第19話:激戦の終わり、そして――


 6月18日午前12時、理論値を達成したプレイヤーが続々現れているという情報が拡散する。

「どう考えても、この短時間で理論値が連発するはずがないだろうな」

 長門未来は公式ホームページのハイスコアランキングを確認しながらつぶやく。

「3曲の理論値は100%で確定している。しかし、初日で100%が出たという話は知っている範囲では目撃例がない」

 初日で理論値と言うのは非公式では数例があったらしいが、それらのスコアは全てチートを使用したとして無効となっている。



 同刻、同じランキングを見ていた人物が別にいた。

ゲーセンで別ゲームの待機列で座っているDJイナズマである。

「初日で理論値を出すというのは、数日後にそれを上回るスコアを叩きだされると言う……典型的なかませ犬のパターンだ」

 待機列はARゲームのモニター近くまで続いていた為、そこで別のプレイ中継を眺めながらつぶやく。

「それに、チートや外部ツールでスコアを出したとしても楽しい物か……疑問に残る。それが炎上サイトに依頼された等のケースだったら――」



 同日午前12時30分、ある動画をセンターモニターで鑑賞していたのは山口飛龍である。

「どう考えても、彼の理論値はおかしい。使用しているガジェットがシールドビットであれば尚更――」

 彼が見ていたのは、自分が使用しているガジェットと同じシールドビット。

ここ最近はアップデートで修正がされており、そうした関係上でプレイヤーが増えたガジェットでもある。

「この挙動は……?」

 山口は課題曲でのラストパートにおける挙動で、不審な個所があると突き止める。

その後、このプレイヤーのスコアは不正ツールでのスコアと発覚し、失格処分となった。

しかし、こうした動きに対してチートに対する過剰反応と猛反発する勢力は存在するのだが……。 



 同日午前12時45分、昼食を食べ終わった大和杏はテレビのニュースで気になる物を発見する。

『次のニュースです。今年の7月を目途にARゲームのイースポーツ化に関して検討すると――』

 そのニュースはARゲームのイースポーツ化を委員会が検討すると言う物だったが、何かが引っ掛かっていた。

「委員会のメンバーには超有名アイドルに関係する人物はいない。しかし、ネット上でも議論中の課題に対し、動きが早すぎるように思える」

 それに加えて、ネット上でも何者かの策略やネット炎上勢が罠を仕掛けた等の話が拡散されており、この混乱は後に争いの種になると大和は考えていた。

「これをきっかけに、流血を伴う争いが起これば、ARゲームは間違いなく――」

 大和が考えていた現実、それはARガジェットに偽装された大量破壊兵器が持ち込まれ、それを利用した超有名アイドル投資家が全てを破壊しつくすというシナリオ。

こうした事が起これば、ARゲームへの風当たりが悪くなり、それこそコンテンツ流通は超有名アイドル関係オンリーになってしまうだろう。

「何としても、流血のシナリオに直結するような争いは止めないと」

 しかし、アガートラームがこの件に関して反応する事はない。一体、アガートラームは何を伝えようとしているのか。



 6月18日午後2時、各所のミュージックオブスパーダの設置箇所では次々とハイスコアが刻まれていく。

今日が集計最終日と言う訳ではなく、理論値が次々と出ているという情報が周囲のハイスコア意識を加速させているのだろう。

「システムが起動しない。一体、どうなっているのか?」

「何故だ、違法ツールはインストールされていないはずだ!」

 あるプレイヤーの叫びは、無情にも大和杏の前には無意味と化す。

「違法ツールと言っても、他のゲームではチェックされないだけに過ぎない。実際は、チートツールの一部プログラムを変えただけでは――」

 大和のアガートラーム、その発動条件は外部ツールを使用したプレイヤーとマッチングした際と言う条件だった。

それに気付かないでツールを使っていたプレイヤーが次々と失格処分となっていく。これに関しては、違法ツールの拡散をしするという役割もあるのだが……。

【アガートラーム、アレと同じ機能を持つガジェットが存在しないのは不幸中の幸いなのか】

【同じ効果が確認されるガジェットもあるようだが、ガジェット名称が分からない】

【それを複数個所で使われれば、今度こそ魔女狩りの比ではない失格者が出る】

【しかし、チートで理論値に到達したプレイヤーが大量に出てきたら、正攻法でハイスコアを出しているプレイヤーが――】

【格闘ゲームでチートが使われたら、それこそ不公平としか言いようがない。イースポーツに選ばれると言うのは、こうしたドーピングが確認される環境を――】

 さまざまなつぶやきが流れる中、別のゲーセンでは大淀はるかがフライドポテトを口にしながら様子を見ている。

「既に理論値プレイヤーが増えている以上、僅差で予選落ちするランカーも出てくる」

 大淀はインナースーツ姿で小休止をしている状況だが、インナースーツ姿の彼女を見て笑う様な客は全くいない。

それもそのはず、ここはARゲーム専門のゲーセンだからだ。ミュージックオブスパーダは当然置かれており、それ以外にも複数ジャンルのARゲームが並んでいる。

ミュージックオブスパーダは連日混雑しており、それだけスコアトライアルは成功とも言えるほど。新規プレイヤーの開拓に関してはスローペースだが、認知度は他のARゲームよりも高いと言えるだろう。

「しかし、3曲とも理論値を叩きだすプレイヤーは出ない。それだけ、攻略法と言う概念が存在しないのだから」

 大淀も頭を抱える問題、それは課題曲3曲で全て理論値を出したプレイヤーがいない事。この原因は、細かい微調整アップデートが行われている事が原因である。

このアップデートはチートツールが検出される度に行われ、その頻度はパソコンのプログラムで脆弱性が指摘される度に……という展開を連想させる程。

しかし、この頻繁とも言えるアップデートはチートプレイヤーのふるい落としに貢献しており、不正な手段を使って理論値を取ったプレイヤーを次々と脱落させているのが証拠だ。

「逆に、このアップデートがなければ、バランスブレイカーの存在が影響して新規プレイヤーが付かない事も否定できない」

 更に懸念しているのは、今回のスコアトライアルで2曲共に理論値を取ったプレイヤーばかりで埋まる事である。

これによって、新規プレイヤーでもハイスコアが取れる可能性が減り、これによってモチベーション低下は避けられない。

理論値を取り返せば……という簡単な話にならないのは、ミュージックオブスパーダの宿命だろうか。

「何故、最初から狩りゲーでリリースしなかったのか……」

 大淀は、ミュージックオブスパーダが最初からハンティングゲームではなく音楽ゲームの要素を入れた事が分からずにいた。

チートツールの洗い出しに使うのであれば、もっと別のジャンルでゲーム化すれば良いだけの話。

音楽ゲームのシステムを混ぜたARゲームは前例がない……と言う事で奇抜性を狙ったにしては、システムの完成度は非常に高い。

何故、南雲蒼龍はミュージックオブスパーダを音楽ゲームとしてリリースしたのか。



 同時刻、同じゲーセンの別エリア、そこではミュージックオブスパーダのプレイ動画をセンターモニターでチェックしている人物がいた。

「予想通りか。この3曲はある音楽ゲームで有名な同人作家が関係している」

 課題曲の作曲家に共通点を見出していたのは、今回は私服姿で様子を見に来たビスマルクだった。

周囲のギャラリーは鉄血のビスマルクが来たのでは……と怯えるプレイヤーもいるのだが、そんな事は彼女には関係ない。

「超有名アイドルを起用しなかったのには、楽曲使用料が関係している訳でもなければ、奏歌市の特殊事情も違うように感じる。おそらく、南雲の――?」

 ふと、ビスマルクは共通点とは別に南雲の考えを読み取った。

仮に、これが正しいとすれば、今回のトライアルその物が大規模作戦の一環とも受け取れるのだが。



 6月18日午後2時10分、大淀はるかは違和感を感じる事になった。

「あえて音楽ゲームでリリースした事の意味……」

 大淀は音楽ゲームとしてミュージックオブスパーダをリリースした事に関して、楽曲の宣伝と言う説も考えた。

しかし、それは超有名アイドルの楽曲を力押しする音楽番組等と変わらない。

こうした仮説は既にアカシックレコード上にも記されており、今更と言う気配もする。

「3曲全ての理論値を出せる人物が、最初から出ない事を考慮するはずもないか。南雲蒼龍に限って、そんなミスをするはずは――」

 南雲蒼龍が最初から3曲の理論値を出せないように仕組んだとも考えるのだが、そんな事をして何の得があるのか。

しかし、初日から理論値を出した人物は非公式で存在する。結局はチートで失格処分になったというオチが付く。

そうした事を百も承知で理論値が出せないようにするのは、音楽ゲームのシステムを熟知した彼ならば不可能ではない。

ネット上でも和尚と呼ばれる不正プレイの一種、別のプレイヤーによる身代わり、サブカードの作成等……そうした不正プレイの実態は暴かれている。



 同刻、大淀の目の前を通り過ぎたのはビスマルクだった。しかし、大淀はビスマルクに気付いていない。

彼女は何かを考えているようであったが、それを周囲には全く悟らせない。それに加え、歩きスマホをせずに周囲のARゲームを見ているような行動をしている。

そして、大淀から数十メートルほど離れた場所にある音楽ゲームをベースにしたARゲームの筺体前で足を止める。

筺体はDJテーブルを模した機種――それをARゲームの仕様に変更したと言えるもので、バーチャルモニターや特殊な拡張映像で展開される7鍵盤のコントローラが特徴だった。

この機種自体はミュージックオブスパーダのプランとして検討されており、いち早く導入された機種でもある。

「南雲の狙い、それは音楽業界の闇を公表する事ではない。逆に、そんな事をすれば芸能事務所から暗殺部隊を派遣されかねない」

 ビスマルクは南雲がミュージックオブスパーダのシステムを作った理由を考えていた。

しかし、単純な理由はネット上でも考察されており、そんな単純な物とは違うと思っていたのだが……。

「音楽ゲームの全てを知っているからこそ、別のアプローチを考える必要性があった。それがミュージックオブスパーダ。しかし、あの課題曲3曲には何の共通点があるのか」

 3曲を担当した人物が、別の同人音楽ゲーム出身なのは既に把握している。しかし、本当に共通点はそれだけなのか。

ビスマルクが他人のプレイを観戦しながら考えるのだが、余計に分からなくなってきた。

「仕方がない。ここは――?」

 ふとスマホを取り出し、つぶやきサイトをのぞこうと考えていたのだが……そこでビスマルクは何かに気付いたのだ。

「理論値が出ないようにした理由、そう言う事か」

 チートをおびき出す為という理由が一番有力と思われた理論値が出ないようにした件、それはもっと別な個所にあると結論付けた。



 同刻、別の草加市内にあるARゲーム専門のアミューズメント施設、そこでは大和杏が2曲で理論値を叩きだしていた。

しかし、理論値を出したと言っても同じ曲であり、残り2曲の攻略には程遠い。

ゲーム終了後、汗のしみついたインナースーツを脱ごうとも考えたが、それはシャワー施設のある所で着替えるべきだろう。

そう判断した大和は、アミューズメント施設を後にする。

「理論値をあえて出せない仕様にしたのではなく、そう言う風に仕向けたという事か」

 持ってきたタオルで汗を拭きとり、近くのアンテナショップへと足を運ぶ。そこではシャワー施設もある為、そこで着替えようとも考えていた。

「それに、つぶやきサイトの方も臨時メンテナンスで投稿が出来ない状態になっている」

 大和がタブレット端末でつぶやきサイトを閲覧しようとしたが、トップページでは臨時メンテナンス中と言う事でログインが出来ない状態になっているようだ。

稀にサーバーの過負荷等でメンテに入る事があるのだが、こうしたタイミングで臨時メンテが入るのは珍しい。

ソーシャルゲームではないので『詫び石』等と言われる事はないのだが、ネット上では別サイトで臨時メンテの一件で炎上しているのは言うまでもない。

しかし、臨時メンテに入ったとしても大和はつぶやきサイトのアカウントを持っている訳ではなく、いわゆるROM勢である。

それを踏まえると、特に困ると言う様な事はない。それに加えて、スコアトライアルに参加するには『ある条件』に同意しなくてはいけないのだが――。

「つぶやきサイトのメンテが、このタイミングで?」

「ありえないだろう」

「政治的な発言を削除する為に運営が動いているのか?」

「政治的なものであれば、前々から動くはず。今のタイミングで動くと言うのは――」

「どうした?」

「この発言、アキバガーディアンに見られている可能性があるぞ」

 このログは別の会話系アプリでのやりとりだが、つぶやきサイトのメンテは色々な所で影響しているような発言である。

しかし、この発言があったのは埼玉県の草加市内近辺――遊戯都市奏歌の近辺だった。

これが何を意味するのか、まとめサイトで一連のログを見ていたネット住民には一定の理解をしている者もいる。

「南雲が潰そうとしていた勢力――そう言う事か」

 バウンティハンターを名乗っていた加賀ミヅキは、南雲が何を仕掛けようとしていたのか把握していた。

加賀の方もミュージックオブスパーダへは参加しているが、初期に数度プレイした程度で小休止し、バウンティハンターの方がメインになっていたと言ってもいい。

「まさか、つぶやきサイトのユーザーが大規模なネット炎上に無意識で加担――。政治関連だと、よく使われる常套手段とも言えるが」

 真相が分かったとしても、それを事実かどうか確かめる手段はない。南雲の方も、あっさりと答えを言うようなタイプではないだろう。

「この世界の真実を知る為にも――本選に残るのが最優先と言う事かもしれない」

 南雲がハンティングゲームに音楽ゲームの要素を入れた理由、コンテンツ業界に暗雲が見えた事……それらを全て把握した上での、ミュージックオブスパーダだとしたら?



 西暦2017年、ARゲームの技術が爆発的に発展した時期、遊戯都市奏歌プロジェクトがスタートした。

「ARゲームは超有名アイドルよりも利益を得られるコンテンツである可能性が高い」

「ある程度の投資は必要かもしれないが、我々には太陽光施設やARゲーム専用の一部施設をリサイクルすれば……予算を最低限で進める事も可能だ」

「しかし、それでも数十億~数百億は投資費用としてかかる。超有名アイドルの場合は、アイドル投資家が十億位はポンと出す可能性もあるが……」

「アイドル投資家は、事前企業ではない。自分達の都合で動かせるような物でないと判断すると、あっさり切り捨てる程の存在だ」

「過去にアイドル投資家が絡んだ物で政治とカネの問題にまで発展した物――下手をすれば、バブル崩壊を招く事件もあった」

「それを踏まえると、3次元的な物ではなく2次元的な――アニメやゲームの方が安全と言えるのか」

「安全と言うよりは芸能事務所的な不祥事、それらのファンによる炎上騒動に巻き込まれにくい位だ。ノーリスクと言う訳にはいかない」

 これらの会話は議事録にも記載されているが、一部の会話は【議事録から】は削除されている。



 西暦2018年1月頃、水面下でミュージックオブスパーダのクローズドロケテストが行われていた時期の事である。

「システムの暴走か?」

「暴走と言うよりは、新たなシステムが干渉している」

 クローズドロケテストに関しては、ネット上にも表面化されておらず、この事を知っているのはごく少数だ。

「ARゲームとしては宿命なのか? システムの被りと言うのは」

 南雲蒼龍は、音楽ゲームを重視したシステムでARゲームを開発、プロジェクト名は『ミュージックオブスパーダ』として――。

彼が悩んでいたのは音楽ゲームのシステムである。トライアルではハンティングゲームの要素を取り入れた試作版を披露した事もある。

しかし、そちらの方はプログラムに欠陥が発見されて、プロジェクトは凍結となっていた。

「アイドル投資家や超有名アイドルに察知されていないのは、不幸中の幸いと言うべきか」

 今回の機種に関しては、複数のダミー情報を含め、さまざまな情報拡散や偽装工作をしている為、現段階では察知されていない。

「あの勢力に気付かれれば――音楽ゲームも超有名アイドルの私物となるのは時間の問題だ」

 南雲が悩む問題、それは収録楽曲の問題でもある。

一部のジャンル特化型ではオリジナル楽曲がメインであり、さほど楽曲使用料と言う問題には直面しない。しかし、ライセンス楽曲を使うとなると話は別だ。

収録楽曲によっては、ユーザーからの反発によって機種その物が炎上しかねない。実際、超有名アイドルの楽曲を一度は収録したが、プレイヤー数が少ない為に削除した機種もある。

こうした事情は表面化はしないものの、超有名アイドル側が自前で音楽ゲームアプリを発表した地点でお察しという状況だった。

「凍結したハンティングゲームのプログラムを使うしかないのか――?」

 南雲がネットサーフィンでアカシックレコードを発見、様々な考察記事を閲覧していた所、とあるプログラム記述を見つける。

「このARガジェットは市販されている物と違うのか」

 南雲が発見した物、それはアガートラームと呼ばれるARガジェットの設計図だった。

「このシステムを使えば、ハンティング音楽ゲームと言うジャンルを確立させる事も――」

 アガートラームの設計図を解析していく過程で、南雲は凍結させていたシステムをアガートラームに組み込み、新たな音楽ゲームを作る事も可能なのでは、と考えていた。



、6月18日午後3時、つぶやきサイトの臨時メンテナンスも終了したのだが、何か様子がおかしい事をログインしたユーザーが思っていた。

【検索能力が上昇しているのか】

【検索だけではなく、画像処理能力も上がっている。もしかすると、先ほどのメンテはサーバー強化かも】

【ちょっと待て。フォローしていた超有名アイドル関連のアカウントが消えている】

【超有名アイドル狩りでも行っているのか?】

【一体、臨時メンテの時間に何が起こったのか】

 つぶやきサイトに再ログインしたユーザーは、今回の異変に早速気付いた。強化されている機能もある一方で、超有名アイドル関連で魔女狩りとも言える仕様変更がされていたのだ。

「南雲蒼龍の狙い――そう言う事か」

 大和杏はアガートラームからログインを行おうとしたが、ログイン不可になっているので別の端末からログインする。

そして、早速目撃したのが超有名アイドル絡みのつぶやきまとめを含め、超有名アイドルに関連した公式及び非公式アカウントが凍結されていた事実だった。

こうした勢力が全て超有名アイドル商法やFX投資とも言えるようなアイドル投資を行っているとは限らない。

今回の凍結に関しては、魔女狩りと言われても文句は言えないだろう。しかし、仕様が変更されたのはそこだけではなかった。

「ミュージックオブスパーダで使用しているガジェットでログインできなかった理由は――」

 ARガジェットでつぶやきサイト等にアクセスする事は可能であり、特に違法なサイトではない限りは接続制限がかけられていない……はずだった。

臨時メンテ後にはARガジェットで超有名アイドル関係のサイトへ接続が不能になっているのだ。これはどういう事なのか?

それ以外でも、炎上サイトやまとめサイト、芸能事務所から報酬をもらっていると疑われるサイトへの閲覧が不能になっている。

それも、ある行動が確認されてから臨時メンテナンスがかけられたらしいのだ。

「3曲全ての理論値を出したプレイヤーが現れたのか―?」

 つぶやき経由ではなく、ミュージックオブスパーダのサイトを慌てて確認した大和の目に入った物、それは課題曲である3曲で全て理論値を出したプレイヤーが現れた事である。

「山口飛龍――まさか?」

 課題曲部門のランキングで1位にランクインしていた人物、それは大和も過去に遭遇した事のある山口飛龍だった。



 谷塚駅から若干離れたARゲームの専用ホール、そこではシールドビットを自由自在に操り、的確にターゲットを撃破する山口の姿があった。

「これで、6曲目の理論値達成――!?」

 山口は課題曲に関して一切気にせずに理論値が可能であろう曲を集中的にプレイ、そこで12曲中6曲の理論値を達成した。

「特殊演出? これは、一体どういう事なのか」

 山口もガジェットの画面に表示される特殊演出、その意味を理解していなかった。この演出は、スコアトライアルの3曲を全て理論値にした時に発生する物である。

「理論値が出たのか?」

「3曲とも理論値ならば、以前にもいたような」

「そいつならチートで失格になっている。正攻法は初じゃないのか」

 周囲のギャラリーもざわつき始めているが、それ以上に周囲を驚かせる展開となったのは、それから数分後の事である。

「つぶやきサイトが緊急メンテ?」

「どういう事だ? さっきまでは閲覧できたのに」

「まさか、ハッキングか?」

「もしかすると世界規模のサイバーテロかもしれない。確認をしなくては」

 つぶやきサイトの緊急メンテ画面、これが表示されたのが山口が課題曲3曲目の理論値を達成して5分後だ。

「つぶやきサイトを閲覧しない自分には――」

 関係のない事である――と言おうとした山口だったが、その後に贈られたショートメールの中身を見て、無関係とは言えなくなってしまったのだ。

【課題曲3曲を正攻法で全て理論値にした時、トップランカーの世界を構築する為の物語が始まる】

 この内容を見た山口は、加賀ミヅキへ連絡を取ろうと考えるのだが……。



 6月18日午後3時10分、山口飛龍は目の前に現れた集団がどのような目的で現れたのか理解できていた。

その集団は重装備ARアーマーで身を固めた集団であり、その様子は十字軍やPMC等を連想させる。

相手の素顔が見えないのは、ガジェットで顔が見えないというのもあるのだが……。

「お前にこれから起こる事の邪魔はさせない!」

「乱入が可能な人数は限られているが、ゲーム外で集団暴行という事件を起こした方が逆に都合が悪い!」

「しかし、このフィールドであれば合法となる」

 予想外とも言えるような乱入だった。集団がこのような手段を取っていたのには、理由が存在する。

「ARゲームにおけるガジェット使用のガイドラインか」

 自分でもゲームのルールは把握しているつもりだったが、面倒になって読み飛ばしている項目は存在した。

そのひとつが、ARゲームにおけるガジェット運用に関するガイドライン、遊戯都市に限らずARゲームを運用している都道府県全てに適用される。

【ARガジェットを大量破壊兵器、大規模テロへの転用禁止】

【ARガジェットを用いた世界征服はするべからず】

 他にも書かれていたような気配はするが、自分が読んだのはこの2つだけだ。

「我々としては、物理手段を用いれば話が早い。しかし、それをやればマスコミどもはゲーム脳等と騒ぎ立て、一部芸能事務所のアイドルコンテンツ以外を認めない流れになる」

「繰り返されるのだ。どのフォーマットでも! 超有名アイドルコンテンツを巡る争いは! 超有名アイドル商法を神格化する動きは!」

「芸能事務所や一部政治家の思うようにはさせない! 我々が超有名アイドル商法を違法コンテンツとして世界中に認識させ、全ての世界から駆逐する!」

「【一億人一次創作作品配信計画】こそ、今の日本には必要なのだ! 我々は夢小説やフジョシ勢に悪用されるような二次創作よりも、商業一次創作で振り込めない詐欺を振り込めるようにする事こそが――」

 十字軍の話は続くが、山口は無言で楽曲を選択し、ゲームを進行させていた。これによって、次々と乱入者を演奏失敗へと追い込み、フィールドから排除する手段に出た。

「ひ、卑怯だとは思わないのか? 我々の話が終わる前にゲームを開始するとは」

「戦隊ヒーローの名乗りでも、怪人側は待つような物だぞ」

 そのような発言はお構いなしに、山口は選曲を続け、そのパターンは次第にテンプレ化していく。そのような状況が課題曲2曲の理論値達成という展開を生んだのだろう。

「格闘ゲームであれば、時間待ちをするのも可能だが――これは音楽ゲーム。無駄なトークパフォーマンスは不要だ」

 山口の一言に対し、周囲のギャラリーが沸く。

『音楽ゲームは音楽やパフォーマンスを楽しんでこそ!』

『お前達の様なノイズは必要ない!』

『反超有名アイドル勢の皮を被った反ARゲーム勢は、この場からされ!』

 このギャラリーに対し、ピエロの様な覆面プレイヤーが予想外の一言を放つ。

「音楽ゲームの実況は良くて、我々のような発言はノイズと言うのか! 音楽ゲームの実況も音楽を楽しむという意味では反しているのではないのか?」

 この一言に対し、山口は冷静で入れられなくなっていた。しかし、音楽ゲームは冷静さを失ったら、そこで敗北する。

発狂譜面や人類ではクリア不能と言われている譜面でも、自分のペースに持ち込めば不可能を可能にできるはず。

それでも譜面制作者が意図してクリア不能の仕様にしていないかぎりは……必ずクリアは出来るはずだ。

「反ARゲーム勢がARゲームに対して異論を唱えるのは分かる。しかし、何も事情を知らないでARゲームを語るようなお前達だけは――」

 今まで冷静でいた山口も、さすがに我慢の限界だった。そして、次の瞬間には信じられない現象が起きたのである。

《ゴッドランカーモード》

 山口のバイザーに表示された謎のフォント、それがシステムの発動と同時に日本語訳され、それがゴッドランカーモードである事が判明する。

「あのフォントは一体、何だったのか――!」

 次の瞬間、山口のARガジェットが赤に似たような色に発光、更には超高速のスピードを得たのである。これがFPSやTPS等の様なゲームであれば、攻撃力が上昇する等の温床もあるだろう。

あくまでも音楽ゲームである為か、ゴッドランカーモードは他のARゲームとは違う効果を山口のガジェットに付加したのである。

「このスピード、ミュージックオブスパーダで言うと3速を越えている!?」

 そのスピードは以前に見た講座で言う3速以上、更には演奏の判定も皆無に等しい物だった。

実際、ベストタイミングではないズレが発生しても、システムの方がフォローを行い、全ての判定はパーフェクトになっていたのである。

「そんな馬鹿な! あれは他のARゲームで言うハイパーモード!」

「ハイパーモードはネットスラングだが、あれには正式名称があったはず」

「あのモードはバトル系のARゲーム限定のはずだ! それが音楽ゲームに実装されているなんて聞いていない」

 他に乱入してきたプレイヤーも、山口が発動させたゴッドランカーモードの前には無力に等しく、敗北するしかなかった。

しかし、このシステムは山口が自分で使用した物ではなく、勝手に動いた物と言っても過言ではない。



 同日午後4時、このプレイを含めた動画がセンターモニターで視聴可能となり、動画サイトにも拡散されると――その衝撃度はつぬやきサイトのトレンドになっていた。

【そんな馬鹿な事が――】

【あのハイパーモードはバトル系限定のはずだ。アレを音楽ゲームで実装するなんて】

【初めからハイパーモードは実装されていた。そして、それはアンチ勢力を力で黙らせる為に用意されていた】

【ソレはあり得ない。力で黙らせるような手法、それは別のARゲームで実行された事もあるが――そのゲームではバランスブレイカーとなって、客離れを呼んだ】

【それが対人形式の物であればなおさらだ】

【音楽ゲームは対戦格闘とは違うと言いたいのか?】

【音楽ゲームでは対戦と言うよりはマッチングや対バンドのような形式をとるのがほとんどで、演奏中におじゃま等で妨害で切る機種は指折り数えるほどだ】

【あのハイパーモードは、おじゃま等の範囲と言いたいのか?】

【あくまでも対戦の範囲で使われるものであれば――だ】

 つぶやきサイト上でも拡散されたハイパーモード、仮にもミュージックオブスパーダではイベントが行われている。その中でのシステム使用は別の意味でも波紋を呼ぶ可能性があった。

「スコアトライアルの途中で、まさかのハイパーモードか」

 この動画を別のゲームセンターで見ていたのは、ビスマルクだった。彼女は今回のハイパーモードは、開発段階で実装した物ではないと考えている。

「あれは――ゴッドランカーモード。ありとあらゆる譜面に対し、判定がパーフェクトになると言う物だ」

 ビスマルクの隣に現れたのは、大和杏だった。彼女もゴッドランカーモードがあるのは別のゲームでも確認していたのだが……。

「ハイパーモード自体はARゲーム全てに存在する。しかし、それを使用すればリスクが伴う。一部機種ではバランスブレイカーとしてサービス終了した機種もある位だ」

「だろうね。一部プレイヤー、それも力の使い方に熟知した一部の人間にのみ発動する――それが大多数のプレイヤーから批判を買う事位は分かるだろうに」

「このモードがミュージックオブスパーダにある事は聞いていない。バージョンアップでも説明はなかった」

「初期段階で導入する気もなく、完全放置していた物が――ある事故で発動したと考えるのが良いのかもしれない」

 2人はこのモードの存在に関して話をしていたが、大和の方は何かに気付いているようでもあった。

「アカシックレコードを利用して開発されたARゲーム全般に存在する未知のピース、それがARゲームに何かを起こそうと言うのか」

 大和のアガートラームもアカシックレコードを使って作られているが、このようなモードがあるのは初耳に近い。

それに加えて、ハイパーモードはARゲームではごくごく当たり前の様に実装されている。ただし、それらは意図的にパワーダウンしたモードだが。

「これが炎上要件としてまとめサイトに取り上げられない事を祈りたいが――」

 ビスマルクが考えていた事は、数分後に現実となった。



 同日午後4時30分、各種まとめサイトがゴッドランカーモードに関して危険性を指摘する記事を取り上げ、そこには――。

【このようなモードが存在するARゲームを放置すれば、犯罪を助長するのは明白】

【やはり、超有名アイドルコンテンツによる制圧を早めるべきだ】

【既にハイパーモードを悪用し、危険ドラッグの代用品にしようとするサイトもある】

【やはり、ARゲームは電子ドラッグの一種だった! ソーシャルゲーム以上の危険性があるのは間違いない】

【日本に誇るコンテンツは超有名アイドルのみ。それ以外は徹底的に違法コンテンツとして取り締まるべき】

 この内容には様々な矛盾が存在し、実際のゲームを未プレイでゲームを題材にした夢小説やフジョシ向け小説を書いているのと同じ状態だった。

こうしたサイトが増えた理由には、流行ジャンルに便乗すれば目立てる、アフィリエイト収益で儲かる等の考えがあるのだろう。

しかし、こうした私欲の塊と言える勢力は予想外の形で駆逐される事になった。

「ARゲームが、このような風評被害で委縮する事を我々は望まない」

「このようなまとめサイト勢を取り締まれる法律を作るべきだ」

 その先頭に立った勢力、それは予想外にもアキバガーディアンだった。

「ARゲームに対する法律ならば、既にガイドラインと言う物がある。それに反しているという事で、取り締まることは可能よ」

 会議室に割り込みをしてきた人物、意外な事にその人物は大淀はるかだった。

「君はARゲームに対して反発する意見を――」

 ガーディアンの一人が言う事も正論であり、大淀はアキバガーディアン内でも危険人物としてブラックリストに入っていた。

「丁度、海外でコンテンツ流通に関する法律で調整が入っていると聞いている。まとめサイトをARガジェットのガイドラインを立てに告発すれば、逮捕は可能になる」

 大淀の話を聞き、各種ニュースサイトを検索するガーディアンに加え、該当するであろうまとめサイトのリストアップ作業も同時に進行していた。

「準備完了しました。既に100以上のサイトをリストアップし、その中には芸能事務所大手や与党の政治家が個人ブログで立ち上げた物あったようです」

「これじゃ、ステマ狩りと同じか」

 ガーディアンの報告を聞き、大淀もため息を漏らすしかなかった。しかし、ここまでの強硬手段を駆使しないと超有名アイドルを神格化しようと言う動きを止める事が出来ないのは事実だったのだ。



 同日午後5時、大手芸能事務所に警察の家宅捜索、政治家の事務所にも警察が……と言うニュースがテレビ局で取り上げられていた。

しかし、詳細に関しては伏せられていた。これに関しては様々な憶測がネット上で拡散する事になったが。

実際、超有名アイドルを神格化しようとして嘘ばかりを書いたまとめサイトを立ち上げた罪で逮捕という風に報道する事は不可能に近い。

「テレビ局もスポンサー離れを恐れて、詳細はカットしたか」

 テレビのニュースを見ていたのは南雲蒼龍だった。彼もゴッドランカーに関しては把握済みだったが、彼が実装した訳ではなかったのである。

「アカシックレコードが、他の世界線でも異常を起こし始めていると言うのか――このタイミングで」

 南雲は別のネットまとめ記事も見ていたが、そこで入手できる情報はたかが知れている。その為、アカシックレコードへアクセスをした結果――。

【世界線は動き出す。複数世界の事件が、設定が――この世界に影響を及ぼす。それは、テコ入れと同じように】

 このメッセージの意味を南雲は何となくだが分かっていた。ミュージックオブスパーダもアカシックレコードに記された設計図をベースにしている部分があったからだ。

「一次創作から影響を受け、そこから新たな一次創作を生み出す。この流れを全ての世界で起こるとしたら、今度は日本から二次創作が駆逐される」

 南雲の懸念、それは自分が同人ゲームから楽曲を収録したのと同じ事が将来的に起こるのでは……と言う物だった。

『同人ゲームの一次創作楽曲が、本家の音楽ゲームに収録される流れ……。最終的には楽曲使用料で圧迫される超有名アイドルの楽曲よりも、こちらがメインになると言う事を意味する』

 大和はある人物の言っていた言葉を思い出していた。これと同じ現象は、ミュージックオブスパーダにも起こるのか?

「ミュージックオブスパーダに版権曲がない理由――そう言う事なのかもしれない」

 音楽ゲームで版権曲を入れず、全てが一次創作とも言えるゲームオリジナル曲で固めた――。南雲の狙いが何となく分かった瞬間でもある。

「本選になれば、その答えが出るかもしれない」

 それから数日の間にARゲームや音楽ゲームに関する情勢は変化していき、それにミュージックオブスパーダも巻き込まれる結果となった。



 7月7日、スコアトライアルの予選結果が出た。しかし、その結果はプレイヤーの創造出来ないような予想の斜め上と言える結果である。

「まぁ、そうなるか」

 この結果を見て、当然というリアクションをしたのはビスマルクだった。最終日近辺で理論値を2曲叩きだしたのが大きかった。

「しかし、理論値プレイヤーが複数出た事で集計が遅れたというのは――言い得て妙だな」

 事情を知っているとはいえ、理論値プレイヤーが最終日滑り込みで続出したのは非常に大きかった。

「これでは――マッチポンプと一部で言われても当然の結果か」

 一方で、この結果に不満を持たしていたのはDJイナズマである。途中で理論値に到達したスコアもあったのだが、サーバートラブルで記録されなかったのである。

サーバートラブルはつぶやきサイトのダウンした日とはずれており、関連性は薄い。しかし、超有名アイドル勢がトライアルを妨害する目的で太陽光施設にハッキングを仕掛けた事がニュースでも報道された。

「一連の事件によって集計の中断は分かる。しかし、その間に理論値を出したプレイヤーはスコア無効扱いか?」

 最終的には別の日に理論値を出した事でイナズマも予選通過を果たしているが、後味が悪いのは言うまでもない。

「南雲蒼龍の預かり知らない所で作動したゴッドランカーシステム、それに加えてアカシックレコードの解析結果が拡散された事――他にも、こちらとは関係ない勢力が暴走した結果、あの展開を生み出した」

 メインメンバーでスコアトライアルを奏歌市以外の場所でチェックしていたのは、私用で足立区へ来ていた大和杏だけである。

「人類がアカシックレコードの全貌を解析する事自体が不可能と言うべきか。それこそ、一部勢力が発言した一億創作作家育成計画……だったか」

 大和は一億の日本人全てを一次創作作家にして活躍させ、海外に売り込んで印税的な部分で第2の超有名アイドルコンテンツと同じ事を……と考えている人物の事を思い出そうとしていた。

「人の思考を100%読み取るのは、それこそフィクション世界の超能力者でもない限りは不可能だ。そして、被害妄想や狂言でイベントの進行を妨げた罪は――」

 これ以上、この一件を思い出すのも苦痛の為か、大和は別の話題をつぶやきサイトで探す。

「予測できたとは言え――何故、止められなかった」 

 大和は拳を握りしめ、ARガジェットに振りおろそうとさえした。しかし、ゲームに八つ当たりをするのもお門違いと分かっている。

その時、大和の目には涙が浮かぶ。自分の非力さが生み出したとも言える、今回の一件を誰も責める事は出来ないだろう。

「アカシックレコードとは言え、100%当たる物ではない。それも――分かっていた、はずなのに」

 世の中には100%当たると言う物はない。例え、必中と言えど回避手段は存在する。それを大和は分かっていた。

あの事件を回避できる手段はあったはずだが、それを回避できなかったのには複数の条件が重なったとはいえ、運営側の想定ミスも否定できない。

「それを把握した上の、アレは――結末としてはあんまりすぎる」

 大和は大泣きをする寸前で泣きやむ。そんな事をしても、結果が変わる事はないのだから。

【あの時は正直な事を言うと、何が起こったのかは分からなかった】

【超有名アイドルファンの犯罪は、テロ事件と誤認される部類以外は報道されていない。それも被害の大小問わず】

【それでも一部が報道されていたのは、トカゲのしっぽ切りと言われている】

【結局、真相を知っているのは――】

【それよりも、バイク型のガジェットを用いた仮想レースゲームが遂に出るらしい】

【運転免許はいるのか?】

【そこまでは不要と言う話だ。ただし、ARガジェットとして登録を完了している事を含めて前提条件が多いが】

【ここまでくると、今度はロボット型のガジェットが出そうだな】

【パルクールの奴とか、ロボットファイトの様な小型ではなく、20メートルクラスでロボットアニメに出るような――】

 つぶやきサイト上で、今回のスコアトライアルに関しての結果に言及したつぶやきは少ない。

むしろ、別のARゲームのロケテストが話題となっている。

ネット住民はミュージックオブスパーダに飽きてしまったのかと言うと、実は違っていた。

それこそ、ネット住民では想像できないような予想斜め上の結果だったから。



 この結果を出す事に対し、一番苦しい判断を迫られたのは南雲である。

賞金制度に関して直前でキャンセルをした事に対しても、苦渋の決断だったのだが――。

「アカシックレコードが、あれほどまでの情報量を持っているとは思わなかった。情報量が有限だと思い込んでいたのがミスなのか」

 今回は事務所でのデスクワークをしていた南雲だが、アカシックレコードに関しては計算外だった。

「十人十色とはよく言った物だが、それを踏まえてアカシックレコードは無制限だと言う事か」

 日本政府でもアカシックレコードの解析は完了しておらず、一部のゲームメーカーでも半分が解析できればよい方。それを60%の状態で使おうとしたのが、南雲だった。

「別の世界で起こった出来事も吸収し、膨れ上がる存在。それがアカシックレコードの正体なのか。まるで、何処かのWeb小説だ」

 何処かの設定を真似ているとしか思えない、と言うアカシックレコードの特性。

それは、アカシックレコードという物が存在する世界全てをつなぐインターネット上の百科事典だったのだ。

「これでは、他の世界にインターネットや会話系アプリ等が存在すれば、そこから書き込みも自由自在と言う事か」

 おそらく、今回の事件を思いついた犯人はアカシックレコードを悪用してハッキングを仕掛けたのは間違いない。

別世界の超有名アイドル投資家が犯人だとすれば、犯人を捕まえる事は物理的に不可能である。

「アカシックレコードなしでARゲームを開発する事は不可能だった。それを踏まえれば仕方がない事かもしれないが」

 スコアトライアルの結果は、3曲で理論値を達成した複数プレイヤーが該当し、その全員からプレイ動画の再生回数を踏まえての上位メンバーを予選通過と言う――。

ネット上の住民でさえも、この結果は想定していた人物もいるかもしれない一方、これを本気で実行するとは考えていなかった。

つまり、創造の斜め上を行く発想とは――想定していたが誰も実行しないだろう、と考えていた案の実行。

「ARゲームで世界征服という展開も、超有名アイドルが独占するような世界もアカシックレコードではワンパターンとして記されている」

 自分の下した結果、それに関しての反論も存在し、ネット上でプチ炎上をしている事も把握していた。その上での、判断である。

「結局、炎上の様な論争が一切起きないコンテンツと言うのは夢物語か、それとも――」

 南雲の考え、それはアカシックレコードでも不可能と記されていたメッセージでもある。

悲劇を繰り返す事、それをループ物として片付けるべきなのか、南雲は考え続け、他のランカー達も考えているだろう。



 7月8日午前10時、スコアトライアルの一件が落ち着いた頃にアップデートの告知が発表された。

ただし、発表されたのは別のARゲームだったのである。

【ARガジェットのバージョンアップがあるらしい】

【俗に言うフラッシュのアップデートみたいな物か】

【ARゲームをソフトと例えると、ガジェットはゲーム機本体と言う例えはテンプレだが一番理解しやすい例えだ】

【しかし、今回のガジェットバージョンアップはミュージックオブスパーダとパルクール、一部ジャンルでは非対応らしい】

【スコアトライアル中のミュージックオブスパーダは、下手するとスコア変動に大きく影響する為の処置だろう】

【それでも、一部ジャンルが同調しないのがおかしい】

【対戦格闘は対応、シューティングも対応、アクションも対応なっている。非対応は音ゲーだけだ】

【ミュージックオブスパーダが対応しないのと関係があるかもしれないな。音ゲーの方は】

 つぶやきサイト上ではアップデートに関する話が浮上している。しかし、それに同調しないスパーダ運営に対して不満があるのかと言うと、そうではないようだ。

今回のバージョンアップはメモリクラッシュに由来する不具合修正だが、その一方で音楽ゲーム系のARゲームでは今回の修正がスコアチートに悪用される可能性がまとめサイト等で指摘されている。

実際の所は、こうした少数派の意見を取り入れてのアップデート保留と言う訳ではなく、単純にスコアトライアル本選後のアップデートを行う事はアナウンスされていた。

「このアップデートは予定されていた物ではなく、おそらくは別世界からのアクセスを防ぐための手段か」

 今回のアップデートに関して、その目的をいち早く理解していたのは意外な事に加賀ミヅキだった。

彼女はミュージックオブスパーダのスコアトライアルには参加したが、2曲の理論値のみで予選が終了し、本選への進出は出来なかったのである。

その理由には超有名アイドル勢を初めとした反ARゲーム勢の連合軍と戦っていたのも理由の一つ。

「しかし、本選へ進んだとしても山口飛龍や大和杏、ビスマルクを初めとしたランカーと戦う事になるか」

 加賀の方は別のARゲームもプレイ中で、あくまでもスパーダは気休め程度のプレイである。それを踏まえて、イベントで本気を出さなかったという説もネット上で言及されていたが――。

それに加え、加賀の実力でランカー勢を相手にするのは兼業ゲームが多すぎて無理な話。しかし、それを覆すようなDJイナズマのような人物もいる為、不可能ではないらしい。

「どちらにしても、ガジェットのアップデートはしておく必要があるか」

 加賀のガジェットは既に損傷がひどく、ミュージックオブスパーダ用以外はメンテ必須なまでに破損個所が分かりやすい。

このような状態でプレイすれば、命の危険性も指摘されるだろう。生命維持装置や安全装置が正常に動く可能性すら危ういからだ。



 仕方がない状況となった加賀の取った行動は、バウンティハンターの休業とガジェットのオーバーホール。その為、奏歌市のアンテナショップへ修理を依頼するのだが……。

ガジェットのオーバーホールは一週間かかるとの事で、その間に使用する予備ガジェットの確保を考える。メインはFPSと言う事もあり、予備ガジェットの確保は加賀にとって死活問題だったのも理由の一つだ。

しかし、加賀が使用していたタイプのガジェットは貸し出し中が大半の為、特撮変身ヒーローを思わせるガジェットギアを新規で購入し、それをFPSで使用する事になる。

オーバーホール中のガジェットに保存されたデータは、既に新規ガジェットへ移植完了しており、重複登録にならないようにデータの変更も行った。

「お前がバウンティハンターだった――と言う事か」

 加賀がガジェットをショップへ預け、店を出た所で遭遇した人物、それは予想外にも大和杏である。彼女の目つきは、まるでターゲットを見つけたような物に思えた。

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