第11話 彼女の前世は刑事
「私もね、人には言えない秘密があるの」
呼び出された彼女の部屋で、そう語り始めた。
家庭科室を出るときにすれ違った人物は、クラスメートの米川良子だった。
あれから鉄也は、まっすぐ家に帰り見られたかもしれないと宇宙人に相談した。心情的には「うちゅうじーん(泣)」と泣きついている感じだった。
もし彼女の口から椎名先生に情報が伝われば、命さえ危なくなると想像が飛躍してしまっていた。イメージ的には、謎の黒服集団に拉致されて……。
「ふっ」
と鼻で笑われた。
猫に。
必死な鉄也がついカッとなって、その首根っこをつかまえてにやにや笑いをやめさせようとしていると、宇宙人が彼女のデータを学校から引っ張ってきた。
「米川良子。家族構成は両親と弟と妹。寮ではなく実家暮らし。
その前世は刑事。鉄也とは違って、彼のデータはしっかりと残っている。麻薬密売組織を捜査している最中に銃撃戦となり殉職」
「刑事だと! 逮捕されるのか?」
宇宙人の言葉に猫がうれしそうな声を上げた。
「あくまでも彼女の前世の経歴だ。現在は鉄也のクラスメートにすぎない」
宇宙人が冷静に情報を読み上げていたら、鉄也のケータイの着信音が鳴った。
「ヒィッ!」
鉄也は小さく悲鳴を上げる。画面には米川良子の名前が表示されていた。
ショートメールの文面には、「明日、話があるから家に来てほしい」という内容が絵文字交じりに書かれていた。
「行ってきなよ。
口止めの交渉するのにはちょうどいい機会じゃないか」
翌日、住所を頼りに米川良子のお宅へと向かっていた。
「アォーン。ニャオ、にゃー。……こんな感じか?」
猫を連れて。
宇宙人曰く、作業の邪魔らしい。
キャリーケージに入った猫は、普通の猫らしいしぐさについて研究中だった。外出前に地球人が宇宙人を見つけたら、解剖にして標本にされるぞと脅しをかけたのが効いていた。
中身が宇宙の寄生生物兵器だろうと、見た目はただの地球猫。放り出されて野良として生きる覚悟もなく、大人しく従っている。いつか復讐の機会がやってくるのを待ちながら。
子猫を連れてきていいかと事前に米川良子に許可を求めたら、喜んで許可してくれた。
「いらっしゃい」
インターホンを押して出てきたクラスメートは、当たり前だが私服姿だった。彼女は、かわいい系女子という見た目をしている。団上優菜とは別のタイプだけど、これはこれでいい! なんて鉄也は出迎えられながら考えていた。
「結局名前は何にしたの?」
と案内された部屋の中で彼女に聞かれても、鉄也は名前を付けずにただ猫とだけ呼んでいたので、困った。そのまま真実を告げると、そのいい加減な扱いに対して、女子生徒間で鉄也の好感度が下がってしまうと危惧した。
だからとっさに、
「……すてとら」
と適当に猫っぽい名前を言ってみたあと、
「いや、実はまだ名前を選ばせている最中なんだ」
と言ってみた。
「へー、この子が気に入った名前にするのね?
おーい、おまえは何て名前がいい?
ミケ! カボチャ! ルドルフ! チー! ニャンコ先生! カーヤ! イッパイアッテナ!」
米川良子が猫を見つめながら、ネコの名前を次々と上げていく。
「うーん、どれも気に入らないのかな?」
と米川良子は残念そうに言うが、猫はうっかり言葉で返事しそうになって、それを抑え込んでいたため応えそこねた。猫なりに気に入ったものがあったようだ。遅れてにゃーと鳴いている。
「それで、話なんだけど……」
米川良子が用件を切り出そうとした時、ぴたりと話すのをやめて立ち上がった。
パッとドアを開けると、二人の子供が立っていた。
「こら!盗み聞きしちゃいけません。NSAじゃないんだから……」
どうやら米川良子の弟と妹のようだ。
そんな彼女の説教を聞くこともなく、子供たちは猫に駆け寄ってきた。
「これなーに?」
「発信機。迷子になってもすぐ見つかるように」
そう言って誤魔化しつつ、鉄也がケージから出していいかと視線を向けると、良子が頷いた。
「嫌がることはしちゃだめだからね」
「わかったー」
と言うと、二人は引きずるように猫を連れて出て行った。
「これでよし。しばらくは邪魔してこないかな」
そして、改めて米川良子が用件を切り出した。
「昨日のことなんだけど。いいえ、あなたからだと言い出しにくいことだってわかっているの」
そうして彼女は打ち明け始めた。
「私もね、人には言えない秘密があるの。前世がらみで……」
彼女はあいまいな記憶をたどるように話し始めた。
「前に話したかもしれないけど、私の前世は刑事なの。
アクション映画から飛び出してきたみたいな。銃撃戦やカーチェイス、素手の殴り合いもしたことある。
私生活を犠牲にするほど仕事熱心で、そして、その時付き合っていた恋人が浮気した。
とっても絶望していたみたいで、この辺の記憶はものすごく不快でごちゃごちゃしている。しばらくお酒に逃げていたせいかも。
それから女性が信じられなくなって、そして、目覚めたの」
米川良子は心の準備をするこのように一呼吸おいて立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。照れがあるのか、顔が少し赤くなっている。
鍛え抜かれた鋼の肉体。どっしりとした厚みのある筋肉。
プロレスラーのポスターなどのグッツがぎっしり詰まっていた。
「周りの子たちは、歌って踊れる細身のアイドルとかの話で盛り上がっているのに、どうして私の好みは……と思っていたけど、前世の覚醒ではっきりしたわ」
米川良子は鉄也の方に向き直って真剣な顔をして言う。
「私の前世では、時代や立場のせいで秘密にしてだれにも知られないように隠していたけど、現代はそうじゃないでしょ。
自分に正直に生きてもいいと思うの」
鉄也は思った。彼女は重大な誤解をしていると。
「私もね、鍋島遼太郎くんのことが好き。一目ぼれなんだと思う」
だから、と米川良子は握りこぶしで熱く宣言した。
「私とは恋のライバルだから、正々堂々勝負しましょう!」
予想外の展開に鉄也は何も言えずにぽかーんとしていた。
こっそりと家庭科室に入った理由が、彼女と同じ鍋島遼太郎目当てだと誤解されている。クラスメートの女子が好きな人を告白した上に、自分の前世と現世の性癖まで暴露したのを聞いてしまった。
(間違いない。彼女は、いいひとだ。心から俺のことを心配してくれている!)
相手が本心を打ち明けてくれたのに、自分が隠したままなのは男として、いや、人としていかがなものか。
同級生の団上優菜や先輩の松里いずみ、記憶の金髪美女のことを頭に浮かべる。
「俺は、きれい系女子が好き! さらに言えば同年代より年上の方が好み」
鉄也も心の壁を取り払い、自分の好みを正直に宣言してしまった。
下手に米川良子の間違いを告げるよりも、この方が伝わると思ったからだ。
「…………。 椎名先生の方だったというのね」
自分の間違いを自覚した米川良子は、崩れ落ちるように四つん這いの格好で絶望するようにつぶやいた。
前世の自分の秘密をカミングアウトする必要なかったと気づいてしまったのだからしょうがない。
鉄也は、男性は恋愛対象外だと伝えたかったのだけれど、良子には椎名先生目当てで家庭科室に忍び込んだとさらに勘違いされてしまったようだ。
もはや、誤解を解くことを諦めた鉄也は良子に今日のことは誰にも言わないからとクローゼットの扉を閉じつつ慰めた。
むしろ、謎の機械を返却するためだったと説明するよりも、誤解されたままの方が鉄也にとって都合がいいかもしれない。
ドンドン。
乱暴なノックの音がして、良子が返事をする前に弟と妹、そして、引きずられながら連れてこられた猫が入ってきた。
「ねーちゃん、話しおわった? 」
「にゃんにゃんにエサあげたい。あと、おやつどこ?」
恋愛? の話を真剣にする空気ではなくなり、良子は起き上がるとちょっと待ってねと言いながら、二人を連れて部屋を出て行った。
室内には鉄也と猫が残された。猫はガタガタ震えていた。
「こどもこわい、こどもこわい、こどもこわい、こどもこわい」
それから、コーヒーとカップケーキを持ってきた良子と、煮干しの入った袋を持った弟妹が戻ってきた。姉の前だからなのか猫は優しく扱われていた。
帰り際に、
「ライバルじゃないなら同志だね。これからは、お互いに相談できることがあれば協力し合おう。具体的には、男友達として鍋島君の情報をいろいろ教えてほしい」
と、良子が言ってきた。
……とにかく、返却作戦が見られていなかったと確認できた。
そして、鉄也が寮の部屋に帰ると、
「待っていたよ!」
と宇宙人が言った。
サヨナラの宇宙 ヤケノ @yakeno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。サヨナラの宇宙の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます