第8話 先輩は魔女
星野鉄也は教室で待ち合わせしていた。
女子生徒と。
鉄也はワクワクしている。
事前に彼女の名前や写真も渡されていたからである。
松里いずみ、特別クラス三年生。つまり、鉄也たちの先輩になる。
写真はすごく美人だった。二つしか年が違わないはずなのに、その顔やスタイルも大学生くらいに間違われてしまいそうなほどに大人びて見える。
せっかく子猫(寄生兵器入り)を引き受けたというのに、美少女の団上優菜とはよく話すクラスメート程度の関係から進展していない。
というのも、同じクラスの男子の桜十郎や但馬広司だけでなく、一般クラスの男子生徒たちや上級生、さらにはうわさを聞きつけた余所の学校からの出待ちなどがちょろちょろしていて話しかける機会がそもそも少ない。
そんな大騒ぎになっているというのに、教師陣はいたって冷静だった。十数年前にとある外国のロック歌手の前世持ちが現れた時はこれの比ではなかったかららしい。
下駄箱に恋文が入っていたから、上級生の呼び出しを受けてだれもいない教室で待っているというのではなくて、残念ながらこれも授業の一環である。
人間の前世持ちの中でも一人だけ正体不明の鉄也のために、同じ立場である人間の前世持ちの上級生を相談相手とさせるカウンセリングのようなものだ。
鉄也は自分の前世が正体不明の人物であったことに初めて感謝した。
鉄也はそんなワクワク感を表面上取り繕い平静を完ぺきに装いつつ、教室に入ってきて彼の前に立ち手を差し伸べてきた彼女と握手した。
「三年の松里いずみです。これからよろしく」
そして彼女は、鉄也の向かい側に椅子を動かして正面に座って話し始めた。
「一年の今ぐらいの時期って、まだ何もわからない頃でしょう?
そんな時期に相談する機会と相手を与えられても、わからないでしょ?
何がわからないのか、さえわからない。
だから、しばらくは私が教えるという形にした方がこの時間も有意義というもの。
……そうですね、じゃあまずは『前世について聞かれても答えなくてもいい』
ということを教えておきましょうか。
前世が動物や植物の場合でも、例えばネズミだったとしましょう。
誰かに、あなたの前世は何ですか? と質問された場合、その質問に対して答えなくてもよい権利がある。
ネズミだったから、残飯をあさって食べていたとか、病原菌をまき散らしていたとか、猫型ロボットの耳をかじってしまったのではないかという偏見で不当に差別されないようにするため。
でも、これの権利は義務でもある。
例えば、前世が猫だった人が、自分の前世は人間だったと嘘をついてはいけない。
必ずそうなるとは限らないけど、時と場合によっては罪に問われることにもなりかねない。
だから、答えたくないときは答えなくてよい。答えたい時は正直に答える。
それだけは覚えておいて。
特に、自分の前世がはっきりしない人は、適当に話してしまうことがあるらしいから」
見た目だけでなく、中身もおとなっぽい感じの美人の先輩に鉄也の心の中はお祭り騒ぎだったが、外側はメモを取りつつ真面目に聞いていた。
そこで、もっと彼女のことを知りたくなってぽつりと聞いてみた。
「ちなみに先輩の前世は何だったのですか?」
松里いずみはふっと笑って、
「私の前世は、魔女。他の人には内緒にしておいてね」
と答えた。
鉄也は真面目なのに冗談も言えるかわいい先輩なのだなと思った。
美人な先輩との楽しいひと時を終えて、軽い足取りで部屋に帰ると部屋に前に宅配便の人がちょうどよかったとサインを求めてきた。
特に何も考えずにサインをすると、次々と荷物を玄関先に積み上げてさっさと行ってしまった。
「なんじゃこりゃ!」
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