審問会

 レドネアに帰還して四日後、僕は魔王城の講堂の扉の前に立っていた。両手には『星の書』、そして以前作成した勇者のホロスコープを抱えていた。

 門の両側に立つ衛兵に声をかけると、すでに室内に揃っているお偉方に話が通された。


「入りなさい」


 返ってきた声に、どう聞いても明るい雰囲気はない。いったいどれほどの責め苦に遭うのか、想像するだけで溜め息がもれた。そんな僕の心境などお構いなしに青銅の扉は開けられる。今ばかりは門を押し開く衛兵を恨めしく思った。


「イルベルイー・オーヴェス、出頭いたしました」

「うむ」


 テーブルの下座から少し距離をおいた場所に僕は立つ。廊下側には枢密院の大物たちが、窓側には占星院の権威たちが座っている。みんなよく見知った人たちだ。

 僕の家は筆頭占星術師の家系である。だから魔王城の重鎮たちとは顔見知りで、幼い頃はよく可愛がってもらった。魔王城では滅多に会うことはないが、たまに会うと、気さくな笑顔で名前を呼んでくれる。ただ今はどうだ。みんな例外なく重苦しい表情をしている。テーブルの最奥、筆頭占星術師である父さんは眉間の皺を押さえて頭を振っていた。


「さて、イルベルイーよ。今日ここに呼ばれた理由は解っておるな」


 父さんの補佐をしているお爺ちゃん占星術師が、審問会の口火を切った。枢密院に入られた先代魔王のヒャクライさまも同席しているが、恐らく今回は出番はないだろう。なぜなら、僕が呼び出された理由が占星術に関することだからだ。


「はい。かの大占星術師ベツヘリヌスが著作『星の書』の存在を報告しなかったことです」

「それは本質ではない。その著書の中身こそが、この度の審問会が開かれた理由なのだ」

「はい」

「で、その本とやらは?」


 別の占星術師の言葉に、僕は手に持っていた星の書を示してみせた。


「こちらに」

「おお!」「これが!」


 ざわつく占星術師たち。興味津々だ。ヒャクライさまがゴホンと態とらしい咳払いで諌めなければ、彼らは新しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃぎ倒していただろう。僕から本を受け取った秘書官は、筆頭占星術師である父さんに最初に渡した。ヒャクライさまがそう促したからだ。そして本の内容を検めた父さんは、深刻そうに重々しい唸り声を上げた。


「占星塾の教師たちの申していたことと相違ありません。これがあれば我が魔族の占星術は大きく前進するでしょう。このような考え方が二千年に存在していたとは……」

「ふむ。それで、実際使えそうなのか?」

「ええ、これがあれば勇者のホロスコープも作成出来るでしょう」

「それは真か!」

「……あの」

「しかし正確性は保証できませんな」

「ええ、ただレドネアの星空を観測することができればその問題も解消されるでしょう」

「あの」

「それにはやはりさらなる攻勢が――」

「……」


 白熱する講堂に僕の発言は掻き消された。ただ父さんとヒャクライさまは僕が何か言いたげにしてるのに気づいていたようで、スッと手を上げて他の顧問たちを制した。


「何かね」


 一斉にみんなの視線がこちらに向く。その視線に気圧されながらも、僕は手に持っていたもう一つの持参品を提示した。星の書とは違い、自作品なのでかなり緊張する。


「拙作ですが星の書の記述を参考に、私なりに作成いたしました。勇者のホロスコープです」

「なんと!」「おお!」


 また秘書官伝いに父に渡される。もっと幼い頃、一番最初に作ったホロスコープを見てもらった時のことを思い出す。よくやったと撫でてもらったっけ。あの時とは事情も違うし手順も逆、材料も少ないけど、ちょっとは成長した姿を見せられるだろうか。

 父さんはテーブルにホロスコープを置いて起動させた。青白い立方体のなかに線がいくつも引かれていて、天面からは短いが未来を予想した線が突き出ている。


「これは……」


 塾の先生よりも遥かに占星術に長けた人たちが、僕の作ったホロスコープを見ている。それがとてもむず痒い。僕が様子を窺っていると、ひとりのお年を召した占星術師が唸りながら身体を背もたれに預けた。


「儂のような古い占星術師には、どう評価付けて良いのかわからぬ」

「ううむ。一般的なホロスコープとしては話にならないくらい内容が薄く、信憑性も低いが……」

「イルベルイーよ、其方どのようにしてこれを作った」


 僕に作り方を尋ねたのは、祖父の代から可愛がってくれているお爺さんだ。今でも時々家に来ては、退職した祖父と仲良くチェスに興じている。


「はい。勇者の年齢はわかっていたので、底面は設置できました。第一次ロウア・デキン攻略戦までの内容はわからなかったので、実質的な底面はそこになります。以降はデキンの星もある程度使えたので……」

「なるほど。それで、今回其方がレドネアにて記録した星空を用いれば、さらなる追及も可能となるわけか」

「これじゃな」


 先生が提出したのだろう、紙束がテーブルの上に取り出された。


「はい。ただ、勇者の生まれた時の彼を取り巻く状況はどうしてもわからないので、あまり意味は無いと思います。それよりも彼の直近の状況からデキンの星図を中心に組み上げたほうが――」

「それは其方が決めることではない」


 父さんにピシャリと諌められてしまった。


「出過ぎた真似をして申し訳ございません」

「そう神経質になるものではない。ほれ、すっかり萎縮しておるではないか」


 祖父と仲のいいお爺さんが僕を庇い立てしてくれた。


「それに、儂にはよくわからんが、見たところ悪い出来ではないのであろう?」


 お爺さんは勇者のホロスコープを指して言う。


「それはそうだが」

「確かにこれほどの発見を黙っておったのは罪じゃが、故意ではなかろう。もしイルベルイーにその気があるのなら、塾の教員に報告などしなかったろうに。のう?」

「は、はい! ユ……魔王陛下の助けになりたくて、自分ひとりで抱え込んでしまいました。魔族全体の未来に関わることだというのに、報告が遅れたことは、本当に申し訳ございませんでした」


 お爺さんの助け舟に乗っかって僕は改めて謝罪する。それを受けて議場のみんなの視線が先代魔王のヒャクライさまに集まった。


「同じ占星術師でも、何人かは本の思想を呑み込めない者がいるようだ。では実際、この本が最初から提出されていたとして、この者が作り上げた勇者のホロスコープを超えるものを作ることができたか」


 この発言に会議室は静まり返った。それもそうだ、事は単純なもしも話というわけではない。そこには新しい価値観、未知の思想が絡んでいる。大見得を切って「私ならばもっと素晴らしいものを作っていた」と言おうものなら、眼前で存在感を主張する勇者ホロスコープのさらなる改良を一任されること間違い無しだ。

 今、この場にいる占星術師たちは魔王城でも最も優れた占星術師たちの集まりである。それは輝かしい実績に裏付けられたものだ。その評価に傷をつける危険を冒してまで飛びつくものでもない。新しいことにチャレンジするという歳でもないと、守りに入ってしまっているのかも。


「情けない。それでも占星院の頂点に立つ占星術師か」


 呆れたヒャクライさまが溜め息を吐く。そして正面に座る父さんに頬杖をつきながら尋ねた。


「其方から見て、このホロスコープの評価は如何なるものか」

「……材料となる情報は極めて少なかったでしょう。それを思えばよくやったのではないでしょうか。イルベルイーよ、これはどの程度の作ったのだ?」

「ええと……ひと月余りです」

「ふむ、過去の星図から必要な情報を厳選する必要もあったでしょう。とにかく描き込めばいいというものでもありませんから」

「それで?」

「よろしいかと思います」

「で、あるか。他の者も異論はないな」

「ええ、特に問題はないですな」「順当ですな」


 僕を置いてけぼりにして話は進んでいく。ひとまず怒られるのは回避できて一安心……というか、逆に認めてもらえたみたい。


「それではイルベルイー・オーヴェスよ」


 ヒャクライさまが僕に向き直る。そして、


「其方にこの『星の書』を預けることとする。そしてこれからも勇者のホロスコープの改良に努めよ」


 と、直々に星の書の保有を認めてくれた。さらにヒャクライさまの言葉に付け加えるかたちで、


「それに際し、其方の占星院入りを許そう。教員たちからはもう十分な実力があると評価が上がっている。これからは兵役に煩わされることなく与えられた役割を全うしなさい」


 と、父が僕の占星塾の卒業を認めてくれた。


「は、はい!」


 怒られた挙句、本もホロスコープも取り上げられると思っていた僕は、意気軒昂に返事をする。しかしヒャクライさまの言葉には続きがあって、


「それから定期的に報告会を開き、進捗を確認する」

「はい! ――――え?」

「そうだな、其方、ひと月でそれを作り上げたと言ったな。であればひと月あれば、ある程度の結果も出せよう」

「え……ちょ」

「最初の報告会はひと月後。具体的な日取りが決まり次第、連絡させる故、研究を怠るでないぞ」


 と、問答無用で課題を言い渡されてしまった。そうそう甘い話はないようだ。


「……はい」

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