第9話 子猫と会話
段ボール箱には「精密機械」「取扱注意」のシールがべたべたとはられている。
何かの間違いじゃないかと思いつつ、とりあえず中ヘと運び込んでいると、自称宇宙人科学者の声がパソコンのスピーカーから聞こえてきた
「時間指定サービスで頼むと追加料金がかかるが、確かに時間通りで便利」
「これ頼んだのはおまえか! これは何なんだ? というか支払いはどうなってんだ? まさか俺に金払えってんじゃないだろうな!?」
「鉄也に協力は求めたが、迷惑をかけるつもりはない。心配するな。
それよりも、手を貸してはもらえないだろうか。これで猫の頭から情報を引き出す」
どうするつもりか詳しい説明を求めるも、組みたててもらえればわかるという宇宙人に従って機材を組み立てる。
「筋がいいな。鉄也は機械いじりが得意なのか?」
「全然やったことがない。あ、もしかすると前世の経験と関係あるかも」
「前世?」
「詳しくは俺にもわからん」
組みたてて完成したのは3Dプリンターだった。けれど、段ボール箱はまだ未開封のものがいくつもあって、鉄也が宇宙人に聞いたらそれはまた今度使うとさらっと答えた。
鉄也への体の乗っ取りが失敗した後、丸一日眠っていた時は脳に障害でも残ってしまったのではと鉄也は心配していたが、今では普通の猫のように見える。見えない謎の物体こと救命艇の入った押入れに爪を立てていたのを鉄也が叱って以来、それもしなくなった。たまに窓から遠くを眺めている後ろ姿には、なんとなく哀愁を漂わせている。
その猫を機器の上に乗せると、各種センサーが採寸して、何かを作り始めた。あらかじめ大まかな設計を宇宙人がやっておいたようだ。
出来上がったパーツに、宇宙人の指示に従いながら鉄也がセンサーやスピーカーなどの部品を取り付けて完成した。
「それを猫にセットしてくれ。首と胴体にベルトをまけばいいから」
まるで野生動物の生態調査のための発信機だった。
「なにこれ?」
鉄也が尋ねると、宇宙人はどこか自慢げに説明を始めた。
「あの寄生する生物兵器はある種の電波のようなものを発して、種族間で意思疎通を行っている。だから別種の生物に寄生したモノどうしでもある程度の意見交換が成り立つ。
その特性を逆手にとって、この猫の脳内に残っている情報を引出し、それをもとに今後の対策と方針を決めたい。
直接データとしてその思考を引き出したいところだが、生物兵器としての思考と、人の知識と、猫としての肉体が混合し、情報が整理できていない可能性が高い。
だから、この星の生物の使う空気振動による原始的意思疎通の方法、会話を使う。
この機械は、猫の脳内に浮かび上がる人間ならば声となって発せられる表面的思考を読み取り、それを言葉に変換させる。
音声サンプルは私が使用したのと同じ、テレビから声を抽出する手法を採用した」
鉄也は、スピーカーから聞こえてくる宇宙人の声がどこかで聞いたことのあるような声だと思っていたが、ナレーションからアニメから海外ドラマまで使われている人気声優さんの声だった。サンプルになる声のパターンの多い方が、都合がよかったのだろう。
宇宙人が電波で操作して、装置が動き出した。
「吾輩は空腹である。メシをよこせ」
かわいらしい子猫の見た目とはかけ離れたクールな敵役な感じの声だった。
「なんでこんな声なの?」
「テレビでよく聞く声で、データを集めやすかったから。何か問題が?」
「それに、しゃべる内容がただの猫じゃん。寄生生物だった時の記憶残ってないよ」
「そんなはずはない。たぶん」
鉄也はポケットからPGPを取り出した。
「俺がこれを使った時に丸一日寝たままだったから、その時にただの猫に戻っているんだよ」
その時だった。
いきなり出されたPGPを見て、猫がビクッと反応した。
それまでただの猫を装っていた仮面がはがれた。
その様子を鉄也の目も、宇宙人の使うパソコンのカメラも見逃さなかった。
怪しむ視線でじっと猫を見ていると、猫は視線をそらして誤魔化すために口笛を吹くような動作をした。猫の口では上手く吹けなかったようだ。
「前言撤回。こいつ生物兵器の記憶が残っているぞ」
「やはり、私の思考に間違いはなかった」
正体がばれてしまった猫(生物兵器入り)は逃げ出そうとしたけど、玄関も窓も鍵がかけられている。逃げ場はどこにもなかった。
猫に人権はない。
ちなみに、その悲鳴も無駄にいい声だった。
「PGPが俺を通して影響したから、猫の中に寄生生命体が中途半端に残ったのか」
鉄也は猫の口の中をのぞきながらそうつぶやいた。猫はそれを嫌がって、床に跳び下りた。もちろん寄生するための器官はあの時焼切れて無くなっている。
「こいつは私の居場所を正確に把握するための追手で、後から来た仲間に連絡する前に、手柄を独り占めしようとしたところで返り討ちにあったのか。
追跡してくる連中が私にたどり着くまでに、しばらく時間が稼げるな。早さよりも隠密性の方が重要か。今後の計画もより慎重なものにすべきか」
宇宙人は猫から聞き出した情報を確認していた。
「今日という日の屈辱を吾輩は忘れない。
いつか必ず、あの宇宙人どもに復讐してやる。絶対にだ!」
猫は床に転がって、そんな重たいセリフを吐いていたけれど、鉄也がその口を割らせるためにやったことは、ただお風呂に入れて泡まみれにしただけである。変に暴れるものだから、泡が目や鼻に入ったり、自分から湯船に飛び込んで溺れかけたのを全部鉄也たちのせいにして勝手に恨んでいる。その毛はふかふかで石鹸の良い香りがしていた。
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