第23話:ARゲームの可能性と……

 8月5日午前10時、山口飛龍は自宅で新曲をパソコンで作成していた。

使用しているのはSOFで使用される楽曲を作成するツールではなく、汎用のDTMツールである。

この辺りは南雲蒼龍も同じような環境で作成している為、同じフィールドで立つという意味で使っているのかもしれない。

「楽曲を慌てて作成する必要はないか」

 山口は楽曲の投稿〆切を確認する。イベントは10月1日に投票開始、10月末には投票終了――。

「9月末までには時間がある。だからと言って……」

 山口がパソコンから視線を向けた先にある物、それは未使用状態のネオARガジェットだった。

「今は楽曲に集中すべき時期。8月中旬には同人音楽のイベントもある。そちらへ楽曲を出すとすれば、楽曲作成のスケジュールは――」

 ふと、山口は自分が参加する予定のない同人音楽イベントを思い出した。しかし、飛び入り不可である事を思い出すのに数分かかったのは言うまでもない。

それ程に山口の状況は追い込まれているというよりかは、何かをして気を紛れさせたいと言う思いもあったのだろう。

「ミュージックオブスパーダは既に頂点を極めたはず。なのに――」

 本当に頂点を極めたのか、まだやり残したことがあるのでは……という考えも頭をよぎる。

ソーシャルゲームではカードやアイテムのコンプリートが一つの到達点と言われているが、ミュージックオブスパーダにそうした概念があるとは思えない。

彼がであったプレイヤーの中には、ハイスコアを目指す者、自分のプレイスタイルを極める者、エンタメ精神でプレイを楽しむ者――そのプレイスタイルは攻略本やウィキで一言にまとめられない数に及ぶ。

本当に一つの大会で優勝しただけで極めたと言えるのか? 音楽ゲームのプレイスタイルは格闘ゲーム以上に出来る事が多いともネット上で言われている。

その状況で、本当に休止を宣言する事が正解なのだろうか? ミュージックオブスパーダを挫折した理由、アンケートでトップだったのはプレイスタイルが決められないと言う物であり、ゲームの難易度は二の次だったと言う。

音楽ゲームの場合は高難易度のみをプレイするスタイルが多いという話もあるが、逆にエンジョイ勢もいる。大きく2つに分けられる音楽ゲームのプレイスタイル、そこにだけ集中した結果――それが本来の音楽の可能性を奪っているのではないか、と。



 山口はしばらく考え込んだ。本当に音楽ゲームのプレイスタイルは2つだけで決められるのか……と。

「ミュージックオブスパーダ、それが生まれた理由か」

 今までの音楽ゲームの常識を破るシステム、それはハンティングゲーム――いわゆる狩りゲーのシステムを応用した物であり、従来の音ゲーとは確かに一線を越えた。

しかし、それは表面的な部分だけで終わったのか? 本来の音ゲーは楽曲を楽しむ、あるいは楽曲を演奏するという疑似体験が出来るという物だったはず。

それが作業ゲーと言われるようになったのは、高難易度インフレで初心者が入り込めなくなったのは――音ゲーには格闘ゲーム以上に難題が山積みになっている。

「南雲は、どういう理由があってあのシステムを採用したのか」

 単純に流行のシステムに便乗しようと考えたのであれば、もっと別の要素を加えたり、今の様なシステムにする必要はない。

それこそ、別の小説サイトみたいに旬ジャンルの二次創作で会話だけの雰囲気重視のSSを書くような――特定の勢力向けだけに人気が出る物を作ればいいだろう。

南雲がミュージックオブスパーダを作るきっかけ、それは本当にARゲームのシステムが優遇される遊戯都市奏歌の計画に乗っただけなのか?



 同日午前10時30分、見たいアニメを視聴後、改めて作曲作業を再開しようとした山口だったが、何かが引っ掛かっていた。

「やっぱり、南雲の言葉が気になる」

 南雲は過去に『超有名アイドルのディストピアを止める』と自分に向かって言っていた。

アカシックレコードにも同様の事を言及している人物が何人でもいるが――それは少数派では済まない人数に及ぶ。

大多数の人間に媚びるようなタイプの人間ではないのは、過去に彼の楽曲を聞いて分かっていた。

では、ARゲームのシステムを使用する事になったのは何故なのか。今まで通りの筺体で音楽ゲームを出すことは不可能だったのか?

ゲームの開発者であれば、新たなシステムに興味を持つのは当たり前。しかし、ARゲームがブレイクしたのは遊戯都市計画が発表される前の事だ。

『超有名アイドル信者及びアイドル投資家、それに政治家が裏で手を組んで超有名アイドルコンテンツによる全世界掌握を考えていたとしたら――』

 あの時にDJイナズマが言っていた事、彼は超有名アイドルコンテンツで全世界掌握考えている世界があったのではないか、と訴えているようでもあった。

実際、彼は過去にアカシックレコードへのアクセスを行っており、そこで得た知識でネット上に小説を発表した事もあった。

その結果は無残という表現を使うまでもない位に敗北した――とネット上のつぶやきで言及されているが、それを鵜呑みにするような程――自分は流行に飲み込まれたりはしない。



 8月5日午前10時30分、あるプレイ動画が公開されると同時に再生数がうなぎ上りで上昇する。

【あの人物、山口じゃないのか?】

【それはないだろう。山口がエントリーしたら、公式ホームページでも動きがあるはずだ】

【7月30日にログインし、そこからは音沙汰なし】

【数日で行方不明扱いにされるのは、あまりにも酷だろう】

【数か月の音信不通であれば話は分かる。しかし、1週間も満たない感覚で言うのは無理があり過ぎる】

【じゃあ、あの動き――ゴッドランカーシステムは、どう説明する?】

【5人目のゴッドランカーが誕生したと考えるべきだろうな】

 ネット上では、この動画に対するつぶやきが拡散し、高速移動の使い方が的確な為か、山口飛龍と錯覚しているようだ。

しかし、この動画に姿を見せているのは、青と白をベースにしたカラーリング、SFロボットアニメ等で見るようなデザイン、メイン武装はソードと言う事で山口とは似ても似つかない。

この人物の正体は、一部のスレで話題になっていた謎のプレイヤーなのである。

謎の多いプレイヤーと言えば、過去にパッチワークやバウンティハンター、提督と名乗る勢力も存在したのだが、それとは一線を越えており、全く別勢力とみてもいい。



 今回の動画を見て、じっとしていられない人物がいた。それは、木曾あやねである。服装は何時ものアレだが、サングラスはブルーライト対策の物に差し替えているようだ。

彼女はゲーセンにいたのだが、一連の動画を見てARガジェットのコーナーへと移動している。

「あの人物が、こちらの読み通りの人物だとしたら――」

 何とかARゲーム専用のセンターモニターに到着し、そこで例の動画に関する物を探そうとするが、新着動画が多すぎて把握できない。

「せめて、何かキーワードになる物は――?」

 木曾は自分宛てにショートメールが来ている事に気付かなかった。サングラスを差し替えたのが原因だろうか。

「やはり、ARグラスは24時間かけるような物ではないか。目に負担がかかる」

 木曾がサングラスとして使用していたのは、ARグラスと呼ばれる簡易モニターであり、ARガジェットのバイザーと同じ役割を持っている。

そして、ショートメールをチェックし、そのキーワードを入力する。すると、動画を10件ほどに絞り込む事に成功した。

「やはり、エクシアか」

 厳密に言えば、エクシアではなくエクスシアなのだが――そのキーワードで動画を絞り込めた為、タグの指定としては間違っていないようでもあった。



 木曾が一通りエクスシアの動画をチェックしようとしたが、センターモニターを使おうと言うプレイヤーは何人かいる為、動画を最新の1本に絞り込んで視聴する事にする。

「曲名はアイム・ソー・ハッピー……?」

 木曾は曲目に見覚えがあるように思えた。しかし、『クリスマス・イヴ』等に代表されるタイトルかぶりの曲は複数ある。その為、無駄な詮索はしない方が良いと判断した。

それに、どうあがいても被らないような楽曲は商標を使っているようなケース、その作品特有の単語を使っているケースだけだろう。

Aという世界では曲名に使われなさそうなフレーズでも、Bという世界では使われている可能性も否定できない。

それを踏まえれば、このような問題は些細な物と結論付けたのである。

「この曲は確か、大規模アップデート前のスコアトライアル中に更新された物のはず――」

 楽曲の追加タイミング、それはスコアトライアルの行われている最中であり、プレイヤーにとってはさりげなく追加されていたという認識がされている。

「それ以外の楽曲は――」

 その他にも引っ掛かったエクスシアの動画を見ると、そこにも見覚えのあるタイトルが存在していた。一体、これが意味しているのは何なのか?

「アルマゲスト――まさか?」

 木曾は再び曲名で何かを思い出していた。アカシックレコードにあった、とある音楽ゲームの曲名リスト、そこに明記されていたのがアルマゲストだったのである。



 8月5日午前11時、あるエリアにてエクスシアに類似した装備をした人物の目撃例があった。

「あなたは、まさか――?」

 ネオARガジェットではバックパックに連装砲、更にはバスターランチャーという装備に換装した大淀はるか、彼女が発見したのはエクスシアではなく――。

その人物の正体、それはエクスシアのコピーとも言える劣化ガジェットを装備したアイドル投資家勢力だった。

「上級ランカーが釣れるとは、こちらとしては都合がいい。ここで上級ランカーに関して炎上させる話題を拡散すれば、超有名アイドルが全世界で無敵のコンテンツとなる――」

 ある言葉を聞いた大淀は警告なしでバスターランチャーを構え、即座にエクスシアコピーを行動不能にした。

それから数分後、この人物が逮捕された事で超有名アイドルと裏取引をした芸能事務所、関係会社が改めて公表される。

今度こそ超有名アイドルは炎上コンテンツとなり、黒歴史として消滅すると考えられたのだが……。



 同日午前11時10分、アカシックレコードの記述に違和感を抱いた人物がいた。それは、意外な事に明石春。

「やはり、アキバガーディアンも掴んでいない裏の事実を、向こう側の人間は知っている」

 明石が考えたのは、アカシックレコードを編集する人間達がアキバガーディアンや別勢力も掴んでいない情報を持っているという事だ。

アカシックレコードの編集権限を持っている人物は無数に存在し、それこそ誰が何を編集しているのか識別する事は不可能だろう。

それに加え、アカシックレコードの正体はネット上でも曖昧な記述で片づけられ、それでネット住民や一般市民も認識してしまっている。

曖昧な記述にした張本人は、この世界にはいないだろう。その正体は、もしかすると別の世界線に存在するアカシックレコードに触れた人物かもしれない。

別の作品だと多次元世界という単語で用いられて表現される――この世界。

アカシックレコードの記述では、ARゲームが様々な世界で色々な形で表現されているというのだ。

「このサイトを設立した人物、アキバガーディアンでも調べられなかった理由、サーバーの正体――どれも全貌を掴ませないトリックなのかも」

 アキバガーディアンのような情報力を持ってしても、アカシックレコードの正体は掴めずじまい。それ程に、巧妙な仕掛けをしているのだろう。

世界有数のハッカーがブービートラップを起動させた事、それが全ての始まりだったのか……。それは今となっては過ぎた話題でもある。



 同日午前11時20分、何時もとは違うゲームセンターへ向かおうとしていた山口飛龍は、途中でARゲームの大型ショップ前を自転車で通過する。

「ARゲームの大型ショップか――」

 山口が入口付近を見ると、本日も混雑をしているという証拠に、入場制限がかかる程の行列が出来ていた。

「転売屋がARゲームのグッズを手に入れたとしても、オークションサイトに出したと同時に足が付くと言うのに――懲りない連中だ」

 サバゲ―でもプレイするようなARギアを装着し、山口の隣に姿を見せたのはDJイナズマである。

「最近になって、大手アミューズメントが転売チケット対策をしたという話ですが」

「今は効果があっても、いずれは対策されるのは目に見えている。完全根絶を宣言するのであれば、法律として実行するしかない」

「法律? ソレは本気で言っているのか? ガイドライン等では駄目なのか?」

「これは本気だ。悪目立ちをするような存在を完全駆逐する為には、法律を持ってして対抗するしかない。そうでなければ――」

 イナズマの方は本気で実行しようとしている訳ではなく、半分は冗談で言っているようだが……最近の事件を考えると逆に本気と捉えられてしまうだろう。

「法律以外で対抗手段はあるのか?」

 この山口の問いに対し、イナズマは可能な範囲で言及する。対話に関しては、向こうが受け入れなければ不可能と考えているらしく、それに変わる対抗手段は予想外の物だった。

「これを使う。ARゲームのプレイで、人々を感動させる」

 イナズマがARガジェットを山口に見せるのだが、本当に大丈夫なのか……と山口は不安顔だ。

「興味のない人間も無理やり巻き込めば、それは悪目立ちをする人間と変わりないだろう。どうやって、感動させる気だ?」

 山口の言う事も一理ある。無理にARゲームへ巻き込もうとすれば、逆に超有名アイドル勢やネット炎上勢がネタにするのは間違いない。それを踏まえ、イナズマは何か考えがあるらしい。

「アカシックレコードを使う」

 この言葉の意味、山口は半分理解しようと考えたのだが、イナズマの言うアカシックレコードは山口の知るアカシックレコードとは別物――。



 8月5日午前11時30分、DJイナズマはフリーフィールドと言う特殊なステージへと向かった。

その際、山口飛龍は同行せず、単独で向かう事になったのだが、それには一つの理由があったのである。



 フリーフィールドへ向かう数分前、イナズマは山口に対してアカシックレコードを使うと言及し――。

「アカシックレコード、ウェブ上にある百科事典の……」

「残念ながら、そちらのアカシックレコードではない。向こうは本来の意味で使われる物とは大きく異なる」

「それは、どういう事だ?」

「Aの世界で言うアガートラーム、Bの世界で言うアガートラーム……その形状が異なるのは知っているか」

「アガートラームとアカシックレコード、何の関係が?」

「アガートラームは例えの話だ。Aの世界のアカシックレコード、Bの世界のアカシックレコードでは言葉の意味も違う」

「言葉の意味? それって、どういう事だ」

「これ以上は一部勢力の炎上ネタにされる事を避ける意味合いもあって、君にも話す事は出来ない」

 結局、どのような物か説明することなく、イナズマはフリーフィールドへ向かったのだ。



 同日午前11時35分、何とかフリーフィールドへ到着する。見た目は広い公園にも見えるが、その正体は野外でARゲームをプレイできる特殊なフィールドである。

このフリーフィールドは、本来であれば別のARゲームで利用されていた場所。

しかし、そのARゲームは超有名アイドルとの人気獲得合戦に敗れ、事業を縮小したと言う。

「ARゲームが栄光をつかんだのは、わずか1年弱だった。4クールアニメ位の時期しか、ブレイク出来なかった」

 イナズマはフリーフィールドのシステムをARガジェットで起動させるのだが、システム自体が古い事もあって最新アプリでは互換性が皆無に等しい。

「格闘技番組が地上波から姿を消した時の様に、ARゲームを扱った番組が消えるのも同じだった」

 そして、ARガジェットから呼びだしたアプリ、それはアカシックレコードの断片とも言うべき物だったのである。

「ARゲームに栄光と挫折があるとすれば、栄光はブレイクした1年と少し、挫折は――今も続いている!」

 遂に、イナズマは禁断のシステムとも言うべきアカシックレコードを作動させる。それは、全てのチート技術を無効化出来る程のシステムであった。

このシステムを使えば、世間一般にチートと呼ばれる違法改造、解析プログラム、外部ツールと言った犯罪クラスのガジェットを一斉に無効化し、それこそ超有名アイドル投資家等と対等に戦えるようになる物。

しかし、このシステムにも弱点はある。それは、解放する為のプログラムアプリがこの世界にはなかったからだ。

世界最強のハッカーがアカシックレコードへアクセスした際、カウンターとして起動したシステムが原因で、起動に必要なキーが失われたらしい。

実際に失われたかも疑わしいが、イナズマは何とかしてバックアップされていたアプリをサルベージする事に成功した。

その場所とは、別の世界に存在するアカシックレコード。このアカシックレコードへアクセスする事、それは大きな賭けでもあった。

「まさか、その発想で発見したアカシックレコードの中に、このバックアップがあったとは」

 イナズマも今回のバックアップアプリを発見するのには苦労した。何故なら、そのアカシックレコードがあった場所は――。

「別のアカシックレコード、それがWeb上の小説に存在したとは――アキバガーディアンも発見できなかった理由も納得か」

 彼はWeb小説も書いている為か、何となくだがバックアップの場所に目星を付けていたが、本当にWeb小説の作品にバックアップアプリを呼び出すキーワードがあったとは。



 8月5日午前11時45分、昼前に放送されたテレビのニュースが予想外とも言える事件を伝えた。

『先ほど入った速報です。特定芸能事務所から資金援助を受けていた政治家のリストが各地へ拡散し、各国大使館からも抗議の――』

 このニュースを見た視聴者の感想は分離していた。

【今更になってこの話題を繰り返すのか?】

【今回はさまざまな大使館からも苦情がきている。超有名アイドルのライブが世界各地で行われているように偽装されていた――という事か】

【結局、テレビでは音楽番組で初登場のアーティストが出たとしても、超有名アイドルのかませ犬にされるケースが多い】

【そう見えないように、構成や演出等でごまかすような手法もあるらしいが、そちらもネタ切れと言うべきか】

【実際に、別の世界線でアニメ出身のアイドルグループが出たらしいが、超有名アイドルの宣伝に利用されたという話もあるらしい】

【コンテンツ流通自体が超有名アイドルが全世界で印税収入を得て、最終的に銀河系規模の利益を得ると言う――それこそ、投資詐欺でも使わないようなフレーズが飛び交う】

【超有名アイドルがありとあらゆる世界で利益を得て、その他のコンテンツをかませ犬扱い、そんな世界がループしてしまうと言うのか】

 今回の報道を今更な話であり、遅すぎると絶望している考えを持つ者。

こちらは反超有名アイドル勢力と言うよりは、一般市民やつぶやき一言で流されるようなネットユーザー、炎上勢力が該当する。

【予想通りと言うよりも、今回は規模が大きすぎる】

【これだけの事を放置した政府も政府だ。大規模的な改革を行う必要は高いという事か】

【結局はフジョシや夢小説勢等を食い物にする芸能事務所――その暴走や悪目立ちするファンを止められなかった政府にも責任があるか】

【こうした勢力が、やがてはアカシックレコードの力を悪用して軍事転用し、超有名アイドルによる武力行使も――】

【超有名アイドルのディストピアがループする現実を打ち破り、今度こそ自由を取り戻すのだ!】

 もう一方は今回の件をきっかけにして、超有名アイドル規制法案や芸能事務所の解体を求めようとする考えを持つ者。こちらは過激発言でカリスマを持つ者、反超有名アイドル勢力が該当する。



 同刻、このニュースを見て懸念を持っている人物もいた。それは、元バウンティハンターである加賀ミヅキだ。

今の彼女はインナースーツではなく、島村ファッションを着こなしているらしい。ただし、下着の変わりにARアーマー用のインナースーツを着ているが。

「こうした無意味と言えるようなネット炎上勢やアイドル投資家をまとめサイトやアフィリエイト系炎上サイトで、火事場泥棒とも言える莫大な利益を発生させるような事を――」

 思う所はあるようだが、今は無駄な意見のぶつかり合いを静観するしかなかった。本当であれば、ディスプレイに無言のパンチをぶつけたい位だ。

しかし、ストレス発散や別勢力を力で黙らせる事は――以前の自分と重なり、そこに罪悪感を覚えていた。

ここで介入すれば、コンテンツ産業が炎上商法を推奨しているという認識を海外に与える事になり、それこそ超有名アイドルと同じ末路をたどる。

「繰り返さない為には、何をどうするべきなのか――?」

 しばらくして加賀のARガジェットにメールの受信を知らせるアラームが鳴りだした。一体、誰からのメッセージなのか。

【SOFに参加する前に、悔いを残さない為にも――決着を付けたい】

 ここでいう決着とは、決闘的な意味ではなかった。これは、ウィークリーランキングに関係するのだろう。

「SOF――まさか?」

 加賀はSOFという単語も気になり、メッセージの続きを読む。すると、そこには予想外の事が書かれていたのだ。

【外部チートやツールで作られた虚偽の記録よりも、トップランカーとしての記録が上であることを証明する】

 メッセージの主、それは運営からの物だった。定期的なメルマガには曜日が……と考えていたが、今回は掲載内容の意味もあっての臨時発行だった。

今回のメルマガに書かれていたメッセージ、それはトップランカーとなった山口飛龍の物。

このスコアトライアルを最後に引退と言う訳ではないのだが、覚悟を持っての参加という事らしい。

「これが本当だとすれば、妨害をしようと考える勢力も現れるだろう」

 加賀はスコアトライアルが妨害される事を懸念している。

しかし、その後に書かれていたスコアトライアルのルールは、別の意味でも加賀の予想を上回る程のルールが設定されていたのだ。

これを全て守れる者がいるのか――とルールをチェックしたプレイヤーの誰もが思った。チート勢力の根絶という意味では、こうしたフィールドが必要だったのだろうか?



 8月5日午前11時50分、例のニュースが報道されてから数分後、DJイナズマはフリーフィールドのメインエリアへと到着した。

到着した時間よりも遅れる結果になったのには、フィールドの展開時にトラブルが発生したためだ。

【ARフィールド展開中・起動停止予定は午前12時】

 このメッセージが意味する者、それは一足先にフリースペースが使用されていることを意味する。

そして、目の前で展開されていたのは、見覚えのあるARギアとアイドル投資家のかませ犬とのバトルだった。

使用されているのはARFPS、1人称視点のシューティングゲームをFPSと呼ぶのだが、ARゲームではサバイバルゲームに近い雰囲気を持つ。

フリースペースは予約制と言う訳ではないのだが、早い者勝ちと言う訳でもない。

おそらく、アイドル投資家が何者かにバックアップアプリを裏で受け取り、それを利用した可能性が高いだろう。



 同日午前11時45分、ある人物がフィールドを展開しようとアプリを動作していた。どうやら、動作を先に行ったのはアイドル投資家らしい。

「宣伝活動に利用できそうな物はないか? フリーフィールドは無料で使用出来るという利点を使い、超有名アイドルの宣伝を無尽蔵に行う事も――」

「申し訳ありません。フリーフィールドにあるのは難しいジャンルばかりで、アイドルでもプレイできそうなゲームはございません」

「パズルゲームとか、メダルゲームとか――そう言った説明が単純で済むような物は?」

「ARパズルはありますが、脱出ゲーム要素やホラー要素が多くて、放送事故は避けられないかと」

 アイドル投資家と別にアプリを操作し、ジャンル選択をしていたのはあるテレビ局の男性カメラマンだった。

どうやら、テレビ番組の企画でゲリラライブでも考えていたのかもしれない。

「そこで何をしている! このフィールドがテレビ取材NGと言うのを知っての侵入か?」

 2人の前に姿を見せたのは、改造軍服に近い服装の鉄血のビスマルク。今回はインナースーツも装備していない。

彼女は、本来であればここへは立ち寄らない予定だったが、妖しい人影を見つけ、追跡をしていたらしい。

「テレビ取材NG? それは初耳だな。ここはただの公園だと草加市にも問い合わせ済――特に問題はないはず」

 カメラマンの方はタブレット端末に保存していた取材許可証をビスマルクに見せるのだが、彼女はそれを見た途端に激怒する。

この反応に関して、アイドル投資家の方はカメラマンに詰め寄ろうとも考えた。しかし、それをすれば泥沼なのは明らかである。

「このエリアは草加市ではなく、遊戯都市奏歌――つまり、奏歌市の管轄内だ。それに、草加市でもこの公園がARゲーム関係の施設だと言う事は、把握済みのはずだ」

 ビスマルクの話を聞き、カメラマンが慌てて大手マップサイトで検索をする。その結果、自分で証明書が偽造であることを認めてしまったのである。

「ばれてしまったら仕方がない。本来であれば、夢小説勢もおびき寄せ、向こうの仕業だと偽装するはずだったが――」

「夢小説勢は超有名アイドルにとっても金になる――お前達の様な勢力によって、超有名アイドル規制法案を推進させる訳には――」

 2人の言い分も、毎度恒例のテンプレである。超有名アイドルコンテンツこそ唯一にして絶対と思わせる一方で、これをネット上で拡散されれば超有名アイドルの再生は難しいだろう。



 そして、時間は午前11時50分へ戻る。ジャンルに関しては、向こうが適当に入力した結果、ARFPSに決まった。

「こうなったら、おまえを倒して超有名アイドルが無敵のコンテンツであると証明する!」

「Web小説サイトで異世界転生チート主人公がランキング上位に入る位には――3次元の超有名アイドルがヒットするのは必然!」

 どう考えても負けフラグを立てているような説明口調にビスマルクの気力が削られている……ように見えた。

しかし、ビスマルクは逆に相手が地雷を踏んだかのように手加減なしで主砲+連装砲のフルバーストを決める。

「悪乗り便乗、ネット炎上、他のコンテンツは自分達の引き立て役――そういった慢心が、純粋なファンの離脱を増長し、最終的には衰退する」

 ビスマルクの方は本気で2人を潰す気でいるような目つきで、砲撃を繰り返す。ライフに関しては、対して削れていないように見えるが……。

「馬鹿な! あの演出で、これだけしか減らないのか?」

 アイドル投資家もビスマルクの火力に関して違和感を持ち始める。そこからはじかれるのは、明らかになぶり殺しされると言う事だ。

しかし、ビスマルクはそうした意図は持っていない。彼女が超有名アイドル商法に関しては否定的な意見を持っているが、それと今回のアイドル投資家が政治家と関係を持っている事は彼女にとっては別件に等しい。

「純粋なファンだと? 我々の様なアイドル投資家がいれば、そうした心配など無用だ! 逆に、オタクである事が話題に乗りやすいと考えるような勢力の方が、我々の様な投資家より危険のはずだ!」

 アイドル投資家の言う事等、結局は炎上サイトの受け売りにしか過ぎない。そうした歪められた情報に踊らされ、脅迫の様な負の感情を抱いてコンテンツを消費する――それがビスマルクには許せないのだ。

マスコミ報道も芸能事務所によって書きかえられた筋書きの一つだとビスマルクが考えている以上――彼らの主張をビスマルクが聞き入れることはないだろう。

「私は政治がらみの話題には踏み入れないが、お前達の主張がアフィリエイト系のまとめサイトの受け売りなのは分かる。サイトの管理人が芸能事務所関係者としたら――」

 ビスマルクの砲撃は、意図的にガジェットの火力を下げていた訳ではなかった。上げ過ぎればチートと判定され、平均値でもフリーフィールドの管理人に通報されるだろう。

こうした理由がある為に、ビスマルクもガジェットの火力を下げざるを得なかったのである。

「コンテンツ消費が正常に行われていれば、こちらも特に何も言う事はない。しかし、お前達は自分達の縄張りを広げる為に行っている事、それは――」

 ビスマルクが何かを言おうとしたタイミング、そこで姿を見せたのはDJイナズマである。彼の方もFPSに合わせたARアーマーを装着しているのだが、量産型ガジェットにオレンジのカラーリングでありきたりすぎる。



 同日午前12時、イナズマが介入したタイミングはゲーム終了時刻だった。そして、イナズマはアサルトライフルをビスマルクに構える。

「これは、あくまでARゲームだ。目的を持ってプレイするのは必要不可欠だが、お前がやっている事は悪乗りでネットを炎上させるつぶやきユーザーと同じだ」

 イナズマのアサルトライフルが火を吹くと思われたが、ゲーム終了と同時の乱入の為、ライフルの火が噴く事はなかった。

【ゲーム終了】

 ビスマルクのバイザーにはゲーム終了とビスマルクの勝利を伝えるメッセージが表示されるが、彼女がそのメッセージを確認出来るような状況ではなかった。

「ゲームに熱中して……何が……悪いって……言うの? 私は、純粋にゲームを楽しみたいだけなのに――超有名アイドルがコラボと言う理由で、自分達のフィールドを荒らしていく。それが、私には許せなかった――」

 息が荒いビスマルクはバイザーを外し、ARギアも解除する。解除後の彼女の服装は、汗でびっしょりになっているようでもあった。

「ゲームに熱中するのを悪いとは言わない。しかし、物には限度がある。度を越えて全てを蹂躙していく、ランキング1位になる為だけにチートを使う様な連中――彼らの様な行動をとったら、それは犯罪者と変わりない」

 その後、イナズマは別のフリーフィールドへ向かう事になり、そこで再生の為の作戦を展開する事になった。



 西暦2016年、遊戯都市奏歌が展開されたのがこの年である。その一方で、地方活性化を目的とした町おこしが複数展開された。

萌えと融合した物、地元の特産品などを売り込む等――。この他にもふるさと納税にさまざまな豪華賞品を送付と言う物も。

しかし、こうした方法では当たり前過ぎて話題にならないと切り捨てたのは、草加市である。

それからしばらくして遊戯都市奏歌の立ち上げが行われ、過去に展開されていたARゲームも再利用し、現在の遊戯都市が完成した。

 その後、西暦2017年に超有名アイドルのFX投資――自作自演とも言うべき事件が起こる。

その事件を受け、遊戯都市奏歌は超有名アイドルに代表される3次元に頼らないコンテンツを生み出す為に動き出したと言う。

それが、後のミュージックオブスパーダ――それ以外のAR音楽ゲーム及びARリズムゲームに波及した。



 どのタイミングでアイドル無双が始まったのか? こちらに関しては諸説ある為、解析班も確定できていないのが現状だろう。

昭和時代のアイドルも人気があったのだが、今回ほどではない。平成初期のアイドルも――昭和を引き継いだ気配で、これも当てはめるには難しい。

超有名アイドルという概念が出てきたのは、2000年代終盤の2008年ごろと言われている。

そして、超有名アイドル商法が目立ち始めたのは2009年とも2010年とも言われているが……真相は不明だ。

FX投資という例えが扱われたのは、2014年頃であり、これもきっかけはネット上のつぶやきだったと言う。



 そして、現在。超有名アイドル投資家に代表される勢力は、政治へ進出する人物もわずかにいる。

実際のニュースでも報道されており、こうした話題が報道規制されていることはないらしい。

あるいは、自分達に都合の悪い部分だけを書きかえると言う方式で報道している可能性もあるが……。

「アカシックレコード――ネット上のありとあらゆる情報は、ここに集約されると聞くが」

 一連のウィキを見ていたのは、大和杏である。お昼はインスタント焼きそばとコンビニののり弁当、それに鳥の唐揚げだ。

さすがにちくわ風チョコのパフェやドーナツは買っていないが――チョコバーにコンポタスナックが置かれている。

「しかし、アカシックレコード依存をすれば――情報の選別能力が鈍るとビスマルクは言っていた」

 半分はテンションが低かった大和も、弁当を食べるときは不機嫌な表情から真剣な表情に変わった。テンションが低くても、お昼がおいしくなくなると考えているのかもしれない。



 同日午前12時20分、お昼を食べ終わった大和は、ある場所へと向かっていた。何時ものゲーセンやアンテナショップではなく、谷塚駅である。

「ARゲームのゲリラロケテがあると言うつぶやきが出回っているが、それが本当なのか気になる」

 つぶやきサイトのつぶやきを確実に信じる訳ではないのだが、そこで言及されていたゲリラロケテに関して気になっているようだ。

「あれが、新型のARガジェットか?」

 谷塚駅に到着したが、それらしいガジェットは見当たらない。デマのつぶやきに踊らされた……と考えた大和が、駅近くに設置されているモニターをチェックすると、そこには――。

「これが新たなリズムゲームという事なのか? まるで、パルクールでは……」

 大和は、モニターで流れていたデモムービーを見て、パルクールとリズムゲームを組み合わせた今回のゲームに対し、言葉も出ない程に驚いていた。



 同時刻、谷塚駅から少し離れたフリーフィールド、そこでは、ARゲームでも見ない筺体が置かれていた。

外見としては音楽ゲームに類似しているが、ギター、ドラム、太鼓等に代表される入力デバイスがない。

ARガジェットを使う物であれば、立て看板等で説明があるはずだが、それも置いてあるような形跡がなかった。

「これは、あくまでもエントリーの機械。音楽ゲームとしては、別にあると言う事か」

 今回のゲリラロケテ、そこに何の目的があるのかは分からない。一体、このタイミングで何をするつもりなのか……。

そう考えつつも、ロケテの動向を見極めることにしたのは、私服ではなくコート姿の南雲蒼龍だった。

「このシステムは、マラソンコースを音楽ゲームの譜面にするというアイディアに似ているが、ARパルクールは別に存在するはず」

 南雲は冷静にシステムを分析し、それが過去にアカシックレコードで見たことのあるアイディアだと言う事も分かった。



 その昔、伝説と呼ばれたアイドルがいた。その名はレジェンドアイドル。

似たような名前のアイドルがタダ乗り便乗勢力等に利用され、風評被害もあって本物が復活出来なくなった事情もある。

しかし、それより前にも姿を見せた例もあったが、警察の調査等で別のまとめサイト勢力が裏で動いていたことが判明、別コンテンツの評判を落とす為の――。

「結局、こちらが手を下す前に自滅したか。便乗勢力が原因で、本命が姿を見せられなくなるとは何という皮肉――消滅説は蛇足だとしても」

 ゲリラロケテに姿を見せた南雲蒼龍は、ネット上で出回っているレジェンドアイドルの消滅説を否定する。ただし、自滅に関しては認めるようだが。

ここでいう便乗勢力とは、超有名アイドルとは無関係の勢力、転売屋やプロ市民、炎上請負人のようなカテゴリー、コンテンツ業界とは一見して縁がなさそうな勢力である。



 8月5日午前12時40分、コンビニでフレンチクルーラーを購入した南雲は、コンビニを出た辺りの数メートルでフレンチクルーラーを口にしていた。

「お前は――!?」

 南雲の目の前に姿を見せたのは、南雲も見覚えのある人物だった。しかし、周囲の人物が彼を知っているかと言うと、少数派だろうか。

「南雲蒼龍――噂は聞いている。ミュージックオブスパーダを使って、コンテンツ産業の弱点を公表するという手段に出たか」

 この人物はARガジェットのフル装備という事もあり、素顔を見ることは出来ない。それに加え、体格や声も作られている可能性があった。

つまり、この人物が男性なのか女性なのか、それともバーチャルアイドルやアバターの類なのか――南雲には判断できる状態ではない。

「超有名アイドル勢力の駆逐、音楽業界の正常化は二の次と結論を出したか」

 南雲の方は、表情を変えない。しかし、向こうに手の内が分かってしまった以上は、スケジュールを早めるしか手段はないのか?

フレンチクルーラーをのどに詰まらせるような仕草もなく、ペットボトルのアイスコーヒーを飲む。その後、南雲は改めて口を開いた。

「こちらの真意を見破っている以上、君に全てを公表させる訳にはいかない」

 南雲がガンブレードとしてのアガートラームを、目の前の人物に突きつける。ただし、実際に攻撃をすればガイドライン違反の為、これは威嚇にとどめるのは必須だ。

この行動を見て、目の前の人物は突然笑い出した。一体、何がおかしいと言うのか?

「全てを公表して、誰が得をする? 敢えて得をする人物がいるとすれば、それは超有名アイドルコンテンツを全世界へ輸出しようとしている人物だ」

 彼が攻撃をするような気配はない。逆に、南雲が威嚇と言う行動をした為、彼がARガジェットで攻撃を仕掛ける可能性もあるはずだ。

南雲が冷静に判断し、この場面でARガジェットを展開しなければ、周囲のギャラリーに余計な事を教えることはなかったはず。

うかつだったのは、南雲なのは間違いないだろう。これによって、ミュージックオブスパーダが風評被害で運営不可能になったとしたら――。

「今のタイミングで事を起こすつもりはない。別の勢力が自分達の人気を上昇させる為、かませ犬コンテンツを探している――」

「別の勢力だと!?」

「こちらとしては、ライバルは多い方がいい。切磋琢磨し、更にコンテンツ産業に磨きをかけるという意味でも」

「ライバル潰しが目的ではないという事は――ARゲーム推進派か?」

「そう言った派閥に所属はしていない。自分には、この世界でのカリスマはゼロに等しい」

「この世界? 一体、お前は何者だ!」

 2人の会話は続く。そして、彼が取った行動、それは唐突にメットを外し――。

「西雲提督だと!? お前は確か、アカシックレコード上で怪文章とも言うべき動画を流した張本人のはず」

「あれは偽者……というよりは、タダ乗り便乗の勢力がライバルコンテンツの潰しあいを誘発したに過ぎない」

「それも、アカシックレコードの受け売りではないのか?」

「君こそ、何を恐れている? アガートラーム、アカシックレコード、ARゲーム……それを扱う事の意味、分からない訳ではないだろう」

 西雲提督と呼ばれた人物、それに対して南雲の方は恐れているように見える。しかも、そのレベルは超有名アイドル勢力に対してもひるまなかった彼からは、想像もつかない。

まるで、その様子は蛇に睨まれた蛙である。目の前にいるのが、仮に本物の西雲だとしたら、彼の名前は別にある事になるのだが――。

「アカシックレコード、そこに書かれた記述は変える事も出来る。それはお前も分かっているはずだ」

 それもそうだ、というような表情で西雲提督は南雲の言葉を聞き、今回は撤退する事にした。彼の様な人物がいれば、最悪のケースは起こらない可能性が高い、と。



 同日午前12時55分、西雲提督が姿を消し、まずは落ち着く事にした。しかし、それでも南雲は彼の言った事に対し、反論できない部分もある、

「誰かが過ちを公表し、それを認めさせること――超有名アイドル商法に関しては、さまざまな経済効果が影響し、それを過ちと言う考えは悪と認識されるようになった」

 超有名アイドル商法が悲劇を繰り返す事、それはアカシックレコードでも言及されており、そこを直さない限りは永遠のループが続くと言ってもよかった。

架空の世界で起こった記述が、リアルに影響するような展開はありえない――。

それでも、自分が超有名アイドル商法を生み出すきっかけになったコンテンツ流通を正さなくては、未来は閉ざされてしまうだろう。

アカシックレコードの技術で全世界が消滅すると言う結末、それは超有名アイドルコンテンツによる全次元支配と類似している。そう、南雲は気づいたのだ。



 8月5日午前12時40分、南雲蒼龍が西雲提督と思わしき人物と遭遇していた頃――。

「ボード自体はARゲーム以外でもあったが、道路サーファーでも生み出すつもりか?」

 谷塚駅と草加駅の間の高架下道路、そこで行われようと言うロケテストはARサーフィンとも言うべき物だった。

「あれは道路サーフィンではない。昔のSF映画にあったフライングボード、あれを現実化させたと言ってもいい」

 ギャラリーの一人にツッコミを入れたのは、私服のセンスがないに等しい為か判別しにくいが――明石春だった。

今回はゲリラロケテのチェックがメインの為か、何時ものインナースーツは着ていない。私服の下はインナースーツとは異なる下着である。

「フライングボード? 落ちたら怪我だけでは済まないのではないか!?」

 ARゲームが安全性を重視している点を知っている為か、驚き方は一般人の反応よりも大きい。

「その為のARギア、ARアーマーと言ったアーマー類が役に立つ。アクション以外のジャンルでは、忘れ去られがちのシステムだが」

 明石の方も音ゲーや脱出ゲーム系のARゲームに触れている影響もあって、その辺りは忘れがちである。

しかし、一歩間違えれば大事故につながるARゲームは審査の段階で不採用になると言う話もネット上で語られる事もあった。

特に、ホラーやグロテスクと言った演出のゲームは、18歳以上の年齢制限を付けても不採用とされてしまう。

そして、エロゲーは審査するまでもなく論外、犯罪を助長するような物は開発者が奏歌市から事情聴取を受けるほどだ。

「1980年代ではあり得ないようなフィクション上の技術が、このようにして現実化する事は悪くない。しかし、過度な権利争いや悪乗りでのネット炎上は見ていて不愉快だ」

 明石はアカシックレコードで語られるような技術も、いずれは現実化するのではないか……と予測している。

その一方で、大企業等に夜権利独占を巡るような争い、自分が目立ちたいだけでネット上に偽の情報を拡散、ネット上を炎上させるような人物を――明石は最も嫌っていた。

「それは、いずれ起こるであろう夢小説勢の大規模作戦に対する皮肉として受け取っておこう」

 このモブ観客と思っていた人物が、実はメビウス提督だった事を知ったのは、DJイナズマのライブが始まってからである。

「結局、アカシックレコードは扱う物によっては正義にも悪にも変化する。そして、その後に起こった出来事は見なかった事に――と言う事か」

 明石もアカシックレコードが正義と悪のどちらか――と言われると、答えを出せない所がある。

しかし、暴力に訴えようとする炎上勢力に関しては、正義と言えない事だけは分かっていた。

この世界には正義と悪、この2つを無理にでも固定させ、戦わせようとする傾向があるのかもしれない。

「純粋にゲームを楽しみ、その光景に観客が熱狂するという思考は古い物なのだろうか」

 スポーツでも、政治的な駆け引き等が存在し、それがコンテンツ業界にも展開される未来は目に見えて現実になろうとしている。

明石が思うのは、純粋に勝ち負けだけを楽しむという単純な構造が消えつつあるのか――と言う事だった。



 8月5日午前12時45分、谷塚にあるフリーフィールドに姿を見せていたのはDJイナズマだった。

「まさか、ここまで時間がずれ込むとは」

 専用のメット型のガジェットを用意し、それを被る。目の前のバイザー部分に見えるのは音楽ゲームのオープニング画面。

結局、使う予定だったフィールドにはイナズマの探していたゲームは入っていなかった。

その為、別のフィールドを探した結果が――プレイ時間の遅れた原因である。

不幸中の幸いと言えば、最初に発見したフィールドから徒歩で5分と少しと言う距離だった事か。

「あいつのプレイしようとしている機種――まさか?」

「あの音楽ゲームをプレイする気か?」

「正気の沙汰とは思えない」

 集まり始めたギャラリーからは、そんな声も聞こえた。イナズマがこれからプレイするゲームは、稼働したのが3年前の音楽ゲームだからである。



 起動準備に手間取り、その間にはお昼となって簡単な食事、そうしている間にもプレイしようとしていたゲームで先客がプレイしていた。

どうやら、あまりの懐かしさにプレイを始めてしまったと言うべきか。イナズマが先客と言う訳でもないので、プレイの様子を見守る事に。

「あのプレイヤーネームは――あり得ない」

 イナズマがゲーム画面を見ると、そこに表示されていたDJネームは「NAGUMO」と書かれていたのだ。

音楽ゲームで南雲と言うと、おそらくはあのシリーズを生み出した人物を思い浮かべる。そして、この世界では同じポジションの人物がもう一人存在する。

「この感覚――そう言う事か」

 偶然発見し、1曲モードで慣らしプレイ……のはずが、まさかのフルコンボである。

この光景を見たギャラリーは目の前の光景を受け入れられないような表情で立ち尽くすしかなかった。

その人物の外見は、ARゲーム用のインナースーツに巨乳、スタイルの方は胸に集中しがちだが……見る人が見れば萌えなのかもしれない。

「君が――」

 イナズマが彼女に声をかけようとするのだが、次の瞬間には姿がなかった。素早い動きで姿を消した訳ではないが、そう受け取られても仕方がない部分はあるだろう。

「仮に彼女が、こちらの想定している人物だとしたら――急ぐ必要性がありそうだ」

 イナズマはタブレット端末を起動させようとしたが、バイザーの影響もあって電波が安定しない。仕方がないので、バイザーの方で誰かを検索し始める。

「このニュースは――?」

 彼女が誰なのか調べる前にイナズマが発見したニュース、それは超有名アイドルグループのCD総売上が日本一に鳴ったというニュースだった。

しかし、これがアイドル投資家によるFX投資にも似た大人買いや爆買い、更には超有名アイドル商法によるコンテンツの消費を加速させる現象によって生み出された幻想なのは言うまでもない。

「思いだした。確か、あのFPSゲームで超有名アイドルのタイアップが決まって、素の主題歌を担当したのが――」

 このニュースを見て、彼女が何者なのかを理解した。ARFPSゲームで有名と言われていた人物だ。

その人物の名前は夕張あすか、何故かFPSゲームを何種類か渡り歩いているプレイヤーでもある。

渡り歩く事情に関しては彼女に聞かないと不明だが、一部作品では数回しかプレイ記録を残していない事も調べてみて判明した事だ。

「熱しやすく、冷めやすいという事か。ARゲームが抱える問題と言うよりも、コンテンツ業界全体の課題にも思える」

 しかし、今は夕張を追跡するよりもARリズムゲームをプレイするのが優先である。その為にフィールドへやってきたのだから。



 8月5日午前12時45分、谷塚にある大規模ショップに姿を見せたのは山口飛龍である。

【外部チートやツールで作られた虚偽の記録よりも、トップランカーとしての記録が上であることを証明する】

 このメッセージはメールマガジンを通じて拡散されたメッセージなのだが、本当に山口が書いた物なのか疑わしいというネット住民もいた。

その証拠として、この件を利用して他コンテンツをありもしないようなアイドル投資家話を加える、超有名アイドルとのコラボと言う嘘記事をネット上で拡散、なりすましで超有名アイドル信者を増やす――。

単純な手段ではありアカシックレコードでもテンプレとして説明されている物だが、その効果に関しては計り知れない。

カードゲームで「このカードが出た瞬間、モンスターはすべて破壊される」位に単純明快である。しかし、だからこそ対策を組まれやすいとも言える。

「ARガーディアンだ!」

「貴様にはネット詐欺罪の疑惑がかけられている」

「奏歌市において、超有名アイドルの話題はマフィアや違法ドラッグ等と同義――」

 大規模ショップに到着する前の通りで起こった捕り物の一部始終だが、ガーディアンに警察以上の権限があるとは思えない。

付け加えれば、超有名アイドルの話題が東京以上に危険な物と認識され、それらの取引が違法と言う様な見解まで出てしまっている。

アカシックレコードの拡散による物と考えるには矛盾する箇所もあり、何かが引っ掛かるようなやり取りだったのは間違いない。



 5分後、山口はショップの方へ入店しようとしていた。到着してからすぐに入ろうとも考えたが、トイレへ行っていた事もあり、少し出遅れたとも言える。

「アカシックレコードのやり取り自体は犯罪ではない。あの情報は大半がフィクションであり、現実に具現化出来るような物ではないはず――」

「それは過去の話。アカシックレコードの技術は、莫大な富を生み出すとして権利独占を考えようとする企業が出る位――」

 山口の隣に現れたのは、島村ファッションで着こなしている信濃リンだった。本来であれば、彼女は別の場所へ向かうはずだったのだが、事情が変わったらしい。

「やっぱり、あの時の嫌な予感とは――」

 山口はゲームセンターでARゲームが増えつつある事に対し、増え方に少しおかしな箇所を発見していた。

「あるジャンルに人気が出れば、そこに集中して利益を得ようとするのは良くある事。アカシックレコードでも、アキバガーディアンでも――」

「ちょっと待ってください。アキバガーディアンって、もしかして?」

「そのアキバガーディアンで間違いない」

「もしかして、あなたもアキバガーディアンの……」

「放す必要性がなかったから、喋らなかっただけだ」

 さらりと信濃の口からアキバガーディアンと言う単語が出た事に対し、山口が疑問を投げかける。そして、その結果はビンゴだった。

「私は、元々バウンティハンターと同じように悪質プレイヤー狩りをしていた。それを隠す形でARゲームが盛り上がっている草加市へ潜り込んだが……」

「悪質プレイヤー狩り――もしかして、チュウプレイヤーやチートプレイヤーを?」

「その辺りはバウンティハンターと被るが、大体そんな所だ。しかし、こちらは密かに行うつもりが――思わぬ所で不可能になる事態が起きた」

 信濃が悪質プレイヤーを買っているのは賞金目当て等ではなく、アキバガーディアンと似たような物だった。

そして、密かに動けなくなった理由、信濃はタブレット端末に表示された動画を山口に見せる。



「これは――ビスマルク?」

「その通りよ。ビスマルクと言っても同名プレイヤーは数多い。私は、識別的な意味でも『鉄血のビスマルク』と言っているけど、ネット上でも同じ認識見たいね」

 動画には、鉄血のビスマルクが次々と悪質プレイヤーを無差別で攻撃している様子が分かる。それに加え、悪質プレイヤーとビスマルクには何か因縁もあるようだが、爆音等で言葉が聞き取りにくい。

「運営サイドでも悪質プレイヤーの存在はキャッチしていた。しかし、彼らはチートを越えるようなリアルチートで蹂躙すると言う策に――」

「リアルチート? その方法って、ARパルクールの方で使用されていた手段では!?」

 信濃の口から出たリアルチートと言う単語に、山口は少し前にネット上で見かけたARパルクールのランカー勢で外部ツール勢のスコアを塗り替えると言う方法を思い出した。

「その通りよ。私は、そのやり方に関して最大の弱点を知っていたからこそ、何としても止めようと思った。しかし、現実は違っていた」

「現実? それは、どういう事ですか?」

 信濃は運営が密かにさまざまな策を計画していた事を知っていたのだが、こうした策を彼らが使う事はなかったと言う。

山口も一部で行きすぎと言われそうな策を運営が使っているのは知っているが、リアルチート勢のような具体的な策は使用していない。それが意味する物とは――。

「あえて強硬策を使わない理由、それは運営サイドが強引な方法を好まないから、と言われている」

「他のARゲームでは、悪質なプレイヤーに対し、ライセンスはく奪や警察へ突き出すという手段も使うのに?」

「最低でも、南雲蒼龍は大きくニュースとして報道される事に対してのマイナスイメージ――それを嫌っている」

「マイナスイメージ? ARゲームには稼働前から色々なマイナスイメージや風評被害もあったのに?」

「だからこそ、南雲はこれ以上のマイナスイメージが一般市民に定着しないようにしている。ARゲームで町おこしをする為にも」

 信濃は自分の知っている限りの情報を山口へ伝える。あえて南雲の目的を伏せるようなことはしていないが、これは単純に真の目的を知らないらしい。




 8月5日午前12時55分、谷塚の大規模ショップ内にあるフードコートで軽い食事を取っていたのは山口飛龍と信濃リンの2人である。

2人のテーブルの上には、ちくわ風チョコが特徴のパフェ、チョコ焼き、マルゲリータ風の焼きそば――どう考えても、お昼として食べるメニューではないと周囲のだれもが思う。

飲み物に関しては山口が普通のアイスコーヒーに対し、信濃はホットコーヒー。しかし、ホットコーヒーでも味としては銭湯で売っているようなコーヒー牛乳と似ている。ただし、入っているのは牛乳ではなくホイップクリームらしい。

「アキバガーディアンでも分裂騒動が?」

 山口も、信濃の口調からは分裂騒動が起きていてもおかしくないと感じている。しかし、それに関しては信濃は否定した。

「ガーディアンでも派閥は存在するし、それらが全て一枚岩とも限らない。正義の味方が純粋に正義の為に戦うと言う時代とは、色々と違う物だ」

 信濃はコーヒーを飲み干すと、早速おかわりを持ってくる。どうやら、このコーヒーは味が特殊だが飲み放題らしい。

「そう言えば――」

 山口は以前に加賀ミヅキがバウンティハンターだった頃の話を思い出し、それを信濃に話す事にした。

「その昔、玩具で世界征服を考えるような科学者が登場するアニメやゲームが多数存在していた時代があった。芸能事務所が超有名アイドル商法で世界進出をしようと言う流れは、これと全く同じ――と加賀は言っていた」

 それを聞いた信濃は妙な反応をする。まるで、何か不足しているピースがあったのでは……と言う表情だ。

「アカシックレコードの技術を軍事方面へ転用するという事は、今の例えと一致している。ドローン問題も、考えてみればアカシックレコードの軍事転用の下りと似ていたという事か」

 信濃の話を聞き、山口はそう言えば……という表情をする。一昔に問題となった小型無人機であるドローン、この問題も考えてみるとARゲームが抱える一連の問題と類似する箇所はあったのだ。

「それらを踏まえれば、大淀や別勢力の動き、その他の案件も――?」

 信濃は何かを話そうと考えたのだが、突如としてARガジェットからアラート音にも似たような着信が鳴る。

しかし、このアラート音は信濃の耳元にあるスピーカーからしか聞こえない為、山口や周囲の客には聞こえない。

【フリーフィールドで動きあり。旧システムの音楽ゲームを起動している可能性が高い】

 ARガジェットを見ると、ショートメッセージが表示されていた。メッセージを送ったのはアキバガーディアンの偵察メンバーらしいが。

「ちょっと、行かなければいけない場所が出来たから――」

 信濃は慌ててコーヒーを飲み、焼きそばの方はテイクアウトするようだ。山口は信濃の急用に関しては尋ねないが、怪しんでいるような視線を信濃に浴びせる。

「それと、いい事を教えてあげるわ。ミュージックオブスパーダのジャンル詐欺は、南雲単独による物ではない。それ以上は、公式サイト以外で調べるといいかもね」

 信濃の去り際発言、それはミュージックオブスパーダが何故にハンティングゲームのシステムを用いているのか――という過去の疑問に対するヒントかもしれないと考えた。

しかし、南雲蒼龍単独ではないとなると、誰が仕掛けたのか。運営スタッフとの共同製作なのは公式サイトにも書かれているが、運営の方が提案したのだろうか?

「奏歌市は超有名アイドルとのコラボでなければ、基本的にはアダルトやグロ系以外を認めている。しかし、非バトル系ARゲームもある中、リズムゲームにバトル要素を入れた理由が――?」

 そして、気が付くとARゲームの総合サイトをチェックしていた。そこには、確かにリズムゲームとバトル要素を含めた作品があったのである。そこからはじき出されるのは――。



 同日午後1時、DJイナズマがフリーフィールドで起動したリズムゲーム、それは上から下にノーツが落ちてくるパターンの物だった。

「あのゲームって、ARゲームでもあったのか?」

「あのパターンのリズムゲームは亜種を含めて多数あるが、1社がメインで出していたという話もある」

「その辺りの事情は知らないが、ここ最近になってリズムゲームが大量に出てきたのと――」

 周囲のギャラリーは準備が完了し、ARシステムで起動したゲームに驚いていた。知っている人は懐かしさに涙する者もいるが、知らない人にとっては何の事なのか分からない。

フリーフィールドの様子は他のフリーフィールドにあるモニターエリアで視聴する事も可能であり、その規模は日本全国に及ぶ。

「このゲームは――あのARゲームか?」

「南雲蒼龍がリスペクトした音楽ゲーム、あれのオリジナルをプレイしようと言う人物が現れるとは」

「もしかすると、皆伝にでも挑戦するのか?」

 他のエリアで視聴しているギャラリーの方が、会場直接組よりも盛り上がっており、温度差は非常に高い。

「こちらが会場へ行きたい位だ」

「何だか悔しい」

「会場は埼玉県か? 今から行けば、間に合うか?」

 中には近場で観戦していた事もあり、直接向かおうと言う人物もいるようだ。



 リズムゲームのデモムービーが流れている中、イナズマは微妙なガジェット調整を行っている。使用するのはリズムゲーム専用の10つの鍵盤と2つのターンテーブルというガジェット。

このガジェットは元々は5つの鍵盤と1つのターンテーブルで構成されたコントローラなのだが、それを2つ使うと言う事は――。

「ダブルでプレイする気か?」

「ゲーム画面の方もダブル仕様になっているようだ。もしかすると、神プレイが見られるかも」

「ダブル、神プレイ、皆伝――」

 イナズマの準備光景を見て、物凄い物が見られるのでは……と考えているギャラリーもいたが、過剰な機体をすれば裏切られるのはARゲームではよくある事だ。

「メンテナンスに関して問題ない。これならば、あのコースにも挑めるか」

 今度はバイザーの調整を初め、ブルーライト対策や途中で鍵盤が暴発しないように細かな調整を始める。

その様子は、まるでメンテがされていない事でスコアが出なかった――という言い訳が出来ないように自身を追い詰めているようでもあった。

「このコースはクリアした人物が1%にも満たないという。単純にクリア下だけであれば――チート勢に対しての警告にはインパクトが足りないか」

 今回のコース挑戦に関して、イナズマはチートや外部ツールに依存して不正スコアを出し、それを自分のスコアとして自慢する勢力を減らす為にも、今回のコースに挑戦しようと考えた。

このコースに関しては、南雲蒼龍でさえもクリアは出来ず、有名な音ゲーランカーでもクリア出来たのは一握りだけと言う。



 8月5日午後1時10分、DJイナズマの準備も完了し、ARリズムゲームを再起動、配信システム等にも異常がないか再チェックを始めた。

「皆様、大変ながら食お待たせしました。ただいまより、ミュージックオブラインのトライアルを行います」

 イナズマの宣言で、遂に幕を開けたのは――トライアルと言う名の大規模作戦だったのである。

今回の計画は山口飛龍が本当にトップランカーにふさわしい人物なのか――という疑問から出てきた物だが、今となってはきっかけはどうでもよくなっていた。

今はコンテンツ流通に最大の障壁になるであろう【ある規制法案】の見直しをさせる為、純粋にゲームをプレイする事で楽しさ等を訴えようと考えるようになっている。

その法案が出来るきっかけとなったのは、間違いなく超有名アイドルの芸能事務所が考えている計画の一つ【神化計画】を実現させる為と言われているのだが――。

しかし、この記述自体が炎上狙いのアフィリエイト系まとめにしか書かれておらず、ソース不明と言う事で信用されていないのがネット上の認識だ。



 ゲームのタイトル画面から、モード選択画面へ移行し、そこにはスタンダード、段位認定、フリーモードの3つが表示されていた。

そして、イナズマが選んだのは段位認定である。しかも、迷いなく選択をしている事から、これが狙いと思われる。

【段位認定】

 段位モード自体は色々な音楽ゲームにも名前を変えて実装されており、一種の目標として利用されている。

今回の段位認定では、10級~1級、初段~十段、皆伝というクラス区分がされていた。

このクラス区分自体は、若干簡素化されて別のゲームでも使われており、この区分が一種のスタンダードなのだろう。

「本来、自分が挑戦する段位とは違いますが、比較材料と言う意味でも、まず最初にお見せするのは――」

 イナズマが選択した段位、それは1級である。いきなり皆伝や十段と言うのも無謀な話だが、音ゲーを知らない人物にとっては、そうした感情も持たないのは明白だ。

その為、イナズマは分かりやすい比較材料を提供する為、あえて1級を選択したのである。

「最初は級の最上位、1級からです。このクラスでも、クリア者はプレイヤーの7割――段位をプレイしている合計を踏まえて、ですが」

 段位挑戦者の7割がクリアしている1級、その表現でも音ゲーを知らない人物にとっては疑問を持つ。知らないジャンルで専門用語が飛び交う場所に立っているのと同じである。



 1曲目にクラシックアレンジ、2曲目は和風トランス、3曲目はアニメポップ、4曲目はレジスタンスというジャンルが表示されている。

「クラシックアレンジ、まさかの木星か?」

「木星は初段じゃなかったか?」

「木星に関しては最新版では1級で問題ない。初段なのは、段位認定システムが出来てからの話だ」

 1曲目のクラシックアレンジというジャンル名を見て、一部のギャラリーは木星のアレンジ曲だと察した。

どの木星なのかは分からないが、おそらくは有名な木星アレンジと言う可能性もある。

「木星リミックスは、この当時には収録されていません。違うクラシックアレンジ――最新版では三段に別難易度譜面がある、あの曲です」

 イナズマの話を聞き、周囲が急にざわめき始めた。木星ではないとすると、彼がプレイしているのはいつのバージョンなのか――と。



 1曲目にプレイしたクラシックアレンジ、それは周囲も聞き覚えのある物だった。それは、ミュージックオブスパーダにも収録されている【革命】。

「革命だと? フィギュアスケートでも聞く、あの曲か?」

「1曲目が革命アレンジと言う事は、4曲目に控えているレジスタンスの正体が――」

 ギャラリーの一人は、イナズマが超絶技巧とも言えるような鍵盤捌きを披露しているのを見て驚いているのだが……それ以上に4曲目の存在におびえていた。

その後、2曲目、3曲目は順調にクリア、しかもフルコンボを決めている事にギャラリーが沸いた。



 4曲目、レジスタンスの正体は――意外な作曲者名だった。そこに書かれていた名前、それは山口飛龍である。

「山口飛龍って、あのトップランカーか?」

「同姓同名の別人と言う可能性もある」

「これを見せる為に、あえて1級を選んだのか?」

 周囲のギャラリーは驚くのだが、イナズマは真剣な表情でARバイザーに表示された画面と睨めっこをしており、説明どころではないようだ。



 レジスタンス、それは過去に山口飛龍が同人アマチュア作曲家時代に作曲した物で、超有名アイドルの曲コンテストに参加する前の話――とされている。

しかし、この話題は本人も話したがらない為に真相は不明。事情を知っているであろう南雲蒼龍も沈黙をしている以上、何かを知っているのかもしれない。

【飛龍出撃】

 曲タイトルは直球で飛龍出撃だが、譜面の方は初見キラーとも言うべき難所が多い。まるで、フルコンボをさせないような譜面構成である。

「今見ても、あの同時押しとか、ロングノートとか――繋げられる気配がない」

「譜面作成には山口本人が関与した訳ではない。あの譜面になった原因は、スタッフとの連係不足と聞く」

「だから、南雲蒼龍は真相を語らないのか」

 周囲からは、そんな声が聞こえる。楽曲を聴いているのは、音ゲーに興味のない観客、本当にトップランカーの山口飛龍が作った曲なのか――と考えている人物だけだ。

曲はイントロから弾幕の嵐、更にはメインパートも何を表現しているのか一般人には理解しにくい箇所もあり、これが山口の曲なのか、と疑う余地もある。

しかし、この曲は明らかに一般的なJ-POP等の様な曲と違い、音ゲーマーや一部ファンに受け入れられれば良いと考えられるような部分も随所で見受けられた。

何故、このような曲を山口が作曲したのか――。今のイナズマならば、分かるかもしれなかった。



 アカシックレコードは実在するかもしれない、その考えが生み出した曲――それが、飛龍出撃なのかもしれない。

そうでなければ、ここ最近のネット上でミュージックオブスパーダのプレイ動画で複数出回るようなことはあり得ないだろう。

余談だが、この曲がミュージックオブスパーダに収録されたのは8月1日。収録遅れや権利上の手続き不備ではなく、単純にサプライズ収録と運営は説明しているが……。

「やはり、彼はこの曲を作った段階ではアカシックレコードを信じていなかったのか」

 曲をプレイし終わり、気が付くとイナズマは4曲ともフルコンボでクリアしていた。つまり、難関と言われた飛龍出撃もフルコンボを達成した事になる。

「そう言えば、この曲は稼働当時にフルコンボが出来なかったが――今になって達成するとは」

 イナズマの方も肩の荷が下りたような表情で、ARバイザーを脱ぐ。そして、近くに置いていたタオルで汗を拭く。



 8月5日午後1時20分、谷塚駅近辺のフリースペースで行われたDJイナズマのプレイ光景、それは各種アンテナショップ等でも中継されている。

「あのゲームは――もしかして?」

 口を手で押さえ、吹きだしかけていた物を抑えていたのは鉄血のビスマルクである。吹きだしたら、そこで気づかれるのは言うまでもない。

「その、まさかよ」

 ビスマルクの隣に現れたのは、信濃リンである。先ほど、山口飛龍とも会ったのだが、その途中で臨時の連絡があった。

「あのARゲームは、過去に起動していた機種――。それは間違いない。だから、会場へ行って確認しようとしたら入場制限がかかってはいられなかった」

 どうやら、あれから信濃は会場へ向かったのだが、入場制限が途中でかかった為に入られなかった。午後1時30分頃には制限解除がされるようだが、それからでは終わっているだろう。

「あのゲームは一度触れた事があるけど、あれは音楽に興味を持っただけのプレイヤーが触ってよい物ではない」

 ビスマルクは過去にイナズマがプレイしているのと類似した機種に触った事があった。

しかし、その時は自分の肌には合わず、プレイを断念。その後、FPS等に鞍替えし――ランカーになった経緯もある。

音楽ゲームの中でも、スマホでプレイする機種は比較的に初心者でもプレイしやすいように調整されているが、あの当時の音楽ゲームは難易度調整も手探りだったと言う。

家庭用ゲームの方では、難易度の部分でも当時のプレイヤー層を考えて調整されていたのだが、アーケードで稼働した物は難易度の高さがネックとなっていた。

実際、音楽ゲームのアーケード版が誕生したのは1997年頃、ゲームセンターでは格闘ゲームやパズルゲームがメインで、稀にファミリー向けでクレーンゲームが置かれている時代。

シューティングゲームでも高難易度化が加速した結果、一部のマニア向けというジャンルとなって、扱うゲーセンが少なくなった。

それこそ、秋葉原等のオタク向けのロケーションでしか受け入れられない状況になったのは言うまでもない。

「それを踏まえれば、ARガジェットを使用する音ゲーや最近の機種、スマホアプリの物は初心者向けも多い。その括りでミュージックオブスパーダをプレイすれば、しっぺ返しを食らうが」

 信濃は、ふと自分がミュージックオブスパーダを始めたきっかけを思い出した。初心者向けと思ってプレイした結果、導入の段階で挫折をしたプレイヤーは数知れない。

それがアンケートの引退理由で『明らかに初見詐欺』や『音ゲーではなく、狩りゲー』という意見が多いのも納得である。



 午後1時25分、DJイナズマの方は別の段位に挑戦する前、少し昔語りを始めていた。その途中、ある話を唐突に始めたのである。

「音楽ゲームと格闘ゲーム、システム的な扱いで普及速度が大きく変わったジャンルと言われます。イースポーツで扱われる格ゲーに対し、音ゲーがイースポーツで扱われる事は皆無と言ってもいい」

 イナズマは突如として音楽ゲームのイースポーツ化に関する話を切り出してきた。これには、中継映像を別のゲーセンで見ていた大和杏も驚きを隠せない。

「音楽ゲームをイースポーツにするにあたり、言及されるのが課題曲についてです。ここに大手芸能事務所が大会運営資金提供の見返りとして、自分達のアイドルグループの楽曲を課題曲へ――という話があったとしたら?」

 彼の一言、それは周囲の状況を凍らせるような爆弾発言と言っても過言ではない。超有名アイドルの芸能事務所に関する話題、それはテレビでも政治家と裏取引があったとしても報道しないというレベルで暗黙の了解が存在する。

しかし、それでもイナズマは全く恐れることなく話し続けた。超有名アイドル商法の存在、それはFX投資をアイドル投資と言う漢字で言い変えただけであり、正しいコンテンツ消費と言えはない――レッドゾーンに該当すると。

極めつけとしては、彼はアカシックレコードを引用する形で超有名アイドル商法の闇を説明し、それらが存在し続ける限り、アカシックレコードを悪用する勢力は消えないと言及する。

「コンテンツ同士がライバル関係ではなく、それこそ流血を伴う争いを呼ぶような存在になったとしたら? それにアカシックレコードが使われたら、どうなるか――」

 イナズマが指を鳴らすと、周囲に表示されたのは様々なアーティストのミュージックビデオだった。それも、アカシックレコードに存在する架空アイドル、実在アイドル、多種多様の映像が流れる。

その中には自分達が知らないようなアーティストの曲もあれば、知っている局も存在する。それに加え、さりげなく音楽ゲームのオリジナル楽曲も含まれているのだが、それに気付いたギャラリーは少ない。

「コンテンツ同士の対立を煽る存在であるまとめサイト、炎上勢力、悪目立ちしようとするつぶやきユーザー等……そうした勢力の拡散する歪められた情報、それに踊らされた結果が超有名アイドルのディストピアと言うバッドエンドを繰り返すループを――」

 イナズマが何かを言及しようとした所で乱入してきたのは、アイドル投資家を思わせる服装をした別勢力だった。

周囲のギャラリーが、それに驚くような様子はない。何故かと言うと、彼らの所持しているARガジェットはフリースペースやフリーフィールドの様な特殊エリアで仕様は出来ないのを知っていたからだ。

「君が戦うべき相手は、ここにはいないはず。素直に従ってくれれば、特に危害は加えずに見逃そうと思うが」

 イナズマにとって、目の前にいる人物は招かれざる客とも言える存在。周囲のギャラリーの反応を考えると、それも当然と言うべき人物だったのだ。

その後、イナズマの話を受け入れ、その人物はあっさりと手を引くかのように撤収する。相手側に得があるかどうか、それは向こう側にしか分からないが。



 先ほどの人物、それがレジェンドアイドルだと気付いたのは、向こうが素直に引き下がってから数分後の事である。

自分でも逃した魚は大きいと思ったのだが、レジェンドアイドルを倒すという役割は別の人物に譲ることにした。

【レジェンドアイドルの正体、それは――】

 このショートメッセージが各所に拡散されたのは、午後2時ごろになってからの話である。




 8月5日午後1時30分、谷塚にあるスペースの別エリア、そこではDJイナズマが挑戦している機種と全く同じ音楽ゲームに挑むプレイヤーがいた。

「あいつ、七段をクリアしたぞ」

「4曲目の密林地帯を突破するとは――あの地帯は七段挑戦者を次々と撃沈させていると言うのに」

「一体、あの人物は何者……!?」

 ギャラリーは七段をクリアしたプレイヤーが何者なのか興味があった。

そして、画面に表示されていたDJネームを目撃し、ある人物が衝撃のあまりに武者震いのようなリアクションを取った。

【DJ YUBARI】

 DJネームを表示するスペースに書かれていたネーム、それは何とYUBARIだったのである。

このDJネームを使う人物、それは夕張あすかだった。彼女の服装は相変わらずのARガジェット用のインナースーツだが、周辺からツッコミは来ない。

何故にツッコミがないと言うと、このエリアは多種多様のARゲームを取り扱っており、ARアーマーやARギアを装備したままエリア内を歩きまわるプレイヤーもいる為、ツッコミが追いつかないというのもある。

「どうして、自分は音楽ゲームに――」

 弱気な発言ではないが、この夕張の一言は周囲にとっても驚きの反応で受け止められてしまう。

このゲームプレイ回数は50回と少し、その段階で段位認定の七段を取ると言うのは、相当の実力を持っている事を意味している。

夕張の使用しているガジェットはカスタム型の鍵盤だが、チートと判定されるようなアクセサリー等は付けていない。

その為、いつしか夕張の事をリアルチートと呼び始めていた。夕張に関してはリアルチートと言う語呂に関して、あまり歓迎するような表情は見せなかったが。

「自分は、あまりにも強すぎた。だからこそ、ありとあらゆるジャンルを完全性は出来るとネット上で言われるようになり、それからか」

 七段合格のリザルトを確認後、別のプレイヤーの順番もあったので、あっさりと筺体を離れる。



 午後1時35分、DJイナズマは本題とも言える皆伝をプレイする為の準備をしている――ように見えていた。

本来であれば、皆伝を出現させる為にも十段を合格する必要性がある。実際、イナズマは九段に合格はしているが、十段はリアルタイム当時で不合格となっている。

しかし、このゲームのネットワークランキング対応は既に終了している為、いつでも皆伝に挑戦できるように解放されていた。

「これから挑戦するのは、ネット上にアップされている動画を見れば分かると思う。皆伝の解放タイミングを変えざるを得なかった、あの十段――」

 この一言を聞き、周囲がざわついた。皆伝をプレイするとばかり思っていただけに、この心境の変化はどうなっているのか?

「皆さんは皆伝をプレイすると思ったでしょうが、自分は皆伝をプレイすると言った覚えはありません」

 心境の変化や一部勢力の乱入でプレイする段位を変えた訳ではない。それだけは理解してもらおうとイナズマは説明し、動画サイトにアップされている動画を触りだけ見せた。

「この十段は、譜面難易度を含めて明白的に皆伝クラス――それ以上を見せつける結果になった、難易度インフレを助長した元凶でもあります」

 動画のさわりでは、一曲目の段階で既にトリルを含めた譜面構成があり、ゲームを始めたばかりのプレイヤーでは対処法が見つからずに玉砕するのが関の山だ。

「今回のバージョンでは皆伝こそありますが、こうした事情があって、事実上の皆伝クラスが十段だったのです」

 物は言いようと言うが、ここまで開き直るとは誰が予想したのか。音ゲーをプレイした事のないギャラリーはイナズマを臆病者と考える者も出てくる可能性がある。

しかし、この十段が皆伝クラスと言うのは昔のトラウマを知る音ゲーマーにとって周知の事実であり――。

「してやられた」

 別の場所で中継を視聴していた大和杏は、あのガジェットを使えば間に合うのでは……と考えた。施設内で走る訳にもいかないので、早足で施設を出る事に。



 午後1時37分、大和はARガジェットのガレージエリアで自分のバイザーを呼び出そうとする。

【エラーメッセージ】

 しかし、エラー表示で呼び出せない状態に。どうやら、ガレージシステムに登録し、バイザーを待機状態にしないと呼びだせないらしい。

「面倒でも自宅まで持ち帰るべきではなかったか」

 その原因は、大和が自宅までバイザーを持ち帰った事にあった。

ARガジェット専用のガレージを持っていることが条件になるが、自分専用ガレージに収納する事も可能になっている。

この辺りはARガジェットの個人所有を規制しようと考える勢力への対策ともネット上で言われているが、真相は不明と言うよりも言及する人物がいないのかもしれない。

「レンタルガジェットで間に合うのか――!?」

 手頃のレンタルガジェットを検索する時間も……と考えた大和は、飛行型ガジェットがないか検索を始める。

しかし、飛行型ガジェットはドローン以上に規制が厳しく、未だにガイドラインをクリア出来たガジェットは存在しない。

結局はバイク型のガジェットを呼び出し、そちらに乗って該当エリアへ急ぐことになった。

「フルバイザーも、この際は仕方がない」

 大和はインナースーツを必要とするフルバイザーではないガジェットを探したのだが、それでも貸し出し中になっていないガジェットを発見できない流れになる。

そして、大和がバイク型ガジェットに乗り込むと、モードチェンジを示すメッセージが表示される。

「今は、一秒でも早く――!?」

 次の瞬間、バイク型ガジェットはロボット――厳密に言うとパワードスーツだが、瞬時にモードチェンジをする。

この状態であれば警察からバイクの免許証を求められないので、面倒でもこの状態で急ぐしかなかった。ARガジェットであれば、ガジェット専用のライセンスを提示すれば問題はないだろう。

しかし、物によっては形状の関係で自動車免許やバイクの免許等が必要になってくる。モードチェンジに関しては、その為の対策とも言えるのかもしれない。



 8月5日午後1時35分、大和杏は谷塚の該当エリアへ向かう為、バイク型ガジェットを使う事になった。

しかし、そのままでは警察に呼びとめられた際に複雑化するのは避けられない。そう言った事情もあり、パワードスーツモードに変形させた。

「まさか、あのアニメに出てきそうなパワードスーツ型ガジェットが存在するとは――」

 大和はアカシックレコードに記された技術を実現させた科学力に関心するが、今はそれどころではない。マップは既に記録済みの為、あとはそのまま向かうのみ。

時速は30キロ、道路にプリントされている速度と同じだ。人型で時速30キロと言うと、身体に負担が発生するような予感さえする。

実際、人型のパワードスーツが時速50キロクラスで駅伝のスピードレース版を展開したり、更にはARパルクールの様な変則競技もある位だ。

そうしたARゲームがいくつも稼働している事が、最終的にはARガジェットの技術を向上させる事にも繋がり、最終的には日本のゲーム産業が健在である事を海外にアピールも出来る。

「早速お出ましか。ARガジェットを使っている以上、ジャンルによっては乱入もありえる」

 大和は周囲を見回し、何者かが妨害を仕掛けようとしていると考える。しかし、ゲームAに参加しているプレイヤーがゲームBの信仰を妨害する事は、一歩間違えると業務妨害として訴えられてしまう。

しかし、妨害を仕掛けようとしている勢力にとっては、そんな事はお構いなしなのだろう。その極めつけとも言えるのは、自分達のコンテンツを広める為に他のコンテンツに対して妨害を仕掛けると言う物。

こうした行為はARゲーム内でもタブーとされており、業務妨害で訴えられるだけではなく、怪我人が発生した際には傷害罪が適用される。最悪のケースでは……あまり考えたくはないが。

『ランカー勢を潰せば、我々の勝利は決定的!』

『超有名アイドルは偽善者であり、詐欺師でもある』

『それに代わって音楽業界の頂点に立つのは、ビジュアルバンド勢の我々――』

 どうやら、ビジュアルバンドファンらしいのだが――その装備は物騒と言えるような物ばかりである。

さすがに核兵器等は装備していないが、ARガジェットの中ではトップクラスに近い破壊力の兵器を揃えているのも特徴。

しかし、所持している兵器は外部ツールやチートの類ではないのは、具現化出来ている段階で確定だろう。

『超有名アイドルのような勢力よりも、我々の方が良心的。コンテンツ業界を虚無へ導こうとする連中など、駆逐してしまえばいい!』

 彼女達の様子や話し方を見る限りでは、ビジュアルバンドの夢小説やBL勢の亜種と考えられる。2次元の夢小説ではなく、最近でも色々と問題視された3次元の夢小説勢だ。

「お前達も、結局は超有名アイドルと同じ。唯一無二のコンテンツにする為に動いているだけなのか?」

 増援を含め、その数は20近くまで膨れ上がり、さすがの大和でも逃げ切れないと考えた。

「この状況では、ゴッドランカーを使うしかないのか」

 さすがの大和もゴッドランカーシステムを使わなければ脱出不可能と考える。しかし、このガジェットはゴッドランカーに耐えられるような装備がない。

使えたとしても一度だけ。仮に突破できたとして、会場へ無事に到達できるかは、神のみぞ知る――という確立だ。



 午後1時37分、大和の方も万事休す――と思った矢先、コンビニを通過した辺りで風向きは変わった。

『貴様は、エクスシア!?』

『お前も超有名アイドルには否定的だったはず! なのに、我々へ敵対するのか?』

 相手側は状況が呑み込めていないまま、蒼のARアーマーを装着したエクスシアに撃破されていく。

しかも、エクスシアの持っている武器、それは蒼いビームブレードを展開できるロングソード。

これには見覚えがあったのだが、あえて大和はツッコミを入れない事にする。

「コンテンツ業界は切磋琢磨し、正常なコンテンツ流通を作っていくべき物。自分の妄想を押し付けてコンテンツの私物化を図る――お前達の様な連中と一緒にされては困る」

 エクスシアが次々とロングソードでビジュアルバンドファンのARガジェットを起動不能にしていく姿は、まるで大昔の戦国武将等を思わせるが――。

『アカシックレコードの決まり文句。それをお前が言える立場なのか――西雲颯人!』

 重武装の三国志辺りの武将を思わせるARアーマーの人物が、エクスシアに接近、手に持ったARナギナタでエクスシアのバイザーを真っ二つにする。

「金の力やチートの力を実力と勘違いし、アフィリエイト系まとめサイトに踊らされるだけの勢力に――」

 西雲颯人、そう呼ばれた事に対して反応したエクスシアは両肩にマウントされていたビームブレードでナギナタを弾き飛ばし、ARガジェットを無力化した。

「コンテンツ愛も持たないような、自分が目立ちたいだけの勢力に――アカシックレコードを語る資格はない!」

 ガジェットを無力化した後も彼は抵抗をした為、やむ得ずにロングソードを変形させたスタンガンで動きを止めた。

「西雲――?」

 大和は思わず足を止める。エクスシアの正体が、アカシックレコードでも記されている伝説の二人。

その片方である西雲颯人だとしたら――今回の事件は想像を絶する黒幕がいる事になる。

「伝説の二人はこの世界にいるはずがない。自分はあくまでも、超有名アイドルの金で無双するような――それこそWeb小説のテンプレで見るような世界が現実化する事に、怯えているだけに過ぎない」

 エクスシアがバイザーを外すと、その顔を見て大和は思わず驚いた。アカシックレコードや動画で見た西雲提督ではなく、全くの別人だったからだ。



 午後1時39分、会場へ向かう足を止めた大和杏だったが、それでも今は急ぐしかないと――。

「こちらが想定する正体と違っていたのは――不幸中の幸いと言うべきなのか」

 エクスシアの正体、その顔を見た大和は想定していた正体とは違った事に対し、安堵感を持っていた。

それは、アキバガーディアンのメンバーがエクスシアと名乗っていたら……と言う事を大和は覚悟していたからである。

実際、アキバガーディアンの中には全てのコンテンツが切磋琢磨していくような流れを希望する者もいれば、超有名アイドルを規制法案で締め出そうと考えている人物もいた。

だからこそ、強行手段に出るような勢力が西雲を名乗って風評被害が拡大する事に関して避けたかった。それが、大和の現状でもある。



 午後1時40分、大和杏がDJイナズマのARゲームをプレイしている会場へ向かっている頃、ある人物がレジェンドアイドルと戦っていた。

「貴様の様なビジネスを知らないような連中が、我々にとっては一番危険なのだ」

 アイドル投資家を思わせるようなカリスマ性のある若手社長、そんな感じの外見をした男性は指を鳴らす事でドローンにも似たARガジェットを展開する。

実際は、ドローンと言う訳ではなくビット系列の武装であり、運営にも認められたガジェットだった。

ただし、ARガジェットの仕様エリアではないとドローンと勘違いされ、逮捕される可能性は否定できない。

「一番危険なのは、意図的に伝えるべき情報を歪め、それを踏み台にして自分だけが儲けようと言う考えを持つお前達だ」

 ある人物の正体とは、ARガジェットも未装備状態の山口飛龍だった。そして、彼の手元にはタブレット端末があり、そこに書かれている文章を若手社長に見せる。

《今回、我々の想定していた自体が実際に怒りました。複数アカウントをお持ちの方は、お手数ですがアカウントの統一をお願いします》

 この文章は、ネットのまとめサイト上で公開され、それとは別につぶやきサイトで拡散されたメッセージだ。

しかし、このメッセージには決定的な何かが欠けており、一部のランカーをだます事は出来なかったのである。

それでもだます事が出来たつぶやきサイトユーザーがメッセージを大量に拡散した事で、風評被害を与える事には成功していた。

《我々の想定していた案件が実際に発生いたしました。特別な称号等を持っていない一般ユーザーで、複数アカウントをお持ちの方は、お手数ですがアカウントの統一をお願いします》 

 山口が見せたもう一つのメッセージ、それは拡散されていたメッセージとは違う文面だった。これは、一体どういう事か?

《メッセージに関しては、ネット上へ拡散せず、公式ホームページのアドレスを引用する形で正しい情報を伝える事を努力してください》

 実は、偽メッセージテンプレはブービートラップとして運営が用意していた物だったのである。その証拠として、山口はタブレット端末に表示された本物のメッセージを突きつけた。

「このメッセージは、実際に運営が各プレイヤーに配布した物。偽のメッセージは、特定ユーザー宛と思わせるような改悪も確認されている」

 山口の話を聞き、若手社長の方が慌てる。それが意味するのは、自分が犯人と認めている事だった。

「そのメッセージを流したのは、別のアフィリエイト狙いの素人ユーザーだ。我々とは根本的に違う!」

 若手社長は、あくまでも自分達の犯行ではないと否定するが、ビットを展開して山口へ攻撃を仕掛けようとした。

「ARゲームの開始も予告されていない中、ARガジェットを武器として展開すれば――」

 山口がビットを停止させる為にARガジェットを展開しようと考えたが、ARゲームのシステム起動を前にガジェットを動かすのはフライングと同じ意味を持つ。

「無関係の人間に怪我をさせなければ良いという話だろう! しかし、我々としては――大手新聞が超有名アイドルファンによる無差別破壊行為と報道しなければ同じ事」

 向こうは別の意味でも本気である。このような歪んだ思考でコンテンツ流通を進めようとする事、それは――。

「お前達の考えを聞いて、自分が疑問に思っていた事に対する答えが出たような気がする」

 山口の目の色が変わる。物理的に目の色が変化した訳ではなく、いわゆる目つきが鋭くなったのと同じだろう。

「貴様も超有名アイドルの新曲オーディションで同じような事をしようとした。そうじゃないのか?」

 自分の金儲けの為だけにコンテンツを使い捨てる勢力、つまり超有名アイドルファンや悪目立ちネットユーザーと同義。



 しかし、若手社長は新曲オーディションで山口が受賞した事、その事に関してコンテンツを物として利用する行為だと非難した。

「その事に関しては否定しない。あの曲に関して準備期間が足りなかったのは、揺るぎない真実だ」

 遂に山口は、シールドビット展開し、戦闘態勢を取るのだが、今は反撃を仕掛けようとはしない。反撃しない理由は、ARガジェットガイドラインに従っている為だ。

「しかし、それと超有名アイドルファンが鐘やチートのような行き過ぎた力で、理由も理念なども存在しない力を振るう事――お前達のやっている事は同じではない!」

「自分の行った事を棚に上げる気か!」

「BLコンテンツではない作品をBL化して自己満足するような勢力――そこと組んでいたお前達に、それを言う資格はない!」

「BLコンテンツに関しては、こちらとしても被害者だ! 共通の敵を持つはずなのに、何故こちらを敵視する必要性がある!」

「そういったやり取りでさえ、ネット炎上に利用する為に使い、アフィリエイトサイトに載せることで莫大な利益を得ようとする。自分が一番憎いのは、他人が気づきあげてきた物に対し、タダ乗りで莫大な利益を得る投資家連中だ!」

「お前の言っている投資家は、全ての株式投資家に対する偏見だ! それこそ、お前達の作り上げたシナリオに――」

 若手社長と山口の対立が続くのだが、周囲がこの発言を聞いているような状況はない。なぜなら、彼らが戦っている場所はARゲームの遊戯エリアとは別だからである。

それでもARガジェットが動くのには理由があり、このエリアでは太陽光パネルや各種設備を修理するのにARガジェットを応用したマシンを使っているのだ。

「しまった!」

 制御不能になったビットが太陽光パネルに激突、ビットは煙を上げて機能を停止する。爆発をしないのは、太陽光パネルの耐久度が異常なほどにある為だろう。

この激突によって太陽光パネルは緊急停止、このパネルを使っている周辺エリアは停電を――と思われたが、停電の症状を見せているのはARゲームエリアのみであり、それ以外の店舗には影響がなかったようだ。

「今の太陽光パネル損傷だけでも、数億が動く案件になる可能性が高い。それをお前達は他のコンテンツ勢の仕業と拡散する気か?」

 さすがの山口も目の前で起きているパネル損傷の光景を見て、落ち付けと言うのが無理な話である。

ネオARガジェットであるスナイパーライフルとシールドビットが連動した武装へ持ち替え、先ほどのシールドビットはガレージの方へと収納し、別エリアへ移動させた。

「ゴッドランカーを使いたければ、使うがいい! そうすれば、トップランカーの不祥事案件として処理が可能となる」

 若手社長の方は、無人ARガジェットを展開し、更には複数のARドールも呼びだした。そのドールの中には、かつて有名となったアイドルと似ているデザインも含まれており、それを見た山口も――。

「そう言う事か。レジェンドアイドルの正体は、お前達だったのか――」

 結局、自分達のコンテンツを頂点に立たせる為、かませ犬コンテンツや消耗品コンテンツのような意図しない流通をさせるコンテンツを増加させようと言うのか?

山口は今の光景を目撃した事で、正常な思考が出来なくなっている。しかし、それでもゴッドランカーを使わないのは、ロックがかけられている事も理由の一つかもしれない。



 午後1時42分、大和が会場へ着いた頃にはDJイナズマが十段に挑戦していると思ったら、まさかの展開になっていた。

『現在、一部エリアにて太陽光システムのトラブルで停電が発生しております。復旧までしばらくお待ちください』

 フリーフィールド、フリーエリア、イベント会場で共通のアナウンスが流れる。どうやら、停電が発生したらしい。

しかし、この停電が自然現象で起きた物とは到底思えない。太陽光パネルの耐久度を考えると、そこまで急激に材質が劣化するのは不自然だからだ。

太陽光パネルの耐久度は1年~2年、ARゲームの電力の7割は太陽光を使っている為に、家庭用のパネルと比べると交換時期が早いのだろう。

それでも、交換したてのパネルが急激に劣化し、停電を引き起こすのはどういう事なのか?

「ARガジェットによっては、装甲に太陽光パネルを使用している物もあるらしいが――何が起こったのか」

 ARガジェットを返却する為に専用ガレージへ向かう大和は、太陽光パネルが一気に不具合を起こすとは考えられない、という表情を見せる。

【超有名アイドル投資家が不具合を起こしたとしたら、それは破壊工作と受け取られてもおかしくはない。他の国で起こせば、明らかに逮捕だけでは済まされないレベルだ】

 あるつぶやきを見た大和は、思わず手持ちのタブレット端末を落としそうになる。ARガジェットは衝撃に耐えられる強度を持っているが、タブレット端末はガジェット程に耐久度が高い訳ではない。

「どちらにしても、急ぐ必要性があるのかもしれない」

 停電は返却作業に影響がなく、スムーズに事が運んだ。

どうやら、停電しているエリアは局地的な物らしいのだが――。


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