第3話 盥回し回顧
「はい、終~了!」
鉄也は気が付くと、そこはメリーゴーラウンドな電気椅子のある部屋だった。
電気椅子の拘束具を外しているのは、笑顔の係員だった。
「さあ、次の子が待っているからこの場所に移動してくださいね」
そう言うと、係員は持っていた紙を鉄也に押し付けるように渡した。
さっき見たものは何だったのか?
鉄也はその疑問を係員に質問しようとしたけれど、部屋から追い出されてしまった。
渡された紙は、隣の小部屋でメリーゴーラウンド電気椅子の検査結果を印刷したばかりみたいだ。まだほんのりと温かみが残っている。空欄の一つにチェックが付いて、アルファベットや数字が並んでいる。
この用紙には、他にも検査項目の空欄がずらりと並んでいた。
想像するに、さっきの拷問……、遊園地のアトラクションみたいな検査が繰り返されるのだろう。
そう考えるだけで鉄也は疲れを感じた。
『順路→』と書かれた壁の案内に従い鉄也は次の検査を受ける。
穴埋め問題や、パズル問題を解かされたり、映像を見させられたりした。変な器具に固定されてぐるぐる回されることはなかったけれど、鉄也にとって面倒なのは検査場所までの移動だった。
広い建物の中を何度も歩かされた。
一階で検査を受けたと思えば、次の検査は四階で、またその次は一階に戻って別の検査を受けた。
移動の無駄を省いて、もっと効率よくできるはずだ。
そう思ったけれど、鉄也はよく知らない係員の大人たちに文句を言えるはずもなかった。
「おっと、この検査を受ける前には手続きが必要になっております。場所は四階です」
鉄也はこの一階の検査を受けるために四階からわざわざ降りて来たのに、また四階の戻るように命令された。
このお役所仕事の典型みたいなたらい回しの手続きも初めてではない。
「まずは二階で説明を受けた後、もう一度こちらまで戻って来てください」
「この手続きは三階で行ってください。え、三階でここに行くように言われた? でも、私は責任者ではありません。質問がある場合は一階の窓口までどうぞ」
「担当の者は現在三階に出向いております。質問はそこでなさってください」
グルグルと何度も何度も繰り返し、繰り返し
検査と検査の合間、移動している間に鉄也はメリーゴーラウンドな電気椅子の検査中に体験した不思議な現象のことを考えていた。
九死に一生の事故や災害で生き残った人のドキュメンタリー番組で、走馬燈の話をしていたのを鉄也は何となく覚えていた。
あれがそうなのだとしたら、最後に見た星の風景は一体何だったのだ?
あの風景が頭の中に残って離れない。頭の中のあの景色は、まるで何度も見た日常の風景で、いろいろな視点であの場所を思い描くことができた。
移動や待ち時間が長くなればなるほど、より深くあの風景を思い出していた。
すべての検査が終了すると、鉄也はとある個室まで係員のおねえさんに連れてこられた。
「おめでとうございます。あなたの前世は『人間』であることが今回の計測結果で判明しました」
小さなくす玉の紐を引っ張ると、『人間っていいな』と書かれた小さな垂れ幕と紙吹雪が出て来た。
あまりにも突然のことに鉄也は呆然としている。そんな彼を無視して係員の説明は続く。
「あなたの前世は近代の方では珍しく、データベースで照合できませんでした。
まあ、海外の人物の場合、ド田舎で情報網が未発達だったり治安のよろしくない地域だったり、稀によくあることですので心配はいりませんよ。より詳しい対応のできる中学校へ入学できるように手続きを行いますね。
現在こちらの施設でわかっている情報は、第二次世界大戦終戦以降の時代の人間で、日本ではない外国の人物。
あなたの前世記憶の表層思考映像から前世の人物の顔の画像を表示しますね……」
係員がリモコンを操作すると、部屋の壁の画面に白人の冴えないオッサンの顔が映し出された。
「ご安心ください。不安もあるでしょうけど、前世の知識や経験は時間をかけて訓練することでより鮮明に思い出されるようになります。それを自分のものにする頃には、前世の自分の正体もはっきりすることでしょう。
協力を求められれば、我々もあなたの前世の情報の断片を調査して、その正体を探るお手伝いをすることは出来ますが、おそらく答えを得るのは難しいでしょう。
結局のところ自然覚醒するのに任せるのが一番早くて確実です」
さらにリモコンを操作する。
「中学校には学生寮のマンションがあります。
生活費は国からの補助金が出ますし、授業料は免除されます。
資格や専門的な教育設備も充実しており、自主性を育てる教育を尊重し、将来の選択肢が広がります。
どうしても自宅から通える範囲にある学校に通いたい場合は、一度保護者の方に相談した上でこちらまでご連絡ください。
まあ、おすすめはしませんけど」
そして、鉄也はその学校へ入学することになった。
この時はまだ、まさか前世の因果でしゃべる猫に出会うことになるなんて思いもしなかった。
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