第10話 料理と返却作戦


鉄也はリアルステルスアクションゲームの真最中だった。ちなみに舞台は学校の家庭科室。なぜこんなアホなことをしているか、さかのぼって説明する。




一人の人間の人生経験を持つ普通と違う生徒たちの授業は、やっぱり普通と違っていた。

まず、教師が授業を行わない。


過去記憶回帰開発前世研究センターで行われた検査結果をもとにしており、生徒ごとに授業内容がバラバラだからだ。


例えば、歴史の知識はその前世がどんな時代のどこの人間だったのかで、覚えなければならない知識量が異なる。

理数系の分野でも、前世が侍だった人物と医者だった人物では同じ授業を受けさせるのは非効率的だ。


だから、検査結果をもとに個別に足りていない知識や、伸ばした方がいい得意分野を選択する。


A班B班の班分けも時代とその知識ごとに分けた結果だった。


A班の人間は比較的近代の人間で、高校卒業程度かそれ以上の知識が今後覚醒していくと判断された者で、B班はそれよりも昔の人間で一般常識とは別の知識や経験を有する者として分けられた。


タブレット端末にそれぞれ有名塾講師や大学教授などの授業動画が配信され、それを視聴し、試験を受ける。ちなみに、これはこの国の普通の授業風景になりつつある。

優秀でわかりやすい授業を動画として教科書のように配布することで、前時代的な教育格差を縮小することにつながっていた。教科書の内容を板書するだけの退屈な授業はもはや存在しない。

教師はその分の空いた時間で生徒や保護者とより深く向き合うことができるようになっていた。

伝染性感染症による学級閉鎖や、災害などによる授業の遅れの問題にも有効に機能している。


前世の知識を育てるための専門的な実技分野は、講師がやってくる場合もあるが、課外授業として習いに出向くことになっている。



だが、前世の経験のある前世持ちならば、習うまでもない者も少なくなかった。鉄也のクラスメート、鍋島遼太郎もその一人だった。


鍋島遼太郎の前世は料理人だった。一流ホテルのシェフとかではなくて大衆食堂を一人で切り盛りするおばちゃん。しかし、その味は無類である。

作れる料理の幅も広い。その食堂では頼まれればどんな注文にも答えたらしい。和洋中、自分でパンを焼き、鉄鍋をふるい、柳刃包丁で魚をさばいた。

前世の記憶をすべて思い出したわけではないのに、体が覚えているというべきか、ざっとしたレシピを見ただけでおいしいごちそうをこしらえていく。


鍋島遼太郎少年は、そんな前世とかけ離れた見た目をしている。

プロレスラーがエプロンを身に着けて包丁を握っているようにしか見えない

高身長で筋肉質な体。前世が覚醒される前は、ほとんど料理などしたことがなく、スーパーの半額弁当を買って食べていた。


人の前世持ちの才能は、貴重な財産として伸ばさなければならない。

今日も調理実習という名目で料理の腕を家庭科室で磨いていた。

一応火や刃物を使うので、担任教師が監督している。


鉄也は友人として彼の絶品手料理を食べたいところだけれど、今家庭科室の床を這うように移動していたのは、担任教師目当てだった。


担任の名前は椎名加奈子。大学を卒業したばかりで、クラスを受け持つのも初めてだと自己紹介で語っていた。




「どうして鉄也がPGPを持っていたのか?」

昨夜、宇宙人がいきなりそう尋ねてきた。


自分の前世のことは上手く説明できそうにないし、秘密にしなければならないという無意識に近い思考があった。なので、適当に前世のことは伏せつつ、担任の椎名先生が落としたものを偶然拾ったと宇宙人に伝えた。


「じゃあ、それは返しておくべきだ」


「宇宙の常識は知らないが、この星では普通、学校の先生は宇宙からやってきた寄生生命体を駆除する道具なんて持っていない。

俺がその秘密を知ったとわかればどうなると思う? 監視されるかもしれない、悪くすれば消されるかもしれない」


「鉄也が拾ったと知られなければいい。こっそりかえすのだ。

それのデータはとったから、また必要になったら作ればいいし。

それに、借りたものは返さなければいけない。


これは宇宙でも常識だよ」


そして、鉄也の情報をもとにして宇宙人が返却作戦を考えた。


明日の調理実習は椎名先生の都合により放課後一対一で行われる。とはいうものの先生が何か指導することはなく、仕事の責任上ただ居るだけだ。

その時、スーツの上着を椅子に掛けてじっと調理の様子を見守っている。そこでスーツのポケットにこっそり返却するという作戦だ。

宇宙人曰く、家庭科室の間取りや鉄也から聞いた情報を分析した結果いけると判断したそうだ。




そんなわけで、鉄也は今家庭科室の机の陰に隠れている。


はじめに作戦を聞いたときは無理だと思ったが、今では小学生にやった、『達磨さんが転んだ』の方が難易度は高かった気がしている。


椎名先生は、まるで初めて料理を見せられた子供のように興味津々で調理する様子をじっくりと見ている。まあ確かに、鍋島遼太郎の手つきは鮮やかだった。

その遼太郎も自分の料理に集中していて、ほとんどよそ見をしない。

鯵を三枚に下ろしている。


その時、鉄也は机と机の間を移動している。宇宙人の指示で家庭科室をグルリと回るルートを進んでいた。炊飯器の横を通る時にお米の炊けるおいしそうな匂いがした。

どんどんと目標に近づいていく間に料理もどんどん進んでいる。じゃがいもで肉じゃがを作るようだ。それと同時にお吸い物の出汁の香りもする。

返却作戦の一番困難な点は、腹の虫の鳴き声を抑えることになった。今すぐ隠れるのをやめて一口でいいから味見をさせてもらいたかった。


椎名先生の後ろの机の影までやってきていた。

PGPをポケットに入れるタイミングを待っているのだ。フライパンの熱した油に鯵の切り身が投入される。そのソテーするジュッという油の音と同時にさっと返却した。先生の視線は完全に鯵へと向いている。

後は料理が完成してしまう前にそれまでのルートを逆にたどるだけだった。


だがしかし、木登りで一番ケガをしやすいのは、木から降りる直前だ。だから一番注意しなければならないのだ。


体勢を低くして家庭科室の扉を開けて、そっと出ようとした時、その扉を挟んだ廊下側に同じような状況の人間がいたのだ。

わっと声を上げてしまいそうになったけど、ここで先生に見つかってしまっては作戦失敗である。


驚くことに鉄也だけではなく、廊下側にいた人物も声を押し殺した。

とにかく、この場を離れなければならない。鉄也はその人物を無視する形で、できるだけ静かに走り去った。

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