第22話:リズムゲーム編


 西暦2018年、ARゲームの中でも異色と言える音楽ゲームがリリースされた。その名は、ミュージックオブスパーダと言う。

ネット上では音楽ゲームの皮を被ったアクションゲーム等と言われていたが、アクションに強いプレイヤーやアスリート等が挑むも玉砕した。

その内容から、いつしかネット上では無理ゲーと言われる事もあった。しかし、それを一変させた人物がいる。

彼の名は山口飛龍、元々は作曲家と言う事もあって、音楽には強いという事もあり、最初は苦戦するのだがシステムを理解していた。

最終的に彼はスコアトライアルで優勝し、今やトップランカーと言われるまでに至った。



 その一方で、ミュージックオブスパーダが順風満帆で運営が出来ていたかと言うと、試練の連続だった。

他のARゲームでも同じ事が起こっていたアイドル投資家や反ARゲーム勢力による襲撃、一般人による目立ちたいという理由だけでのネット炎上行為、更には大手芸能事務所の介入――。

ニュースで報道されていないような細かい事例を含めると、100や200で収まるかどうか……と言うレベルである。

ミュージックオブスパーダでは、こうした事態に備えての防御策を組んでおり、これでもARゲーム関連では少ない位。

逆に防御策がなかったら、1000や2000という部類になっていただろう。やはり、歴史は繰り返されるのか。



 しかし、その現実を覆そうと動き出した人物もいた。運営所属でありながらも状況の打開の為に動いた――南雲蒼龍も、その一人である。

彼は、いわゆる『信者』と言う概念に関して懐疑的な意見を持っていた。音楽ゲームを数作開発し、それから新たな音楽ゲームの神と言われた時期もあったらしい。

そうした経緯はアカシックレコード上に記載はされていない。意図的に南雲が消した訳ではなく、あえて取り上げなかったのである。

その理由は定かではないが、彼の行為が超有名アイドル信者やフーリガン、アイドル投資家の目に触れ、そこから大規模な破壊活動へ発展したら――そうした懸念を南雲信者が持っていたからだ。

こうした一説でさえも、信者にとっては都合の悪い出来事として潰しにかかる可能性は否定できない。

「――この世界は、いつから楽しくもないような、金目当ての投資家連中の無双を許してしまったのか」

 うさみみに見えるようなヘッドフォン、特殊な技術で出来たと思われるサングラス、ノーパンスパッツ、それにぽっちゃりとスリムの中間の体格――彼女が木曾あやねである。

「超有名アイドル信者は、自分達が良ければどのような手段を取る事も辞さない。犯罪行為以外は」

 木曾のいる場所、そこは西新井に2年前にオープンしたARゲーム専門のショップである。

何故、木曾がここに来たのかは不明だが、イースポーツ化が進まない事にいらだちを覚えている訳ではない。

木曾の外見を見て、指をさすような子供もいなければ、スマホのカメラで写真を取ろうと考えるつぶやきサイトのユーザーもいない。それは、彼女が別ジャンルの有名人であり、顔が割れているのも理由だ。

その経歴とは、音楽ゲームにおけるランカーの一人。それも、南雲蒼龍を凌駕する程の実力者である。南雲の場合は開発者と言う立場もあるのだが、彼女は純粋なプレイヤー出身だ。

彼女に関われば必ず異変が起きると言わんばかりに噂が広まり、近づこうという人物もいない。それもあって、彼女は常時一匹狼のような状態にある。

「何処でも、この状況は変わらない。どうして、私に関わろうとしないのか」

 木曾と関わろうとしない理由には――更に一つ存在する。それは、彼女の正体がイースポーツでも猛威をふるっているプルソン。

プルソンと言えば、イースポーツのガチ勢とも言われ、関わった人物は消されるという話まであったほど。

しかし、こうした逸話は全てつぶやきサイト上で釣りアカウントや投資家アイドル等が存在を抹殺する為に流した――印象操作と言われている。



 数分程周囲を見回し、昼ごろにはコンビニでのり弁当とお茶を購入、近くのスペースでお昼を取る事に。

「アカシックレコードは言った。『目を覚ますのは、偽物の情報に踊らされているユーザーだ』と」

 唐突にアカシックレコードに記載されたメッセージ、それは――。

『目を覚ませ! 偽りの情報に踊らされている全ての世界の住人たちよ』

『その情報に踊らされ、いつしかネット上には超有名アイドル信者やアイドル投資家に支配されたディストピア――』

『そして、絶望の未来が訪れると恐怖をばら撒くユーザーに警告する』

『この世界はお前達の都合よく話を進められるような場所ではない。ましてや、この世界と別のアニメや漫画を掛け合わせた、悪意を持ったクロスオーバー……』

『気が付けば、世界線としての物語ではなく、他のアニメやゲーム、漫画で起きた出来事と錯覚させるような二次創作も出てくるだろうか』

『そうした誰得とも言える作品をWebサイトで公開し、ランキング上位に入って優越感を得ようとするような存在――それを私はアイドル投資家に操られた存在と認定する』

『私の名は名乗れないが、敢えて言うなれば西雲提督とでも名乗ろうか――その意味は、君達の方が分かるはずだ』

『もう一度警告する。偽物の情報に踊らされ、それに流されるように従う一般人はアイドル投資家に利用されるだけだ、と』

 このメッセージは動画と言う形で公開され、約3分程の内容はつぶやきユーザーに衝撃を与えた。

どの程度の規模かと言うと、このメッセージを聞いて心当たりあるユーザーが心境の変化――。

つぶやきサイトのアカウントを解約、二次創作が無双していた小説サイトで一次創作オンリーと言わんばかりの創作小説のランクイン、更には釣りアカウントを特定してアフィリエイト系サイトとのつながりを暴露、特定芸能事務所と政治家の癒着――。

あげていけばきりがないような変革をもたらしたのだ。しかも、こうした動きは全てアカシックレコード内で公開されていたWeb小説と同じ結末になっている。



「西雲提督という名前も、複数のアカシックレコードで使われている名前を組み合わせた名前にすぎないか。では、今回の動画の真犯人は誰だ?」

 木曾は疑問に思う。しかし、動画を見ながらのり弁当を食べる姿は、周辺にとってもシュールな光景に見えるだろうか。

「どちらにしても、新しく始まるミュージックオブスパーダにとって水を差すような事件になるのは――」

 間違いない、と言おうとした木曾の前に姿を見せたのは、白衣を着ていないので最初は分からなかったが、大和杏である。

「西雲提督? それこそ、アイドル投資家等でもない第三者に悪用されているだけ。アカシックレコードは、いわゆるひとつのWeb上に存在する大手ウィキと言っても過言ではないのよ」

 大和の方は木曾の意見に対し、反対の立場をとっているようだ。しかし、のり弁当のポテトコロッケに手を付けている為か、話は聞いていない。

「私はダークヒーローやアンチヒーローを気取る事はしない。そんな事をしても、便乗犯や愉快犯を生み出すだけ。それは一連のバウンティハンターが物語っている」

 木曾の方が弁当を食べるのを止め、今度は緑茶のペットボトルに手を付ける。そして、木曾は大和の方に視線を向けることなく、黙々と作業を始めた。

「便乗犯や愉快犯、それもつぶやきサイトや無料の会話系アプリを用いた物が多い。今までも犯罪に利用されているのに、免許制度や未成年使用禁止等を提案しても却下される現状では――」

 大和は木曾のやっている事もダークヒーローの一種と反論しようとしたが、発言の方は若干遠回しに思える。周辺に聞かれたくない訳ではなく、敢えて意図的に内容を周囲にも聞こえるように言っている気配もする。

「それも、アガートラームを持つ者の宿命か。そちらこそ正義の味方を自称し、目立ちたいだけなのではないか?」

 木曾の方も反撃をするが、大和の方はチョコパフェを食べている。しかも、スティックチョコがちくわ風という変わり物を食べていた――。

「どちらにしても、信者が戦争を引き起こしかねないような状態が続く限り――コンテンツ業界の変化は、そこで止まる」

 大和がちくわ風のチョコに手を付けようとした所で、彼女は一言。これが何を意味するのかは、木曾にはおおよそ分かっていた。

「白熱した論争に参加できるほど、自分の状況は良くない――それは、お互いに似たような目的を持っているのが理由の一つだと思う」

 木曾の一言を聞き、大和の方も何かに気付いた。似たような目的とは、ARゲームをイースポーツの種目にする事。お互いに立場は違えど、目的は同じと言う事らしい。

それから10分後、大和と木曾はお互いに昼食を食べる。大和の方はチョコパフェ以外にもドーナツを複数買っていたようだ。それに、コーラ。昼飯と言うよりは、デザートである。



 8月1日午前10時、信濃リンは新ガジェットの試運転を兼ねてミュージックオブスパーダの設置されたゲーセンへ足を運んだ。

しかし、ミュージックオブスパーダの方はメンテ中と言う事でプレイは出来ない。厳密に言うと、オフラインではプレイ可能だが、その際はスコアの保存等が出来ない。

そうした事情もあって、ゲーム自体はデモ画面のままで開店休業状態になっているようだ。

一部のプレイヤーは店舗内でのプレイ動画を見ているが、これは店舗で保存していた物なので、オフラインでも視聴には問題ない。

「何があったのだろう」

 信濃はインナースーツに着替えてからゲーセンへ向かっているので、着替え室がないここのゲーセンでも問題なくアーマー系ガジェットが使える。

 しかし、オフラインではプレイする価値はないと言ってもいい。ガジェットの試運転であればオフラインの方が都合が良いのかもしれないのだが。

《午前8時の段階で外部の不正アクセスと思わしきデータのやり取りを確認し、緊急メンテナンスを行っています》

 ホームページを見ると、アクセス過多でのメンテと言う訳ではないようだ。外部からの不正アクセスと言う事例はブラウザゲームでもあるが、ARゲームでは滅多に見ないケースだ。

こうした不正アクセスを行う人間がいる以上、ARゲームのシステムに一定の価値があると考えている勢力がいる証拠かもしれない。

一部ジャンルでは、ゲームのプレイ時間を大幅短縮する為に時短目的の外部ツール等を使用する例があるのだが――ARゲームでは、そうした時短系ツールは無意味と言っても過言ではないだろう。

「不正アクセス――また、アイドル投資家や超有名アイドル信者の仕業なのか」

 信濃は、今回の不正アクセスをアイドル投資家や超有名アイドル信者等が犯人と考えていた。それには、ちゃんとした理由がある。



 今から3年前、3台目のアカシックレコードが草加市内のビルで発見された。こちらも秋葉原等の事例同様、太陽光発電等で電力を確保しているタイプであった。

そのアカシックレコードは、数度にわたって不正アクセスの被害にあっていた。それも、相手は海外でも指折り数えるほどの有名ハッカーだった。

ところが、その有名ハッカーでもアカシックレコードのデータを読む事が出来ず、敗北宣言を出した事は海外ニュース等でも話題になっている。

それ程のセキュリティを誇るアカシックレコードでも、唐突に封印が破られたのは西暦2017年の事だった。

その時に起こったことと言えば、一部のARゲームで使用されているデータがハッキングによって抜き取られたという物。

しかし、その事件は表面化する前に超有名アイドル信者の仕業として処理された。実際はハッカーの自宅を調べた結果、超有名アイドルグッズやCDが発見され、そこからアイドル投資家と認識されたことだが。

結局、この人物は誤認逮捕と言う事で数日後に釈放されたのだが、そこで司法取引があったという話もある。真相は闇の中だが。



 こうした過去の事例を当てはめると、ARゲームにおける不正アクセスは世界のハッカーさえも驚くようなやりかたで行われていると考えられる。

「今日は8月1日――水曜だったか」

 信濃はカレンダーを唐突に調べ、曜日をチェックしていた。そして、その謎はあっさりと解ける。

「なるほど。超有名アイドルのCDにハッキングプログラムを仕込み、それがパソコンやARガジェットで再生されるとプログラムが走る仕組みか」

 ハッキングプログラムは、この日に発売された超有名アイドルのCDに仕込まれていると信濃は結論を出す。それに類するつぶやきを探した結果、その予測は的中した。

【あの超有名アイドルのCDにハッキングプログラムが仕込まれていたらしい】

【CDにウイルスが仕込まれていて、回収騒動になったって――何十年前の話題だ?】

【ウイルスと言っても、特定のプログラムにしか反応しない物では、回収の判断も遅れるだろうな】

【特定のプログラムって何だ?】

【ソレは分からないが、ARゲームの一部で緊急メンテが行われているから、そこかもしれない】

 さすがにミュージックオブスパーダとは書かれていないが、何となくそれと分かりそうなコメントも見受けられた。それを踏まえ、信濃はアンテナショップへ連絡しようとしたが――。

《現在、アンテナショップとの接続に関して緊急を要する用件以外は制限しています》

 ARガジェットに特殊なメッセージが表示されたと思ったら、何と接続制限の警告文だった。これはただ事ではない。



 同刻、大和杏は谷塚駅近くのアンテナショップに足を運んでいた。ニューガジェットの受け取りをする為だったのだが、思わぬ所で足止めを受けた格好である。

「ここは問題ないように見えるが、それ以外の――特にミュージックオブスパーダ関連は大変だな」

 大和が受け取るガジェット、それは別のARゲームで使用される物だった。

あまりにも大型の為かミュージックオブスパーダを扱うショップでは受取不可の為、受け取り店舗を変えていたのである。

それが不幸中の幸いとなり、無事に受け取れる流れとなったのだが――。

「不正アクセスはARゲームでも何度かありますし、今回の件だけ取り上げられるのもおかしな話でしょう」

 作業服姿の男性スタッフが大和に話しかけてきた。

それ以外にも作業員がフル動員されてコンテナからの組み立て作業に入っているのだが、アンテナショップ内には持ち込めない。

そう言った事情もある為、本来はARガジェットの整備専用の大型ガレージを3スペースほど使用しての組み立て作業に入っている。

この作業はコンテナが搬入された30分前から行っているのだが、作業完了率は70%程である。

その後にシステムのインストールもある為、昼過ぎに渡せるかどうかという瀬戸際だろうか。

「今回の件? ミュージックオブスパーダで他にも同じような不正アクセスがあったのか」

「ニュースで取り上げられるような物ではないですが、そう言った事例はありました。結局、100%不正アクセスがないシステムを作るのは不可能でしょう」

「結局、人が作った物である以上は100%を断言できないか。せめて、創造神が作ったシステム等であれば100%以上も可能だろうが――」

「アカシックレコードの技術も、元々は別世界の人間が生み出したという話です。あれを神の予言書と考えている信者の頭の中を見てみたいものですよ」

 男性スタッフは大和と少し話をした後、ガジェットの組み立て作業の方へ合流する。サイズだけでも5メートル規模はあるだろうか。

「このガジェットを動かせるのは、レースゲーム系の音楽ゲームや一部ジャンルに限られるが――広いフィールドを売りにしている場所であれば、ミュージックオブスパーダでも使えるのは確認済だ」

 男性スタッフの説明を受けた大和は、完成したボード型ガジェットに乗る。行きは自転車等ではなく徒歩なので、特に問題はないだろうが。

「これが、バイザーユニット――アカシックレコードの産物とも言える、アカシックバイザーか」

 大和は既にインナースーツにARギアを装着した状態でバイザーの上に乗る。そして、ガジェットに表示されたシステムを起動させたと同時に、ボード型マシンは変形をし始めたのだ。

変形タイムは10秒弱。その間にボード型マシンは、巨大ロボットを連想させるようなデザインのパワードスーツへと変形、大和のARギアへと変わったのである。



 その頃、同種類のアカシックバイザーは他のARゲームでも利用され始め、ロケテスト中のレースゲームでも使われる事になった。

しかし、それを妨害しようと会場に姿を見せたのはARガジェットを使用しないアイドル投資家。これには疑問を抱かざるを得ない。

「売れないコンテンツは悪である! 売れるコンテンツ、超有名アイドルこそが正義だ!」

 時代遅れの様な正義を掲げるアイドル投資家、その手にはARガジェットではない拳銃が見えた。まさか――?

「お前達は、正義の意味を履き違えている。無差別の破壊行為やネット炎上、流血を伴う様な物を正義とは呼ばない」

 そこに姿を見せたのは、ネオARガジェットとも言うべき新型ガジェットを装着した加賀ミヅキだった。どうやら、この状況にいてもたっても居られなかったらしい。

「アカシックレコードの描く世界、それは絶望だ! 超有名アイドルが全世界を支配し、アイドル信者以外は淘汰する――」

 他にもアイドル信者がいるらしく、その人物も拳銃を持っていた。一部ではナイフを持っている人物も存在し、これ以上の状況悪化は大事件につながる。

遂にアイドル信者が襲いかかってくる頃、瞬時にして加賀は最初に襲撃してきたアイドル投資家を沈黙させた。しかも、ネオARガジェットを使わず、シールドビットで。

そのビットの動きは山口飛龍がトップランカーになった際に見せた、ゴッドランカーシステムを彷彿とさせる。ただし、加賀自身はゴッドランカーシステムを習得していない為、疑似再現だが。

「もう一度だけ言う。ただ『目立ちたい』等の私利私欲だけで振り回す力、人の命さえも消滅させるような力は――正義ではなく、ただの破壊行為だ」

 無数いたと思われるアイドル信者も加賀は瞬時で無力化、残すはリーダー一人だけだった。しかし、リーダーが拳銃を発砲するような気配はなく。

「許してくれ! 俺は、大手芸能事務所に買収されただけに過ぎない。頼むから、命だけは――」

 何と、向こうは謝罪の姿勢を見せたのである。土下座こそはしないが、平謝りをする姿を見て、加賀の方は同情する――そう向こうは考えていたようだ。

「命乞いか。その後に、私が背後を振り向いた時を狙い、隠したARガジェットで倒すつもりなのだろう。創作世界でも成功した事のない死亡フラグを堂々と行うとは――お前のレベルもたかが知れている」

 次の瞬間、加賀はシールドビットではなく両肩のガトリングレールガンでアイドル投資家を蜂の巣にする。

しかし、あくまでもアイドル投資家は気絶するのみ。ARガジェットの攻撃力は極限まで落とされており、その一撃で命を落とすようなことはないというのはARゲームプレイヤー外でも常識だ。

「加賀ミヅキ、お前はARゲームに正義はない――そう考えたのか」

 加賀が去ろうとした先にいた人物、それは鉄血のビスマルクだった。今回はインナースーツに重装甲アーマー、加賀と同じくネオARガジェットの試運転をするつもりだったのかもしれない。

「ARゲームは意識改革の時期に突入している。運営も、その辺りは分かっていてアイドル投資家を意図的に侵入させ、力で分からせる戦法をとっているのだろう」

「しかし、ミュージックオブスパーダや音楽ゲーム系、一部アクション系はその考えに同調出来ていないようだが」

「賛成意見の人物が100%になるとは思っていない。それはARゲームが稼働し始めた時にも分かっていたことだ。賛否両論があっても問題ないはずが、どうして議論さえも認めない世界になったのか」

「加賀、お前は何をしたかったのだ」

 加賀がビスマルクの問いに答えることはなく、その場を去る。その目は悲しそうにも見えたのだが、バイザーの影響で表情の変化を確認する事は出来なかった。



 8月2日午前10時、ネオARガジェットの話題とは程遠い位置に身を置いていた人物がいる。

「久々の大きなイベントか。南雲もエントリーをするという話もある以上、向こうは様子を見るしか――」

 外出先のゲーセンでタブレット端末をチェックしていたのは、私服姿の山口飛龍だった。

普段であれば、背広姿で外出するケースが多いのだが、今回に限っては私服である。

《SOF2018開催》

 サウンドオブファンタジア――通称SOF。同人音楽ゲーム【ファンタジア】において、オリジナル楽曲の頂点を決めると言うイベントであり、年に一度は開催されている。

それ以外にも小規模大会は行われているのだが、その中でもSOFは参加者が多いことでも有名だ。

優勝者には賞金は出ないものの、その楽曲がメジャーレーベルの耳に入れば、大手デビューの可能性もあり、ある意味でも登竜門と言われている。

南雲蒼龍も過去に楽曲をエントリーした事があり、それ以外でも後に大手音楽ゲームのコンポーザーになったり、アーケードゲームの音楽ゲームに収録された楽曲がSOF出身と言うケースも存在している。

山口も過去にSOFにエントリーした事もあるが、あと一歩の所で優勝を逃している。そんな状況下で、あの時のコンテストでグランプリに選ばれたのだ。



 考えてみれば、あのグランプリは一種の出来レース……別の人物が選ばれる予定だったというのは、南雲からも聞いていた。

山口はタブレット端末に楽曲のイメージメモをテキストファイルで打ち込みながら、考え事をしている。

「しかし、本来優勝になる予定の人物は盗作疑惑を疑われ、会場に姿を見せなかった。おそらくはゴーストライターを雇ったのが仇になったのだろう」

 考え事をしつつも、テキストの方は順調に討ちこんでいる為、相当の集中力があるのだろうか。

「あの時の襲撃犯がアイドル信者だとすれば、つじつまは合うだろう。しかし、目的が『目立ちたいだけ』と言うのもふに落ちない」

 その真相を確かめる為には、ミュージックオブスパーダをプレイし続ける必要性はある。しかし、今回のSOFはエントリー予定の人物を踏まえても外せない。



 1時間後、SOFのエントリー予定の人物リストを見て驚いたのは、ミュージックオブスパーダの運営で作業を行っている南雲だった。

「なるほど。山口もエントリーするのか。しかし、SOFがプロのアーティストでも評価を得にくい環境なのは向こうもわかっているだろう」

 そして、二足のわらじで優勝出来るかと言われると――難しい話だ。自分も似たような環境で楽曲を作った事があるのだが、その時は見事に玉砕した。

確かに仕事の合間、それも限られた時間内で楽曲を作ることは至難の技だろう。それでも優勝を勝ち取った人物も存在し、プロのアーティストにも打ち勝った人物を南雲は知っている。

「SOFは金の力で無双出来る程、簡単なフィールドではない。アガートラームのようなチートを無効化するシステムを使わなくても、あの業界に出入りする人物達は分かっているはず」

 楽曲に関してはオリジナルオンリーだが、過去にファンタジアでリリースした楽曲出ない限りは、既存楽曲のアレンジでも問題はない。

一方で、権利者許可を事前に取っていないライセンス曲のアレンジ等、超有名アイドルの楽曲での参加は認められない。同人ゲームの楽曲アレンジでも問題はないのだが、その際は作曲者に事前許可を得る事が必須となる。

ここ最近では違法アップロードに関するCMが流れる位には、権利関係が厳しい状態となり、パロディだとしても事前に許可を取り、全てをクリアした状態でないと炎上は避けられない位。

その為か、SOFではオリジナル楽曲オンリーではないものの、創作楽曲で挑戦し、アーケードで稼働している音楽ゲームへの収録を狙っている――と言うのが現実と言う可能性がある。

しかし、それの何処までが事実なのかは不明であり、こうした記述でさえもネット炎上勢による偽装工作とみる動きはあるのかもしれない。

「ミュージックオブスパーダにSOFからの楽曲を入れる予定はないが、状況によっては――伝家の宝刀を使う時が来るか」

 南雲の個人的な考えとしては、SOFの楽曲を収録すれば、他の音楽ゲームからミュージックオブスパーダに入ろうと言うプレイヤーにとっては不利が生じる。

一番懸念しているのは、プレイする前の入口部分のハードルを高くしないこと――。



 8月3日、ミュージックオブスパーダでは特に大きなランキングイベントは行われていないが、8月1日から楽曲解禁イベントが行われている。

これは、該当楽曲をプレイする事で出現する大型ターゲットを撃破する事で該当の楽曲が解禁されると言う物。

別のゲームで例えると、レイドが一番分かりやすいだろうか。既に3曲が解禁済みとなり、残るは7曲。

「やっぱり、山口の姿が見えないと思ったが――」

 楽曲解禁イベントで3曲を解禁した貢献者ベスト10の中には山口飛龍の名前はない。

「トップランカーになってから、姿を見たことはない。プレイを辞めてしまった訳ではないが、何かあるのか?」

「ログイン履歴では8月1日が最終ログイン日だった。引退と決めつけるのは早計だな」

「引退したプレイヤーであれば、ARガジェットの返還が必須だろう。他のARゲームでも使うのであれば、話は別だが」

「特に返却された話もつぶやき上にはない以上、引退と言うのはネット炎上勢がアフィリエイト狙いで拡散しているガセネタか」

「しかし、このペースで3曲解禁か――!?」

 ゲーセンのセンターモニターに集まるギャラリーは山口が引退したのでは……と考えていた。しかし、そう決めるには絶対的な証拠がない。

その一方で、あるプレイヤーは解禁された3曲のタイトルを見て驚きの声を上げたのである。

「ちょっと待て。解禁された3曲のうち、1曲の作曲者って――」

 ある男性ギャラリーが指差す曲、その作曲者は南雲蒼龍だった。偽名と言う訳ではなく、本物であることは間違いない。

「その曲は、間違いなく南雲だ。クラシックアレンジに、3倍アイスクリーム――分かりやすい典型例と言える」

 ギャラリーの中に割って入った人物、それは私服姿の大淀はるかだった。彼女は引退をした訳ではなく、ミュージックオブスパーダからは若干離れている。

理由は別のARゲームのロケテストやパルクールの提督勢の様子を見る為でもある。

「そうだとして、運営も担当している南雲が作曲活動も出来るのか?」

 別のギャラリーから飛び出した疑問、それも一理ある。ミュージックオブスパーダの開発には、かなりの時間を費やしたという話が存在し、南雲自身も調整に時間をかけたとロケテスト時に言及していた。

「別のゲームからの移植+新曲、それがミュージックオブスパーダの初期楽曲ラインナップだった。つまり、新規楽曲を作る余裕は若干あったという事か」

 大淀の話を聞いても、納得するユーザーは少ない。確かに楽曲の制作には時間がかかるのだが、彼の場合は作曲作業も非常に早いという噂がある。

今回の楽曲追加は、それを物語ると言ってもいいだろう。ただし、それでも都市伝説の域は出ない。

「それにしても、南雲は良いとして――山口がミュージックオブスパーダを休む理由が見つからない。何を考えているのか」

 この段階では大淀がSOFの情報を全く仕入れていない。つまり、山口がSOFの楽曲制作で休止している事実には気づいていなかったのである。



 8月3日午後2時、大淀はるかは山口飛龍が楽曲解禁イベントに姿を見せていない理由に関して、ネット上で捜索をしていた。

「トップランカーが、怪我等の理由以外で長期離脱をするとは考えにくい。一体、何が起こっているのか」

 さまざまなサイトを巡っている内に、大淀はSOFの過去に開催されたイベントまとめを発見する。

「これがSOF――?」

 一部の動画タイトルを見て、大淀は何かに気付いた。これらの楽曲は最近の音楽ゲームでも目撃される楽曲だったからだ。これは、どういう事なのか?



 SOFの歴史は10年以上前、西暦2000年代までさかのぼる。この時は同人音楽ゲームと言う概念は存在せず、ゲーム音楽も音楽ゲーム自体が今ほどメジャーではない為、注目度も低かった。

一部のRPGやアクションゲームの楽曲などがCDランキングにランクインし、そこから音楽評論家などから驚かれる……それが現実であった。

こうした状況を見て、ゲーム音楽の評価を上げようと考えた人物が存在した。その人物こそが、後に音楽ゲームの開発で有名となる南雲である。ただし、ここで言及される南雲は南雲蒼龍ではない。

しかし、彼の考えは現状のゲーム音楽を取り巻く環境では実現性が難しく、結局は夢物語で終わってしまった。これはネット上での膨張等ではなく、まぎれもない事実である。



 それからしばらくして西暦2004年頃、インターネット環境等も変化し、音楽ゲームもゲームセンターでメインに置かれるようになった頃、そこで初めてオリジナル楽曲をメインにした同人音楽ゲームが注目を浴びる。

その名称はアカシックレコードにも記載されていないが、ファンタジアとは違う機種らしい。

ファンタジアが普及し、SOFが始まったのは2005年の事。同人ゲームでSTGがブームとなり、その楽曲をアレンジするという活動がネット上で大きく注目され、それがファンタジアにも飛び火した。

「成程。この辺りの作曲家が実際の音楽ゲームでも楽曲を書くようになったきっかけ、それがファンタジア――」

 大淀はまとめ記事に書かれていた内容を見て、驚くしかなかった。同人音楽自体はソーシャルミュージックとしても広まっており、動画サイトでは特殊なソフトを使った楽曲作成、オリジナル曲がブームとなった。

しかし、それよりも前に光回線等がメジャーになる以前に同人音楽に注目される展開があるとは。



 SOFがメジャーイベントとなるきっかけになったのは、エントリー曲が100曲を超える規模になった2007年、そこには南雲蒼龍もエントリーをしていた。

この当時の蒼龍は音楽ゲーム楽曲には興味がなく、クラシックアレンジを趣味と独学で続けている程度の音楽知識しかなかった。

『自分のクラシックアレンジが、こういう場で活かされると言うのは予想外だった。趣味でやっていた事が初めて認められた、と』

 2007年に蒼龍がエントリーした曲、それが見事に優勝したのは当時のファンタジアプレイヤーにとっては衝撃だった。彼がファンタジアのプレイヤー層を全く知らないというのもあったのだが。

しかし、蒼龍の楽曲評価は偽りの物ではなく、正当評価と言える物だった。それは、ファンタジアの古参プレイヤーも証明している。

【これでファンタジア初楽曲とは思えない】

【プロの犯行か?】

【衝撃が高すぎる。これでイベントのレベルが上がるのかと思うと――】

【彼がファンタジアの客層を知れば、間違いなく歳教になるだろうな】

【音楽の知識が本当に趣味の範囲なのか疑わしい】

 さまざまな意見が飛び交う。その中で蒼龍の評価は揺るぎない物になったのだが、2008年に楽曲をエントリーした際の評価は、賛否両論だった。

逆に客層を知ってしまい、それに惑わされた結果とも言われている。その時の結果は準優勝だった。



 その後、2009年には蒼龍が商業で音楽ゲームをリリースしたというニュースが飛び交い、ファンタジア出身の作曲家が本家進出と驚かれた。

実際の所は蒼龍の楽曲は収録されず、あくまでも音楽ゲームの開発だけだったようだ。

 2010年~2014年は、特定アーティストが優勝する事はなく、入れ替わりが激しかった。蒼龍の様な強豪が不在と言うのもあるかもしれないが。

その時にエントリーしていた人物がいた。それも――。

「ビスマルクが――どうして?」

 アーティストネームの被りという可能性もあるが、そこには鉄血のビスマルクもエントリーをしていたのである。それだけではなく、山口飛龍もエントリーしていたのだ。

「もしかして、彼がミュージックオブスパーダに参加した理由は――」

 山口が南雲蒼龍との出会いをきっかけにして、ミュージックオブスパーダを始めたというのはネット上でも有名な話だ。

彼を追いかけて始めたというのであれば、いくつかの疑問点も解消される。



 大淀が色々と調べていく内に、アカシックレコード恒例のブラックノイズ――黒塗り記事にぶつかった。

「2016年、2017年度はSOFが開かれたという記述が――?」

 2015年に関しては開催されたと明記されており、その楽曲も動画サイトのリンク付きで掲載されている。

しかし、2016年以降の記述が黒塗りで詳細を確かめられない。



 8月4日、山口はゲーセンに足を運んでいたが、それはさまざまな音楽ゲームをプレイする為に訪れたと言ってもいい。

「トップランカーになって、初めて気づいた事がある。それは、頂点に立つ事がむなしいと感じる事か」

 私服姿の山口はタブレット端末の入ったカバンと財布の入ったポーチ、それに野球帽を深く被っている。

これは周囲にトップランカーとしての顔が知られているというのもあるのかもしれないが――。

「しかし、トップランカーがミュージックオブスパーダの頂点とは考えにくい。それに、今は――」

 山口には、別のフィールドで南雲蒼龍に勝ちたいと言う思いがあった。ミュージックオブスパーダでは対決が実現しなかったが、SOFならば対決が叶う。

その為にも、音楽ゲームの楽曲傾向を改めて学習し、そこから彼に勝利する為の楽曲を作ろうと決意していたのだ。

「奇遇と言うべきか」

 ゲーセンの入り口付近、そこで遭遇したのは何時もの私服と言うべきの長門未来だった。彼女の方もミュージックオブスパーダは休止状態である。

「長門さんも、音ゲーですか?」

「まぁ、そんな所だ」

 ミュージックオブスパーダでは滅多に話す機会もなかった為、色々と情報収集を行う。

その中で、2人は振り付け系の音楽ゲーム筺体の前までやってきた。

周囲にも別の音楽ゲーム筺体があるが、音がお互いに干渉する事はないようである。

振り付け系の筺体はスペースを取る為か、若干広めに配置されている点も干渉しない理由かもしれない。

「ここだけでも音楽ゲームが3種類も――」

 山口は見たことのない筺体を見て驚いているようであった。音楽ゲームと言えば、上からノーツが落ちてくるタイプの認識という一昔の思考が原因だろうか。

「音楽ゲームも日々進化しているわ。格闘ゲームはシステムが完成されていて、細部的な部分で違いが別れるけど、音楽ゲームは入力デバイスの違いだけでもかなりの数よ」

 格闘ゲームの場合、入力デバイスがジョイスティックにボタンという形式が多いのに対し、音楽ゲームは入力デバイスだけでも多彩である。

鍵盤にDJのターンテーブル、ギター、ドラム、太鼓、洗濯機、タブレット、ボタン、パネル、振り付け、更にはスマートフォンと連動するような物も存在するのだが……。

最近では、音楽ゲームも楽曲がオリジナルだけではなくなっているが――それは後ほど。



 2人は先客のプレイしている光景を観戦していた。先客の外見は、どう考えてもARゲーム帰りと言う気配がする。

ARゲーム用のインナースーツ、腕にはARガジェット、体型は意外な事に巨乳なのも驚きだ。

「凄い――」

 山口の開口一番に出た言葉、それは率直な物だった。あの体型で軽々と踊れる事も凄いのだが、モニターに表示されるマーカーを上手く捌いているのも大きい。

「あのゲームはモニター上にあるカメラでプレイヤーの動きを読み取るタイプね。そして、画面に表示されるマーカーに合わせて踊る――と言った方が早いかな?」

 長門も深い解説はせず、簡単な物にとどめている。おそらく、プレイして分からせた方が早いという事なのかもしれない。



 先客のプレイが終了し、次にプレイするのは山口である。

「あなたはもしかして――」

 長門はプレイしていた人物に心当たりがあったのだが、声をかけようとしたら別の筺体の方へ移動していた――と言う事に。

「このゲームも100円――?」

 山口はコイン口に100円を入れるのだが、それ以外にもカードの読み取りするパネルも存在していた。

そちらの方も気になり、ARガジェットを読み取らせるのだが、画面にはエラーメッセージが出て読み取れないようである。

「これはARガジェットとは連動しない音楽ゲームよ。ARガジェットと連動する機種は、基本的にARゲームコーナーに置かれているし……」

 長門が自分のポーチから1枚のカードを取り出す。カードの絵柄はSFアニメのデザインで、痛カードの部類と思われる。

「カードに関しては、こっち。サウンドパスが必要なのよ。カードに関しては、カード販売機が近くにあるから、次のプレイをする時にでも買うといいかもね」

 カードを買いに行く余裕もなく、山口は今回のプレイに関してはカードなしでプレイする事になった。



 8月4日、長門未来と山口飛龍は振り付け系のゲームをプレイし終えて、少し休憩を取っていた。

「そう言えば、さっきのプレイヤーは一体――」

 山口は長門の声をかけていた人物が気になっていた。あれだけの的確な振り付けを出来ると言う事は、プロと言う可能性もある。

「芸能人と言う訳ではないけど、その筋には有名な人物よ。彼女が、このゲーセンに来る事は意外だったけど」

 長門は彼女だと言う確信があって声をかけた訳ではない。それらしい人物だった為に声をかけた――と言う事らしい。

「音楽ゲームって、格闘ゲームと違って操作で覚える事が多いですね」

 山口の言う事にも一理ある。格闘ゲームの場合は入力デバイスが大体ジョイスティックで統一されている為か、数機種掛け持ちしているプレイヤーはすんなりと入れる場合がある。

しかし、音楽ゲームは相当な機種でもない限り、それ独自の入力デバイスである事が多い。

それを踏まえると、1機種だけしかプレイしないというプレイヤーが多いのも、納得と言えるのかもしれないが。

「それにしても、あそこまで動く事になるとは予想外でしたが」

 画面に表示されるアバターの振り付け通りに踊ると言う内容で、振り付けの要所でマーカーが出現し、そのポーズを上手く取ることでスコアが上昇する。

マーカーの種類によっては、そのポーズでの停止等も求められるが、それほど難しいとは思わなかった。

一方で、振り付け1曲分をプレイする事もあって体力の消耗は他の音ゲーと比べてもトップクラスなのは間違いない。

「こっちよりも足を使う音ゲーもあるけど、今は設置されていないみたいね」

 長門が周囲を見回すが、それと比較できそうな音楽ゲームの姿はない。どうやら、彼女の言う足を使う音ゲーは別のゲーセンであればプレイできるのだろう。

「音楽ゲームって――全身を使う様なゲームなのですか?」

 山口の質問に対し、長門は数秒程考えた末、少し話す事にした。

「全身を使うのはごく稀。ミュージックオブスパーダの様なARゲーム的な者は例外だけど、基本的には腕が多いと思う――」

 手振りで色々なプレイ方法をエアプレイで実演するが、それでも山口が理解できるかは別の話。

「リズム感がないと、おそらくは途中でミスが多くなる。収録されている曲がこの音ゲーに入ったから――というプレイヤーも多いけど」

 途中からは手ぶりを止めて普通に会話する。音ゲーの場合は格ゲーと違って、プレイするきっかけは絞られる事はない――とも付け加えた。

「実際、音ゲーには色々な有名曲も入っていますし、そこからプレイすると言う人もいるのでしょう。自分には関係ないかもしれませんが」

 山口の方は冷静である。自分は音ゲー自体に興味はなく、南雲蒼龍がいるフィールドだからという理由があった。

「南雲を超える事、それも一理あるかもしれません。だからこそ、ミュージックオブスパーダで遭遇した時には――」

 山口がミュージックオブスパーダを始めた理由、それは始めた当初では曖昧だったのだが、次第に分かって来たような気配だった。

今ならば、目的を見失ったりはしないだろう。



 8月4日午前11時頃、長門未来と山口飛龍がゲーセンに入ってから30分が経過しただろうか。

「あれも、音楽ゲームか?」

 山口が指差すのはタブレット端末を筺体に固定したかのような機種だった。これも音楽ゲームらしいが……。

「デモ画面を見る限りでは、エアホッケーにも見えるけどね」

 流れているデモムービーはエアホッケーを連想させる物だった。それが何故に音楽ゲームなのか。

「ホッケーでパックを相手に撃ち返すような感覚でプレイするのが――あのゲームって訳だけど、混雑しているみたいだし、別のゲームにする?」

 ゲームの方に関しては、既に先客がプレイしており、他にもプレイヤーが埋まったので待ち状態となる。しかし、長門の言う事も一理あるので、1階に置かれている音楽ゲームを一通り見る事にした。



 他にもドラム、ギターがワンセットになったセッション型、ボタン4つをリズムよく叩くタイプ、9つのボタンを叩くタイプだが、ノーツは上から降ってくる物――さまざまな音楽ゲームを発見する。

「格闘ゲームだと、筺体的な関係で1種類というか――その方がオペレーターのメンテにかかる負担も減る。しかし、その常識を破ったのが音楽ゲームよ」

 長門の方は若干深刻そうな表情をしているが、そんなに悲観的な話と言う訳でもないようだ。

「格闘ゲームの場合はイースポーツの影響もあって、現在もブームが続いている。その一方で、音楽ゲームはスマホアプリの方がメインになりつつあって、ゲーセンに置かれているタイプはピンチと言ってもいいわ」

 これだけの筺体があると言うのに、音楽ゲームは苦戦しているという。ARゲームでも音楽ゲームのジャンルは存在するが、その数はアクションに比べると非常に少ない。

スマホアプリと言っても、楽曲はオリジナルメインもあれば、ライセンス作品と連動した物もある。その大半が基本無料のアイテム課金型――ソーシャルゲームと同じ原理の物だ。

この懸念に関しては南雲蒼龍も同じ事を言っていたが、そこまで深刻になる必要があるのか?

無料ゲームが増えてしまうと、逆にゲームをプレイする側の意識も変化し、有料ゲームに人が集まらないという事もネット上では言われている。

一方で、運営側も資金的な部分等で疲労してしまう可能性も……という懸念もあった。

「それを何とかしないといけないのは、運営側もユーザーも一緒。だからこそ、連動イベント等で集客を狙う。それも、他社作品を巻き込んで――」

 長門の言っている事、それはミュージックオブスパーダにも関係あるのか――と最初は思った。

しかし、ふと南雲の楽曲が向こうにも入っているという事実は、このケースに該当するのでは……という考えに至るきっかけを作った。



 音楽ゲームは、いつの頃からかリズムゲームとも呼ばれるようになった。

特に音楽ゲームを登録商標にしている訳でもないのだが……。

しかし、音楽ゲームと言う単語自体も発生源がはっきりしない事もあって、どちらも使われているのが現状だろう。

格闘ゲームの場合、2D格闘、3D格闘で分けられるケースがあるのに対し、音楽ゲームではそう言った種類別の分類がないに等しい。

中にはファンで分類を進めている気配もするのだが……線引きの難しさが足を引っ張っている可能性が高い。

格闘ゲームの場合、イースポーツ以前にも対戦動画をアップするような事例も存在し、ゲーセン内で大会が行われ、更には公式でも大会を開催するような事もあった。

こうしたコミュニティの発展もあって、今日のゲーム業界があるのかもしれない。

音楽ゲームの方は、高難易度譜面のみをプレイする勢力等もいる一方で、芸能事務所が楽曲の収録に関してゴリ押しするような事例もある――と言われていた。

こうした商業的な部分に走り過ぎた事がコミュニティ衰退を……と言う記事も存在している。実際、こうした事実は確認されておらず、超有名アイドル勢等による評判を下げる為の炎上記事とも指摘されている。

炎上記事が出来る理由には色々と存在するが、この『世界』においては以下の定義が存在する。

《純粋なファンとしてコンテンツを応援している人たちも巻き込み、そのコンテンツから完全に人を排除する》

《その後に一部の夢小説勢等が自分達の好きなように作り変える――こうした夢小説が無差別に作られている現状こそ、炎上記事が作られる原因と思われる》

《それとは別に大規模な破壊行為や犯罪行為を起こし、それこそ該当するコンテンツを法律で排除するような展開を誘発する事――》

 しかし、この定義も一連のアフィリエイトで利益を得ようとするユーザーによるデマと言われている。

その影響もあって、この件に関する一定の定義が不可能なのかもしれない。



 8月4日午前12時、ゲーセンから一時離脱し、コンビニでおにぎりを購入したのは長門未来である。

山口飛龍に関しては、一時的に自転車で帰宅してお昼を食べ終わったら再び合流する予定だ。

「イースポーツ化を求める大和杏、純粋に楽しめる音ゲーを求める勢力、対立を求めない勢力、その他の少数派――」

 コンビニから2分弱の場所にゲーセンがあり、ゲーセン内にはフードコーナーは存在する。しかし、それでもコンビニで買い物をするのには理由があった。

長門が立ち寄ったコンビニ、そこで彼女はカードを見せる。そのカードを店員が受け取ると、何かの機械に読み取らせた後にポイントがチャージされる。

どうやら、コンビニで現金をチャージ、あるいはポイントをチャージしていたのかもしれない。

「どちらにしても、自分は政治的な事情を音楽ゲームや各種コンテンツに持ち込んで欲しくない――」

 長門は歩きながら食事をする事はなく、そのままゲーセンの方へと向かう。



 同刻、何処かのコンビニであらかじめ買ってきたドーナツを口にしていたのは、インナースーツに巨乳という女性だった。

「そんなにジロジロ見たって、何も出ないわよ」

 ギャラリーが彼女を気にするのも無理はない。ARガジェットを使用するARゲームはいくつか置かれているが、どれもインナースーツ系は任意である。

着替えスペースのないゲーセンで、この格好をするのはARゲーマーと認識される傾向――周囲からの視線を浴びるのも無理はない。

「アンタ、FPSハイランカーの夕張あすかだな?」

「人違いじゃない? 今の私はFPSハイランカーじゃないわ」

「そう言ったとしても、ARガジェットの登録履歴までは偽装出来はしない。データを完全削除しない限り――」

 一人の男性プレイヤーと思わしき人物が夕張あすかを名指し、更にはARガジェットのショットガンを構える。

「このフレンチクルーラーを食べ終わったら話を聞くから、今は待っててくれない?」

 クールと言うよりは、マイペースである。夕張はフレンチクルーラーを口にし、食べ終わった後にハンドタオルで手を拭く。

「こちらとしても物騒な真似をする気はなかったが――」

 数分後、男性プレイヤーの方は先ほどの非礼を詫びる。土下座等ではなく、普通に謝罪だけである。

食べ終わるまでには色々と良い争いもあったが、店員が止める様子はなかった。むしろ、ARゲーム専用スペースで食事をしていたのが裏目に出たかもしれない。

ARゲーム専用スペースはゲーセン内でも不可侵領域としており、店員達も破壊行為等の実害が出ない限りは手を出せないのが仕様と言うべきか。

これもARゲーム上のガイドラインに定められているのも、ゲーセンがARゲームを積極的に導入できない事情だろう。

いくら人気の作品でも、事前の評判が悪ければ導入を控える。いくらプレイヤーが導入を希望しても、店側はトラブル防止の為に導入しないと言うかもしれない。

これが、ARゲーム専門のゲーセン以外、アミューズメント施設や中規模ゲーセン等でARゲームを導入しない理由でもあった。



 夕張の騒動から数分後の午前12時20分、食事を終えた山口が自転車を自転車置き場に置き、再びゲーセンの自動ドアを開ける。

「お前は――」

 山口の目の前にいた人物、それは意外な事にインナースーツ姿の加賀ミヅキだった。

「山口飛龍、超有名アイドルの様な勢力は撤退したが、ミュージックオブスパーダは――また新たな危機を迎えている」

 加賀の言おうとしている事に関して、大体の予想は出来ている。

しかし、今は山口に復帰をしようという気力があるかと言われると……。



 8月4日午前12時20分、ゲーセンの自動ドアが開いて数メートル歩いた辺りで加賀ミヅキと遭遇した山口飛龍――。

「山口飛龍、超有名アイドルの様な勢力は撤退したが、ミュージックオブスパーダは――また新たな危機を迎えている」

 加賀はインナースーツ姿で、おそらくはARゲームをプレイして帰る、あるいは別のゲームコーナーへ移動する辺りだったのだろうか。

「新たな、危機?」

 しかし、今の山口にはSOFへのエントリーも含め、ミュージックオブスパーダに参戦する余裕はない。話だけでも聞く事にするが、それを聞き入れるかどうかは別の話だ。

「超有名アイドルの芸能事務所が、本気で――」

 加賀が何かを言おうとした矢先、山口のタブレット端末からメール受信音が鳴る。それに気付いた山口は鞄からタブレット端末を取り出し、メールの中身を確認するのだが……。

「これは――?」

 山口の驚きに加賀は何が起こったのか理解できずにいた。さすがに個人のメールと言う事で、タブレット端末をのぞく訳にはいかない。

「こちらも、か」

 加賀の方もARガジェットのアラームが鳴っているのだが、マナーモードと言う事もあって気づくのが遅かったらしい。

「運営が手を打ったにしては、早すぎる。一体、何が起こったのか?」

 情報を確認するにしても、この場では人が多すぎる。そう判断した加賀は一度ゲーセンから退店する事にした。厳密には駐車場近辺まで移動するだけだが。



 人の少ない駐車場近辺まで歩いてきた加賀は、改めてARガジェットで今回の情報をチェックし始める。

《まとめサイト大手、超有名アイドルの所属する芸能事務所と密約が存在した事が発覚。超有名アイドルの政治進出、世界征服への第一歩か?》

 その情報ソースはつぶやきサイト上だった。しかも、この手の情報は奏歌市では閲覧不可のはずが、何故か閲覧できる。

「ニュースサイトでもこのニュースがトップ記事になっている。やはり、まとめサイトが主導になって超有名アイドル信者を増やしていたのは紛れもない事実だったのか」

 さすがの加賀も今回の一件は焦りを感じている。世界線やアカシックレコード上だけの事例が、現実で起こった事には自分でなくても焦るのは無理もない。

それに加え、ネット上ではいわゆるまとめサイトに所属するようなサイトやつぶやきアカウント、釣りアカウントが魔女狩りの如く差し押さえ、更にはそれに関わったアイドルメンバーも逮捕された。

この状況は大混乱を呼ぶような物であり、大規模な破壊行為に近い物と加賀は考えた。まさにネット上で大漁破壊兵器に類する者が使われた――と言っても過言ではない。

「そのニュースに慌てると言う事は、アレが使われたと思っているのか――加賀ミヅキ?」

 想定外は、ここでも発生した。加賀の目の前に姿を見せた人物、それは南雲蒼龍だったのだ。

しかも、外見は野球帽をかぶっており、軽めの服装と言う事で加賀が認識できなかったのも無理はない。

「南雲、お前は何が起こったのか知っているのか?」

「向こうの方で『こちらへ干渉する』つぶやきに該当する事案が発生した――と言うべきか。メタ的な発言をするとすれば、そう言う事だ」

「干渉する事案――アカシックレコード内の記事がつぶやきサイトへ流れたと言うのか?」

「アカシックレコードとは違う。しかし、それに類する力を持った人物が事案に対して懸念を持ち、魔女狩りを始めたと言うべきだろう」

「アカシックレコードに類する力――神の力だと言うのか?」

 加賀には南雲の言うアカシックレコードに類する力が神の力と言うのだが、加賀はそれを認めようとはしない。

「過去に起こった事案、それらはアカシックレコードの警告を無視した事によって起こった事件だ。超有名アイドル信者によるまとめサイトを悪用した印象操作は」

「まとめサイトが超有名アイドル信者と絡んでいる事は、バウンティハンターとして行動している時から感じていた! だからこそ、そうした印象操作や火事場泥棒、タダ乗り勢力をせん滅しようと考えたのだ!」

「加賀ミヅキ、お前はネット炎上をネット世界における大規模破壊行為や戦争、デスゲームと勘違いしているのか?」

 2人の話が続く中、南雲のある単語が加賀にARガジェットを展開させる事案を発生させた。そのガジェットは、レールガン系の新型ガジェットである。

「それは違う! ネット炎上は――ありとあらゆる世界での紛争は根絶しなくてはいけない! それは、超有名アイドルがCDランキングを独占するようなことであっても」

 加賀はネット炎上という単語に過剰反応しているのだろうか。南雲は更に説得をしようとするのだが、彼の発言は加賀を煽るだけで、全く耳には届いていない。

「そうか――ありとあらゆるものに上下関係があると言う事、それが争いの原因になるなら――ランキング精度を法律で禁止にすればいい! 人の命を奪う様な事案は全ての世界で不可能にすれば――」

 そして、加賀はARガジェットのトリガーを引くのだが、セーフティーの影響でレールガンが火を吹く事はなかった。南雲は、それを百も承知であえて引き金を引かせたのか。

「アカシックレコードに依存した事による代償――そう言う事か。おそらく、大和杏も……」

 南雲には分かっていた。アカシックレコードへの依存、それはつぶやきサイト依存等と同じように一種のウイルスみたいな物なのではないか、と。

そして、自分が本当にミュージックオブスパーダで目指そうとしていた物――それは単純に『反抗勢力の根絶』を大量破壊兵器ではなく、ARゲームで行おうと言う物であってはいけない、と。

「人は過ちを繰り返し、それがループする――アカシックレコードのループ、長寿アニメの時間が経過しない時空は認めたくない。あれを認めれば、人はいずれ――」

 今回の加賀の一件に関しては、特殊案件としてガイドライン違反に問われる事は特になかった。加賀自身にも自覚がないという訳ではなく、南雲が特例を認めた訳でもない。



 午前12時30分、加賀が改めてゲーセン内へ戻り、山口と合流する。その表情は、先ほどの動揺とは打って変わった物である。

「何があった?」

「別に、何もない」

「そうか」

「何を聞こうとしていた?」

「こちらも特に聞こうとは思わない。既に自己完結している」

 山口の問いにも答えることはなく、それを追求する事はなかった。逆に加賀の方も、山口から何か聞こうと考えていない。

「それならいい。音楽ゲームをプレイする為にゲーセンへ来たのではないのか?」

 加賀の言葉にも変化が見え始めている。まるでチョロインを思わせるが、山口の方は特に気づくことはなかった。

「??」

 加賀の姿を発見し、驚いたのは途中で合流した長門未来である。

「加賀ミヅキ、あなたどうして?」

 ここで長門は加賀だとようやく気付く。ツンデレ化したのではなく、普通に気づかなかったようだ。表情が今までの物と違うのも、誤認した原因だろうか。

「とりあえず、3人で再開するか」

 山口は長門と加賀を連れ、1階の音ゲースペースへと移動を始めた。山口も若干強引だったが、それを見て加賀の方はくすりと笑う。

「そうだな。音楽ゲームは、本来であれば何も考えずに楽しむのが一番だ」

 加賀の方も乗り気らしい。チョロインだったかどうかは別として。



 8月4日午前11時、山口飛龍たちのいるゲーセンとは別エリア、谷塚駅近くのARゲームの大規模アンテナショップがオープンを迎えていた。

複数のARゲームが常時プレイ可能、アンテナショップ、フードコートも完備という大規模ショップが埼玉県に出来ると言うだけでもビッグニュースである。

実際、埼玉県内ではさいたま市や春日部市等の規模が若干大きい所まで遠出をしないと大規模ショップはなかった。

それがオープンすると言う事もあり、大勢のお客が詰めかけている。行列は300人を越えるが、土曜と言う事で更に増える可能性もある。

「今回は、ARゲームアミューズメントのオープンに足を運んでいただき、まことにありがとうございます」

 オープンの挨拶をしている人物は、遊戯都市奏歌のスタッフである。それ以外にも来賓の姿を確認出来るが、ネームドランカー等の有名人は不在だった。

その理由に関して、ネット上では――。

【ランカー勢の姿も見えなければ、有名所のスタッフもいない】

【ARゲーム会社のスタッフは確認出来るが、南雲のようなメンバーは来ていないな】

【この大規模ショップ、もしかすると遊戯都市側のゴリ押しか?】

【遊戯都市のゴリ押しであれば、もっとお堅い人物が来賓にいるはず。それがないという事は――】

【とにかく、このエリアで大規模ショップが出来たのは大きい。去年の騒動が影響しているのか?】

【ネット上ではARパルクールのロケテストと言われている、あの騒動か?】

【どちらにしても真相は不明。一応、ロケテストと言う事で片づけられたようだが、超有名アイドル商法の過剰展開に対する警告とも言われているようだな】

 ネット上のつぶやきでは、今回のオープンに連動するかのように釣りサイトへの誘導を目的としたつぶやきも確認され、このようなつぶやきを行った人物のアカウントが凍結される騒ぎになった。

しかし、こうした動きはニュースで報道される事はなかったと言う。視聴率が取れそうな話題として超有名アイドルの熱愛報道があった為と言われているが……。



 同日午前11時30分、店舗内の様子を見ていたのは私服姿の大和杏だった。ここへ来た理由はARガジェットの修復であり、既にガレージへ通じる裏口からガジェットの方を引き渡し済だ。

「大規模ショップと言う割には、置かれている種類にバラツキがあるように――」

 大和はフードコートでドーナツと微炭酸コーラをテーブルに置き、タブレット端末でアンテナショップを含めた店舗の地図を眺めていた。

ガジェットの修復にこの場所を指定したのは、前回に立ち寄ったアンテナショップの推薦状があった為。これがなければ、足立区内の大規模ショップまで移動する所である。

自宅から今回の大規模ショップまでの距離はガジェットを使って5分弱、自転車でも10分程度と短距離なのも大きい。足立区内のショップだった場合は、その2倍だろう。

「ARガジェットの中には、開発中にトラブルを起こした物、人気が出なかった物、ライセンス関係の諸事情でカスタマイズ限定と言う物もある。通販限定も拍車をかけているが、それ以上に――」

 大和が考えている別事情とは、ARガジェットの転売屋問題である。一時期は駆逐されたともホームページで宣言されたが、新たな手口も確認されていた。

やはり、手っ取り早く稼ぐという事でも転売屋は消えないのだろうか。それでも、ARガジェットに関しては新品を求める動きが多く、システムの複雑化もあってオークションサイトでは手を出さない商品に名前が上がるほどだ。

「ARガジェットの場合は様々な対策、システムの細かなアップデート等も転売屋を悩ませる問題として挙げられる。手っ取り早く稼ぐなら、人気アニメやゲームのグッズを狙うのは世の常だ」

 大和の隣でカレーうどんを置き、飲み物にはカレーポタージュ、更にはちくわ風パフェ。パフェの方は過去に大和も注文した物だ。

「誰かと思ったら、大淀か。一体、何のために来た?」

 隣の席に姿を見せたのは、大淀はるかである。彼女が、どのような経緯でアンテナショップへ足を運んだのかは不明だ。

「まさか、この店舗のカレーうどんがARゲームの大規模ショップで食べられるとは――」

 大和の話をスルーし、大淀はカレーうどんに手を付け始める。どうやら、朝食がまだらしい。

その一方で、大和はタブレット端末で情報を仕入れていた。しかし、何かアプリの様な物もダウンロードしている挙動も確認されている。

「そのアプリって、ゲーセンにある音楽ゲームの携帯版よね?」

 大淀は大和がダウンロードしていたアプリが、ゲーセンにも置かれているリズムゲームのアプリ版だと気付いた。

「アプリ独自の物でもよかったが、アーケードで稼働している物ならばプレイ経験もある。その方が都合のよい事も――」

 大和がプレイし始めたゲーム、それは山口たちがゲーセンで目撃したホッケーゲームに類似したリズムゲームのアプリ版だった。



 8月4日午前12時、フードコートが混雑し始め、ARゲームの方もお客が増えてきた気配がする。

こうなった事には理由があり、ARガジェットの説明が長かった。大体が5分~10分で済む場合もあるが、長いと15分はかかる。

しかも、今回はオープン初日と言う事でエントリーしようと考えていた新規プレイヤーが大量に現れたのも理由の一つだろう。

「お昼を先に食べて正解だったのか、あるいは――」

 混雑状況を見ていたのは大淀はるかで、今の彼女はチーズバーガーを手にしている。ベンチで買っておいたファストフードに手をつけているのだろう。

大淀を目撃し、スマホで撮影を試みようと言う人物もいたのだが、何故かスマホのカメラ機能が動かないという状態になり、撮影をしようとしていた人物は疑問に思った。

しかし、その理由はすぐに判明する事になる。しばらくして、スマホの画面にエラーメッセージが表示され、起動不可能の状態となったのである。



 このショップ内では機密に関係するような物も展示されている関係上、スマホを含めての写真撮影は一部エリア以外では不可となっている。

それに加えて下手に盗撮でもしようと言うのであれば、アキバガーディアンが駆けつける可能性は高いだろう。

つまり、このショップ内ではマスコミであろうとテレビカメラであろうと撮影不可能――。そこまで守ろうと言う機密があるのかと言われると、大淀にも疑問符が浮かぶ。

「アンテナショップでも撮影不可だったな。確か――」

 引き続きスマートフォンで情報を収集する大淀、彼女の目的はアンテナショップ内の機密情報を見つける事にあった。

機密情報の正体に関しては、ネット上でも曖昧すぎて特定されていない。一説によると、ファン以外にはどうでもいい情報と言う事らしいのだが――。

「ホームページでも、それらしい情報はない。一体、何があるというのか?」

 チーズバーガーの次はヤキソババーガーを食べ、手早くホームページの方をチェックする。しかし、サイト上に機密情報を置くようなことは――。

「!?」

 思わず、声にならないような声を上げた大淀、ホームページ上に注意事項として……。

《機密データの撮影に関する注意》

 別の意味でも想定外の事だった。『灯台もと暗し』とはよく言った物である。

《ARアミューズメントでは、純粋にゲームを楽しんでもらう為にも一部の機密エリア含む撮影をご遠慮いただいております》

 前置きにしては、引っ掛かる部分がある。アカシックレコードの技術を機密データとして仮定するならば、既に広まり過ぎている気配もある。

このような注意書きを書く以上は、アカシックレコード以外の何かが使われているのだろう。

注意書きに関しては、撮影禁止以外にも、該当エリアでの破壊行為等も禁止していた。

細かい部分まで記述されていたが、純粋にゲームを楽しめなくなるので、禁止項目に関しては行わないでほしい、と言う事である。

ゲームのジャンルによってはネタバレを禁止しているゲームも存在し、一部の音楽ゲームではシナリオモードのネタバレをネット上にアップしないでほしいとも告知した作品もある位だ。

「純粋に楽しもうと言う勢力にとって、ネタバレや外部ツールでのプレイ、転売行為等で営業妨害をするのは――ARゲーム勢にとっても最大の敵となる」

 大淀はARアミューズメントの各所にある監視カメラ、謎のブラックボックスを確認しながら、注意書きをチェックしていた。

注意書きにはブラックボックスに関しての記載がない。この周囲が撮影禁止エリアなのは先ほどの盗撮をしようとした人物の行動からすれば、予測は出来る。

【機密とは目に見える物だけとは限らない。アカシックレコードの情報、ARゲームのシステム……そう言った物が軍事転用されれば、どうなるかは想像できるだろう】

 大淀が見つけたつぶやき、それは南雲蒼龍がつぶやいたかのような口調で書かれていた。

しかし、それがなりすましである事を大淀は把握している。その理由の一つが、アカシックレコードに触れた人物。

大淀もアカシックレコードを利用した特殊技術を使用しており、大和杏のアガートラーム、加賀ミヅキのバウンティハンターシステムも該当する。

それらの技術は超有名アイドル信者やチートプレイヤーに関して絶大な威力を発揮し、ファンタジーにおけるドラゴンキラーとも言える技術だ。

これ以外にも使用されている形跡は特になく、山口飛龍等が使用していたゴッドランカーはアカシックレコードの技術なのは間違いないが、アガートラームの様な威力ではない。

「そう言う事ね。アカシックレコードがチート勢や超有名アイドル信者として変換している仮想敵の正体は――」

 しかし、これを知ると言う事はARゲームの存在理由やARゲームの根幹にも関わる。そして、後戻りはできなくなるだろう。

「これを知った所で、今の状況を覆せるとは考えにくい。そして、それをひっくり返すという事は超有名アイドルと言う概念を全ての世界から消し去ることと同義――」

 大淀が弾きだした答え、仮想敵を知った段階でARゲームの世界は現実を侵食し、ゲームと現実が入れ替わる危険性もある。それを止める事、それが大淀の考えた結論だった。



 8月4日午後1時、あるARゲームの一角が盛り上がっていた。場所は1階の最奥エリアに近い。

「あの人物は、もしかして――」

 人混みが気になっていた大和杏、彼女が人混みの奥を見てみると、そこには上からノーツが降ってくる形式の音ゲーをプレイする女性の姿があった。

システムとしては一昔前から存在する定番だが、彼女がプレイに使用しているのはARガジェットである。しかも、この音ゲー専用で売られていた旧式タイプ。

このタイプのARガジェットは今も生産もされているのだが、他の音楽ゲームで使用出来るハイブリッドタイプがメインであり、彼女が使っているような特化型は物が少ない。

しかし、このシステムでARゲーム化した理由に関しては不明である。

ARガジェットを必要のタイプにして省スペース化を図った――と強引に結び付けられそうだが、プレイスペース的な部分で違うだろう。

その他にもメンテ的な部分をARガジェット専用とする事で、筺体クラッシャー等が減るのではないか――という説もあった。

「やっぱり、あの人か」

 大和は後ろ姿しか見ていなかったが、彼女が夕張あすかである事を認識した。他にも夕張だと考えているギャラリーもいたが……。



 同時刻、山口飛龍たちのいるゲーセンには夕張の姿はなかった。長門未来は様々な場所を探したのだが、結局は発見できずじまい。

「もう帰った――という訳でもないと思うけど」

 長門は夕張に用事があると言う訳ではないのだが、彼女のプレイは参考になるのでもう少しプレイしている様子を見ていたかった。

「そう言えば、谷塚の方に大型ショップが出来たという話があったような」

 長門はタブレット端末を取り出し、ネットサーフィンをする。そして、ARゲームの大型ショップが本日オープンである事を知る。

「さすがに往復するのも時間がかかりそうだし、それに初日と言う事で混雑している可能性が大きい――」

 結局、山口たちを待たせるのも……という事で、長門は大型ショップへ行くのをあきらめる。



 同日1時10分、普段とは違う姿で大型ショップへ足を踏み入れた人物、それは意外な事に南雲蒼龍である。

通常と服装が異なる為か、周囲からは南雲とは見破られていないのも現実である。別のゲーセンを遠征していた事もあって、若干疲れ気味にも見えるのだが。

「こちらの運営はノータッチだが、ここまでの物を仕上げるとは予想外だ。しかし、奏歌市だけの財力とは思えない」

 南雲は実用性重視の建物デザイン、ARゲームの展示やプレイコーナー、それ以外にも多数のアーカイブ――これだけの物を揃えられる資金源は何処から出ているのか?

しかし、超有名アイドルの投資家や信者が投資するとは思えない。

それは奏歌市が超有名アイドルのディストピアとなっている市町村の同様計画を反面教師と考え、そうした勢力とは組まないと町おこしの際に発表していたのだ。

それを手のひら返しすれば、今度はARゲーム開発者等を裏切る事になるのは逆効果だ。この辺りは奏歌市も草加市も板挟みを受けている。

「どちらにしても、アカシックレコードを何らかの形で手に入れた人物が背後にいるのは間違いないだろう」

 南雲は、今回のオープンには第3者と言えるような勢力が関与していると考える。しかし、アカシックレコードに断片的に触れただけでもかなりの数がいる為か、絞り込めないのが現状だろう。

【これだけの施設を作り上げたのは――】

【超有名アイドル以外に考えられる勢力も、関与を否定しているつぶやきが多い】

【一体、誰が何のために出資したのか?】

【アカシックレコードの核心を誰かに解かせる為に――というのは考え過ぎか】

 つぶやきサイト上でも、それらしい記述はある物の真相に関しては不明のままだ。

つぶやきを下手に信じ、拡散すれば超有名アイドル信者が起こした事件の繰り返しになる――と思ったのだろう。

一部の暴走したファンの影響で風評被害を受けることは、一連の脅迫事件からも学んでおり、それによって黒歴史化したアイドルは数知れないからだ。



 ミュージックオブスパーダの誕生経緯、表向きには『ARゲームと音楽ゲームの融合』的な事が書かれているニュースサイトが多い。

しかし、いつからARゲームと音楽ゲームを融合させたゲームが1作品だけだと錯覚していたのだろうか。

大型ショップ等でプレイできるARリズムゲームも、まごう事なきARゲームである。

単純な事を言えば、現在稼働しているARリズムゲームはARゲームではないとニュースサイトが言っているのと同じだ。

一方で、これらのARゲームは従来の音楽ゲーム筺体をスリム化させただけと言う識者も存在し、こうした議論はネット上でも見かける。



 こうした議論が展開される事態は、決して悪い事ではない。しかし、こうした議論さえも封じてしまう存在も確認されている。

アキバガーディアンの少数勢力――それも以前に拘束されたはずの人物、メビウス提督だ。それ以外にも、3次元アイドルの夢小説を書いている勢力もカウントされるだろうか。

「メビウス提督は釈放されたようだが、その後の足取りは不明。それに、夢小説勢は――」

 谷塚市内のARガジェットショップを偵察しつつ、鉄血のビスマルクは何かを探していた。

「真犯人捜しは振り出しに戻り、再びARゲームには論争と言う名のバトルが始まる。アカシックレコードの筋書きとは異なるが――」

 そのビスマルクの目の前に現れたのは、ARインナースーツとは若干異なるようなデザインのSFスーツを着ていた人物だ。しかも、素顔はバイザーの影響で見えない。

「全ては遊戯都市の筋書き通りとでも言いたいのか? それとも、日本政府か? あるいは超有名アイドルの支配が――」

 ビスマルクは若干の歯ぎしりをしながらの発言、そこには周囲に遊ばれているという事に対しての怒りも込められているのだろうか。

「そこまで言う必要性はない。ARゲームは軍事に利用されるような――?」

 SFスーツの人物は、周囲に何者かの視線を感じ、ビスマルクに場所を変えて話すとARガジェットのショートメールに送信する。

メッセージを受け取ったビスマルクも、目の前の人物と同様に尾行されている雰囲気は感じていた。

そして、二人は場所を変えて話す事にした。その場所は、何とオープンしたばかりの大型ショップである。



 8月4日午後2時、ビスマルクは入り口付近でしばらく待つようにと指示を受けた。

SFスーツの人物が待てと言ったのだが、それ以外にも混雑的な意味でもスタッフに制止されたのもある。

「キャパは2000人オーバーと聞いていたが――」

 ビスマルクはタブレット端末を取り出し、ARアミューズメントのホームページをチェックする。そこには、キャパシティ3000人と言う記述もあった。

「3000人規模のキャパは、それこそ北千住等の都心部のARゲーム専門店に限定される。ここでは、1000人~2000人が限界だろう」

 姿を見せたのは、ビスマルクも驚くような人物だった。この素顔を見せた状態でビスマルクに会うのは初めてではないが――。

「明石春、今更になって何を……」

 明石春、イースポーツではスカイエッジと呼ばれる有名人でもある。その彼女が、何を話そうと言うのか?



 ビスマルクと明石が入店したのは、南口と呼ばれるエリア。そこでは北口と違い、FPS系やロードサーフィンと言ったような変わり種ガジェットも展示されている。

ARゲームとしてはFPS、TPS、シューティング系が比較的に多く展示されており、3階までのエレベーターも設置されていた。

このアミューズメントショップは3階構造で、地下駐車場の様な物はない。あくまでも自動車は近くにある有料駐車場に止める形になっているらしい。

その為、基本的にARアミューズメントは電車や自転車で行くというのがメインになる。中には、ARガジェットで移動する人もいるのだが。

「あそこで話をしよう」

 明石が指差す場所、そこはゲームコーナーではなくフードコートである。それも、スイーツメインの。



 入店から5分後、ビスマルクは目の前に姿を見せたスイーツに対し、驚きのリアクションをする。

「これ、スイーツなの?」

 目の前に置かれたのは、明石が注文したスイーツだった。お任せとは言ったのだが、見た目はどう考えても……。

「これは、たこ焼きのチョコ版とも言うべき物、チョコ焼きよ」

 チョコ焼き、文字通りのたこ焼きのたこをチョコにした見た目である。

しかし、青のりではなくクッキーチップ、ソースはチョコ、生地はホットケーキミックス風味……見た目に惑わされてはいけないタイプだろうか。

「お前が頼んだ物、そちらは何だ?」

「これ? これはチョコレートパフェちくわ風よ」

 ビスマルクは、更に明石の頼んだパフェに関しても質問してきた。そして、ストレートな回答をするのだが、ビスマルクは困惑をしている。

「ちくわ風? ちくわっておでんのちくわ……」

「そのちくわだけど、本物ではなくチョコスティックよ」

「それもチョコなのか?」

「ここはチョコ専門のスイーツ店だけど、コラボカフェでもあるのよ」

 掴みというつもりで注文したスイーツだが、逆にビスマルクを混乱させるだけになっている気配がした。

「お前が話したい事とは、このスイーツとは違う――」

「こちらは、あくまでも掴み。本筋は、これよ」

 明石がタブレット端末でビスマルクに見せた物、それはアカシックレコードである。しかし、その内容は様々な部分で加筆修正がされていた。

「どういう事だ? 2次元アニメからのアイドルユニットが――あの音楽番組に出るのか?」

 ビスマルクは、目の前に書かれていた記事を見て、率直に驚くしかなかった。

それもそのはず、超有名アイドルの宣伝番組として揶揄される事の多い、あの音楽番組にアニメ作品から飛び出したアイドルグループが出演する事になったからである。



 8月4日午後2時、山口飛龍たちのいるゲーセン、そこでは予想外の人物が姿を見せたのである。

「山口飛龍、君に話がある」

 そう切り出したのは、私服とは違ったチョッキを着たDJイナズマである。腰にはDJのターンテーブルを思わせるデザインの銃型ガジェットがマウントされていた。



 ARゲームコーナーから少し離れ、フードコート近辺。そこでイナズマは山口にタブレット端末を見せる。

「これは……本当の事なのか?」

 山口も開口一番は驚きの声である。イナズマが見せた記事、それは別所でも話題になっている音楽番組の記事。

内容は、2次元アイドルが音楽番組に出演すると言う物――明石春がビスマルクに見せた記事と全く同じである。

唯一違うのは、イナズマが開いたサイトと明石が開いたサイトでは記事の扱い方に違いがあった位だろう。

「これが虚偽の記事や釣り系列、ましてや嘘ニュースの類を偽装した物ではないのは確認している。テレビ局の放送予定にも書かれている以上、確定と見ていい」

「しかし、これを、どうして?」

「この記事はお前にとっても無関係とは言い難い記事だ。出演アーティスト、そこに答えがある」

「まさか――!?」

 山口とも無関係とは言えない理由、それは超有名アイドルユニットが出演する事だった。しかも、例のコンテスト絡みである。

過去に山口は、このコンテストで表彰された事もあった。これがきっかけとなり、超有名アイドル信者が敵対、更には襲撃と言う展開を呼ぶ。

その後は――ランカー事変を起こすきっかけとなった事件だけに、ネット上では賛否両論。反超有名アイドル勢力は脅迫状と言う古典的な手段を使ってても、報復をしている位だ。

このような事をすれば、日本のコンテンツレベルが疑われる。それだけは避けなくては――という事で一種の信者による暴走などを止める為に組織されたのが、アキバガーディアンである。

そのアキバガーディアンも、作られたきっかけとしては別の理由であり、信者の暴走に歯止めをかける事に関しては二の次だが。

「その、まさかとしたら……どう動く?」

 イナズマが今回の記事を山口に見せようと考えたのは、別の理由もある。彼がミュージックオブスパーダへ復帰してもらわないと困る事態になっていたからだ。

「超有名アイドル信者及びアイドル投資家、それに政治家が裏で手を組んで超有名アイドルコンテンツによる全世界掌握を考えていたとしたら――」

 山口が簡単な発言で流される事がない――というのは、既に何度かの事例で分かっている。その上で、イナズマは無理を承知で彼に復帰を求めたのである。

「超有名アイドルが起こしたアイドルバブル。見せかけだけの経済効果――あれが全て出来レースだとしたら、どうする?」

 出来レースと言う言葉を聞いた山口は少しだけ表情を変化させる。しかし、それでも今の答えは変わらない。

南雲蒼龍と直接対決出来るチャンスは、これから先に巡ってくる可能性は――彼の近況を考えると非常に難しいだろう。

「今の自分では参加出来ない。おそらく、向こうも対策をしている以上は」

 山口の言う対策に関しては詳しく聞けなかったが、現状では復帰出来ないという回答なのは間違いない。



 もう一方で、同じような話をしていた人物がいた。明石と鉄血のビスマルクである。

「――今までの超有名アイドル絡みの経済効果、それが全て信者や一部投資家が作った筋書き通り――出来レースだったとしたら?」

 明石の話を聞き、さすがのビスマルクも落ち着いてはいられない。これが真実だとして、今まで黙殺されて来た理由が分からないからだ。

「出来レースだと? それこそ反超有名アイドル等の戯言――狂言ではないのか」

 ビスマルクは猛反発する。これに関しては明石の方も想定はしていた。

「黙殺されて来た事に関しては否定しない。こちらも向こうを黙らせる事が可能な証拠を掴めてなかったから」

 明石の方は反論に対しての開き直りではなく、正直に力不足だと認めた。

「証拠? アカシックレコードが証拠にはならないの?」

 ビスマルクの言う事も一理ある。アカシックレコード、先人たちの記録ならば証拠になりうるのでは……と。

しかし、これに関しては明石の方が疑問を持っていた。

「アカシックレコードは、証拠にはなりえない。それを利用した脅迫等が出来ないように、特別な細工がされている以上は」

 明石の口から出た一言、それはビスマルクにとっては衝撃の一言と言っても過言ではなかった。

「特別な細工――?」

 ビスマルクは何かを思い出したかのように、周囲に何かないかタブレット端末で探り始め、撮影不可とされるエリアをマップで発見する。

「ビスマルク、あなたは何に気付いたというの?」

 その質問にビスマルクが答えることはなく、そのまま席を外す。まだ残っているチョコ焼きはそのままテイクアウトするようだ。



 8月4日午後2時、大和杏はARゲームだけではなくアンテナショップも見て回っていた。

「他のショップでは発注になるような物も、ここには置いてあるのか」

 大和が見て驚いていたのは、アンテナショップではマイナー過ぎて置かれないガジェット達、その中でもマイナーと呼ばれる部類である。

最近ではARパルクールが新規プレイヤー開拓に全力を注いでいるが、それ以外のARガジェットを使ったゲームでも――。

「最近になってロケテストが行われたカートゲームの方は……さすがにないか」

 大和が気にしていたカートに関しては、ここにはないらしい。厳密には準備中という表現が正しいのだが。実際、該当のショップは準備中だったようだ。

それ以外にも見覚えのあるARゲームが置かれており、対戦格闘タイプ、ガンシューティング、更にはロボットバトル系もある。

「あのサイズのロボットをどのように置くかと思ったが、こういう形式か」

 ロボットバトル系は、30センチ位のロボットを操作してバトルと言うホビーアニメでよくある形式もあった。こちらは100万人規模で盛り上がっているタイプで、ARゲームに興味のないユーザーも巻き込んでの作品になっている。



 一方で、数メートル規模の巨大ロボットを動かしているような体験が出来る形式のタイプはがデモムービーが流れている。

「さすがに、あのタイプは秋葉原の店舗以外では置けないか」

 今やARゲームはジャンルにもよるが、日本全国を巻き込んでの一大ゲーム産業にまで発展しようとしている。

未成年の廃課金問題が超有名アイドル信者に叩かれているソーシャルゲームの方は、一部が衰退をしているが、健在のジャンルもあるようだ。

アナログゲームはTCGのような世界規模で人気のある作品以外は、マイナー層のみで盛り上げようと開き直っているジャンルも存在している。

【ARゲームでも、ゲーセンに置けないようなジャンルは……さすがに扱っていないか】

【試作版が話題になったバーチャルデートとか、アダルトゲームに転用できそうなシステムとか――】

【それ以外にも武器格闘はグロ系演出をカットしているという話だ】

【表現に関しては、自主規制とか家庭用ゲーム機のレーティングに合わせている可能性もあるだろう】

【果たして、本当にそうだろうか。ARゲームの技術が軍事転用を禁止しているのは、知っている通りだが――残虐演出をカットしている理由も、そこに関係しているのではないか?】

 つぶやきサイトでもARゲームに関するつぶやきが増え始めている。これもショップが増え始めている事による影響か?

しかし、ARゲームが本当に日本が薦める事の出来るコンテンツなのか、という事に対しては疑問を抱くケースが多い。

そうした意見はつぶやきが凍結される訳ではないのだが、信者等によって叩かれると言う展開が行われている。

結局、ARゲームでも超有名アイドルのような炎上商法が展開されてしまうのか?

「超有名アイドル商法が繰り返される事、それはコンテンツ産業としては信者商法を認めると言う事。狭いコミュニティの中だけで展開される商法、それはFX投資と変わりない」

 大和は、若干開き直ったような口調でアガートラームを見つめながらつぶやく。

「コンテンツ産業に投資は必要不可欠だ。しかし、悪意ある投資家は環境を荒らし――次第に自分達だけが儲かればいい、他の勢力は消えてなくなればいいと思うだろう」

 アカシックレコードを目撃し、その反動は大和にも現れていた。しかし、それでも彼女はアガートラームにもアカシックレコードにも依存しない――それが重要だと考える。

「共存共栄は理想論と笑う者もいる。それでも、一部の信者が悪意を持って暴走し、それがつぶやきの一言だけで世界滅亡させる――それを可能に仕様とした勢力こそが、超有名アイドル勢力であり――」

 それでも大和は悩み続けた。超有名アイドル勢力を根絶する事が正しいのか、説得して過ちを認めさせるという選択を選ぶべきなのか……。

「流血のシナリオを実現させず、ネットの情報だけで世界滅亡させる事が可能とする技術――そんなものはフィクションの世界だけだと、誰もが思った」

 そして、大和はアガートラームの拳を握る。それを周囲のギャラリーが目撃している事はない。彼女がいる所は、ARゲームのテストフィールド内だから。

「アカシックレコードの技術、それが2.5次元と言う新たな可能性を生み出し、この技術を軍事転用しようとする者――そうした勢力から、この技術を守る事こそ、今の自分に出来る唯一の……」

 大和は改めて決意し、アカシックレコードを悪用する勢力に対して徹底的に戦う事を改めて誓った。

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