マリアの星
マリアの生まれた年と月日、時刻、それに場所、最後に名前を確認して、僕は自分のホロスコープを開く。マリアは十六歳だから、とりあえず十六年前の星位置を自分のホロスコープから描き写す。とりあえずなのは、僕のホロスコープはデキンの星空から作られたものだからだ。マリアの運命を正確に占おうと思ったら、やはりレドネアの星図が必要だ。ひとまず共通する箇所を目印にして十六年前のレドネアの星空を再現した。
「できた」
「これは?」
紙の上に落とし込まれた星空を見てマリアが尋ねる。
「マリアが生まれた時の星図だよ」
教えてあげるとマリアは目を丸くして驚いていた。ホロスコープをじっと真剣に見つめるマリアを横目にして僕は作業を続ける。天面は現在の星模様だ。その中間の星空を僕のホロスコープを参考にして何箇所か描いていった。
「ミレイのも教えて」
マリアからミレイの生まれた時のことを聞く。そして五年前の位置に、ミレイの黄色く光る星を描き込んだ。最後に同じ星同士を時間軸に沿って線で結んでいく。一刻もすれば、たくさんの線で満たされたマリアのホロスコープの完成だ。
「ちゃんとした過去の星図があれば正確なホロスコープが作れるんだけど……」
お世辞にも良い物とは言えないホロスコープだけど、マリアはとても興味深そうに見つめていた。僕はマリアの前に座って、闇夜に浮かぶ青白い光の箱を指した。
「ほら、これが僕の星。ここでマリアの星のラインと交わってるでしょう?」
「ほんとだっ」
「それと、この星。五年前から現れて、ずっとマリアの傍にいる」
「もしかしてミレイの?」
「そうだよ」
「これが……」
マリアは嬉しそうにしているが、まだ準備段階だ。本番はこれから。僕は立ち上がり、ホロスコープに魔力を注ぐ。するとホロスコープがぼんやりと光りだした。不規則のように見えてきちんと法則が存在する。僕はそれに従って天面からさらに上に向けて勇者の星の続きを描いた。未来に向けて線を引くとき、変化し辛い強い運命を持つ星から処理していくのが定石だ。無関係なように見えて、巡り巡って影響を与え合うのだ。
何本か引いた後、僕はマリアの星に手をつける。法則に従ってラインを引いても、その曲線には様々な解釈ができる余地があって、輝きの弱い星の運命ほど難しい。マリアの星はどうだろうか。
「ど、どう?」
僕ははっきりしたところから告げていく。
「僕とはまた会いそう……誰かと一緒にいる」
「わぁ」
「後は…………うーん………………しばらくは、今の暮らしが続くだろうね」
「えー」
変化がないことにつまらなさそうにするマリア。日常が変わらないことは素晴らしいことだ。彼女もそれは判っているようで、残念がりつつも、なんだかんだでホッと安心しているようだった。その穏やかな表情を見て、僕の心は少し痛んだ。
僕は言葉を選んだのだ。今の暮らしがしばらく続くのは嘘ではない。けれど僕は、沈黙のなかにふたつの事実を隠していた。
ひとつは彼女の父親がもう帰ってこないこと。父親の星はすでに失われていた。マリアが生まれた時、彼女に寄り添う星はふたつあった。やがてみっつに増えて、またふたつに減る。そして今は経ったひとつ、ミレイだけだ。
ふたつめは、しばらくの後、ふたりはこの村を出て、その先でミレイと死に別れるということ。半年くらい先の話だ。
「さて、もう寝ましょう」「……うん、そうだね」
マリアは気持ち良さそうに眠るミレイを抱きかかえて立ち上がる。僕も筆記用具を鞄に仕舞い込んで彼女の背中を追った。
僕がベッドに入ってしばらくすると、廊下から床板を踏む音が聞こえた。足音は部屋の前で止まり、静かに開かれた扉から誰かが入ってきた。シルエットが窓を遮った時、栗色の髪を月が照らしたので侵入者の正体がマリアだということがわかった。
「マリア?」
「イルベルイー、起きていたのね」
「どうしたの?」
マリアがギッと軋む音を鳴らしてベッドに腰掛けた。僕は身体を起こす。暗くて顔は見えないけれど、影の輪郭からマリアの目が真っ直ぐ僕を捉えていることはわかった。
こんな夜中に何の用だろう。月明かりがわずかに反射する部屋のなか、マリアのしなやかな腕が僕に伸びる。少し震えた手で僕の頭を抱きしめた彼女は、耳元で咽ぶように言った。
「お願い、イルベルイー。本当のことを教えて」
ギクリとした。僕の浅はかな嘘など、マリアはお見通しだったのだ。
マリアにも予感はあったのかもしれない。今は二千年にたった一度の大戦争中で、父親はその戦場に向かった。ここは比較的デキンの近くで、すなわち戦場の近くだということだ。悪夢の材料には事欠かない。
「……良いの?」
「覚悟はしていたわ」
「そう……」
僕は唾を呑み込んだ。そして、
「お父さんは多分もう死んでる」
告げると、僕を抱きしめるマリアの手に力が入った。
「それから、今から半年後くらいにマリアとミレイはこの村を去って離れ離れになる。それから…………ミレイが……死ぬ」
「…………」
マリアは黙ったままだ。どうして彼女たちがこんな目にあわなければならないのか。いいや、わかっているはずだ。彼女たちだけが特別というわけではないことを。ハルヤートだって先の戦いで父親を亡くした。メルテは父親も母親もいなくなってしまった。ただ、悲しみに直接触れてしまえば何とかしてあげたいと思う。
こんな時、レドネアの占星術なら、星に祈りを捧げることで運命を変えることができるのだろうか。僕が知っている占星術では、助言を授けることで精一杯だ。でも無いよりはマシだろうか。
「マリア、運命に抗ってみるかい?」
「できるの?!」
マリアに縋り付くように掴まれた肩が痛い。しかしその手は払わない。
「わからないよ。何が正解かはわからないから。もしかしたら違う道を行くだけで、結果は変わらないかも」
「それでもいい。何もせずに待つくらいなら、なんだってするわ」
「……ああ、そうだね」
マリアは僕と同じだ。足掻いても運命は変わらないかもしれない。けれど、僕もマリアも生きているから。生きている者しか、運命に逆らうことはできないから。
「明日、もう一度星見をしてみる。何が言えるかはそれからだね。それと、ささやかたけどここを出て行く前に御守を作るよ。魔族の間で伝わる物だから、あまり嬉しくないかもしれないけれど」
「ううん、そんなことない。ありがとう」
マリアは僕を抱きしめた。人間たちはあまり魔族のことを知らないみたいだから、御守からマリアが魔族の関係者だと反逆者扱いされることはないだろう。素材もここの庭で採れるものを使えば良い。
昼間に御守を作って、また夕方から、星見をしよう。それからマリアからこの辺りのことを教えてもらって、明後日には出発したいな。
僕が帰る算段をつけていると、ふわりとマリアがもたれ掛かってきた。
「マリア?」
マリアの躰には意識が乗っていなくて、かわりにすーすーと寝息が聞こえてきた。
今までとても不安だったのだろう。頼れる父親がいない今、自分が頑張らなくてはと常に気を張っていたはずだ。
星見をして、すべての原因が解消されたわけではないけれど、立ち向かうべきものがわかることで、一応の安心感は得られたということか。僕は隣の部屋にのミレイにも届くように歌を歌う。これから試練に立ち向かう彼女たちが、強くあれますようにと願って。
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