星詠み

 翌日、僕はマリアのホロスコープを取り出した。そして展開して今まで見てきたレドネアの星図から、関係ありそうな星の動向を描き込んていった。昨晩、写しとった星図が最新だ。まだ十分ではないとはいえ、三年前よりかはマシな占いができると思う。


「はじめて見た……」


 隣でハルが感心している。ワンピース姿のハル。ハルが女の子になってから変に意識してしまって、ドキドキする。いやいや、集中集中! 

 僕はホロスコープに向き直る。描き込みが終ると上から押して立方体にする。そして箱の天面から線を伸ばしてマリアの運勢を占った。マリアもミレイも、その様子を固唾を呑んで見守っている。


「…………」


 だめだ、ミレイの星が途中で消えている。しかもこれは……。

 ホロスコープを閉じた僕は、最初にマリアに向けて首を振った。マリアはなんとも苦々しい顔をした。


「でも、三年前は情報が少なすぎて、それがいつかはわからなかったけど、今回はもう少し詳しくわかったんだ」


 自分の運命を知らないミレイと、事情を知らないハルはきょとんと首を傾げた。


 結果を発表する前に、マリアがミレイと話をする時間を挟んだ。残酷な運命を告げられる心の準備をさせるためだ。どれだけ残酷な運命でも、どれだけミレイが幼くても、だって自分のことなんだ。知りたくなかったと嘆いたとしても、知るべきだと僕は思う。知らなければ運命に抗うことすらできないから。天然で改変できるほど、運命は曖昧なものじゃない。しばらくした後、部屋に入ってきたマリアとミレイ。ミレイの顔はさすがに青ざめていた。


「僕が占ったのはマリアとミレイの今後。特に、マリアとミレイが離れ離れになって、その後でミレイが死ぬというところ」


 ミレイの肩がビクリと震えた。


「三年前は、あやふやなことしかわからなかったからね。今ならもっと詳しいことがわかると思ったんだけ。それで、結果なんだけど、今から半月以内にマリアとミレイが引き割かれる事件があって、その時にミレイが死ぬ。新たにわかったのは、半月以内ってところと、事件の最中に死んでしまうということ。あくまでもマリアの星を中心にした占いでわかったことだから場所まではわからなかったよ……」


 暗くならないように淡々と言ったつもりだったけど、やっぱり無理だよね。部屋はすでにお葬式ムードだ。


「ちょっと待って。不安を煽るために占ったわけじゃないから」


 残酷な運命に従ってまで僕らを助けてくれたふたりに恩返しがしたいからだ。あんまり長くはいられないけど、半月くらいならなんとかなる。


「占星術師の仕事は運命を告げるたけじゃない。僕も手伝うから、頑張ってみよう」

「わ、私も手伝う!」


 ハルも強張った顔でミレイに手を出した。ミレイはハルの手をとって、「がんばるっ!」と頷いた。




 さて、運命に逆らうにはまだ材料が不足している。せめてキーワードだけでも洗い出さないと。ひとまずみんなと解散した僕は、借り部屋に篭って再びホロスコープを開いた。


「……どうしたの? ハル」


 彼女は隣に座ってじっと僕の様子を窺っている。


「わ、わた、私もすることがなくて……外に出られないからふたりを手伝うこともできないし」


 ハルの角は僕のと違ってフードで隠せる形ではないからね。


「迷惑、かな……」

「良いよ。そうだ、後でハルの宿星も教えて欲しいな」


 半ば当てずっぽうで正解を引いたけど、一応本人に確認をとっておきたい。


「うん!」

「それと、僕のなかではもうちゃんと女の子なんだから、いちいち戸惑わなくて良いんだよ」

「だ、だって女の子って、どうすればいいのかわからなくて……」

「お姉さんがいるんだよね?」

「うん」

「じゃあ、お姉さんの真似してみたら?」

「…………イ、イルベルイーさん、マリアさんミレイさんの運命を変えられるように、お互い頑張りましょうね!」

「名前は普通で良いでしょ」


 不器用なハルが可笑しくってつい笑ってしまった。拗ねたハルが赤い頬を膨らましたところで、僕はホロスコープを展開する。青い光がぼやっと部屋に広がった。

 注目するのは天面より上の半月の間だけではない。そうだな……一応、三年前の憲兵たちの影響も見ておこう。ピンポイントで拡大して小さな変化を辿り、縮小して全体のうねりをなぞった。それを今までに蓄えた膨大な量の解釈と照らし合わせて詠んでいくのだ。


「……二つの星が瞬く時、黒い羽は空を覆う。通り雨は赤い……対岸には死を告げる軍勢。兄弟はすでに死んだ。黒い羽が彼の魂を彼方へと連れて行ったから」

「……」


 詠み終えると僕は、ホロスコープへの魔力供給を絶ち、袋に入れて鞄にしまう。星詠みの内容を反芻していたから無言だったけれど、ハルも黙って僕が口を開くのを待った。


「うーん……」

「どういう意味?」


 ハルの問いかけに答える前に、僕は辺りを見回して誰もいないことを確認する。できればマリアたちに知られる前にハルに相談したかったからだ。


「二つの星が瞬く時というのは、時期のことだね。かなり近い。それから……」

「?」


 少し、言い淀む。


「……黒い羽というのは天狗族のこと、死を告げる軍勢は人狼族を意味する言葉なんだ」

「魔族が絡んでいるってこと?」

「敗残兵でも押しかけてくるってことじゃないかな、多分。兄弟はどういう意味だろう」

「ミレイのことじゃないの? 天狗族が遺体を持ち去ったとか」

「うーん……」

「なに?」

「ちょっと、不自然かなって」

「そうなんだ」

「うーん……」


 ミレイのことなら兄弟でも女性名詞の姉妹と解釈できるような結果になるはずだ。誤差といえば誤差。デキン生まれデキン育ちで、生まれたときから星を記録されてきたような者のホロスコープというわけではないので、多少のズレは大いにありえる。けれど、どうにも違和感が拭えなくて。


「でも、どうして遺体を持って帰るの?」

「それは……」


 門外漢のハルに意見を聞いてみたり。そんななかで思いついたことがひとつ。


「もしかして僕らのことか?」


 可能性はある。敗残兵、あるいは僕らを捜索していた者たちがこの村を訪れたとき、マリアたちを殺さないとは限らない。僕らはその時、彼らを止めることができるか。場合によっては殺さないと止められないかもしれない。助けを請う暇すらなく瞬殺されるかも。『魂を連れて行った』というのが、僕らが彼らの意向に背かないことを意味しているのだとすれば筋は通る。


「ハル」

「うん?」

「もしかしたら、天狗族や人狼族を殺さなきゃ助けられないかもしれない」

「そう」


 ハルは短くそう答えてから口を閉ざしてしまった。僕にはその沈黙の意味がわからない。自分がどうするべきなのかを考えているのか、それともすでに答えが決まっているのか。僕は……マリアとミレイは助けたいけれど、魔族の仲間も殺したくない。占いの感じだと説得は不可能だ。僕はわずかな望みをかけて解釈に誤りがないか確認しようと星詠みの結果を思い返していると、


「竜人族ってさ、魔族だからって仲間だとか、そういう人狼族や白羊族みたいな考え方、あんまり持ってないんだよね。魔王さまへの敬畏はあって、それで他の氏族とは敵が一緒ってだけ」


 と、ハルが話してくれた。


「それは、ハルも?」

「そうだね。だから、まあ、なんていうか、正直答えなんてとっくに決まってるんだよね。つまらない魔族同士の馴れ合いより、私は命の恩人を大切にしたい」


 ハルは言い切った。その双眸には微塵の濁りもない。

 つまらない馴れ合い……たしかにそうかも。僕はユキを守りたい。そしてそれを続けさせてくれたのはマリアとミレイのふたりだ。だったら、その恩には報いなければならない。その思いに魔族とか人間とかは関係ないから。


「うん、そうだね」


 腹は決まった。

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