魔族殺し
方針が決まればすべきことも決まる。つまり迎え撃つ準備だ。人狼族は群れて行動する習慣があるため、種族の名前が上がった時点で間違いなく集団だし、天狗族も『黒い羽が空を覆う』と出てたので、恐らく複数だろう。対するこちらは対抗できる戦力は竜人族のハルだけだ。せめて人間相手なら僕も戦えたのだけれど、魔族相手だと分が悪い。ただ、ハルにも問題があって、
「そう……ドゥーアは折れてしまったんだ……」
戦場でハルを発見した時、傍にあった愛槍ドゥーアが折れていたことを告げると、ハルはとても寂しそうな表情を浮かべた。数十年、もしかしたら百年以上ともにあった相棒なのだから当然だろう。
そう、ハルの問題とは、武器がないことだ。
「それでも戦えなくはないけどね。天狗族と人狼族でしょう? 巨人族や雪人族ならまだしも」
「複数だよ?」
「武器がなくても、魔法があるし」
「僕も戦えたら良いんだけど……」
本当に情けないと思う。
「前にも言ったけど、イルは私に知恵を与えるのが役目」
腰を上げて手をついたハルは、僕に言い聞かせるように人差し指を立てた。彼女の顔越しに、腰からきゅっと上がった小さなお尻が見えた。慌ててハルの顔に視線を固定する。目と鼻の先には僕の姿を映す瞳。
「ああ、そうだったね」
僕は深く頷いた。
作戦を立てる前に、もう少し解釈を煮詰めてみようと思った。ハルは言った。作戦なんて不要だ、と。そりゃあ竜人族のハルからすれば一対多であっても、天狗族と人狼族の部隊なんて歯牙にもかけない程度の戦力差だ。それこそ、勇者と魔族のような……言ってて悲しくなるけど。それでも、情報があるのとないのとではまったく違う。圧倒的武力でもって常に先手をとることほど確実なことはない。
さて、占いはこうだ。『二つの星が瞬く時、黒い羽は空を覆う。通り雨は赤い……対岸には死を告げる軍勢。兄弟はすでに死んだ。黒い羽が彼の魂を彼方へと連れて行ったから』
時期についてはこの際どうでもいい。欲しいのは時系列の情報。
「通り雨は赤い、が先にくるってことは、すでにどこかの集落を襲った後なのか、それとも人狼族が来る前にミレイが殺されるのか……」
魔王軍が次々と勇者に壊滅させられている現状を考えれば、目立つ行動派避けるはず、なら後者だ。
それにしてもこの状況のなか、こんな部隊が編成される理由ってなんだろう。まさか僕らの捜索? 一応竜人族と白羊族の宗家の子で、竜人族のハルは貴重な戦力だし、僕は勇者ホロスコープを作るという使命を帯びている。捜索する価値はあると思うけど、割に合わなすぎる。
通例から考えれば数名の天狗族が人狼族の部隊を率いているというところか。相性は良いだろうね。時間はきっと夜だ。まず天狗族が空から様子を窺い、用がなければ素通りするだろう。きっと素通りできない何かが起こるのだ。
不明なところは多々あるけれど、一応時系列はできた。あとはその時を待つだけだ。
ある新月の夜、僕はかすかに聞こえる風切り音に目を覚ました。心地良い風が頬を撫でる夜だ。生憎の曇り空で星は見えないけれど、夜目が効く天狗族の夜間偵察にはもってこいの環境だろう。ハルも僕の隣で目を覚ました。流石にワンピースでは戦いにくいということで、急遽、マリアが縫製した短パンを履いている。
星詠みをした日から、僕とハルは野外で睡眠をとった。もちろん魔族を警戒するためだ。そして今まさに、黒い羽がこの家の庭に舞い降りた。
「やや! 貴方はもしやオーヴェス家のご息男、イルベルイーさまであらせられますか?」
上空からゆっくりと降下して、ひとりの天狗族が僕に尋ねる。
「ええ」
現れた天狗族は三人。真ん中の一人が庭に下りると、左右の二人が上空で周囲を警戒した。暗闇に紛れているハルにはまだ気づいていないようだ。
「このようなところで一体何をしておられますか?」
訝しげな顔をしているが、僕が何者かを知っているのであれば、当然僕が帯びる任務内容を知っていてもおかしくはない。もちろん、何も知らせられずに捜索だけを任じられた可能性もある。
「それはこちらのセリフです。魔王軍が大変なときに、あなた方は鮮烈を離れて何をしておられるのですか」
「もちろん、貴方さまの捜索でございます」
「捜索?」
「ええ、はい。御存知の通り、魔王軍はすでに壊滅状態で、つい先日、最後の部隊も勇者に壊滅させられてしまいました。撤退するにも、敗残兵を集めることすら困難を極めております。ですので、撤退には――」
彼が話している途中、家のなかでキィと音がした。気を張ってたおかげで僕の耳でもたしかに拾えた。誰かが扉を開けたのか、あるいは足を下ろした床が鳴ったのか。とにかく庭の空気に緊張が走った。
有無を言わさず錫杖を掲げる上空の二人。一瞬で魔力が錫杖に集められる。魔力の用途は誰の目から見ても明らかだ。僕がとっさにハルの隠れている方を向くのと、二人の頭が吹き飛ぶのは同時のことだった。
暗闇に向けた僕の視線の先に、すでにハルはいない。錫杖を掲げた二人に襲いかかったハルは、反応すらできずにいる真ん中の男の鼻先に降り立った。
「??!?!」
驚きのあまり動くことも声も出すこともできない天狗族の男。背後でふたりの仲間がどしゃっと落ちる音がして、ようやく何が起こったのかを知った。
「りゅ、竜人族……」
「森に隠れている連中を連れて帰れ。イルベルイーはわた、俺が連れて帰る」
男を見上げて凄むハル。竜人族の圧倒的な武力の前に気圧されつつも、男は食い下がった。
「し、しかしそれは我らのしご――」
「天狗族と人狼族の部隊よりも、俺が劣ると?」
「う……」
たじろぐ男は、足元に転がる仲間の死体を見てハルに問う。
「に、人間に肩入れするのか?」
「恩人なんでね」
「…………わ、わかった」
両手を上げて手のひらを見せる。無抵抗の意志を示しながら男は二歩下がる。そしてハルの目を見ながらゆっくりと空へ舞い上がった。そして僕に視線をあわせて言う。仲間を殺され、けれど何もできない。男の顔はそんな恨めしそうな顔だ。
「では、お早いご帰還を」
「……はい」
男は背を向け曇天に消えた。やがて羽音すら聞こえなくなる。緊張が解けたことに安堵の息を小さく吐いて、僕はハルに駆け寄った。作戦成功だね、なんて声をかけようとしたけれど、ハルが足元の石を拾い上げたことで口から出た言葉は変わった。
「なにしてるの?」
「んー……」
答えるより見せたほうが早いと、ハルは大きく振りかぶり、全力で礫を暗闇に放り投げた。いったいどれだけの速度で投げればそんな音が鳴るんだ。ボッ! か、ゴッ!か、とにかく空気の層が貫かれた音だろう。
ハルが狙ったもの。それは僕にもわかった。けれどわざわざ逃しておいてすることか?
「どうして?」
「ああ、あいつが魔力を集めたのを感じたから。思った通りだった」
「へ、へぇ」
まったくわからなかった……。
「それじゃあ、ちょっと人狼族と話をしてくるよ。まあ、あいつらのことだから戦いになると思うけど」
人狼族は竜人族が嫌いだ。というより、劣等感を持っているといった方がいいだろうか。良く言えば憧れ。しかしプライドがそれを表に出すことを許さない、面倒な人種だ。そんな彼らが、自分たちを率いていた隊長を殺したハルの言葉を素直に聞き入れるとは思えない。
「……まあ、仕方ないよね」
ハルは頷くとふわりと飛翔し、森の方角へ消えた。
後から聞いた話しだけど、人狼族は五十名ほどの部隊だったようで、天狗族の隊長が撃ち落とされるのを見てマリアの家に向かっていたそうだ。彼らがこの家に辿り着いていたとしても、天狗族を三人も殺せる者がハルしかいないという状況を見れば、間違いなく戦闘になっていたと思う。
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