからもう一人が……


「おい、新入りって一人じゃないのか?」


「そうだけど、誰も一人言ってないよ〜?」


 確かに言ってはない気がするな。

 もう一人は女か。

 こっちは学生ではなさそうだな。

 綺麗なブロンドヘアだが、ハーフなのか?

 外国の人だと言葉が通じなかったり不便があるからな……


「あなたが隊長ね! よろしく!」


「……あぁ、よろしく」


 初対面でいきなりタメ口な上に軽く握手まで求めるとは……

 操縦が上手ければ性格面は見ないのがうちの風習だから仕方ないのか。


「見ての通りだが、こっちの学生が片桐かたきり れん。まだ若いながらも彼の通ってる学校ではトップの成績を収めてる者だ。即戦力にとはいかなくとも、未来が有望なパイロットだな。んでもう一人の方、金髪のねぇちゃんが二ノ宮にのみや 冬華ふゆか。彼女は内陸の基地からこの最前線に来ることを許された、選ばれたパイロットだ。即戦力となって力になってくれるだろう」


「なるほどな。とにかくよろしく頼むぞ片桐、二ノ宮」


 まずは二人の腕前が見たいところだな。

 この後にシュミレーションルームにでも行こうか……


「せ、精一杯頑張ります!」


「この隊のエースは私よ! 私に任せればオールオーケーよ!」


 片桐は気合が入っているのが空回りしなければいいな。

 二ノ宮は口だけじゃないことを祈っておこう。

 とにかく新入りを加えた編成を作り替えなればならないな。

 俺も覚悟を決めるか……


「よし、二人ともすぐにシュミレーションルームに行くぞ。模擬戦をするぞ!」


 さぁ、新体制のスタートを──


「え、嫌よ。私ここに来るまでで疲れちゃったもの」


 はい?


「片桐は……」


「すいません、今日は一旦帰らないと荷物を実家に置いてきてしまったので……」


 前言撤回だ……

 初日にして新体制は崩壊したらしい。

 とりあえず冷たいコーヒーでも飲もう。

 新入り達が司令室を出るのを見送る。


「おい、なんであんな問題児ばかり集めたんだ? もちろん説明してくれるんだろうな?」


「む? 毎年あんなものだろう。ここじゃ実力至上主義が当たり前だからなぁ!」


 ぶはは、と大きな声を上げて笑っている。

 人の気も知らないで呑気なものだ。

 迷惑を受けるのは俺と人類だと言うのに。


「あれを見てもまだ新入り歓迎ムードは変えないつもりなのか?」


 部屋へ帰る途中でおもむろに訪ねてみた。


「う〜ん、正直想像を絶してたかな〜」


 まともな意見でとても安心したぞ。

 去年入隊の新兵もなかなかキャラが濃かったが、今年はそれを遥かに上回っているからな。


「けどいい人達ぽくて私は嬉しいかな〜」


「……そうか」


 どうやら思い過ごしだったようだ。

 湯を沸かしたポットから、インスタントの豆を入れたマグカップに熱湯を注ぎ。

 冷凍庫を開け、氷を三個ほど乱雑に放り込む。

 小さめのスプーンでかき混ぜながら喉へと流し込んでいく。


「にがっ!」


「……なんでまだいるんだよ。というか砂糖とミルクを大量に入れないと飲めないくせに、見栄を張ってブラックなんて飲むな」


 眉間にシワを寄せ、心底嫌そうにべろを出している。

 こいつはすぐに真似をしたがる。


「だって美味しそうにぐいっと飲むから〜」


「そんなに美味しそうに飲んではない気がするんだが。というかもういい加減自分の部屋に戻れ」


 手で軽く部屋から出ていくように促し、ドアを開ける。


「え〜部屋に戻っても暇だよ〜」


「それは……自分で考えろ」


 ぶーぶーと言っている文句をすべて受け流し、なんとか部屋から追い出すことに成功した。

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