後編
現場にたどり着いたリカオンたちが見たのは、木でできたアスレチックの踊り場に立ち往生するキタキツネと、その下を取り囲むセルリアンの群れだった。
物陰から様子を見やる、リカオンたちの表情は厳しい。
「数が多いですね……何時ものやり方では、確実に全員を誘導できるか」
「ですね。迷ってる暇はありません、アレを使いましょう」
「それ、本当に大丈夫……?危なくない?」
不安げに見守るギンギツネを前に、キンシコウは武器の棒を松明に持ち替え、それに火を灯した。
かつてはハンターの中でもヒグマしか扱えなかった火だが、料理の手伝いを続けるうちにキンシコウも克服し、扱えるようになっていたのだ。
「大丈夫、取り扱いにさえ気をつければ、火はセルリアンよりよほど安全ですから。私が気を引いている間に、リカオンさんはキタキツネさんの救助を」
「はい、行きましょう、キンシコウさん……!」
「気をつけて……あの子をお願いね、ハンター!」
ギンギツネの声援を受けながら、リカオンは身をかがめひっそりと地を行き、キンシコウはあえて気を引くため、火を持ったまま近くの柱の上に飛びのる。
普段であれば誘導役はリカオンの担当だが、リカオンにはまだ火が扱えないため、ポジションが入れ替わっているのだ。
(でも……私だって成長してない訳じゃない。やれる)
アスレチックの影から影を縫うように、音もなくリカオンは忍び寄っていく。
セルリアン相手には萎縮してまともに戦えなかった頃ももはや遠い昔、様々な戦いを乗り越えたリカオンは、臆病な性格こそ治らないものの、その辺の何も鍛えていないようなフレンズよりはずっと優れた戦闘能力を発揮できるようになっていた。
身の丈以下のセルリアンであれば、一人で十分余裕を持って対処できる。
その慎重な足取りには、確かな自信が備わっていた。
「さぁ……、こっちです!」
一方、アスレチックの柱の上に飛び乗ったキンシコウは、火を高らかに掲げ上げ、ゆっくりと大きく振ってみせる。
セルリアンは輝きに魅かれる性質を持つ……かばんとの共闘を通しハンターたちの得た知識だ。
より強い輝きである火を無視できないのか、気づいたセルリアンたちは一斉にキンシコウの方へと動き始める。
「よし、今のうちに……キタキツネさんっ、大丈夫ですか!」
「んっ……ハンター、来てくれたんだ」
(よかった。なんともなさそうだ)
高台からひょこっと顔を出すキタキツネの無事そうな姿に、少しリカオンは安心する。
仮に怪我などで自力の移動が難しい状態になっていたのなら、救出の難易度は跳ね上がっていたところだ。
「歩けますか?今のうちに降りて来て下さい」
「わかった。ボクは、大丈夫……けど、ナマケモノが」
「ナマケモノさんっ!?もう一人いるんですかっ!」
「はわわ、ごめんなさい〜、私、速く動くの苦手でぇ〜、逃げ遅れちゃっててぇ〜」
のそのそとゆっくりな動きで、眠そうな眼をしたフレンズがキタキツネの隣に顔を出した。
フレンズは元動物に由来した身体能力となる……素早く動こうとすれば体内で発生した熱によって死んでしまう事もあるといわれるナマケモノ由来のフレンズが、素早く行動できる訳がない。
「降りられますか?その後は私がお運びしますから!」
「それは大丈夫〜、木登りは得意だよ〜」
「わかりました、キタキツネさんも早く!」
「うんっ」
(頼みますっ、キンシコウさん……っ!)
木登りの得意ではないリカオンは、ナマケモノが降りてくるのを待っている他ない。
セルリアンの引きつけに回ったキンシコウへ、自然と意識が向いていた。
「距離は……充分かな」
一方、そのキンシコウはといえば、アスレチックの遊具の上に立ちながら、リカオンたちから大分離れた地点までセルリアンたちを誘導できたことを確認していた。
彼女の下では一つ目たちがひしめき合い、その手に掲げる火へ向かって無機質な視線を投げかけている。
「ふぅ……あとどのくらい持つでしょうか」
段々短くなる松明、近づく熱気に汗を拭う。
持てなくなる程にまで短くなるのがタイムリミット、それまでには救出は成功させなければならない。
遠方のリカオンたちはまだアスレチックの中にいる様子、やはり中々スマートにはいかないものである。
「なら今のうちに、一匹一匹誘導して、数を少しでも……きゃっ!?」
キンシコウが今後の動きを考えていたその時、突如として大きな振動が襲いかかった。
足元のセルリアンたちが、彼女の立つ柱に体を打ち付け始めたのだ。
「くっ……しまった!」
なんとかバランスを取り、キンシコウは落下せず踏みとどまったものの、その手から赤々と燃える松明が離れ、重力に引かれ落ちて行く。
「……!」
落下地点に一斉に押し寄せるセルリアン。
まるで角砂糖に群がるアリの群れの如く悍ましく……そして、変化はそれだけでは済まされなかった。
「これは……セルリアン同士が、くっついてる……!?」
ぼこぼこ、と、セルリアンたちのゼリーのような身体が膨れ上がり、一塊になってゆく。
やがて変貌を遂げ、そこには鞠が数珠繋ぎになったような体躯を持つ、巨大な百足めいたセルリアンが誕生していた。
「火の輝きを得たというのっ……きゃあああっ!?」
一つ目を擡げた鎌首が、その見た目とは裏腹の高速をもってして柱の上のキンシコウへと襲いかかる。
轟音と土煙に隠され、金のけものの姿が消えた。
「あわわわわ〜っ!?」
「ハッ……!ナマケモノさんっ、大丈夫ですかっ!」
「うん〜、助けてくれてありがとねぇ〜」
「いえ、でも一体何が……」
離れていたリカオンたちにも、衝撃の余波は襲いかかっていた。
突然な振動に滑り落ちかけたナマケモノを受け止めるリカオン。
二人を見守っていたキタキツネが、天を指差し呟く。
「……ステージボスだ」
「ステージボス?一体何が……っ、な、なんですか、あれ」
見上げ、リカオンは思わず絶句していた。
聳え立つ威容。セルリアンで構成された歪な大蛇の姿がそこにあった。
「ハンターッ!キタキツネ!無事!?」
「ギンギツネ。うん、ボクへっちゃらだよ」
「ギンギツネさん!すみません、キタキツネさん、ナマケモノさんと一緒に今すぐ避難を!」
「……えぇ、わかったわ。キタキツネ、一緒にナマケモノさんを運ぶわよ!ナマケモノさん、じっとしてて下さいね」
「うん〜、迷惑かけるね〜」
「わかったよ。ハンター、ゲームオーバーになっちゃ駄目だよ」
「はい、また後で……キンシコウさん、今行きます!」
助けたフレンズたちを残し、リカオンは一瞬も怯むことなくセルリアンの大蛇の元へ駆ける。
「くっ……リカオンさんっ。ごめんなさい、しくじりました。あのセルリアン、火を食べて」
「キンシコウさん!いえ、無事で何よりです。そういう事でしたか……」
砂煙の中から退いてきた金の一筋がリカオンの隣に並び立った。
その手には既に松明はなく、代わりに彼女の獲物である棒が握られている。
『輝き』を求めるセルリアン、彼らはそれを奪い、強く変化していく……火のような強い輝きであれば、よりその程度も凄まじい。
「……でも、悪いことばかりじゃない!キンシコウさんは左へ!」
「はいっ!」
此方に狙いを定めた体当たりを、リカオンはキンシコウが跳んだのとは逆方向……右へと走って回避する。
融合したことでセルリアンは確かにより強大となったが、それは逆に言えば攻撃が来る方向が限られるということ。
多数対多数の乱戦より、ハンター二人にとっては遥かに立ち回りやすくなっていたのだ。
(リカオンさん……すっかり頼もしくなって)
今や、第一線に立ち鋭い指示すら出してみせるリカオンの姿に、キンシコウは激しい戦いの中にいるにもかかわらず微笑んでいた。
かつて、自分の背丈程度のセルリアンにすら立ち向かえなかった頃とは見違えるようだ。
ヒグマへのキンシコウへの憧れが、築いてきた絆が、彼女の背をどこまでも支えている。
「石はあそこです、仕掛けましょう、リカオンさんっ!」
「はいっ!キンシコウさん、いきますっ!」
大蛇セルリアンを挟んだ二人の瞳が野生解放の輝きを放ち、挟み込むように跳びあがる。
二つのけものプラズムはXの軌跡を刻み、大蛇の身体を両断、石を割り砕いてみせた。
「……やった!」
確かな手応えに、リカオンの口から自然と歓声が溢れる。
ヒグマの力なしで、ついに大物を討ち取ったのだ。
(もう大丈夫です、ヒグマさん!だから、安心して、平和に……)
「リカオンさんっ!避けてっ!!」
「え……あぐぅっ!?」
キンシコウの鋭い悲鳴の直後、自由落下に身を任せていたリカオンの身体が突如として地面に叩きつけられる。
すぐさまキンシコウがその身体を抱え飛び退り、さっきまでリカオンがいた空間を大蛇セルリアンの巨体が押しつぶした。
「リカオンさん!しっかり!」
「げほっ……なんで……っ、二匹……っ」
一撃で気絶寸前まで意識を削がれかけたリカオンの視界に映ったのは、二匹に増えた大蛇セルリアン。
(増えた……んじゃない、そうか、分かれたのか……っ)
何が起こったのかをどうにか理解するのでリカオンは精一杯だった。
元々複数の個体が数珠繋ぎになることで構成された大蛇セルリアンだが、完全に全ての個体が融合して一つとなってしまっているわけではなく、個々の個体は独立した状態にあったのだ。
リカオンとキンシコウは構成する一体を倒したにすぎず、結果として短くこそなったものの大蛇セルリアンが二体に分かれることとなってしまったのである。
「くっ……一旦引きましょう、リカオンさん。今の私達では」
「いえ……大丈夫です。まだ、いけます。下ろしてください」
「リカオンさん……っ、でもっ」
「タネが分かれば……怖くはないですよ。逆に、やりやすい……っ」
強がりだった。
よろめく脚でなんとか身体を支え、霞む瞳で敵を睨む。
本当はもう諦めたい。とうの昔から投げ出したい。
実のところ、この敵と最初に相対した時からずっと、心臓は縮みあがり、脚は前に出るのをやめてしまいそうだった。
今はもっと酷い。当たり前だ。
(駄目だ……!ヒグマさんの代わりに、戦うんだろ!パークを守るんだろっ!)
しかし、それ以上に。
目を瞑れば、リカオンの心をこの場に強く縫い止める、後ろ姿。
いつか見た……あの、あんなにも力強いのに、寂しげで、今にも折れてしまいそうな英雄の背中が、まぶたを閉じればそこにあるのだ。
(はは……っ、幻覚かな)
目を開いたにもかかわらず、後ろ姿が消えていない。
それはまるでリカオンを、キンシコウを、かばうようにセルリアンとの間に立ち塞がり、そして。
「……ハァアアアアアアッ!!!」
襲いかかるそれらに向け、その手の熊手を振り抜き、吹き飛ばしてみせたのだ。
「え……」
「キンシコウ。リカオン。悪い、遅くなった」
けものプラズムの残光を熊手に纏わせながら振り向くその姿は、確かに幻覚の類ではなかった。
リカオンの英雄が……ヒグマが、そこに立っていた。
それは、頼もしく、とても安堵を抱かせるものだった……悔しくなってしまうほどに。
「ヒグマさんっ!来てくださったんですね」
「……っ、なんで」
「話は後だ。キンシコウ、リカオン、やれるか」
「はいっ、勿論です」
「まだ……やれます。いけます、私も」
ヒグマの問いかけに、キンシコウは微笑んで頷き、リカオンもよろめきながらも構える。
あえてヒグマもキンシコウも止めないのは、今のリカオンに引くつもりがないと分かっているからだ。
この場に、ついに三人のハンターが並び立った。
「ヒグマさん、あのセルリアンは小さいセルリアンの集合体です。下手に一部だけを倒すと、厄介です」
「あぁ、そうみたいだな。私が大きいのを入れて気をひく、お前らは裏に回って石を狙え。いくぞっ!」
「えぇっ!」
「はいっ!」
ヒグマは野生解放とともに二度、三度と熊手を振るい、襲いくる大蛇セルリアン二体の巨体を豪快に退けてみせる。
その隙にキンシコウとリカオンは敵の背後へと素早く移動し、それぞれ確実に身体の端の石を割ってゆく。
息のぴったりあったコンビネーション。
セルリアンハンター三人組の、本来の実力がフルに発揮されているのだ。
「よし!何匹もくっついただけで動きは単純だ、削り尽くすまでやるぞ!」
「オーダー、了解です……っ!」
「いえ、待ってください!何か、来ます!」
むくむくと大蛇セルリアンたちの身体が蠢き、形が変わっていく。
収まる頃には何本もの首を持つ、より不気味な異形へと変貌し、ハンターたちに相対してみせる。
「頭を増やしたかっ!」
「厄介ですね、隙がないですよ」
「しかもっ、結構素早い!」
さすがに攻めあぐねるハンターたち。
巨体に加え、背後にさえ目を持つようになったことで、今までの戦法が通じなくなったうえ、複数の首が連携して攻撃してくるため、攻め手に転じる余裕がない。
「こうなったら、一気にっ!」
「駄目ですっ、ヒグマさん!でたらめに攻撃しては更に分裂してしまいます……っ!」
「だがリカオン!これ以上はお前が持たないだろ!」
「二人共気をつけてっ!来ます!」
「くっ……!」
「ハァッ、ハァ……ッ」
攻撃に合わせ距離を取る三人。
リカオンは消耗が激しい、一度重い攻撃を貰ったのが響いているのだ。
(野生解放も解けかけている、これ以上は無茶させられないか……)
冷静に、ヒグマは状況を判断する。
形態変化の能力を有するセルリアン、流石に三人でなければ立ち回りは難しい。
しかし既にリカオンは限界に達しつつある、ならばここは一時撤退を選択せざるを得ない。
「よし、ここは一旦退く、キンシコウはリカオンを––」
「ハンタ〜っ!た〜すけ〜にき〜たよ〜っ!」
「この声……ナマケモノさんっ!?それにキタキツネさんたちもっ、どうしてっ!」
「お世話になったから、ちょっとだけ恩返しにね!」
「お助けユニット……だよ。それじゃ、せーのっ」
フレンズが入れそうなほど大きな鍋を抱え、やってきたのはキタキツネ、ギンギツネ、そしてナマケモノの三人だ。
その鍋を力を合わせて傾けると、中から水が溢れ出し、セルリアンの足元を浸していく。
そこから岩石のように、セルリアンの身体が固まり始めた。
「これは……海水!?」
驚くキンシコウだが、彼女らもその光景を目撃したことがあった。
セルリアンには、海水に触れると身体が固まる性質があるのだ。
キタキツネとギンギツネはかつてそれを実践した一員でもある、その知識を活かしたのだ。
「それじゃ〜、私も〜。自分で動くのは〜、苦手だけど〜。これが、私の、やせいかいほ〜だよ〜っ」
間延びした声とともに、ナマケモノからもやもやしたけものプラズムが発生する。
それにセルリアンが触れると、驚くべきことに、その動きが一気に緩慢なものとなった。
ナマケモノの持つ『わざ』は、己ではなく敵に干渉する特異なものだったのだ。
「よし、これなら行けるっ!ありがとう皆っ!行くぞ、キンシコウ、リカオンッ!!」
「えぇっ!」
「はいっ!」
三人がそれぞれにけものプラズムを纏い、動きの鈍った大蛇セルリアンへ飛びかかる。
もはやまともに動けぬセルリアンなどハンターたちの敵ではない。
次々にその胴体がパカーンッと砕け散り、辺りにキラキラした欠片を振りまいてゆく。
さながら花火のようなその中を縦横無尽に駆け巡り、三人はついに中央、核となっていたと思しきひときわ大きなセルリアンに辿り着く。
「決めるぞっ!」
「はいっ!私たちのっ!」
「一撃をっ!」
「「「喰らええええええええっ!!!」」」
ハンターたちの攻撃は一つとなって重なり、敵の体内、奥深くに隠された石へ到達し、打ち砕く。
一際大きな破裂音とともに、辺りにその欠片が振りまかれ、戦いはついに終焉を迎えた。
同時に、リカオンの身体がふらりと傾き、ヒグマがすかさず抱きとめる。
「おっと!大丈夫か、リカオン」
「すみ……ません、ちょっと、つかれ、て……」
そのまま、糸が切れたように、リカオンは目を閉じた。
キンシコウが近寄り、規則正しい寝息を立てていることを確認する。
「……寝ちゃいましたね。かなり、無理してましたから」
「無理、か……どうして私をすぐに呼ばなかったんだ、目印だけ残して先行なんて」
実は、火を持って現場へ向かうとき、キンシコウはヒグマがすぐ後を追えるように目印を残していた。
リカオンには隠していたが、万が一を考えてのことだった。
問い詰めるヒグマへ、キンシコウは素直に謝る。
「ごめんなさいね、ヒグマさん。あなたを、少しでも安らいだ気持ちで、休ませてあげられたら、と思ったんですけど。やっぱり私たちだけじゃまだまだみたいです」
「……そうだったのか。気持ちは、嬉しい。でも……いや、後にするか」
「ハンター!お疲れ様!ありがとう、おかげで助かったわ」
「かっこよかったよ。げぇむみたいだった」
「九死に一生だったよぉ〜、ありがと〜、ありがと〜」
「みんな無事で良かった。この後料理を作ろうと思うんだけど、良かったら食べていってくれ。キンシコウも、手伝ってくれよ」
「はい、勿論です」
ヒグマは助けたフレンズたちに囲まれながら、キンシコウを連れ添い歩き始める。
背負われ眠るリカオンを起こさないよう、気遣いながら。
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