エピローグ
リカオンが目を覚ました時には、すっかり日は傾き始めてしまっていた。
「う、ん……ここは……」
「目が覚めましたか、リカオンさん」
「キンシコウさん……そうだっ!セルリアンはっ!?」
我に帰り、がばっと身を起こすと、視界には綺麗な夕焼け空と、その下で料理を手に歓談するフレンズたちの姿が映った。
「もう大丈夫、ちゃんと倒しましたよ。私たちが」
「私、たち……そうだ、確か」
リカオンはなんとかぼんやりとする頭を働かせ、記憶を手繰った。
アスレチックの巨大セルリアン、対峙するリカオン、キンシコウ……そして、ヒグマ。
確かに、セルリアンは倒されていた。彼女ら三人の手で。
「そうか。私は、結局……」
「起きたか、リカオン。よかった」
「ヒグマさん……おはよう、ございます」
「あぁ、無事そうで何よりだ。食べるか?」
「いえ、あ、はい……いただきます」
ヒグマが差し出した料理を一旦断わろうとして、自分がひどく空腹であることに気づき、皿を受け取った。
一口食べ、その味付けが普段と違うことに驚く。
「!ヒグマさん、キンシコウさん、これって……」
「博士と助手が、新しいレシピを教えてくれてな。元気が出るらしい」
「はい、なんだか、身体が内側から温かくなるみたいで……美味しいですよ、新メニューにいいと思います」
「よかった。やっぱり、お前が頷いてくれないとな」
スプーンで料理を口へ運び続けるリカオンの言葉に、ヒグマは満足げだ。
キンシコウもまた、嬉しげに微笑み見守っている。
皿がすっかり空になってしまうのを待ち、ヒグマは改めて切り出した。
「リカオン。キンシコウからも聞いたが……私の為を思って、二人だけでセルリアン退治に向かったんだってな」
「……ごめんなさい。余計な気を回してしまって。逆にご心配をおかけして……」
「……そうだな」
ヒグマは、リカオンの言葉を否定はしなかった。
今回のリカオンの行動は、いくら考えあってのこととはいえ、自分の感情を優先した選択で、少なくとも、ハンターとして正しい判断とは言い難い。
その事実も、その行動を選んだ未熟さも、ヒグマ以上にリカオン自身が強く感じている筈だからだ。
「ヒグマさんが、もう嫌な思いなんて、しなくていいように、って、思ったんですけど……やっぱり駄目でした。勝手なことをして、みんなを危機に晒してしまって……ハンター、失格ですね」
「そうだな。私もだ」
「ヒグマさんも、ですか……?」
「ちゃんと思った事を伝えず、無用な心配をお前たちにかけてしまった。正確な意思の疎通がハンターの基本なのにな」
「それなら、私もですね。リカオンさんの勝手な行動を止めず、逆に従ったわけですから。みんな失格ですね」
「ははっ、そういうことだ」
「はぁ……」
リカオンはただ、ぱちくりと目を瞬かせる。
吹っ切れたように愉快げに笑うヒグマの姿が、手酷く叱られるかと思っていたばかりに、あまりに意外で、それまでの彼女らしからぬものだったからだ。
しかし、その影のない表情は、決して不快などではなく、こころなしか、見ていて安心するような気がした。
「変に隠したりしてすまなかったな、リカオン。正直に話すよ……お前とキンシコウの思った通りさ。私は、ハンターをやりたくなくなっていた」
「ヒグマさん……やっぱり、なんですか」
頷くヒグマ。
想像は当たっていたとはいえ、やはりリカオンの内心に走った衝撃は大きい。
表情の沈む彼女を前に、しかしヒグマは首を横に振って続ける。
「でも、今は違う。分かったんだ、どうしてそんな気持ちになったのか……私が本当に嫌なのは、戦うことそのものじゃない。きっかけは料理だったけど、お前たちと一緒に、沢山のフレンズと話すようになった。笑いあったりするようになった。それがすごく、楽しくて……失いたくない、『幸せ』が大きくなりすぎて、それをなくしてしまうかもしれないのが、怖かったんだ」
「……」
「そして、その『幸せ』は、私がお前たちと、ハンターをやってきたから得られたものだ。私一人楽になったところで、お前たちなしじゃ得られない。苦しいことから逃げて、『幸せ』を無くしたら意味がない。だから……私と、これからも一緒にいてくれないか」
「ヒグマさん……いいんですか」
「あぁ。ハンターを、やり直そう。三人で、一緒に。キンシコウも、いいか」
「勿論。ヒグマさんが望むなら、何処へでもついて行きます」
「……っ、ヒグマさんっ!」
「うわっと!?」
感極まり、思わずリカオンはヒグマに抱きついていた。
驚きはしたものの、ヒグマはその身体を受け止め、堰を切って溢れ出した様々な感情に歪む顔を隠してやる。
「私……っ、私っ、怖かったですよぅ、何もかも、本当はヒグマさんにいなくなって欲しくなかった、そうなるなんて考えられなかったですよぅ、でも、ヒグマさんが苦しんでるの、もっと嫌で……、辛い顔してもらいたく、なくって……」
「……お前は不思議な奴だよ、リカオン。何時も怖い、逃げたい、って言って、それを隠しもしないのに、そういう嫌なものへ、まっすぐ向き合っていくんだ。私も、実は、そんなお前に、勇気付けられていたんだよ」
「え、私が……?」
それはあまりに意外な独白で、思わずリカオンは呆然とヒグマを見上げてしまう。
ヒグマもまた、瞳に映ったリカオンの姿に、力を貰っていたのだ。
ヒグマがそんなリカオンに頷いてみせると、キンシコウがいたずらっぽく笑う。
「ヒグマさん、裏ではリカオンさんのこと、ずっと褒めてたんですよ。頼りにしてる、私には真似できないことが出来る、って。素直に伝えてあげたらいいのに、そういうのは私の役目じゃない、って言うんですよ。可愛いですよね」
「お、おい、よせよキンシコウ、それに可愛いはないだろ!」
「……私にももっと素直になって欲しいです!もっと、褒めてください、ヒグマさんっ!」
「なんで急に目を輝かせるんだ、リカオンっ!?と、とにかく今はよせ、客もいるんだから、後、後でっ!」
「客……?」
ヒグマの悲鳴の中にあった単語に疑問を抱き周囲を見回すと、リカオンたちハンターを遠巻きに囲む、フレンズたちの姿がある。
その手には、リカオンが先ほど食べていたのと同じ料理の乗った皿があった。
「ほぇ〜、なんだかヒグマちゃんの〜、意外な一面を見た気がするよぉ〜。青春だね〜」
「ごめんなさい、ヒグマさん。私、正直ちょっと貴方のこと怖いって思ってたけど、優しいフレンズだったのね」
「ボク知ってたよ。ヒグマ、前セルリアン退治に来た時、一緒にげぇむで遊んでくれたんだ」
「皆さん!元気そうでよかった」
先ほどの戦いで助け出し、そして最後にはハンターたちに加勢してくれた、ナマケモノ、ギンギツネ、キタキツネの三人を見とめ、リカオンは笑顔になる。
一方で、彼女らの言葉をうけ、一層顔の朱を深めるヒグマ。もはや誰の目から見ても照れているのは瞭然だ。
「ヒグマさん。隠すことないんですよ、みんなもう、貴方の優しさを知ってるんですから」
「そういう問題じゃないんだよキンシコウ!も、もう私は帰るからな!リカオンも起きたし!」
「それは許されないのです。まだ我々は満足していないのです」
「せっかく新しいレシピを伝授してやったのですから、腹一杯食べさせるのです」
「博士、助手!?その件は感謝してる、だから後でまた、な?な?」
「駄目です」
「却下なのです」
「ヒグマさんっ!ヒグマさんが早く帰れるよう、私も手伝いますよ!起きるまで診ていてくださったお返しです!」
「違う、そうじゃないんだ、リカオンーッ!」
「……ふふ。とっても『幸せ』ですね、ヒグマさん」
わいのわいのとフレンズたちに群がられ、慣れない状況に翻弄されるヒグマの姿を見守り、キンシコウはそう呟いた。
瞳の中の英雄 @binzokomegane
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