第9話「理不尽な戦後処理」


 すっかり日が落ち、二度に渡る激戦で街はすっかり廃墟となった。

 自衛隊はまだ来ておらず、市や警察、消防が対応に当たっているが上の方も混乱しているらしく現場の判断で動いているような状態だ。


 事態が収まったら一瞬で群がるマスコミもこの時ばかりは来なかった。

 震災と戦場では勝手が違うからであり、それに前回の戦いで敵に問答無用で撃墜された報道ヘリも多く居たせいだ。


 それにまだ敵は衛星軌道上に待機しており、月から援軍が来ているのが諸外国の学会から報告されている。


 そんな中でもリミルや怜治を始めとしたロボット乗り達は災害救助活動を行っている。

 ハジメが乗る戦車型のアストロシューターやまだ操縦に不馴れで四十m級の巨大ロボを駆るレイカはぺガスに帰還させた。

 変わりにセイン製のアームド・セイバーに乗って救助活動に参加している。


「一応言われて食事とか日用品とか掻き集めたいいが? 金はどうする?」

 

 怜治はユーイチに尋ねた。

 

『政府か自衛隊に請求して下さいって書いとけ。とにかくスーパーの生物とかを優先的に集めろ』

 

 と、ユーイチは即座に返す。


「何かお前、豪快って言うか何て言うか性格変わったな――」


『だろうな』


 怜治はユーイチの変わりように複雑な気持ちを抱きつつ、街中から略奪紛いの徴収を行っていく。

 

「そういや本当に自衛隊はまだか?」


『結局戦闘機のパイロットを死なせに行っただけだもんな――たぶん今もどうすれ穏便に解決できるか考えてる最中だろうぜ。もしくは国外逃亡考えてる算段しているかもな』


「漫画の悪徳政治家じゃ無いんだからそこまでは――」

 

 楽観的に言うが内心では「ここまでやり合ってどう穏便に解決するんだ?」と内心疑問に思った。


『一つ言っておいてやる。現実の悪徳政治家は漫画の悪徳政治家よりどうしようもなく無能なんだよ。特に日本の場合はな』


「はあ・・・・・・」(今更だけどユーイチって政治や軍事にも詳しいんだな・・・・・・)


 などと感心しつつも暗澹たる気持ちになった。 


『覚悟しとけよ。セイン人巻き込んで俺達に責任擦り付けるぐらいの事はやって来るぜ』


「そ、それこそ考えすぎだろ!?」


 恐いユーイチの想像に怜治は身震いした。


『一応言うがこれでも希望的観測だぞ? 最悪、俺達を犯罪者扱いにして大国に売り飛ばしたりして亡命の材料にして日本を見捨てるぐらいの事は想定してる。もしくはあの巨大移民船に自衛隊を送り込んで制圧して交渉の材料にするとかか?』


「分かったから止めてくれ――てかこの通信、リミルさんにも届いてるんじゃ?」


『そういやそうだな。まあいいか、二度も言う手間が省けた』


「本当に変わったなお前――」


 本当にどうしてしまったのだろうかと怜治は心配になってきた。

 

『ああ・・・・・・なあ怜治?』


「何だ?」


『・・・・・・今後の政府の出方次第では、俺は――この国を、日本を見限るかも知れない』


 怜治は一瞬耳を疑った。

 だが冗談には聞こえなかった。

 怜治はただただ「そうか」としか返せなかった。 



 ドーマ艦隊。


 暫定的に太陽系先遣派遣艦隊と銘打たれていた彼達は今も地球の衛星軌道上にいた。

 この地球と言う辺境の田舎惑星は未だ宇宙進出すら覚束ないようである。


 それにセイン人やあの巨大船も打って出る気配が無い為にノンビリとここで体勢を立て直す事が出来るのだ。 


『失態だったなエーゲル』


 前回の戦いで大損害を出した艦隊旗艦「シュテルケ」の艦長であり、司令官でもあるエーゲルは月に駐留している艦隊司令である、黒い軍服の男、ケントニスから艦のモニター越しに報告を行っていた。

  

 周辺では赤い軍服の軍人達が作業に勤しんでいる。


「申し訳ありません――まさかあそこまでの大兵力を持っていたとは――」


『本来ならば厳罰物だが、逆に上層部は益々確信したようだ』


「あのペガスを手に入れる事ですか?」


『そうだ。ペガスを手に入れれば我々は銀河の覇者となれる。それに偶発的とは言え、振り上げた拳を降ろすわけにもいかんしドーマ人としての面子もある。報復しようではないか』


「報復でございますか?」


『そうだ。だがその前に地球人の事を学ぶのだ』


「蛮族の事をですか?」


 不満そうに言う。

 モニターにいるケントニスも『ペガスを手に入れる為だ。仕方あるまい――』と愚痴を零した。

 この辺りドーマ人がどう言う目で地球を見ているのか分かるだろう。


『この地球と言う星は蛮族の星らしい複雑怪奇な星らしく、我が情報部も苦慮している。今はニホンと言う地域国家を優先的に調べさせている』


「ニホン? あのペガスが降り立った国の事ですか?」


 エーゲルもそれぐらいの事は掴んでいた。


『そうだ。まだ断片的な情報しか上がって来ないが――中々に奇妙な国でな。前回の戦いの時、おかしいとは思わなかったかね? どうしてこの国の軍隊は何もしてこなかったのか?』


「停戦勧告を呼び掛けましたが――」


『それだ。最初は我々との対立を恐れているのかと思えばそれだけではない可能性があるようだ』


「と言うのは?」


『あの国の指導者達は我々との戦いを恐れているのではない。戦いその物を恐れている。セイン人とは似て非なる性質を持つ連中である可能性を持っている』


 と、早くもドーマは日本の事を理解しつつあった。



 すっかり日が落ちた頃にようやく自衛隊達が到着した。

 何時もの災害派遣と同じ装備である。

 しかし同時に、重大な任務が与えられていた。


 海上に不時着した異星人の船の拿捕。

 散乱した人型機動兵器の回収。

 

 そしてあの巨大な宇宙船は何なのか。

 侵略して来た連中は何物なのか。

 その調査が含まれていた。


 その前に自衛隊には敵と戦うよりも、過酷とも言える試練が待ち受けていた。

 どんなに過酷な軍事訓練を受けた軍隊でも一生物のトラウマを負いかねない試練。


 それは助ける筈の救助者に罵倒されると言う内容の物だ。

 普通こう言う事を行うのは災害地の県外から来た平和市民団体とかが行うのだが、今回ばかりは普通の人が行っているのが一番の違いだ。


 インターネットが普及した今の時代、一般市民達も断片的ながらある程度状況を掴んめる時代だ。

 

 政府は自分達を見捨てた。

 自衛隊は何もしてくれなかった。

 変わりに戦ったのは異星人と現地の学生達。

 災害救助に遅れたのは異星人との戦いに巻き込まれるのを恐れたから。

 その変わりに異星人やそのロボット達が助けてくれた。

 

 それだけの情報でも怒りの矛先が自衛隊や政府に向かうのは十分だった。

 

 地震や津波などの災害でこうなったら市民達も対応も違っただろう。

 だが今回はスケールは壮大なれど本物の戦争に巻き込まれたのだ。

 そして自衛隊はほぼ何もしなかった。

 そのせいで皆怒らずにはおれず、本来の目的の為に率先して戦わねばならない自衛隊に対して怒りを市民は爆発させたのだ。


「どうしてスグに駆け付けて戦ってくれなかったんだ!?」


「お前達一体何の為に存在してるんだ!?」


「そんなに戦いたくないなら自衛隊なんか辞めちまえ!」


「お前達が持ってる武器は飾りか!?」


「守るべき国民を見捨てて今更ノコノコやって来てお前達一体何の為に存在してるんだ!?」


 と一部抜粋しただけでもこれだけある。

 石をぶつけられ、中にはぶん殴られた隊員までいた。


 だが被災者の中にはどうでも良いから早く自衛隊に怪我人を見て欲しいと言う人もいて市民同士で口論になり、それを落ち着かせるために自衛隊は制止を掛けようとするが「気持ちは分かりますが落ち着いて下さい!」→「何が気持ちは分かるだバカ野郎!」と更に火に油を注ぐ結果となったり――と言う悪循環までもが発生していた。

 

 国会議事堂周辺でも無秩序な抗議デモが行われ、一触即発の空気になり、政府関係者であれば誰彼構わず襲撃されかねない程に危険な状態になっていて政府機能は麻痺していた。

 

 そして避難先の一つである神月高校でも彼達は皆自衛隊が敵にしか写らなかった。

 戦いのキッカケの一つの要因となったセイン人を擁護している状態だった。

 この状況を知ってリミルも困惑していた。


「巻き込んだ我々が悪い筈なのにどうしてこうなってるんですか!?」


「正直これ日本人にしか分からない感覚かもな・・・・・・ユーイチも「今頃かよ」って叫んでどっか行ったし――」

 

 リミルと怜治は遠目から神月高校の様子を見ていた。

 てっきりリミル達は自分が罵倒されるかと思っていたが、想定外の状況に困惑していた様子だった。


 怜治もまさかこうなるとは思っていなかった。

 ある意味では最悪の事態だが内心ではどうしても怒る連中の気持ちは分からないでも無かった。

 場の流れとは言え、自衛隊の変わりに町の人を守るために戦ったのなら尚更だ。

 どうしても「今頃来たのかよ」と思ってしまう。


「聞いたか!? こいつら災害救助のついでに宇宙人のテクノロジーを手に入れようとしているんだ!」


「今更ノコノコ来たと思ったら結局目的はそれかよ!」


 二人にそう言う声が耳に届いた。

 自衛隊の隊員達が取り囲まれて、胸倉を掴まれたり罵声を浴びせかけられたりしている。どうやら皆、自衛隊に対して疑心暗鬼になっているようだ。


 勿論自衛隊はやり返す事が出来ない。と言うか雰囲気的に出来なかったし、戦争に巻き込まれた人々の言い分は正しくもあるので言い返せなかった。下手に言い返したら逆に収集付かなくなる。


「ヤバイヤバイ! あのままじゃ死人が出かねんぞ!」

 

 自衛隊は規律正しい世界最高峰の軍事組織であるが、全員が全員聖人君子ではない。人の集まりである。

 このままでは隊員の誰かが暴発してしまう可能性を怜治は危惧した。


「私がどうにかして止めないと!」


「ば、バカ!」


 そうしてリミルは両者の間に割って入るように現れた。

 そして彼女はこう訴えかけた。


「戦争に巻き込まれた皆さん! そしてニホンの軍隊の皆さん! 私の名はリミル

・アントン! あの巨大な移民船ペガスに乗ってこの土地に降り立ったセイン人の一人です」


 と、大声を張り上げてこう切り出した。

 修羅場の空気が一転してシーンとなる。


「本当に、本当にごめんなさい! こうなったのは私達が不甲斐ないばかりなんです! そもそもこの町が戦争に巻き込まれたのは私達セイン人にも責任があるんです! それでももし、私達の事を許して下さると言うのなら、どうか地球人同士で争わないでください! お願いします!」


 そう言って彼女は頭を下げた。

 皆が皆、避難した人間も自衛隊も罰が悪そうな顔になる。

 取り合えず冷静になったがそれでも啜り泣く声が彼方此方で聞こえた。 


「他の避難場所も同じ事が起きてるんですよね? 案内してくれませんか?」


「あ、ああ――」


 そうして二人は街中を駆け回ろうとした。


「待ってくれ。私達が案内しよう」


 そうすると自衛官が現れた。

 やはり鍛えているだけあって軍服越しでも分かるぐらい体格が良い。  


「お願いします。彼も同行させて下さい」


「この少年は?」


「彼は私達の為に戦ってくれた少年です」


「そうか――」


 そうしてリミルと怜治は自衛隊の車両に乗り、懸命に市民と自衛隊との衝突を説得して周る。

 その最中で色々と質問された。

 セイン人やドーマ人の事。

 戦いの経緯など。


 遠くでリミルが説得している中、怜治と運転して運んでくれた自衛官と二人きりになった時に怜治がロボットに乗って戦った事を喋った。

 インターネットが普及した世の中、もうバレてるだろうから正直に名乗り出た。 


「そうか、君が戦ってくれたのか・・・・・・」


「普通ここは大人として怒る場面でしょ・・・・・・」


「そうなんだが、今に至る経緯を考えるとな・・・・・・」


「そうか・・・・・・俺の友人が怒り狂ってたぜ。今頃かよって・・・・・・赤いロボットに乗って戦って複数の敵を相手取ってたからな。かなり恨んでると思うぜ」


「そうか・・・・・・君も我々を恨んでいるのかね?」


「恨んでないと言えば嘘になりますね。でも冷静に考えたら自衛隊全部に責任を負わせるのは間違いだと思ってます」

 

「・・・・・・俺は様々な災害派遣を経験した事がある。しかしここまで過酷な災害派遣――いや戦地の派遣と言うべきか――は経験した事がない。昔、自衛隊が悪く言われた時の彼達も今の自分達の様な気持ちだったかもしれない――自衛官である前に一人の男として言わせて欲しい。ありがとう」


 自衛隊員はとても辛そうな表情をしていた。

 自分よりも厳しい訓練の日々を耐え抜いた屈強な男が軽く涙目になっている。

 余程堪えたのだろう。

 怜治はあえてその事に触れなかった。


 こうして激動とも言える一日は幕を降りようとした。

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