魔族の友人たち
運命というものがある。星々によって導かれる天命というやつだ。星は誰にでもあって、本来ならそれは抗うことこのできない奔流だ。僕たち占星術師は星々の運行を観測することで運命を占い、求めている者に授ける。受け入れ難い運命ならば、そうならないように必死に逆らおうとするだろう。変えられた未来から再び運命が紡ぎ出され、僕たちは再度、幾度も星を観るのだ。
一人前の占星術師になって魔王城の占星院で星見をするには、占星塾に通い、占星術を修めなければならない。白羊族の偉人ベツヘリヌスは、六歳から二十歳までのたった十四年で卒業したらしいけれど、それは異例中の異例。初代勇者が生きた時代で、優秀な占星術師が望まれていたということもあるけれど、やっぱり凄い人だ。今の時代、普通は早くても百年はかかる。時間をかける分、昔の占星術よりも高精度で運命を読み解くことができるようになったらしい。ちなみに僕は七十三年目。
「イルベルイーさま、また魔王陛下を占っておいでのですか?」
占星塾の星見の塔に登って星空を見ていると、級友のユローが話しかけてきた。黒い肌のユローは白羊族の分家、カララクール家の出身で、年上の落ち着いた青年だ。年上だし、家のことを差し引いても僕は対等なつもりなのだけれど、ユローは僕をさま付けで呼ぶことを止めない。
「うん。陛下の星が以前と比べて輝きに大きな変化があったから」
気がかりだったのだ。ユキのホロスコープを取り出して最初の運命との差を比べた。勇者の誕生から魔王位の戴冠で、本来の運命が狂ったのだと思う。近々では悪くないけれど、数年後かはかなり危ういと星は示している。それがどんな危機なのか、何年後のことなのか、情報が不足していて判断できない。勇者の占いも合わせてできれば何かわかるかもしれないけれど、今の僕に知る術は無い。
流石に占星院では研究が進められていると思うけど……。一応塾先生に伝えておこう。
本と資料を抱えて僕らは星見の塔を後にした。
「そういえばユローも戦いに?」
「ええ。もしかしてイルベルイーさまもですか? 宗家の方なのに」
「院に上がれていれば良かったんだけどね。先代魔王のヒャクライさまたちが出るというのに、見習いの僕たちが出ないわけにはいかないよ。それにしても明日には出発するんだから、ユローも早く準備した方が良いよ。わざわざ何しにここへ?」
「イルベルイーさまの塔に入られる姿が見えたので、どうかされたのかと思いまして」
「そっか」
塾生も病人以外は漏れなく出兵だ。だからいつもは生徒たちが行き交う渡り廊下も、不気味なくらいしんとしている。願わくば、再びここが見習い占星術師たちで満たされますように。僕は空を仰ぐ。さっきまで快晴だった星空は、わずかに薄雲がかかり始めていた。
■
翌日、僕は王都の兵舎に来ていた。もちろん武装済みだ。魔導鉄の軽鎧とブロードソード。魔族のなかでも非力な白羊族に大きな武器は持てない。対照的に、今、僕の隣に並んでいる竜人族の少年の手には身の丈を遥かに超える長いランスが握られている。僕よりも少し背の高い彼をちらりと横目で見上げると、美しい空色の短髪から一本角が真っ直ぐ突き出していた。乳白色の半透明な角はまるで磨き上げられた宝石か、あるいは高純度の結晶体のよう。と、横っ腹を見せていた円錐が、突然正面を向いた。
「なに?」
「わわっ」
こっそり見ていたつもりが、相手にはバレバレだったようだ。
「角、見てたね」
「う、うん」
「自分もあるのに」
少年は僕のアモン角を見て言った。
「君の真っ直ぐな角が格好良くって」
「そうかな」
竜人族の少年は角先を指で撫でる。
「俺はハルヤート。こっちは愛槍のドゥーア」
「僕はイルベルイー。…………剣に名前は無いかな」
「そお?」
ハルヤートは僕の剣を覗き込む。業物ではない、無銘の剣だ。ハルヤートもひと目でそれを察したのか、すぐに上体を起こした。
話題は移る。
「白羊族って武闘派だったっけ?」
「違うよ。僕は占星塾の塾生なんだ」
「未来の占星術師さまがどうしてこんなとこにいるんだ?」
「それだけ大きな戦いなんだって。先生が言ってた」
「まぁ、ヒャクライさまが出るくらいだしな」
「こんな戦い初めてだね」
「ああ、大人でもみんな初めてだろうな」
なにせ前回の戦争は二千年も前のことなのだ。ここに当時を知る者はいない。
「そうだ。イルベルイーはいくつ?」
「八十三歳だよ」
「陛下と同じだ」
「そう、よく知ってるね」
「俺、陛下の近衛騎士になりたいんだ。戦いの場に出ないからといって、それだけで星々が告げる運命に抗えるわけじゃないから」
魔王陛下の近衛騎士になることは武闘派氏族の誉だ。けれどハルヤートの瞳は、役職がもたらす栄誉ではなくユキ個人に向けられているように感じた。自分以外にも彼女を慕う人がいることを知って僕はとても嬉しかった。僕がユキの専属占星術師になりハルヤートが夢を果たせた時、僕と彼は同僚となる。うん、悪くない。
「ハルヤートは何歳?」
竜人族は白羊族よりも長寿だけど、成長が早いから……
「俺は百九歳」
それくらいだと思った。
「近いね」
「ああ」
手早く手続きを済ませて兵舎を出る。「同じ隊になれれば良いね」なんて言って僕らは別れた。
しかし頭数だけは多い白羊族と、バリバリの武闘派、少数精鋭の竜人族が同じ部隊になるはずがなく、僕が加わった隊列にハルヤートの姿はなかった。というか白羊族の隊列だ。ただ、
「イルベルイー!」
背後から名前を呼ばれて振り返ると、又隣の集団の最後尾にいるハルヤートが手振っていた。ハルヤートの澄んだ声はよく響く。注目が集まるのが少し恥ずかしかったけれど、僕も手を振り返しておいた。
「竜人族の方にお友達がいたのですね」
振り返るとユローがいて目を丸くしていた。
「さっき兵舎で会ったんだ。ハルヤートっていうんだ」
「ハルヤートさまといえば竜人族の御宗家の末妹でしたか」
「何言ってるの。確かに綺麗な顔つきだけどハルヤートは男だよ。だいたい女の体じゃないじゃないか」
いくらまだ子供だといっても、僕もハルヤートも、お腹の方が目立つような幼児ではない。小さなユキだって、その……控えめだけどあるにはあるのだ。いくら目鼻立ちが良いからと言って女扱いするのは失礼だと思う。
「そ、そうですね」
なんて話をしていると合計二千からなる十二氏族の各軍が動き出した。王都の内壁を抜けると十二氏族以外の魔族たちの暮らす区画だ。大通りでは民衆が歓声と拍手を持って見送ってくれた。通りの両側の建物か紙吹雪が舞い落ちて、地面に積もる前にまた舞い上がった。誰の顔にも不安の色はない。みんな勝利を確信しているようだ。それに釣られてか、魔王軍側の表情も緩んでいく。まるで凱旋パレードだ。
王都を出て、都市外に招集されていた一般兵と合流すると、魔王軍は二十万に膨れ上がる。小高い丘から二十万の軍勢を見下ろすけれど、正直多すぎて良くわからない。とにかく、街の人たちの笑顔の根拠は判明した。兵士たちも同じようにピクニックにでも行くような顔つきだ。そんな彼らをとりまとめる士官たちは、緊張感を保てているかというと、こちらもそうでもない。人間界に攻め入ったなんて二千年も前の話。魔王城であれだけ騒がれた勇者だって伝説の中の話だ。奪われた大地を取り戻すためだと言われても、デキンで生まれ、デキンで育った者にはピンと来ないだろう。
王都から離れると赤茶けた大地と、同じ色の空が広がった。いつもは殺風景な場所に、今は二十万の軍隊だ。随分と賑やかになった。しかしそれも三日目まで。四日目以降、兵隊たちの私語はめっきり減った。人間がデキンとレドネアの境目に建造した要塞まで十日はかかる。着慣れない鎧を来て、岩だらけの道なき道を歩き続けていれば、そりゃあ疲弊もするさ。
もう半日で要塞に着くだろうという所で、魔王軍はどっしりと陣を構えることにした。疲れをとった魔王軍は、しかし再び浮かれることはなかった。明日、いよいよ戦争が始まるのだ。
今まで戦争がなかったからといって暴力と無関係だったわけではない。だから、今隣にいる奴が、明日は骸に変わっているかもしれない、そしていつか自分の番がくるかもしれないという想像くらいはできる。僕もユローも、きっとハルヤートだって、今夜はなかなか寝付けない筈だ。
僕はこっそりテントを抜け出して朱いユキの星に歌った。どうかそこから見守っていて欲しいと。
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