第20話:ギャラリー乱入編

 西暦2018年7月14日、本選トライアルは山口飛龍の圧勝と言う事で幕を閉じる事になった。

彼が覚醒した力、ネット上ではハイパーモードやV-MAX等と呼ばれていたが、後にゴッドランカーモードと統一される。

ゴッドランカーモード、それは3速が限界のスピードを5速にまで上昇させ、更には発動時限定で判定が大幅に変化するまでは解析されているのだが――。

【ゴッドランカーモードに関しては謎が多い。あれだけのスピードに振り回されないか不安が残る】

【あのスピードは100メートルを10秒と言う様なクラスではない。別ゲームの例えでハイパーモードと言われているが】

【しかし、音楽ゲームでハイパーモード……更には楽曲に干渉して特殊BGMが流れるのは、どうなのだろうか】

【特殊BGMはハイパーモードの実装されているARゲームで全て共通だ】

【あの仕様は同様のシステムを使っていれば、搭載されていなければおかしいと――その段階でクレームをいれるユーザーもいる位だ】

【初心者救済用システムとも言われているが、あのスピードを初心者が扱えるはずもない】

【そして、上級者プレイヤーでも100%使えるプレイヤーは少ない。そこから付けられた名称が――】

 ネット上でもゴッドランカーモードの存在に関しては関知していたようだが、その仕様に関しては賛否両論である。

「ゴッドランカー、この域に到達した人物が4人――」

 つぶやきの流れをタブレット端末で確認しながら、動画を見ていたのは私服姿の信濃リンだった。

彼女は残念ながら予選落ちだったのだが、今を思えば予選落ちの方が逆によかったのかもしれないと安堵している。

その理由はゴッドランカーモードを解放した4人の人物が、スコア的にも上位ランカーと言っても過言ではないメンバーだったからだ。

「山口飛龍、大和杏、長門未来に――南雲蒼龍の4人」

 信濃が見ていた動画には、長門未来が相手のプレイヤーを凌駕するようなスピードで楽曲を演奏していく姿が映し出されている。

そのスピードは、相手の方がスローモーションに見える位のスピード差があった。しかし、スコアのカウント速度が両者とも違ったとしても、楽曲の速度に関しては全く同じだった。

どうやら、ゴッドランカーモードはスピードが上昇しても曲が早送りになるようなことはないらしい。

ミュージックオブスパーダはスピード勝負のレースゲームやアクションゲームでもない。あくまでも、音楽ゲームである。

音楽ゲームの場合、スピードが影響するのは流れてくるノーツの速度位だ。このスピードは基本的に調整できない作品も多く、速度を1変えただけでも別世界になるゲームも存在していた。

「上位ランカーには簡単な譜面のノーツがスローに見えると言う逸話もあるらしいが――」

 音楽ゲームでは、上級者は難易度の高い譜面しかプレイしないとネット上で言われ続け、こうした事情があって初心者が入りづらい環境になっていると言う。

有名ライセンス曲を追加したとしても、ユーザーの増加がスマホ系の音楽ゲームに取られたりしているのは……別の事情もあるのかもしれない。



 同日午後1時、損傷したARガジェットで複数のプレイヤーを相手にしていたのはバウンティハンターだった。

ハンターの存在も過去の物となり、今となっては超有名アイドルファンにとっての死神というポジションに落ち着いている。

現在のバウンティハンターは一次期の流行で増えた100人以上を大幅に下回り、今となってはファーストバウンティハンターと呼ばれた加賀ミヅキのみ。

「お前達はコンテンツ流通に――疑問を持たないのか―」

 バウンティハンターのボイスチェンジャーも破損し、所々で加賀の声も混ざる。彼女が相手にしているのは、超有名アイドルファンである。

「売れているアイドルこそが、一番人気。それが単純明快じゃないのか?」

 ファンの一人が言う事も、確かに一理あった。しかし、超有名アイドル商法と言うメッキをはがそうと戦ってきたはずのバウンティハンターも、数の暴力には勝てなかったのだ。

「そこまでして――お前達は平和だったジャンルにも戦火を広げ、超有名アイドル一色にしようと言うのか!」

 加賀の怒りは頂点に達しようとしていた。彼らの挑発に乗れば――逆にネットで炎上する事は避けられない。

「そんなボロボロの状態で、我々の新型外部ツールを使用した無人部隊に勝てると思っているのか?」

 加賀の目の前にいたARガジェットの軽装甲兵、それは何と無人AIと外部ツールを使用して生み出されたアバターだったのだ。

ソーシャルゲームの中には、プレイ時間短縮やレベル上げを楽にする目的だけで外部ツールをためらいなく使用するユーザーがいると言う。

今回の無人ARガジェットも同じだとは思いたくはないが、加賀の怒りは爆発寸前だ。

「お前達は、プレイ動画を見て満足するだけの勢力と変わりない。そのような勢力を――ARゲームの勢力が、許すはずがない!」

 加賀の振り下ろしたボロボロのブレード、それが無人のARガジェットを真っ二つ――その直後に消滅する。どうやら、このガジェット兵自体がCGのようである。

「このようなコンテンツ消費勢力が――超有名アイドル投資家の正体だったと言うのか」

 その後、加賀は力尽きたかのように倒れるのだが、ここで救急車が出るような展開にはならなかった。

仮に救急車でも出てきたというのであれば、それは一種の事件として拡散され、それこそARゲーム存続の危機である。

「加賀ミヅキ――何と哀れな」

 そのフィールドに乱入したのは、黒い重装甲ガジェットの人物、鉄血のビスマルクである。

「彼女はどうしましょうか?」

 ビスマルクに同行していたスタッフが加賀を回収、そのまま特殊装甲車へと運ぶ。どうやら、ARゲーム運営所属の車両らしい。

「疲れているのだろう。そのまま休憩所へ移動させるだけでいい」

 ビスマルクの一言を聞き、スタッフの方も驚く。これで疲れているだけなのか?

「ガジェットの方は損傷が激しいが、生命維持装置を初めとしたシステムは健在だ。それならば、特にこちらが手を貸すまでもない」

 彼女の真意は不明だが、ビスマルクの指示通りに近くの休憩所まで移動させる。

それから5分後、加賀が目を覚ます――と言うよりも、ガジェットの機能が回復し、復活したのである。

厳密に言えば、加賀は戦闘エリアで体力が0になり、特定エリアへリスポーンしたのと同じ感覚だろうか。



 更に2週間後の7月28日、本格的に第2期ガジェットが入荷し、ミュージックオブスパーダでも後期型のガジェットを運用するプレイヤーが増え始める。

第1期のガジェットでもプレイは可能であり、この辺りはプレイヤーの技術次第なのだが――システムとしては第2期の方が優秀なのは明白であり、乗り換えるユーザーが多いのも事実だった。

「まさか、第2期ガジェットの導入が早まるとは」

 山口飛龍は、シールドビットを使用するのは変わらない。しかし、それ以外にも折り畳み式スナイパーライフルもオプションで所有している。

「この状況を望んでいたのは、一体誰なのだろうか」

 アンテナショップでガジェットの整備をしている山口は、今回のスケジュールに対して疑問を持っていたのである。

果たして、今回のシステム変更は以前に指摘されていたセキュリティ関係の脆弱性だけなのか――と。



 ここで7月13日まで時間を少し巻き戻す。ライオンに似たようなデザインのバイザーを装着、重装甲のガジェット、更には強化したスピア型ガジェット『バルバトス』――。

『やはり、お前達の方が来たか』

 草加市の決勝会場Aに偽装したエリア、そこに姿を見せたのは超有名アイドルファンなのだが――見た目はアイドルファンに見えても、中身の方は違っていた。

彼らは俗に言うフラッシュモブと呼ばれる存在、それに加えて一部の投資家ファンのつぶやきに賛同したモブが集まったと言うべきだろうか。

「最初から会場は違っていたのか!」

「ミュージックオブスパーダの妨害を行い、超有名アイドルの人気アピールをするはずが――」

「まさか、他のエリアにも予選落ちしたランカーが潜んでいると言うのか!?」

 周囲のモブは目の前にいるのが上級ランカーの一人であるプルソンだと気付き、逃走の準備を始めている。

しかし、彼女がモブの群れを逃がすはずはなく、振り下ろしたスピアの一振りだけで半数以上のモブが吹き飛ばされる。

吹き飛ばされたモブは気絶、一部の生き残ったモブも抵抗をするのだが、プルソンには自分達が持っているガジェットが全く通じない。

「ARガジェットでなければアーマーには効果がないと聞いたのに――どうして効かない!?」

「何故だ――超有名アイドルに味方しただけで、ここまでの事になるのか?」

「まるで、一方的な無双展開じゃないのか」

 周囲のモブも不満を爆発させながらプルソンに抵抗、結局は他のモブと同様に武器は効力を発揮しない。

『お前達の使っているガジェット――それは正規品ではない。模造品や外部ツールを使用したチートでは、正規品に勝てるはずがないのは分からないのか?』

 プルソンの言う事は全く分からない。チートの方が最強のはずなのに、Web小説ではチートで無双するような話は数多くある。実際、アカシックレコードにもチートを題材にした作品もあった位だ。

それでもチートが全く効果を発揮しないのはどういう事なのか?

「まさか、貴様もアガートラームを――」

 ある男性モブがプルソンの持つARガジェットが強すぎる事に対し、一言つぶやくのだが――それが彼にとっての断末魔となった。

『アガートラームはワンオフガジェットだ。似たような機能のガジェットはあったとしても、あれと同じものは2つとない』

 その断末魔に対し、プルソンが返答をするのだが……それを彼が聞いているかどうかは不明だ。この人物も断末魔を上げた後は気絶をしたのだが。

フラッシュモブの大群を撃退したのは、わずか5分弱の出来事である。モブの大群は気絶しているだけであり、大量虐殺の類ではない。

『ARガジェットを用いてテロまがいの行動を起こせば、それは犯罪者と変わらなくなる――』

 プルソンはしばらくしてからメットを脱ぎ、周囲の光景を確かめていた。

「結局、どのジャンルでも悲劇は繰り返されるのか。自分が目立ちたいという欲望で動き、その結果がコンテンツ炎上を招くと言うのに」

 木曾あやね、それがプルソンの正体でもある。一応の目的は達成されたので、木曾の方は別の会場へと向かう事にした。



 再び7月28日に戻す。一連のスコアトライアルで起きたフラッシュモブの大量発生は、後に『ランカー事変』としてアカシックレコードに刻まれ、他の世界へも拡散する事になった。

「あの時と同じ悲劇を繰り返す事は、世論にARゲームの風評被害を広めてしまう事になる」

 別のフラッシュモブが発生した草加駅近辺に立ち寄っていた木曾は、そこでアンテナショップの告知を確認していた。

《ARガジェットニューバージョン、入荷》

 そこには各種ガジェットの入荷状況が書かれており、自分が目当てとしている作品のARガジェットはニューバージョンに変わっている事を確認し、木曾はショップへと入店した。



 アンテナショップ内、お客の数は50人強と言う具合だが、ガジェットの調整や修理等のサービスは30分待ちと言う状況で、本日中に終わるかも分からないという位の混雑具合になっている。

「あの時は、ARゲームが再び暗黒時代になるのでは――と思いましたよ」

 木曾と話をしていた男性スタッフも、思わず本音でつぶやく。この話は周囲に聞こえてはいないが、そのスタッフも似たような思いらしい。

自分のバイト先で取り扱っている物が実は大量破壊兵器だった――という風評被害が広まれば、政府もARゲームに関して規制法案を出すに違いないと考えているからだ。

「ARゲームのガイドラインでは大量破壊兵器への転用を禁止している以上、そうした事は絶対起こらないようになっているはずだが」

「ARゲームでも絶対と言うのはありません。想定外のトラブル、事故等は起こる時には起こってしまいます」

「それでも改善した結果、ガジェットのトラブルはリリース初期より減ったと聞く。それも、わずか数年の間で」

「私も、あの時の技術発展に関しては知っています。その時はARゲームの第一次ブームと言っていい状態――」

「今の状況が第二次ブームと言うには、ブレイクした経緯が異常にも見えるが」

 木曾とスタッフの話が続く中、荷物搬入カートに載せられたARガジェット『バルバトス』がガジェット置き場まで運ばれた。

形状は以前に受領された時とは異なり、デザインもスピアと言うには謎の形状になっており、複数のブレードで構成されている点だけが継承されており――。

「このガジェットはバージョンアップ対象外と言う事を、以前にも説明しましたが――」

 木曾の目的は、バルバトスのバージョンアップされた物を引き取りに来たのである。しかし、このガジェットはバージョンアップ対象外と宣告された物だった。

バージョンアップ対象外なのは、大和杏のアガートラームも該当する。向こうのバージョンアップ不可と経緯は異なるのだが……。

「ここまで調整してくれれば、後は自分で何とか出来る。このガジェット自体が異例すぎる物だからな」

 木曾がバルバトスの感触を確認し、想定通りのカスタマイズがされている事を確認した。



 時は7月10日までさかのぼる。場所は草加駅近辺にあるミュージックオブスパーダの運営ビル、

そこで事務処理を行っている南雲蒼龍、彼は決勝戦を12日に設定しようと考えていたのだが……。

「なるほど。12日だとイベントが被るのか」

 彼がチェックしていた物、それはフラッシュモブのサイトである。平日にミュージックオブスパーダのイベントをセッティングするのには、2つの理由があった。

その一つが、休日に被せると会場の確保が難しくなる事。これに関してはARゲームが抱える問題の一つであり、今後の課題だろう。

土日に大会をセッティングするARゲーム作品もあるのだが、思わぬ混雑を生む事になるのは過去のイベント記事が物語る。

もう一つは、フラッシュモブやアイドルファンのイベントやライブが土日に集中する事。これはミュージックオブスパーダを含めた音楽ゲームジャンルに該当する作品が抱える問題。

草加市及び奏歌市では野外イベントでテロ事件等の流血を伴う報復が行われる懸念、事件性が疑われる物に関しては申請を拒否している。

それ以外にもガイドラインに引っ掛かるものでなければ、町おこしの部分を含めて認めているのが現状だ。

実は、ARゲームに関しても大型のアミューズメント施設に常設している物でない限りは、空き地の使用許可を取っている。これに関してはネット上でも驚きの声があった。

「コスプレイベントと言っても、過激なコスプレイヤーが現れる可能性がある物などは弾かれる。日程が決まっているという事は、クリアしたという事か」

 南雲もフラッシュモブのイベント1つで過敏になるような……と思われていたが、参加事項を見て我が目を疑う記述があった。

「何だ、これは。音楽ゲームに対する当てつけか?」

 このイベントでは野外ライブも行われるのだが、そのセットリストが超有名アイドル楽曲オンリーなのである。

「本来であれば、奏歌市においての超有名アイドルの活動は禁止されている。本物が登場しない事をいい事に、ここまでやるとは」

 アイドル本人は来ないが楽曲は流す――このパターンを見て、南雲は過去にアカシックレコードで事例のあった案件を思い出していた。



 7月12日、草加市の空き地ではミュージックオブスパーダのイベント準備を行っていた。

本来であれば11日には完了しているはずだが、モニターの準備等で遅れていた。天気が小雨と言うのも理由の一つだろう。

「イベントを13日に設定し直しましたが、これで良いのですか?」

 背広姿の男性スタッフがガジェットフル装備の南雲に対し、確認を行う。小雨であればイベントを中止にする必要性は感じられないのだが――。

「12日は予備で設定していた物。搬入の必要がある物が増えた以上は、延期をするのもやむ得ないだろう」

 実際は搬入による延期ではないのだが、それでも何とかスタッフには目的を話したくない事情がある為、わざとらしい言い訳で乗り切ろうとしていた。

「確かに11日の段階でアップデートも入りましたし、その作業も必要ですね」

 言い訳に関しては嘘っぽいとスタッフも気づいていたが、ARガジェットのアップデートが11日に行われ、その周知徹底と言う意味でもイベント延期をメーカーが指示していた。

これに関して、ある意味でも南雲は助けられた。本来の目的を話せば、スタッフからは個人的な私闘と言われる可能性もある。

男性スタッフは別の作業もある為、他のエリアへと向かい始め、南雲のいる場所からは離れる。

「どちらにしても、スケジュールを早める必要性があったのは事実か。ランカー勢が次々と敗北したのが仇になった」

「しかし、それでもコンテンツ流通を正常化する為の第一歩としては必要な事。誰かが汚れ仕事だろうと受けなければ違法コンテンツが放置され続け、それらがコンテンツ流通を妨害してしまう」

 南雲としては、今回の行動は最終手段と考えていたが、大淀はるかを初めとしたランカー勢も動いている。それがスケジュールを早める結果となっていた。

彼の言う違法コンテンツとは、ARゲームガイドラインに従わない外部ツールや模造品ガジェット、無許可エリアでの違法ARゲーム運営等である。

どのジャンルでも違法コンテンツは存在し、それらを排除して正規品を流通させなければ……という考えに至るのは、何処の業界でも一緒だろう。

「あの同人小説の出所、おそらくはフラッシュモブが握っている」

 南雲の見ていたタブレット端末、小説サイトらしきものを見ているようだったが、そこには『ナマモノ』と言われるARゲームランカーを題材とした小説が掲載されていた。

過去にも実況者や歌い手、踊り手等と言ったようなジャンルでフジョシ勢力の作った小説で様々な風評被害が発生し、そこからコンテンツ業界では一次創作オンリーに特化するような動きが目立ち始める。

次第に二次創作は大幅に制限され、気が付けば異世界転生やファンタジーに代表されるWeb小説が成り代わったと言う。

しかし、こうしたコンテンツ流通が本当にあったかどうかは実際に確認された形跡はなく、夢小説勢やネット炎上勢による作り話とする説がつぶやきサイトでも言及されている。

「どちらにしても、手を打つべきか」

 更に南雲はタブレット端末で一部ランカーにメールを送り、そこでフラッシュモブ勢や夢小説等のネット炎上を考える勢力の掃討を指示した。

「音楽ゲームのイースポーツ化を進める為に、他ジャンルの掃討戦を行うとは――コンテンツ業界は、一部勢力に無双される時代が繰り返されると言うのだろうか」

 南雲は悩んでいた。これではマスコミ等とやっている事が同じであり、過去のアカシックレコードでも行われた事と同じなのではないか、と。



 7月13日午後1時、各地では超有名アイドルファンが襲撃しているという話がネット上で拡散していた。

【デマ情報じゃないのか?】

【第一、どのグループのファンか特定されていない地点で――】

【各地と言うが全国と限らない。九州や東北、関西では特に目撃情報がない】

【一体、この情報は何処から出ているのか?】

 他の地方では、意図的にどのアイドルファンであるかは消されており、この出来事が遊戯都市奏歌内限定である事も隠されていた。

つまり、この情報自体が日本全国を混乱させる為に何者かが拡散している情報なのである。

こうした手法はネットのまとめサイトや炎上系サイトで常套手段として利用されている物であり、その手のアフィリエイト長者が仕掛け人とも疑われた。

「仕掛人の特定は完了している。そちらを物理的に潰すのは簡単だが、せっかくの大会に水を指すのも気が引ける」

 何かの情報を握っていたのは、鉄血のビスマルクだった。彼女は本選には残ったが、その後のトーナメントで敗退している。

それからトーナメントに何かの意図を感じ始め、調べてみた所……思わぬ証拠を見つけたのだ。

【○○芸能事務所様】

 ビスマルクがデータ化していたメール、そこには超有名アイドルのライブを周知しようと言う市民団体が書いたとされる物。

しかし、その内容は一部が解析されておらず、穴あき状態に近い。その内容も【超大物】を【草加市】へ誘致し、他のコンテンツともタイアップをつなげようと言う部分まで。

「コンテンツの具体的分野が書かれていない以上、迂闊にARゲームで何か大きな事件を起こせば、それが逆風になる恐れもある」

 ビスマルクが下手にARガジェットを使ってアイドル投資家等を駆逐していけば、それを一般のつぶやきサイトユーザーがつぶやき、それが瞬時に拡散されるという手筈なのだろう。

しかし、一般人がARガジェットを手に入れられたとしても、ARガジェットにはつぶやきサイトにログインできるような機能はない。

アプリを実装すれば閲覧は可能だろうが、書き込みは非常時等を除いては不可となっている。それ程、不用意な書き込みで炎上する事をARゲーム運営側は懸念しているのだろう。

そこでビスマルクが考えたのは、ARガジェットではなく別の手段を利用する事だった。

「このメールを、送信すればOKか」

 手慣れた操作でメールを送ったのは、アキバガーディアンだった。それも、ARゲーム部署とは異なる部署にメールを送ったのである。



 同日午後1時10分、アキバガーディアンのコンテンツ総合部署、秋葉原のビルにオフィスを構え、その人数は100人規模に近い。

「このメールは?」

 男性スタッフが部署あてのメールを受信し、そのメールを同じ部署のスタッフにも見せる。その内容を見たスタッフは非常に驚いていたようだが――。

「この内容が事実であれば、悪質なコンテンツコントロールを誘導する物なのは間違いない。超有名アイドルは、金でコンテンツを買収するだけではなく、更なる地獄をコンテンツ業界で起こす気なのか?」

「コンテンツで戦争を起こすって、どういう事なのでしょうか」

「おそらく、一般人を超有名アイドルファン化させ、そこから大量の投資をさせる気だろう。資金をどのように使うかは……」

「まさか、資金を大量破壊兵器に?」

「それこそあり得ない話だ。日本ではARガジェットを大量破壊兵器へ転用する事は禁止している。それは、別のアカシックレコードにも書かれている事だ」

「大量破壊兵器でなくても、アイドルの歌で無血開城みたいな事は出来るかもしれません」

「どちらにしても、このような話が国連などに知れ渡れば――取り返しのつかない事になる」

 話の方は続くが、最初にメールを受け取り、その内容を見た男性にとっては異世界の話でもあった。

「一体、あのメールの内容でスタッフは何を感じ取ったのか」

 そのメールの中身はアキバガーディアン内でも秘密にされ、詳細が外部に公表される事はなかったと言う。

その内容はアカシックレコードでも曖昧に記されていたのだが、それを真実と思う人物は一般市民にはいない上に、市民団体なども作り話と却下するかもしれない。



 同日午後1時30分、アキバガーディアンは機動部隊を埼玉へ派遣する事を決定、炎上系ブログの管理人や該当サーバーを押収に成功する。

一連の逮捕はミュージックオブスパーダの運営に知られる前に処理を行い、マスコミに知られるような事もなかったと言う。

「一部のつぶやきサイトで騒がしくなる可能性はあるが、マスコミが奏歌市のネタつぶやきを鵜呑みにするとは思えない」

 ビスマルクは勝利を確信し、小言をつぶやく。ネタのつぶやきを鵜呑みにし、炎上系サイトが予想外とも言える自滅をするのはアカシックレコード内でも事例が多い。

こうした過去の実例を踏まえた上で、ビスマルクは周囲に知られる事なく超有名アイドル勢をシャットアウトしたのである。



 しかし、これに漏れたフラッシュモブは暴れまわり、その結果が木曾あやねや大淀はるか、加賀ミヅキに回ってきたのだが……。

「一体、何がどうなっている?」

「我々以外にも百万のファンが駆けつけたという話だが――」

 一部の超有名アイドルファンも、この状況を呑み込めずにいる。一般人の乱入者も中には混ざっているが、こちらも状況を理解できていない。

「あなた達は、踏み込んではいけない領域に来てしまった。それが、最大の敗因よ」

 通常装備とは異なる重装甲、いわゆるフルアーマー装備の大淀がフラッシュモブを次々とプラズマネットで気絶させていく。

ネット以外にも、スタンガン、ショットガン、連装リニアレールガン等の様な武装も装備しており、それらで次々とモブを気絶させて言っているのが現状である。

「ARゲームって敷居が高い物だったのか」

「信じられない。このチートガジェットを使えばだれでも勝てるって――」

「ARゲームは夢小説勢があっさりと二次創作小説でランクインするように簡単には――」

 さまざまな断末魔をあげて気絶するフラッシュモブ。大淀の使用している武装はミュージックオブスパーダ用ではなく、別のFPSで使用するガジェットである。

このガジェットを使用した理由として、今回襲撃してくる勢力が持っているARガジェットがこちらに該当するという情報がもたらされたからなのだが。

「何もかもが出来過ぎている。やはり、誰もがネットの発言を鵜呑みにし、ソースを確認しないで行動したのが発端か」

 大淀も自分の発言が曲解し、今回のフラッシュモブを呼び込むような事態になった事は分かっていた。それがミュージックオブスパーダの運営に迷惑を賭けた事も承知している。

「このような事は、これっきりにしたい所だ。その為にも――お祭り騒ぎを煽る連中を捕まえ、ARゲームを正しく楽しめる環境を組むことが重要かもしれない」

 大淀は、一応の任務を完了。次の場所へ向かう為にARガジェットを展開させると、マップ上に複数の反応が表示される。

どうやら、フラッシュモブはまだまだ増える状況らしい。

「ARゲームはルールを守って、正しくプレイする事が重要だ。TCGアニメでも何度か言及されているように」

 そして、大淀は反応を示した谷塚駅方面へと向かう事になった。



 7月13日午後1時35分、各地では超有名アイドルファンが襲撃しているというつぶやきを拡散していた人物を特定し、あっさりと逮捕された。

それ以外にも複数のアフィリエイト系炎上ブログの管理人やコピーサイトの管理人も逮捕された。これらは鉄血のビスマルクが提供した情報による所が大きい。

「ビスマルクの方は――派手にやっているな」

 DJイナズマは回転寿司店で遅い昼食をとりながら、一連のニュースを確認していた。一人で食事をしている訳ではなく、前の席には私服姿の信濃リンもいる。

「昼飯と言うのは、回る寿司ですか」

 信濃の方はファストフードや半額弁当でないだけ若干マシか……と言うような表情をしている。取っているのは寿司皿ではなく、うな丼と天ぷらうどん、ショートケーキだが。

「回らない寿司だったら、コンビニやスーパーの寿司になっていた所だ。それに、今回の資金はARゲームで得た賞金――」

 嫌なら食べるなではないが、信濃の表情を見ていると何か気になる部分があるとイナズマは思った。そして、信濃にタブレット端末で自分が見ていたサイトを見せる。

そのサイトとは、アカシックレコードの考察サイト……ではなく、本物のアカシックレコードだった。これには信濃も無言で驚きを表現していたのである。

「ある人物がネット炎上を誘導するサイト、アフィリエイト系のネットまとめ等を一斉にアキバガーディアンへ突き出し、ネット情報ロンダリング勢力を魔女狩りしているという噂だが」

 イナズマが切り出した話、それは鉄血のビスマルクが行っている一件に関してだ。しかし、この段階でもビスマルクが行っている事はネット上でも確認されておらず、ソース待ちと言う状態らしい。

「ネットスラングでも言及されている情報源ロンダリングね。しかし、そんな事をして有利になる勢力がいるかどうか――」

 信濃は一連の情報操作とも言えるような一件も、他のジャンルを有利にするような作戦とは考えにくい部分があった。

実際、アカシックレコードでもこうした情報操作に関しては詳細に書かれている物も存在し、手の内はばれているに等しい。これは攻略本を片手にゲームをプレイすると同じ。

こうした状況を踏まえ、信濃は一連の作戦には乗り気ではなかった。予選落ちをした段階で別の音ゲーでイベントも始まった為、そちらをメインにしたいと言う理由もある。

「情報を掌握する方法は既にテンプレがあったとしても、それを細工すれば十分に使えるだろう。それはARガジェットのシステムがアカシックレコードから流用したのと同じ原理だ」

 イナズマの話を聞き、信濃のうな丼を食べていた手が止まる。確かにアカシックレコードの技術は誰かが独占してよい物ではないのは、誰もがガイドラインを見聞きして知っている物だ。

そうなると、今回の作戦はどのようにして立てられたのか。南雲蒼龍は、何をする為にARゲームと言うジャンルで音楽ゲームを作ろうと考えたのか。

他にも疑問点は浮上するのだが、今は何を考えても後手に回るのは間違いない。そうした点を踏まえ、信濃は一連の動きを様子見する事に決めた。

「所で、単に昼飯をおごるという理由で呼んだ訳ではないのは――」

 ショートケーキを食べる前、信濃はコーヒーを注文する。回転寿司でコーヒーは……と言う意見もあるかもしれないが、最近ではコンビニでも淹れたてコーヒーに出来たてドーナツを販売する店舗がある位だ。

食べ物とは無縁のお店出ない限りは、淹れたてコーヒーを販売する業種は増えるだろう。

「呼んだ理由は、君に確認をしたい物があったからだ」

 タブレット端末で、手際良く該当ページを信濃に見せる。そのページとは、あるガジェットが掲載されたページだった。

そのページを見た信濃は、言葉を失うしかなかった。そのページとは、何とアガートラームの設計図。



 アガートラーム、それはケルト神話における【銀の腕】を意味する物だった。

様々な文献で形状は異なるが、意味合いは同じものを指す。

世界線におけるアガートラームの立ち位置、それは――。

「アガートラーム、これを量産できる技術は存在しない。それは、どのアカシックレコードでも同じはず」

 信濃もアガートラームを見るのは初めてだった。大和杏が使用しているガジェットがアガートラームらしいという噂はあったが。

「これを量産されれば、その能力を軍事転用されたりするのは明白だ。それ程の破壊力がある」

 イナズマの方もサイダーを注文しており、グラスには冷えたサイダーが注がれている。氷に関しては入れなくても冷えているようだ。

「アガートラームは、何時か起こるであろう災いに対抗する唯一の力――という見方がされているのが、解読犯の公式見解のはず」

「表向きという条件が付くが。この力を別の方向で必須と考えていたのが、何を隠そうアキバガーディアンだった」

「アキバガーディアンは、何のためにアガートラームの力を?」

「求めた理由は単純だ。チートや外部ツール、違法改造ガジェットの流通を防ぎたかった事だろう」

「アガートラームと言う圧倒的な力でチートを防ぐ、とでも?」

「そうではない。アガートラームの持っている力、それはチートの無効化だ。だからこそ、安易に解読が困難な仕様にした」

 イナズマと信濃の会話は続く。そして、イナズマはこうも言及した。

「チートを含めた存在、それをコンテンツ業界で当てはめると偽グッズや違法コピー等だろう。そうした存在を駆逐する為、正規品の流通を増やす事で塗り替えようとする」

 イナズマの言う事は若干難しい表現ばかりだが、それでもある程度は信濃にも分かっていた。

「テレビ番組の無料配信が公式で行われるようになった事も、それに類する事と?」

「それだけではないが、そう言う事だろうな」

 信濃の疑問に答えるイナズマだが、それらの考えがすべて正しいとは限らないとも答えた。



 7月14日、フラッシュモブを初めとした勢力を一掃した段階でスコアトライアルが開催、そこで山口飛龍がゴッドランカーモードを発動、圧倒的な力でリードする。

その後、他の3人もゴッドランカーシステムを使用するのだが、その入手経緯が語られる事はなかった。

敢えて語らず……と言うよりも、下手に超有名アイドルファン等に聞かれ、ゴッドランカーモードを違法改造ガジェットに組み込ませない、と言う事もあったのかもしれない。

「結果としては予想通りか。しかし、ここまで秘密裏に処理してもよかったのか……南雲自身は」

 フラッシュモブや一般市民がネット炎上のネタにする事を懸念し、決勝の開催日を再変更、それが14日になっていた。

しかも、この告知が発表されたのは前日の午後8時ごろである。

どう考えても、イベント運営が後手後手過ぎないか――。

しかし、南雲はそうした批判やクレームのメールでさえも超有名アイドル投資家の仕業とも考え、返答は控えてきた。

それは公式非公式問わず――である。



 大会の結果は山口の優勝だが、AR演出で表示されるトロフィーと特殊称号を得られた以外は大きな賞品はなかったのである。

これに関しては、様々な憶測が出る展開になったのだが――その真相が明らかになるのは、情報解析の時間が予想以上に必要になった。

「山口の優勝だけで納得すると言うのが無理な話か」

 スコアリザルトを含めた結果を分析していたのは、鉄血のビスマルク。彼女はイベント中に一部勢力の妨害などもあった事を踏まえ、イベントは無効になるとも考えた。

しかし、スコアトライアルは強行と言うよりも妨害を百も承知で続行したと言うべきだろうか。

何故、このような状況になったのかは分かる人には分かるのだが、憶測で物を言うとアフィリエイト系サイトに炎上のネタにされるだろう――と言う事で、誰も言及しないのが正解かもしれない。

「伏線だらけで真実が見えない――と断言するにも、情報が不足している」

 結局は現状でイベントを妨害された原因を特定できない事情があり過ぎる事も、今回の結果に納得できない勢力が多い原因なのかもしれない。

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