第6話 寄生記憶

あの日の夜。


一瞬、口内上部の頭蓋骨の裏側に焼け付くような痛みが走った。


眠りかけていた鉄也が目を開くとバッと目を開くと、口の中に何か管のようなものが突っ込まれているのがわかった。


引き抜こうとしても外せず、思い切って噛み千切ろうとしても無理だった。

その管の先には猫がいて、管はその口の中へと続いている。


その管がわずかに光ったかのように見えると、鉄也の体に電流のようなものが流れ込んでくるのを感じた。自分の記憶が何かに塗りつぶされていくような感覚。自分の意識が別の誰かの意識と置き換えられていくように思えた。


その時、頭の中に流れ込んできた記憶の断片は、体感する前世の記憶とは異なり、映画のようにスクリーン越しに視聴しているような距離を感じる。


眠っている鉄也に近寄る低い視点は猫の目から見た光景だろう。


下校中の女子生徒三人が近づいてくる光景が見えた。

どうやら猫の記憶をさかのぼっているようだ。


段ボール箱に咥えたペンで器用に文字を書いている。


誰かの家の中だろうか、老人がヘビのような生物に襲われている。老人の口から管のようなものが伸びていた。


その時だった。寄生されたショックからか、老人が胸を押さえて倒れたのだ。体に負荷がかかりすぎたためだろうか?


宿主が死にかけているため、寄生体はあわてて別の宿主を探しその老人の飼い猫を仕方なく選び、寄生したのだ。


記憶映像の場面は飛んで、林の中だった。

ヘビのような寄生生物は、梅の木の根元に見えない何かがあるのを知っている。その何かを手に入れるために体が必要で、現地の知的生命体に寄生しなければならないと思っている。


だんだんとその記憶の断片同士がつながり、記憶の再生がより加速し、より鮮明になってきていることが鉄也にもわかってきた。


鉄也の意識が塗りつぶされてしまいそうになったその時、夢で見た金髪美女が頭の中に浮かんできた。

彼女が何かを伝えようと口を動かしているけれど、その言葉は聞こえない。

彼女は最後に自分の指で銃のジェスチャーをして、その人差し指を自身のこめかみへと向けた。


まるで拳銃自殺をするかのようだった。


それで鉄也は理解した。


意識は記憶の世界にあっても、体は元の自分の部屋にそのままの状態にあるはずだ。

制服のポケットにはPGPという銃型の機器が入っている。


星野鉄也は腕を動かすイメージをして、自分のこめかみに銃を押し付けて引き金を引いた。


その瞬間から塗りつぶされかけていた自分の意識を覆う色が押し流されていく。







電気ショックを浴びせかけられたかのように、ドンッと身体に意識が引き戻された。

口の中には焼切れたヒモみたいなものがあった。気持ち悪くてすぐに吐き捨てた。


鉄也の手にはPGPが握られていた。


異常な状況をなぜか冷静に受け入れていた。それも正体不明の前世のせいかもしれない。


記憶を失ってはいないし、寄生生物の排除にも成功したみたいだ。


自分の前世のことも、謎の寄生生物のことも気になるけれど、鉄也が真っ先に思い浮かんだのは、寄生体の記憶の中で見た梅の木だった。鉄也はその木を知っていた。あの梅の木は近所のコンビニへ行くときに渡る橋から見える木だ。


学生寮の部屋に備え付けられていた非常用のライトを持って、鉄也は暗い外へと飛び出した。


木の根元には何もないように見えた。辺りには該当もなく、林の中は真っ暗だった。

ライトの明かりで記憶の場所を照らしても、草が生えているだけだった。

すでに誰かに持ち去られた後だった、とは考えなかった。


「絶対に、ここにある」


鉄也は見えない何かに手を伸ばした。それは、丸くすべすべした手触りだった。


ガラスや水のようなものではなく、本当に見えない。ライトの角度を変えても何の変化もない。まるでパントマイムをしているようだった。

動かした瞬間は草がその物体に押しつぶされるのだが、いつの間にか草は何も上にのっかっていないときの状態に見えるようになった。影もない。


この謎の物体をこのままここに放置してはいけない、となぜか鉄也は思った。両手で抱えられるほどの大きさで、大きさの割には羽のように軽かった。


謎の物体をどうしたらいいのかはわからない。でも誰にも知られないように、とりあえず自分の部屋の押し入れに仕舞った。




翌朝、寝坊した理由は夜中に出歩いたせいか、それとも体を乗っ取られかけたせいなのかは知らないが、また布団をたたむ時間的余裕もない。


学校で美人なクラスメートに話しかけられたときは、様々な期待が持ち上がりつつも、平静を装ったら、その内容はあの猫のことだった。


「あの子猫、実は謎の寄生生命体を宿していて、俺の体を乗っ取ろうとしたのだけれど、前世の記憶のおかげで何とか助かった」

などと本当のことを言えば、クラスの女子全員に会話してもらえなくなりそうだったから、

「子猫はぐっすりねむっていたよ」とだけ答えた。


放課後の帰り際担任の若い女先生に、はっきりしない質問をされた。

「何か拾いませんでしたか?」

鉄也が、「何かってなんですか?」と質問したら先生は「いえ何でもありません」と言って去って行った。





「問題が多すぎる」


自分の家に帰り鍵をかけると、鉄也はそう独り言をつぶやいた。


前世の正体。


担任がなぜあの機械を持っていたのか。


猫。


寄生生物。


そして見えない謎の物体。


「私が問題の解決に協力しよう」


自分一人しかいないはずの部屋で、そう言葉が返ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る