◇◇2

「おーい! 整備は順調かい? かなで


 人の何倍もの大きさがある"ギア"がいくつも並んでいる、いわば格納庫。

 足場を組み、名前のわからないような特殊な工具を使って、戦闘で壊れた箇所を修復している。

 ガチャガチャと鳴る音は、一人ならそこまで大きくないが、かなりの数を一気に修復しているため、格納庫内には常に耳を塞ぎたくなるくらいの嫌な音が充満している。


「今回も派手にぶちかましやがって! 修理する身にもなれってんだこんちくしょう! もう終わるよ!」


 奏がこちらを見ずに愚痴をこぼしている。

 俺と同い年の、日中ひなか 奏はギアの操縦が上手くないため、器用な手先を生かして整備士をやっている。

 各部位についた筋肉で、俺よりも一回り大きい体をしながら、細かい作業が好きらしい。

 背中を丸めて手の先だけで何かをする姿は、想像しただけで笑いがこみ上げてきそうになる。


「悪かったな、今回のはちょっと手強くてな」


 少し笑いながら言ったつもりだったが、彼には伝わらなかったようだ。


「はぁ・・・・・・お前なぁ、ギアのパイロットは地球を守ってるんだぞ? もっと胸を張ってろ! じゃないと俺らまでテンションが下がる!」


 最後の破損箇所を直したのか、奏はふぅっと息を吐いて、工具をしまい始めた。


「ちゃんと直ったか?」


「当たり前だ。新人って言ってもこの道に進んだ限り、整備のプロだぞ。こんな破損直せなくてどうするよ!」


 破損箇所の多さでさっき文句を言っていた気もするが、整備士の仕事が大変なのは俺もよく知っているので、あまり責めないようにしておこう。

 肩をぐりぐりと回しながら、奏は俺の方へと歩いてきた。


「んで? パイロット様が何の用だ? 修繕作業を見に来ただけって訳じゃないだろ?」


「ははっ。流石奏、よく分かってるな。少し紹介したい人がいてね。もうすぐ来ると思うんだが・・・・・・」


 周りを見渡すと、格納庫の入口からその人が入って来るのが見えた。

 女性にしては高い身長で、長くて真っ黒な髪がよく似合っていると思う。

 出るところが出ていて、ひっこむところはひっこみ、同い年とは思えないような、大人の雰囲気をかもし出している。


美咲みさきさーん! こっちだよー!」


 荒々しい音に掻き消されないように、ありったけの声を出す。

 どうやら声は届いたようだ。

 こっちに気づき、にこやかな笑顔でこちらに手を振っている。


「・・・・・・ごめんね! ちょっと忙しくて遅れちゃった!」


 走って来た、美波さんは少し息を切らしながら、手のひらを合わせて舌をぺろっと出している。


「全然大丈夫だよ! ね、奏?」


「・・・・・・・・・・・・」


 奏はじっと固まったまま、全く動かない。


「おーい、奏くーん?」


 俺は奏の目の前で、手をぶんぶんと振った。


「・・・・・・ふぁ! そ、そうだよ、気にすることないよ!」


 引きつったような笑顔を見せると、俺の肩に腕を回して。


「おい! 誰だよあの天使は! どこで知り合ったんだよ! 俺にも紹介してくれよ!」


 耳元で興奮する声を、出来るだけ抑えてささやきかけてきた。


「痛い痛い! だから紹介しに来たって言ってるだろ! 放せ!」


「お、おう、そうか。悪い」


 奏は俺と目を合わないようにしながら、静かに手を離した。

 俺が服を整えている間も、ソワソワして、明らかに落ち着きがない。

 さては、彼女に惚れたか?


「うぅん! 彼女は、白石しらいし 美咲みさきさん。ギアのパイロットで、前の専属整備士が辞めてしまったから、整備士を探しているらしいんだ。もう分かるな?」


 整備士をしてくれ、とつまりそういう事だ。


「でもなぁ・・・・・・」


 奏は額に手を当てて、少し考えているようなポーズをとった。

 俺の他にも担当しているパイロットがいるから、それなりに忙しいのだろう。


「お願いできないですか? ね?」


 美咲さんが、少し腰を曲げて上目遣いで目をじっと見つめる。


「よろこんで!」


 即答かよ・・・・・・

 美咲さんに、上目遣いをしてお願いすれば引き受けてくれるとは言ったのは俺だが、あまりに露骨すぎて流石に驚いた。

 美咲さんも「ありがとうございます」と言いながら、顔は明らかに苦笑いだった。


「じゃあ美咲さん、早いとこ細かい書類の整理をして正式に専属整備士にしちゃってね! いつノーネームが現れてもおかしく・・・・・・」


 格納庫内に、全ての音を超える音量で、警報のようなベルが鳴り響いた。

 ノーネーム接近警報。

 毎回同じ場所、太平洋の真ん中に現れるため、前兆がないのか研究が進んでいた。

 数十年がかりで、ノーネームが現れる時に、空間が僅かに歪み、独特な周期の音波が観測されることが分かったのだ。

 それを観測すると、ノーネーム接近警報が流れるようになっている。

 日本列島からかなり南に位置する、ここはいわゆる人工島で、数箇所ある重要拠点の一つに指定された。

 最前線のこの島にノーネームが到達するまでの時間は、約三十分。

 すぐに戦闘準備を整えれば充分間に合う時間だ。


『島内の全然パイロットに告ぐ! 至急戦闘準備を整え、順に出発せよ! これは訓練ではない! 気を引き締めてかかれ!』


 格納庫の中が、今度は人の声で騒がしくなる。


「ギアの準備は出来てるのか!」


「早く出発しろ!」


「整備士は今すぐ安全なところへ避難しろ!」


 誰が何を言っているのか、離れたところにいると全く分からなくなる。

 俺は奏の方へ振り返り、目を合わせる。

 奏が鼻を使って軽く笑い、拳を俺の胸へと押し当ててきた。


「必ず戻って来いよ! ギアの修理ならいくらでもしてやるぜ」


 俺も同じく奏の胸へと拳を押し当てる。


「当たり前だ。お前が泣いて怒るぐらいまで戦ってくるよ」


 美咲さんに引っ張られ、俺と奏はそこで別れた。

 美咲さんとは別の機体に乗り込む。

 かなり壊れていたはずなのに、新品のように綺麗に修理されている。

 流石だな、と思いながらヘッドギアを装着して出力確認をする。


「ヘッドギア・・・・・・感度良好。エンジン出力・・・・・・正常」


 頭の中で、手と足を動かす"イメージ"をすると、ギアはその通りに動いた。


「基本動作チェック・・・・・・ラグなし。装備・・・・・・使用可能。周囲・・・・・・よし! ナンバースリーフォー、立体兵甲ギア出撃します!」


 特殊合金で出来た重々しい装甲は、見た目によらずかなり軽く、丈夫なものだ。

 威力によるが、ノーネームの攻撃を防ぐことも出来る。

 大きく銀色のギアが、格納庫から次々と出撃していく。


「美咲さん! 俺達も早く向かおう!」


「そうね! とっとと片付けて、整備士さんと正式契約しなきゃ!」


 緊張で息が苦しくなりそうな雰囲気を、少しでも和ませようとしてくれたのか、美咲さんの声は笑っていた。


 数年の間に、ギアは飛行機のごとく飛ぶことができるようになった。

 飛行ユニットの装着こそ必要なものの、移動が楽になったのは大きいだろう。

 背中についた飛行ユニットの出力を全開にして、ノーネームの元へ着いたのは、接近警報が鳴ってからたったの十分だった。

 もし俺が冷静だったなら、遭遇までの時間の、異常なまでの早さに気付けていたのだろうか。


「全員訓練通りに離散! どんな能力を持っているかわからん、警戒を怠るなよ!」


 俺や美咲さんの教官が、大きな声を張り上げる。

 ノーネームを囲むようにして構える。

 大きさはノーマルサイズと同じか、少しばかり小さいくらい。

 外見に目立った特徴はなく、動きも遅い。

 いける......!

 他のパイロット達も考えることは同じ。

 ノーネーム目掛けて、一斉に攻撃を仕掛ける。

 銀色のボディをめいっぱい曲げて、遠心力を借りながら斬りつける。

 ノーネームから血が出ることはないが、痛みはあるようだ。

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