慣れないことはしないほうが良い

 勇者のホロスコープを完璧な状態で完成させることを僕は諦めてはいなかった。完璧な、と言うと語弊があるが、僕が必要とする未来を視ることができる代物は作れると思う。ほぼ間違いなく勇者はいつかデキンに攻め入ってくる。そしてそうなった時、必要になる星図はデキンのものだ。

 僕はまず、ユキの未来を占うことにした。ユキの運命には必ず勇者が絡んでくる。『ユキがいつ勇者に出会うのか』というのは、つまり『勇者がいつ魔王と接敵するか』と同じことだ。こんな考え方、星の書に出会わなければ思いもつかなかったことだ。ユキの運命との共通点だけでは不十分なので、僕の運命とも照らし合わせる。他にも可能な限りの人物を占ってみた。ただ、強い運命を持たない者の未来はかなり曖昧なので、あまりアテにはできない。僕は独自に作ったユキのホロスコープを取り出す。実は占星院が作ったものよりも高精度だったりする。なぜならユキを取り巻くあらゆる事柄に、彼女の本音が反映されているから。


 しばらく触ってなかったから戴冠後の星図に修正しないと。


 宿星の輝きを強め、関連する星々を微調整する。近々の星図の記録はたくさんの種類が残っているので比較的簡単な作業だ。修正後、ホロスコープの天面から未来へ続くラインを引こうとして僕は言葉を失った。


「……………………」


 光を伸ばせたのは四年先までだったのだ。


「戴冠する前はこんなんじゃなかったのに」


 何百年も未来で、ズレが大きくなり過ぎて占っても無意味になるくらいまで視ることができた。


 戴冠式で運命が変わった?


「違う……」


 変えられたんだ。


 これは口にはできない。今のユキの運命は、もともとヒャクライさまのものだった。ヒャクライさまが王位を退いた結果、その運命がユキに移り変わったのだ。

 僕は頭を強く振る。こんなの、考えてはいけないことだ。けれどどう取り繕っても現実は変わらない。


《ユキは滅びの運命を擦り付けられた》


 ヒャクライさまは、戦場に出ず、安全な後方にいる者が魔王となれば良いとお考えになられた。万が一、自分が殺されても生き残ったユキが魔族を纏めれば良いと。しかし実際の運命はどうだ。魔王となったことでユキの星は輝きを増し、抗い難い運命となってしまっている。抗いがたい運命とは、勇者に殺されること、だ。打って変わってヒャクライさまの星は輝きを弱め、運命は以前より変えやすいものになっているだろ


う。確かめなくてもわかる。


 まさか、本当にユキを生贄にするつもりなのか? いやいや実の娘だぞ。そんなはずない。あって良いはずがない。


 気を取り直して――いや、嫌なことを考えたくないだけかも――僕は勇者のホロスコープ作りに立ち返った。勇者がデキン攻め入るのが約四年後。場所は……父やヒャクライさま、ユローなど、知りうる限りの星を同一平面上に置いた。みんな一箇所に集まってる。多分魔王城だ。


「いけるぞ……」


 こちらの星で描いた星図が使えるなら、勇者の未来も占える!


 僕は継ぎ接ぎだらけなうえスカスカなホロスコープに一筋の光明を見る。


 もっともっと精度を高めてみせる。それであとは運命を変えるだけだ。




 翌日、寮の僕の部屋にユローが訪ねてきた。手元を見ると魔王家の封蝋がされた書簡。


「また召集?」


 ユローが口を開く前に要件を言い当てると彼は目を丸くして驚いた。


「耳が早いですね」


 噂を小耳に挟んだわけではない。


「最近自分の運命を詳しく調べる機会があってね」

「エゴサーチですか」

「やめてよ。自分の星の動きを知りたかっただけなんだ。情報として。占星術師が自分の運命を自分で占うなんて無粋な真似するわけないだろ」

「ふふ、そうですね」


 その顔、本当にわかってくれたのだろうか、かなり怪しい。


「で、いつ? 具体的なところまでは知らないんだ。欲しかったのはもっと先の運命だったから」

「明日、全氏族に徴兵が布告されて、私たち十二氏族の召集は十六日後です」

「そう……」

「それで、今回の出兵で後方に捕虜を同行させるそうですよ」

「捕虜を? どうしてだろう」

「返還するんじゃないんですか?」

「見せしめにするのかも」


 ヒャクライさまがユキを生贄にしたのなら、あり得ない話ではない。僕の言葉にユローは深刻そうに表情を暗くした。


「まあ、そんな無意味はことはしないと思うけどね」


 ユローが顔を跳ね上げる。わかりやすくて面白いな。しかし、ユローが人質に肩入れしている? そんなにメルテのことが心配なのだろうか。


「そんなことをしたって、人間の感情を逆撫でするだけだ」


 ヒャクライさま率いる枢密院の顧問たちが、感情に流されなければの話だけど。流石に何百年も生きた良い大人たちがそんな愚策を講じるとは思えない。僕はぱっと思いついた可能性を口にした。


「そうだな……保険、かな?」

「保険、ですか」


 首を傾げるユローに僕は頷く。先のロウア・デキンでの戦いで、ヒャクライさまも勇者の力を思い知ったはずだ。どんな秘策を用意しているのかわからないけれど、今回の戦いも苦戦を強いられるだろう。いや、きっと苦戦では済むまい。退却を余儀なくされた時、停戦を望まざるを得なくなった時、捕虜の返還とはどれ程のカードになるだろうか。


「負けそうになったら捕虜の解放をダシに停戦を持ちかけるとか」

「なるほど!」

「多分ね、多分」

「はい!」

「……それじゃあ書簡は受け取ったから」


 しかしあの理不尽な暴力を経験しておいて、こんなに早くに再戦を挑むなんて、どんな画期的な秘策があるのだろう。考えられる思惑は勇者が幼いうちに対処したい、というところか。僕があれこれ考えを巡らしていると、扉の前に佇むユローの姿が視界に入った。


「まだ何か?」


 僕が問うと、ユローは珍しく浮足立った様子で上ずった声で答えた。


「メルテに、帰れると伝えに行きませんか?」


 気が早すぎる。僕は予想を立てただけだというのに。


「まだわからないよ。もしかしたら期待させるだけになっちゃうかも」


 僕が宥めると、ユローは少し残念そうに目を伏せた。ユローから僕に何かを持ちかけるなんて珍しいことだ。いつもは僕がユローを引っ張り回す役どころだから。そんないつものお詫び、というわけではないけれど、メルテの顔が見たいユローの希望に乗ってあげようと思った。


「メルテを収容所に預けてから一度も会いに行ってないし、顔を見るだけだけど行ってみようか」


 活き活きと開かれた目で、ユローは嬉しそうに頷いた。


「はいっ」

「余計なこと言ったら駄目だからね」


 停戦についての発言に責任はとても持てない。


「わかってますよ」



 僕たちふたりは魔王城を出て内壁の真下にやって来た。捕虜は二十人ほどなので、あえて劣悪な環境に遠ざけるよりも、十二氏族の膝下に置いて管理しやすくしたのだそうだ。役人に話をつけて塀の中に足を踏み入れる。何度も足を運んでいるのか、ユローは慣れた様子だった。内部も、管理官に薦められた案内を断ったユローが案内してくれた。彼によると、収容所は男と女で別れているが、生き残ったのはほとんどが非戦闘員、つまり女子供らしい。


 しばらく歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。


「イルベルイーさま!」


 ん、イルベルイーさま?

 驚いた理由は、その声がメルテのものだったからだ。驚いて振り返と、薄汚れたワンピースを着たメルテが元気に走ってきていた。


「メルテ!」


 彼女の名を呼んだのは僕ではない。しゃがんでメルテと視線を合わせたユローが両手を広げてメルテを迎えた。いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。メルテの僕に対する様付けといい、さてはここにくるの初めてじゃないな。

 まるで仲睦まじい兄妹が再会を喜ぶ感動の場面。が見られると思った僕の予想を裏切って、ユローの腕を掻い潜ったメルテは僕の方に抱きついてきた。


「うわっぷ!」


 受け止める準備ができてなかった僕は小さいメルテに押し倒されて尻餅をついてしまう。


「ちょっ、メルテ?!」


 メルテ越しにユローの姿が見える。しゃがんで腕を広げたまま硬直しているみたい。背中にそこはかとない哀愁が。何か話題を……!

 僕は慌ててメルテをどかし、ユローに話しかける。


「お、思ってたより良い環境なんだね」


 何事もなく立ち上がったユローは、振り返って咳払いをひとつ。


「こほん。そりゃあ、管轄は我がカララクール家が務めていますから」


 と得意気に言った。それはいいけど、様付けなんて覚えさせないでほしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る