◇◇3

「あぎゃがぁぁぁ!!!」


 人間で言うところの"悲鳴"に当たるであろうその叫びは、頭の奥に響くような嫌な音をつくり出す。


「これが奴の特殊能力か・・・・・・! 厄介だな」


 さしずめ音波妨害といったところか。

 ノーネームが叫んでいる間、通信機器が正常に作動していなかった。


「やっちまえ!」


「声が止まった! 今のうちだ!」


「うらぁぁぁ!」


 かなりの数のギアが、太陽の光を反射して、ぎらりと光る刀を振りかぶる。

 もちろん俺もその中の一人だ。


 音波妨害のノーネームは、俺達の部隊によって呆気なく倒された。


 数箇所の致命傷になったであろう切り傷が残るノーネームは、他のとは違い、死んだ後もその場から消えなかった。


 しかし、すぐにその理由わけを知ることになる。


 ついさっきまでノーネームがいた位置に、小さな円と、その周りに大きな円が現れた。

 それぞれが逆方向に回転している、ロックオンマークとも見えるその光の輪を見ていると。


「上だ! 上から降ってくるぞ!」


 誰かが叫んだ。

 空からノーネームの大軍が降ってくる。


「おいおい、冗談だろ? いくらなんでも数が多過ぎるぞ!」


 一体や二体ではなく、十体近くのノーネームが俺達の目の前、光の輪の上に落ちてきた。

 流石にこれは・・・・・・


「教官、一旦退避の指示を!」


「・・・・・・ならん! 我々がここで引けば、何万もの人が犠牲になってしまう!」


 俺達、ギアパイロットが死んでしまっても、蹂躙(じゅうりん)と殺戮(さつりく)が繰り返されるだろう。

 早いか遅いかの話だとは思う。

 もちろん自分よりも高い地位の言葉は絶対だ。


「了解。全力で叩きます」


「さぁ、お前ら! やれるだけやろうじゃないか!」


 戦況は一転した。

 数体のノーネームに、何機も押し潰された、ねじ伏せられた。

 一体何人が死んでしまっただろう。

 最初三十近く飛んでいたギアは、今は手の指だけ数えられるまでに減ってしまっていた。


「くっ! 一体逃した! 島に向かったぞ!」


 全く冗談じゃない。

 島には非戦闘員が、奏がいるのだ。

 凄まじいスピードで走っているノーネームを、こちらも全速力で追いかける。

 追いつくどころか、差は離れていく。


「脚力強化型か・・・・・・!」


 体の部位を強化するノーネーム。

 腕力を強化する個体もいるが、よりにもよって脚力を強化したノーネームと追いかけっことは、つくづくついていないと思う。

 俺が島へ着いたのは、おそらく奴が着いた二、三分後だった。

 すでに島には火の手が上がり、ノーネームは非戦闘員達が避難しているシェルターの真上にいた。

 容赦なくシェルターを蹴破って、ノーネームは地面の下へと吸い込まれていく。


「くそがぁぁぁ!!!」


 追ってシェルターの中に入り、ノーネームの頭から刀を突き立てる。

 落下の勢いも加わり、ノーネームはキラキラした光とともにその場から消え去った。

 奏は・・・・・・!

 俺は辺りを見渡す。

 奏の姿はない。

 きっと他のシェルターに逃げたに違いない。

 そう思い、俺はすぐさま海上のノーネームの大群の元へと向かった。


 戦況は、最悪だった。


 闘っているギアは俺を合わせても僅か三機。

 対して残っているノーネームの数は七体。

 誰がどう見ても俺達、人類の負けだ。


「スリーフォーより友軍へ、誰が残っている!」


「・・・・・・! 私です! 白石です!」


 よかった、と思ったのも束の間。

 もう一機のギアがノーネームに捕まってしまった。


「スリーフォー、どうやら俺はここまでのようだ。あとは任せたぞ・・・・・・人類の為に!」


 両手両足を別々のノーネームに掴まれ、身動きが取れない状態で正面から殴られる。

 パイロットが乗っているはずの胴体部分が木っ端微塵に砕け散った。

 更に、またしても空からノーネームの軍勢が降りてきた。

 合わせるとその数は三十以上にも及んだ。

 万事休すか・・・・・・


「美咲さんここは一旦引いて、他の拠点からの援軍を待ちましょう!」


「確かにそれが最善策かもしれないわね」


「じゃあ」


 言いかけた俺の言葉を遮るように、美咲さんは「でも」と言った。


「私達がここで引いてしまったら、本土で私達ギアパイロットを信じて暮らしている人達が、罪の無い人達が死んでしまう! 私はそんなの耐えられない! そこまでして生き延びるなら、今、ここで、戦って死ぬことを選ぶ!」


 その言葉に嘘はないようだ。

 誰かに言わされたわけでもなく、心の底から思っていることをさらけ出した、そんな感じの声だった。

 決意を固めた、それも女の人を置いていくなど、男としても、戦士としても恥というものだ。


「・・・・・・分かったよ。俺も残る、こいつら倒して英雄にでもなってみようじゃないか!」


 伸ばしてきたノーネームの右腕を掴み、引っ張る。

 バランスを崩し、こちらに倒れてきたその首元へ刀がくい込み、首が空へ舞う。

 そこからすぐに二本目の刀を抜き、回転するようにして周りにいたノーネームの体に刀傷を付けていく。

 痛みはあっても、逃げるという手段は絶対に取らないノーネームは、どれだけ傷をつけてもこちらに向かって攻撃を仕掛けてくる。

 一発でもくらったら終わりだと思え。

 いつの日かの上官の言葉を思い出す。

 腕を振るうか、拳で殴ってくるか、単純な行動パターンが多いノーネームの攻撃は、しっかり見定めればいとも簡単に避けることが出来る。

 最初の一撃を躱かわせば、勢いで崩れた体制のノーネームを殺すのは、蟻ありを踏み潰すのと同じくらいの難易度だ。

 飛行ユニットのブースト機能を使い、勢いをつけて縦に、横に、ノーネームへと刀を振るい続ける。


 俺と美咲さんだけで、いったい何体のノーネームを倒しただろうか。


 倒しても倒しても、援軍で増えるノーネームは全く減るところを知らない。


「美咲さん、もういいんじゃないか?」


「もう少し、せめて援軍が来るまでは耐えましょう」


 ヘッドギアによって意識を強制的に集中させているため、精神力の消費が圧倒的に大きい。

 生きるか死ぬかの戦いの中で、狂ってしまった人は少なくない。

 中には大金を払い、非合法的な薬を使う者もいる。

 通常の戦闘では、約三十分でかなりの疲れが出てくるのだが、俺達二人の戦闘時間はすでに、四十五分を越えている。


「まだ、まだいけるわ・・・・・・」


 意識を失いかけたのか、美咲さんの機体が空中でバランスを崩す。

 そんなチャンスをノーネームは逃さない。

 本当に一瞬だった。

 あまりに速すぎて、捉えきれないほどに。

 腕力強化型のノーネーム。

 他のノーネームとは違い、上半身の筋肉が倍以上に膨れ上がっている。

 その筋肉から放たれた拳により、美咲さんのギアが他のノーネームにぶつかり、外装の一部が剥がれ落ちる。


「美咲さん! お、おい、やめろ・・・・・・」


 意識を失ったのか、ギアは動かないまま、ノーネーム達が一斉に攻撃をする。


「やめろって、言ってるだろうがぁぁぁ!!!」


 残り僅かの燃料を惜しげも無く使い、飛行ユニットのブーストをかける。

 美咲さんのギアに、一番近い位置にいるノーネームの背中を狙う。

 横から伸びてきた手を、全て切り落として真っ直ぐ進む。

 右肩から左腰へ線が入り、ゆっくりと体が傾いた。


「・・・・・・っ! 美咲さん!」


 衝撃で空中に投げ出された、美咲さんのギアを両腕で抱きかかえる。

 力が抜けたように、片腕片足の機体がだらりとぶら下がる。

 コックピットを含めた右側半分がなくなり、返ってくるはずがないと分かってはいるのだが、何度も呼びかけてしまう。


「・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・くっ!」


 すでに体にはかなりの負担がかかり、おかしくなりそうなくらいの痛みが頭の奥を締め付ける。

 目の前がチカチカして、焦点が合わない。

 ここまでか・・・・・・


 諦めて、意識を体へ戻そうとした、その時。


「よくやった。遅くなってすまない!」


 ノーネームに囲まれ、暗くなっていた視界が明るくなる。

 力を振り絞り、視界を保つと、空には約三十機のギアが遠くから駆けてくる。


「後は私達に任せて休んでてね!」


 あっという間に俺の横を大量のギアが通り過ぎてゆき、次々とノーネームを倒す。


「あなたは充分戦ったわ。ゆっくり休みなさい・・・・・・」


 その言葉の暖かさに俺は、意識を体へと完全に戻し、眠りについた。

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