第4話 拾得物
自動車を運転していると、右側に座った金髪の美女が今回の計画を確認してきた。
「いい? 最優先事項は彼を送り返すこと。
基地の奪還はそのための手段にすぎない。
寄生されて意識を乗っ取られている隊員たちの救助の優先順位は低いけど、無駄に殺す必要もない。
私の判断は甘いのかもしれないけど、計画の邪魔にならない限りはこれを使って」
彼女が手に持っているものを横目で確認する。一見ハンドガンのように見えるがそれには銃口がなかった。
自動拳銃ならばマガジンが入る場所にコードが付いており、そのコードは彼女の足元に置いてあるバッテリーとつながっている。星のデザインの刻印は自分たちが所属している組織のものだ。
「これの名称はPGP。
寄生されてしまった人間の頭部に向けて引き金を引くと、寄生体を排除できる。
いくつか問題があって、一つは射程距離。
銃の形をしているけど、射程距離は1mもないの。遠くから狙っても効果はない。
それに即効性もない。
寄生体を排除できたとしても、意識を取り戻すまでに24時間以上かかるうえに、寄生されている間の記憶もなくなっているから、味方を増やすことはできない。
すぐに寄生されなおすこともないけどね。
ただし、寄生されて5分以内であれば意識や記憶を失うこともなく寄生体を排除できる。
……だから、私がそうなったら5分以内にお願いね」
うなずきながらバックミラーで後部座席にあるアレを確認する。
万が一にも計画が失敗すれば大問題になりかねない。
「あれ?」
それまで無意識に運転していたが、鉄也は自動車(しかも外車)を運転したことがない。
バックミラーに映っていた顔もいつの間にか見知らぬ外国人ではなく、星野鉄也の顔に戻っている。
「このことは秘密にして。誰にも話さないで」
隣にいる彼女が鉄也に向かってそう言った。
…………。
鉄也はベッドから飛び起きた。
「夢か……」
…………夢オチではない。
鉄也がこんな夢を見るのは一体何度目になるだろう。
あの卒業式の日以来、夢を見るときは必ず自分の前世の記憶の断片を見ていた。
「俺の前世は、いったい何者なんだ?」
この世界の人間には必ず前世がある。
しっかりと人格形成がなされており、なおかつ、まだ体が成長しきっていない小学校の卒業式の日に、前世の記憶を覚醒させることが法律で定められていた。
この儀式のことをある人は「人生2度目のくじ引き」という。
もちろん一度目は生まれた瞬間のことだ。家柄や容姿、家庭環境などでその後の人生は大きく左右される。
そんな勝敗の決してしまった人生にもう一度大逆転の機会を与える可能性。
それがこの世界での前世覚醒だった。
とはいうものの、ほとんどの人は人間以外の前世だった。
植物、虫、魚、動物。
人類みたいな複雑な動物よりも、単純な生物であることの方が圧倒的に多い。生物としての数が多いのがその理由と推測される。その前世の知識が役に立つことはあまりなかった。
たとえば、前世がミジンコだったとして、その知識から自分の未来に得るものがあるというのか?
前世での人生経験がある子供は、ほかの子供たちとは一緒のクラスにならずに、特別クラスに集められて学ぶ規則になっている。
その対象校は各県ごとに一校だけしかない。平均すると五~六人、県によっては対象生徒がゼロ人という学年すらありうる。それだけ珍しいのだ。
前世が政治家や軍人の場合、歴史的新発見につながる記憶を持っている者がいることがある。
前世が芸術家や職人の場合、過去に戦争などで失われた技術を現代の蘇らせることがある。
前世が小説家や漫画家の場合、未完に終わっていた作品の結末が時代を超えて描かれることがある。
前世が研究者の場合、必要な基礎知識や経験をすでに身に着けているので、即戦力として活躍することが多い。
前世が特別な技能を持たない人間だったとしても、その時代を懸命に生きた人生経験を持っている。
それが自身の人生や、世界を変えるかもしれない。
星野鉄也の場合、クラスメートは彼自身を含めて九人。
さらに、前世が医者だった子もいるので、今年は当たり年だといわれていた。
一人分の人生経験があるからといっても、まだ完全に覚醒したわけでもなく、あくまでも人格は中学一年生でしかない。
むしろ、普通の新入生よりも学ばなければならないルールが多くて、入学式から3日たってもまだ通常授業は始まらない。
今日も面倒な書類に目を通しての記入作業や、法律や校則の説明が行われていた。
そして放課後。鉄也は担任の先生に頼まれて書類や資料の入った段ボール箱を運び終えた。さよならと声をかけようとした時、先生のポケットから単調な着信音が鳴った。
先生はすぐにとるとあわてた様子で会話を始め、その場を離れていく。
鉄也は、会釈をして教室へ鞄を取りに戻ろうとしていたら、足元に何かが落ちているのを見つけた。
ついさっき先生がケータイを取り出すときに落としてしまったみたいだ。
床に落ちていたそれは、今朝夢で見た銃型の武器そっくりで、同じ刻印がなされていた。
(俺の前世の記憶ということは、何十年も前の昔の話。
だから技術が進歩して素材が金属じゃなくてプラスチックで、バッテリーも小型化したのか?
…………。
いやいや! なんでこれがこんなところにあるんだ? まさか!)
自分しか知らないはずの機械が目の前にある理由。
鉄也は実は自分の心の中がダダ漏れになっていて、授業中にしたあんな想像や、こんな妄想がクラスの女子に知られてしまっているのではないかと疑った。
(いや、そんなはずはない。
記憶の一部を画像として取り出せる技術は全然未完成で、前世の記憶も本人の顔以外のデータ化は上手くいっていないと今日の授業でも説明されたばかりじゃないか。
というか、心の中身が筒抜けになっているとしたら、恥ずかしさで爆発する!)
次に鉄也の頭に浮かんだのは、何かの罠かもしれない、という疑いだ。
星野鉄也の前世は、実は悪の組織やテロリストで、政府がその秘密を知っている人間をあぶり出すために、偶然を装って教師が目の前に落とした?
(ネットの怪しい陰謀論だな。……ありえない。でも、一応用心しておくか)
これを自分が目撃してしまったことが知られてはいけない気がして、鉄也は誰にも見られないように素早く拾い上げ、自分の制服のポケットにしまった。これも前世の因果だろうか?
そんな秘密を抱えたまま、放課後のクラスに戻ると女子生徒が三人残っていた。
特別クラスは2つの班に分けられて、5人組をA班、4人組のB班とされ鉄也はA班になった。残っていたのは同じ班の女子生徒だ。
見ただけで何をしているのかが、はっきりとわかった。
一体どこで拾ってきてしまったのか、お菓子のキャラクターが印刷されているダンボールに『ひろってください』とミミズが這ったような読みにくい字で書かれている。
子猫というには少し育ちすぎているかもしれない。愛嬌を振りまくような可愛らしい声でニャーと鳴いた。
「ごめん、俺学生寮に住んでいるから飼えない」
教室に入った瞬間、すがるような視線を向けられた鉄也は、状況を冷静に判断し先手を打って断った。
(それでなくとも、前世の記憶やら、謎の銃型機器のことで手一杯なのに、これ以上問題ごとを抱えらされてたまるか)
同じクラスの女子の好感度を下げないように、言葉を足しつつ規則を盾にして逃げる。
「猫は嫌いじゃないんだけどねー。いやー残念だなー。飼いたかったなー」
そのまま自分の机から鞄を手に取り、自然な感じで帰ろうと背を向けて歩き出すと、声がかかった。
「ちょっと待ってください」
振り返ると、女子生徒の一人が学生手帳を手にしている。
(ああ、あの子は前世が医者の……、たしか石塚美妃さん)
鉄也が相手のことをなんとなく思い出していると、真面目そうな彼女は学生手帳に載っている寮則のページを指さしていた。
「特別クラスの寮生は個室のため、許可を取れば動物を飼育することが可能、と書かれています」
「……えっ」
学生寮への帰り道、鉄也の両手はふさがっていた。
段ボール箱は開けっ放しにしておくと、途中で驚いた猫が飛び出して逃げてしまいそうだったので、いまは軽く閉じてある。
鉄也としては、猫が野生の本能を取り戻しそのまま街へと飛び出してくれれば問題が一つ解決して万々歳なんだけれども、さすがに預けられたその日に逃がしてしまえばクラスの女子の好感度は大暴落してしまう。
「なんか断れなかった。昔っからこうなんだよな~。
はっ! もしかしてこれも前世のせいなのか?」
規則を盾にして逃げる作戦は失敗したものの、それでも断ろうと思えば断れたはずである。
それでも鉄也が断れなかった一番の理由は、
「お願いできないかな? キミならかわいがってくれそうだもの」
と、クラスメート1美人の女子生徒、団上優菜に頼まれてしまったからだ。
「たしか彼女、自己紹介で前世は売れない女優だって言っていたかな?
なんか自分の見せ方がわかっているって感じがしたな。あの笑顔は反則だ」
段ボール箱の中からニャーと声がして、鉄也はため息をついてからそれをいったん床に置いてから、鍵を開けると中へと運び込んだ。
鉄也の部屋は和室の部屋である。
前世が理由で畳の部屋を希望する生徒が多かったからこのような部屋があるのだけれど、鉄也が希望した理由は前世ではなくて、ただその前に住んでいた部屋も和室だったからというだけだ。特にこだわりはない。
どう使えばよいのかわからなかったので、床の間は空いていた。
猫を段ボールのままそこに置くと、箱から顔を出して部屋の中の様子をきょろきょろとうかがっている。
今朝は夢のせいで起きる時間が遅くなったから、布団は敷かれたままだ。
鉄也は制服を着替えずに、疲れた様子で横になった。
眠るつもりはなかったのに、ついウトウトとしてしまう。
そんな鉄也の枕のそばに猫が歩いてきて、大きく口を開けた。
猫の口の中から、ズルリと触手が伸びてきて、鉄也に気付かれないようにそっと近づいていく。
※警告※
ここから先、この小説にはグロテスクな表現が特に含まれていません。気分を害する恐れがありませんので各自の責任で続きを読んでください。
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