第2話 走馬灯

着いた場所は、地理的に見てその県の中心部に位置する市だ。県庁所在地ではない。県内から人が集まるにはちょうどいい場所。特に県の端っこの田舎町からだとそう思う。県庁所在地ならば、さらに数時間バスに揺られなければならない。

もれなく人を集めるためにこの場所が選ばれた。


○○県過去記憶回帰開発前世研究センター。


銀看板にそう偉そうな文字が彫られている。

担任の先生の案内はバスの外までで、そこから先はこの怪しげな施設の案内人が引き継ぐ。


「この施設にはエレベーターはありません。若く元気の有り余っているお子様の皆さまは歩いた方が健康的ですよ。

車椅子や足の悪い方は周りのお友達と協力してがんばってください。

助けあいの精神も学べて一石二鳥!」


ご丁寧にバリアフリーが徹底されていて、車椅子でも上の階に上がれるようになっている。ゆるい傾斜のスロープに、手すりに、段差のない親切設計。そこまでやるのならエレベーターをつけた方がよっぽど親切だろう。


係員の案内に従ってまずは、ロッカールームで検査着に着替えさせられてから普通の健康診断がなされた。

身長、体重、視力、聴力、血圧、レントゲンなどなど。


その後、謎の部屋の前につれてこられた。

厳重な扉の前の廊下に子供たちは一列に並ばされた。名前を呼ばれて一人ずつ順番に部屋の中へと入って行く。

しばらくすると、どの子もぐったりした様子で部屋の中から出て来た


部屋から出てきた子供はすぐに係員によって別の部屋に連れて行かれるため、一体この中でどんな目にあわされたのか聞けない。


星野鉄也の名前が呼ばれた。


行きたくない。


そう考えていると歩みがゆっくりとなるのも仕方がない。

鉄也がノロノロ進んでいると、笑顔の係員のおねえさんが現れて、がっちりと腕をつかむと強引に部屋の中へと引きずりこんだ。

残された子供たちはその様子を見て、さらに部屋の中に入りたくなくなった。



ガチャンと音を立てて大きな扉が閉まる。

部屋の中は二つに分かれている。一つは大きなガラス窓のある仕切りで覆われた小部屋で、もう一つの空間には怪しげな器具が設置されていた。


簡単に説明すると、電気椅子のメリーゴーラウンド。


中央に得体のしれない機械の太い柱があって、それを中心にして一脚の椅子が回る仕組みになっている。

係員に逃げるのを防がれて、手慣れた様子で電気椅子に無理矢理座らされてベルトで固定されてしまった。係員が笑顔なので、かえって怖い。


係員は笑顔のままガラスの窓の向こう側の小部屋へ、避難するようにして入っていった。

その部屋には検査技師なのか白衣を着た人物が難しそうな顔をして目の前にある機械を操作している。


ヴヲンと大きな音がした。この装置が起動した音だ。哲也には機械の知識はさっぱりない。何をされるのかわからない未知への恐怖だ。


メリーゴーラウンドのように電気椅子が回り始めた。


でも、鉄也が予想していたのとは逆方向、背中向きで回り始める。進行方向が見えない。

最初はゆっくり遊園地にあるメリーゴーラウンドくらいの速度だったのに、だんだんと絶叫マシン並みの速度に変わった。高速でぐるぐると同じところを回される。頭へ何か波動のようなものが送り込まれているように感じる。



すると、不思議なことが起こった。自分の記憶も逆回転し始めたのだ。


この装置が回りだす前に意識が戻る。

係員が隣の部屋に入る。

椅子に拘束される。

扉の外の列に並ばされる。


だんだんと記憶がさかのぼる速度が速くなっていく。


バスの中、学校の体育館の前、卒業式。


意識は宙に浮いているように感じる。俯瞰から自分の過去を覗き込んでいるような感覚になってきた。


小学校、校庭でドッジボールをして遊んだ。田舎で子供の数が少ないから男女混合、下の学年の生徒たちも混ざっている。鉄也の幼馴染はこういう時に人の中心にいてリーダーシップをとってまとめるのが上手な子だった。


次の記憶は旅館だった。



この旅館は幼馴染の両親が経営する旅館であり、この地域で一番大きくて、一番歴史のある旅館である。

大きな露天風呂、有名な文豪が宿泊した部屋もあり、新聞に顔写真の載る政治家などが良く接待されに来る。何年か前に、将棋か囲碁だかの試合も行われた。


鉄也もこの旅館に住んでいる。

正しくは、この旅館の裏手にある社員寮の一室を借りている。


さらに鉄也の意識は過去にさかのぼる。

星野鉄也はこの旅館の従業員の老夫婦に引き取られて、育てられた。


ある日、赤ん坊を連れた一人の若い女性が旅館に泊まりに来た。

次の日、従業員が部屋を尋ねると若い女性は赤ん坊を残していなくなっていた。

赤ん坊の側に残されていた手紙には、彼女の事情、身勝手な言い訳が書いてあった。

付き合っていた男性の子供を身ごもったけれど、その男は既婚者だった。若い女は赤ん坊と一緒に死のうとしたけれど、可哀そうになってできなかった。最後に、赤ん坊のことをよろしく頼むと書かれていた。


女の名前は偽名で、住所も連絡先も出鱈目だった。その後、周辺で女の遺体は発見されておらず、赤ん坊を捨ててどこかで自由に生きているようだ。


警察に届けた後、その赤ん坊は子供のいなかった従業員の老夫婦が引き取った。名前をつけたのも彼らだ。

鉄也はとても可愛がられ、育てられていた。それから数年後、老夫婦は相次いで亡くなった。元々高齢であった。最期まで子供である鉄也のことを心配していた。


それから今日まで幼馴染の両親が保護者になって育ててくれている。


こうやって、意識が過去に戻れば自分を捨てた女の顔を見ることができるかもしれない。

鉄也はそう思っていたけど、上手くはいかなかった。


あくまでもこの世界は自分の記憶、赤ん坊の頃の記憶なのだ。亡くなった老夫婦の優しい顔を見られただけで十分幸せな気持ちに包まれた


そして、最初までさかのぼった。


鉄也はこれからどうなるのだろうかと思いながら、ふわふわと暗い空間を意識だけになって漂っていた。


真っ暗な世界の空に、星が現れた。

その世界の輪郭がだんだんはっきりしてくる。

夜空には満天の星が瞬き、自分が立っているのはだだっ広い草原だ。遠く、とても遠くに険しい山脈が見えて、そのふもとに針葉樹の森が小さく見える。

その場を振り返れば、少し離れた場所に自分の家があるのがわかる。


星野鉄也は変だと思った。


自分はこれまでこの小さな町の外に住んだことはない。もちろんこんな景色は知らない。この星空の風景は星野鉄也が知るはずのない場所だ。


なのに、この草原に立っている人物が自分だとわかる。

空中を漂っていた星野鉄也の意識は、その草原の人物をもっと近くで見るために、どうにかして近づけないものかと意識を集中させた。



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