第25話「演説」

 廃墟と荒野と化した東京の大都市部。

 国会議事堂前に左田前総理一派らは叩き出され、その光景を見て愕然となった。


「これは私のせいではない! これは私のせいではない! 貴様達が! 貴様達が悪いのだ! 貴様達が地球に来たからこんな事になったのだ! 私は日本を、人類を救うために行動を起こしたのだ! 私は何も悪くはないのだ!」

 

 ただ一人、左田総理は虚しい遠吠えを続けている。

 その様子はインターネットを通して全世界に拡散される事となった。

 

 これもユーイチの仕業である。

 どうしてこんな事をしたのかと言うと、こんな馬鹿どものせいで自分達やペガスに全責任を擦り付けられるのが嫌だったから。

 悪い言い方をすれば自己保身の為である。


 日本と言う国はこう言った宣伝力は極端に弱い国であり、ましてや極左やマスゴミ達は皆ドーマの襲撃で情報を発信するテレビ局諸とも叩き潰されている。

 放送できるテレビ局は日本各地のテレビ局ぐらいだ。


 インターネットも物理的にサーバーが破壊され、サイトが閉鎖された場所もあり、生きてるのは東京以外や海外にサーバーが置かれているネットサイトぐらいだ。


 衛星も地球降下時にドーマが叩き潰しているので軍事機能やインフラ設備含めた国家機能が麻痺する国々が続出し、時代は2000年代初頭ぐらいに逆戻りする国が後を絶たなかった。


 東京なんかはテレビもネットも携帯電話も碌に繋がらず、ありとあらゆる場所が戦後日本の爆撃機で焼き払われ尽くされた悲惨な有様を連想させる状態であり、震災時でも礼儀正しい日本人でも暴徒化して災害救助で派遣された自衛隊に襲い掛かる市民は後を絶たなかった。


 これは神月町でも見られた光景だ。

 

「今頃自衛隊が何しに来た!」


「お前達の仕事は国民のために戦う事だろう!」


「知ってるぞ! お前達、セイン人の船を乗っ取ってドーマのクソ野郎どもと話合いしようとしたんだろ!?」


「それは本当か!?」


「こんな事をした連中と話し合いするつもりだったのか貴様達は!!」


 とにかく生き残った市民達は何かに取り憑かれたかのように自衛隊に襲い掛かった。


 まだ石を投げつけるのはまだ良い方で、掴み掛かって殴り飛ばしたり、そこら辺の物を拾い上げてきて叩いたり、酷い時は自衛官が市民達に集団でリンチされていたりしていた。

 そうでもしないと市民達は正気がが保てないからだ。


「隊長! また暴動が!」


「いいか、絶対手を出すな!」


「でも――」


「でも何だ!? 辛いのは皆同じなんだ!」


 自衛隊は皆精神的に深い傷を負っていき、誰もが涙を漏らしながら復旧作業に従事する。神月町の時の教訓で自衛隊には武器は持たされていない。

 また自衛隊員が誤って発砲して市民を殺害し、そして隊員が自決なんて事になったら泣きっ面に蜂だからだ。 


 敵は確かに撃退したがそれでも勝利とは呼べない物だった。

 


 ペガスの船内では――


「本当にやるのかユーイチ?」


「ああ。もう無関係でいるには犠牲を出し過ぎた」


 怜治はユーイチに問うた。

 周囲の人々は忙しく放送の準備に取り掛かっている。


「悪いが日本政府には生け贄になって貰う」


「・・・・・・他に方法は無いのか?」


「綺麗事で世の中は回らないんだよ。いや、もっと力強く意志を持って行動すれば綺麗事で片付いたかもしれない。だがもう東京は焼き払われた」


 そう言ってスマフォに目をやる。

 そこには撮影した東京の様子が映し出され、その光景を世界中に配信されて大反響を呼んでいた。


 これは布石の一つだ。


「東京は焼き払われたのはお前のせいだけじゃない」


「分かっている。だけど、それでも、もう罰を求めているんだ」

 

 ユーイチは変わってしまった。

 怜治からすれば大切な友人でもあり、そして恩人である。

 世界を救った救世主でもある。


 にも関わらず、ユーイチは一番辛い立場に立とうとしている。

 本当はこの役目はリミルが引き受けようとした。

 しかしユーイチはこう言った。

 

「例え断られても勝手にやる」

  

 と。

 だからせめて手伝う事にしたのだ。

 これからユーイチが行おうとしている事はある意味、日本全てを敵に回すのと同じだ。

 

 だがそうしないとペガスや協力している地球人達の、友達の立場が危うい。

 その為の行動である。


「準備終わりました」


 ペガスの占拠事件でのドタバタの最中、そのまま神月町からついてきてペガスでの作業に協力していた自衛隊の隊員がユーイチに呼びかけて来た。

 まるで上官に接するかの様な態度だ。 


「さてと――始めるか」


 ユーイチは特に表情を変えず、整えられた舞台に上がり、そして壇上の前に立った。


☆ 


 世界中の皆様、初めまして。私は安藤 ユーイチと申します。話の前にもう一つ知って貰いたい事があります。

 

 私は巨大な移民船――今となっては巨大戦艦となりましたが初めての襲撃の後に赤いロボットに乗って災害救助活動を行い、そして今日に至るまで共にセイン人の皆様と一緒に戦いました。


 町の暴動を鎮圧するために強引な手段を取った事もあります。

 その点に関してはここでお詫び致します。

 皆様には大変ご迷惑をお掛けました。


 もっと穏便な解決手段を用いるべきだと今では思っています。


 さて、皆様に本題を語る前に今日の悲劇に至る前の経緯をお話しましょう。

 

 惑星セインの人々は母星から脱出する際にこの巨大船ペガスに乗ってこの星、地球にやって来ました。


 惑星セインを侵略していたドーマ人はそれを追い、私が住んでいた町、神月町に不時着し、両者とは無関係である私が住んでいた町は焼き払われました。


 私を含めた神月町の一部の人々はセイン人と協力し、人型機動兵器に乗って最前線で戦いました。


 その結果、敵であるドーマ軍を大勢殺しました。


 日本の法律では違反なのでしょう。ですが、戦わなければ神月町は日本の地図から完全に消え去り、そこに住んでいた人々は私を含めて皆殺されていたでしょう。


 何故そう断言出来るのか? この東京がそうなったからです。


 東京スカイツリー、東京タワー、東京都庁――それだけでなく、目立つ建物や人が大勢居た場所は率先して奴達のビーム兵器で焼き払われました。

  

 遺体もろくに残っていません。


 ビーム兵器は現代戦車を数十両縦に並べて真正面から纏めて貫通する程の破壊力があります。それを標準装備しているロボットが人間に向けて撃てば塵も残りません。腕の一本ぐらい残っていれば良い方です。


 この惨状を招いたセイン人にも確かに問題があります。


 だが神月町にセイン人の人々が来た時点で最早地球人である我々ですら人事ではなかったのです。


 それはもう周知の事実であると思います。


 我々は神月町での悲劇を繰り替えさないためにも、絶望的な物量差に臆する事無く戦いました。

 

 ですが、この事態を防ごうとしたにも関わらず、我々の行動を自衛隊を使って邪魔をするだけでなく、暴力でこのセイン人の船を占拠した日本政府の行為は到底許し難い物であります。


 そして憲法九条を信奉する左翼組織、そして報道の自由と言う特権を私利私欲のために悪用し、自分達の都合の良い様に情報を操作する日本のマスメディアにもこの事態を招いた責任があると断言します。


 我々日本人は第二次世界大戦での悲惨な教訓から戦争の愚かさ、悲惨さを学び、そして憲法9条を守って生きて来ました。


 憲法9条の詳しい解説は省きますがようするに相手から攻撃を受けても政府の許可無しに交戦するなと言う難解な日本独自の交戦規定です。


 その条文を定めた戦後はそれで良かったかもしれませんが時代は変わり、憲法9条は平和の記念碑ではなく呪いとなっている事に気付かなかった。


 それを正す時間は幾らでもあったにも関わらず、軍事力を保有する事自体が悪だと断じ、戦争への道になると騒ぎ立て、反対意見をろくに聞かずに守り続けて来た歴史を持ちます。


 その結果が神月町での悲劇です。

 

 神月町で何が起きたのかはもう皆様もご存じでしょう。

 自衛隊にも批判の矛先が向いてますが自衛隊もまた被害者なのです。

 

 発端はセイン人の宇宙船が日本の領土に落下した事による物ですがドーマ人にとってはそれを単なるキッカケでしかなく、奴達は神月町を焼き払いました。

 だが政府は自衛隊を出動させず静観を決め込み、虐殺が行われたにも関わらず、あまつさえ航空自衛隊の戦闘機を通して政府は対話を試みました。


 結果はご存じの通り失敗に終わりました。


 その後は実質的な地球からの追放令でしたが、こればかりは高度な政治的、外交的問題も含まれていたため、単純に左田政権に批判を行うのは間違いでしょう。私が同じ立場だったら同じ決断をしていたかもしれません。


 ですが追放後に起きた戦いでドーマの本性を知ったにも関わらず、左田政権は自らの保身と私利私欲の為だけにこの船を暴力で占拠すると言う凶行に走り、我々は動きを封じられた!


 それだけでなく自衛隊に碌に迎撃準備もさせず、あまつさえ改めて対話を行うとまで断言し、そして今も尚東京での出来事をセイン人や我々に責任を擦り付けるため現実逃避して喚き立てている!

 

 重ね重ね言うが確かに我々にもこの惨事を招いた責任はある!

 我々の身動きを封じるように配置された自衛隊のヘリなどを構わず粉砕して迎撃に向かえば、東京の大都市がこんな風になる事は無かったでしょう!

 

 だが現実に起きてしまった以上、何時までも悲劇を嘆くのではなく、責任転嫁を延々と繰り返すわけでもなく、我々は前に進まなければならない!


 今地球圏には前回の倍以上のドーマの大艦隊が来ている!

 

 そして東京を焼け野原にしたのは僅か三百隻の艦隊で彼達の軍事規模からすれば挨拶変わりの規模です!


 情けない話ですが、もしも今地球圏にいるドーマ軍、一万の艦隊が全戦力をもって地球に侵攻し、世界中に分散するように侵攻されたら我々だけでは到底防ぐ余地はなく、この東京の様に世界中の大都市が焼け野原になる事も決して夢物語ではないのです!


 その為に我々地球人はセイン人と一緒に戦うだけでなく、ドーマの技術やセイン人の技術を学び、急いで軍事転用するだけでなく、宇宙に進出して防衛網を築く必要があるのです!


 その為の協力は惜しまないとリミル・アントン氏は言ってくれています!

 だからこそ世界各国も協力して欲しい。


 これは日本も例外ではないが、今回の一件の責任を認め、誠意ある対応をしない限りは一切の協力をしないとここに断言し、そしてセイン人の皆様も同じ気持ちである事を認識して欲しいものであります。


 長々と語りましたがこれで私の言いたい事は以上です。

 

 

 この一介の高校性の演説は様々な反響を呼んだ。

 

 神月町の一件で安藤 ユーイチ自信が有名になっていた(詳しくは第18話参照)のもあるが、その演説を行うタイミングや内容も様々な反応を示した。


 アメリカの大統領、トーマス・ブランウェンもそうだ。


「中々どうして、将来有望そうな少年じゃないか」


 ホワイトハウスのオフィスで大統領は安藤 ユーイチをそう評した。

 本職の政治家顔負けの演説だ。

 何気に自国に宣戦布告までしている。 

 人の善し悪しは抜きにして中々の逸材に見えた。


「大統領? どうします?」


「変わらないさ。以前話した通りビジネスを持ち掛ける。NASAの人間も厳選して送り込もう。それと日本政府は戦前からやり直して貰う。暫くは我々の傀儡としてこき使ってやらねば他の国にも、セイン人にも示しがつかんのでな」


「それもそうですね」


 米国内でも日本政府の数々の常識外れの行動に批判の声が上がっている。

 日米同盟を見直すべきだと言う声も大きい。

 そして東京が焼け野原になった一件もこの演説で益々日本は国際的に孤立していき、日米同盟にも致命的な亀裂が入るだけでなく世界中から批難の的となるだろう。


 そして日本は輸出国家であり、輸入国家でもある。

 国際的に孤立すると言う事は国家として大きな衰退を招く。

 

 だが日本は米国にとってユーラシア大陸の東側に干渉できる基地でもある。

 それを手放すのは惜しいし、アレだけの愚行をしたとは言え日本が世界経済に与える影響力は無視出来ない物がある。


 それに上手い事やれば票稼ぎが出来ると目論んでいるのもあった。


「それとこの安藤 ユーイチと言う少年のプロフィールを知りたい」


「この少年の事ですか? 必要かと思って用意していた甲斐がありました」


「ふむ」


 そう言ってファイルを受け取る。


「あの宇宙船に最初期から接触し、そしてロボットのパイロットでもあると同時に宇宙での決戦での功労者でもあるか・・・・・・」  


 流し読みしただけでも冗談みたいな経歴が記されていた。

 思わず苦笑する。


「彼がいなければ地球はドーマの植民地にされていたでしょう。控えめに行って地球を救った英雄と言ってもいいでしょう」


「異性からの来訪者と一緒に彼と一度接触してみるのもいいのかもしれないな。ああ、手荒な手段は使わんでくれよ。日本政府の二の舞はごめんだからね」

  

「畏まりました」  

 

 そして大統領は本格的に動く事を決意した。 

 


 ヨーロッパの財団を纏め上げる男、フェイルは――


「日本に向かう日程を早めるとしよう。全ての予定は可能な限りキャンセルだ」


 屋敷でそう決断した。


「ですがまだ日本は危険です」


「今は危険を冒さなければならない時だ。そして私も表舞台に上がる準備をしよう」


「閣下がですが?」


 遂にその時が――補佐官である彼女はそう思った。


「あの安藤 ユーイチと言う少年の目は覚悟した人間の目だ。そしてそうさせてしまったのは我々の不甲斐なさが招いた悲劇だ。それに人類にはもう一刻の猶予も無いだろう。我々人類が試される時が来たのだ」


「だから表舞台に上がると?」


「そのつもりだ。そしてセイン人やあの少年達と肩を並べてドーマと戦えるようになった時、初めて我々は戦友と成り得る。その為に出来うる限りの事はしよう」


「分かりました。我々もお供します」


 深々と女性は頭を下げた。

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