最後のピース

 ひとり戦うユキのもとへハルを送り出した僕は、再び星の書に向き直った。


 ハルが来てくれてよかった。


 大きく深呼吸する。


 ハルのお陰で行き詰った頭の中をリセットすることができた。


 息を吸い、もう一度吐く。

 そして僕は、ホロスコープの星位置を未来方向に一刻分動かした。ユキの命運が尽きるまで、もう半刻を切っている。だから当然ホロスコープからはユキの星が消えている。


 思い出せ。星の書が特別たる所以を。星の書がもたらした特別な思想を。


 僕は、僕の星の近くにユキの星を描き込んだ。


 どうせならうんと欲張ってやれ。


 光度を勇者の星と同じに。大きさも今のものよりも大きく配置した。


 星の書が僕に与えたもの。それは現在から逆算して過去を導き出すという考え方だ。そのやりかたでホロスコープを作ることができたのだから、望む未来を描き、そこへ至る道筋も、ホロスコープから導けるはずだ!


 ユキの星から過去――つまり現在――に向かって線を伸ばしていく。単純に線を引くだけなら簡単にできる。けれどそれは作り得る状況でなくてはならない。例えば、人間を皆殺しにした上でレドネアを占領するとか、魔族の犠牲を一切出さずに人間を退けるとか、そんな夢物語への道筋なんてとても見つけられない。


 全てを救うことはできない。僕は万能じゃないから。だから、ほんの些細なことでいいんだ。勇者から魔王を守る。それが叶えばあとはもう……。


 慎重に線を引く。全ての星の調整をする必要はない。時間がないから使うのは数名だけ。ユキと、勇者と、ハルと、僕と、あとは力の強い、利用できそうな鬼族や竜人の星の動きを調整していく。ある程度辻褄が合うように配置してやればあとは自然に他の星たちの動向も導けるはずだ。


 けれど、なかなか思うようにいかなくて、こっちを整えればあっちが乱れ、あっちを整えればこっちが乱れ、上手く嵌まらないパズルを延々と解かされているような、そんな苛立ちが僕のなかに募っていった。


「どう足掻いても勇者伝説は覆せないってことか……それとも、何か見落としている?」


 ほんの小さな欠片でもいいと、縋る思いで僕は狭まっていた視界を広げた。顔をあげると無数の星々がひしめき合っているのが見える。もしかしたらまったく知らない星が、重要な役割を担っているのかもしれない。けれど、それを見つけ出したとして、その星の持ち主がわからなければ結局意味はないから。

 だから僕は、知り合いの星を順番に辿っていった。占星塾の学友たち、占星院の同僚たち、父さん、兄さん、ヒャクライさまに、マリアやミレイまで。そしてついに《彼女》の星に手を加えた時、僕は運命を切り開く可能性を見つけた。そして彼女の星を含めた未来から現在の星図を描きなおしていった。


「……繋がった!」


 見つけた一筋の光は許されざる手段だった。しかし、恐ろしいのはそれでも勇者を殺せないことだ。

 僕は星の書を閉じる。僕を包み込むように展開していたホロスコープが消えた。戦場を一瞥するが、急いで踵を返すがその足取りは重かった。


 庭を出た僕は、魔王城の薄暗い廊下を地下へ向かった。衝撃音が鳴るたびに天井からパラパラと小石が落ちてきているところを見ると、上で繰り広げられている戦闘の激しさを想像することが出来る。


 僕が向かったのは使用人たちが避難している地下室だ。青銅製の扉をガンガンと叩いて名乗ると、遠慮気味にゆっくりと開いた。


「占星術師さま、このような場所にどういったご用件でしょうか」


 中から出てきたのは知らない執事だった。


「魔王陛下の専属庭師がここにいるはずだけど、出してもらえるかな。メルテっていうんだけど」

「……少々お待ちくださいませ」


 丁寧にお辞儀をして執事がなかに引っ込むと、ほどなくして不安げなメルテが扉から姿を表した。


「イルベルイーさま、いったいどうなさったんですか? 魔王さまは……」

「……」

「……?」


 僕は無言でメルテを見上げた。それは逡巡していたからなんだけど、僕の心の内など知る由もないメルテは傾げた頭の上にハテナマークを浮かべていた。


 何を迷っているんだ。そんな時間など無いというのに。


「メルテ、一緒に来てくれないか」

「! はいっ」


 即答する彼女に僕は思わず苦笑いを浮かべた。




 メルテを連れ出した僕は今の魔王城で二番目に高い塔を目指した。一番目の塔は、占星院の星見の塔だけれど、もう崩れてしまったから。


「イルベルイーさま、いったいどこへ?」

「メルテ、もうさま付けなんてしなくていいよ。丁寧な言葉づかいも必要ない」


 魔王城で生きていく上で必要なことだとユローが教えたことだけど、多分、もう必要ないことだ。


「……魔王さまに何かあったの? イルベルイーお、おにいちゃん」

「今、ユキと勇者が戦ってるんだ」


 塔の螺旋階段を上っている足を止めたメルテ。振り向くと、彼女は不安げに眉をハの字にしていた。


「……ごめん」

「え?」


 どうやら勇者はメルテに気があるらしい。それはホロスコープでわかったことだけど、数年前メルテがデキンで生きると決めた時、勇者がその場にいたとユローが言ってた。だからメルテをだしに勇者を意識を揺らす作戦を立てたんだ。


「危険な目にあうかもしれない」


 人間は脆いから、近くで爆発があっただけで死んでしまう。勇者の発する光に呑み込まれ、あの発火現象に見舞われれば見る間に肌が焼けただれてしまうだろう。


「そんなの、私が役にたてるならなんだってします!」

「……」


 僕はまた、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

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