第18話:SNS上の動き、そして……


 話は2018年1月辺りまでさかのぼる。

ミュージックオブスパーダの先行稼働に関するニュースも出ておらず、憶測による情報で混乱していた時期だ。

この時期の草加市は奏歌市との中間に位置していたと言っても過言ではない時期であり、後にさまざまなARゲームタイトルがリリースされる事で決定付けられたイメージが確立する前でもある。

 それでもARゲームが全く置かれていなかったと言うと、それは間違った認識だ。

実際、東京でしか見ないようなARゲームが率先してロケテストを行っていたのが埼玉であるという認識もあった。

【炎上ブログや炎上を誘導するサイトが儲かると言うセミナーがあるらしい】

【そんな馬鹿な? その系統のセミナーや講義は行うべきではないと警告メールが流れているのでは……】

【確かに。下手にセミナーを開けば、アキバガーディアンが駆けつけるとい噂もある】

 非常に長いやりとりがあったが、それを三行のつぶやきでまとめると、こういう感じになる。

1月~3月辺りにかけて、このようなつぶやきまとめが拡散していたのだ。何故、この時期に炎上ブログの話題を……と言う謎もあるが。

「炎上ブログか……。どうせ、それらを影で操っているのは超有名アイドルに決まっている」

 木曾あやね、この当時はアキバガーディアンに興味すら示さない、音ゲーマーだった。

音ゲーマーと言ってもピンからキリまで存在するが……彼女はランカーと呼ばれる上級者を越えた何かと言える存在。

ランカーという言葉がARゲームで浸透し始めた頃という時期にランカーになったという事もあってか、ARゲームのランカーと勘違いされる事もあったが。

「超有名アイドルの芸能事務所から金をもらい、それ以外のコンテンツを終了まで追い詰める――そうした印象操作を平然と行う」

 木曾は谷塚駅近くのコンビニで焼きそばパンとコーラを購入、焼きそばパンを食べながら器用にタブレット端末を操作していた。

「芸能事務所が自分達の利益を得る為であれば、殺人やテロ行為以外は何でも行う吐き気を催す邪悪と言うのは……今に始まった事じゃない」

 焼きそばパンを1個食べ終わると、今度はコーラのペットボトルに口をつける。そして、ある記事を発見した。

「1年前のパルクールをベースにしたARゲーム、あちらはロケテストと言うかトライアル段階で色々と動きがあったらしい」

 木曾の視線はコンビニを通過する市民の方を向いていた。ジーパンを穿いている関係で、パンチラ等は期待できないのだが……何故か視線は木曾に集まる。

「見世物じゃないんだ。あっちに行ってくれないか」

 ギャラリーの方は木曾に集中していた訳ではないが、何人かは木曾から離れて行った。一部の隣にあるモニターに集まっている人物は離れる様子がない。

木曾は、そこで初めてARゲームと言う存在を知ったのである。



 そして、現在。彼女はプルソンというHNでイースポーツにおける上位ゲーマーの地位を獲得している。

それに加えてARゲームの一部でも進出しており、ミュージックオブスパーダへの参戦も興味があったというのが理由の一つだ。

「普通は驚きますよ。プロゲーマーとして海外からも声がかかっていた木曾あやねが、まさか――と」

 ガジェット倉庫へと案内した男性スタッフは、木曾が来た事に関して驚くしかなかったのである。

周囲の木曾を知るスタッフからはサインを求める事もあったが、今回は別件がある為にパスと言う流れに。

「こちらもあまりに名前が有名になり過ぎた弊害と言うのもある。有名音楽家が超有名アイドルの新曲を担当しただけで、サイトが炎上する時代もあった事を考えると――」

 木曾の方はARシステムを切っているらしく、現在はインナースーツのみの状態である。この辺りはARゲームの機種によって異なる部分があるようだ。

「超有名アイドルのコンテンツ支配も魔女狩りという側面があった以上、周囲からは不満が出てくるのは当然の話です。それに、向こうがやっている事は悪い言い方をすれば、戦争を行っているも同然の手段を――」

「無暗に戦争と言う単語を使うべきではない。あくまでも、ARゲームは『ゲーム』と言うカテゴリーで運営されている。疑似化されている状態だとしても、その単語を使うのは望ましいとは言えない」

「すみません。色々と焦り過ぎました」

 スタッフの失言に対し、木曾は強くは言及せず、やんわりと対応する。下手に抑圧的な態度に出るのは戦端を開きかねないと考えているからだ。

「そう言えば、アカシックレコードに記された封印されたガジェットがあると聞いているが」

 2人が歩いている方向、それは本来の在庫管理している倉庫とは異なるルートであり、それは木曾の方が逆に怪しんでいる。

このスタッフ、もしかするとなり済ましの可能性も……。



 5分は色々と回っただろうか。木曾とスタッフはあるゲートの前にいた。素の扉は厳重封印されており、第3者が開く事は許されていない。

「貴女であれば分かるでしょう。この扉の先に封印されている物に」

 スタッフがゲートに設置された謎の装置にカードを見せると、そのゲートは開き始めた。そして、そのカードには驚くべき名前が書かれていた事も。

「DJイナズマ――だと?」

 木曾の方も彼の名前は知っていた。DJイナズマと言えば、音ゲーランカーではないが隠れた実力者と言われている人物だ。それが、どうして……。

「自分としては現状打破する為にも、アガートラームと別に封印を解くバランスブレイカーが必要だった――」

 木曾の目の前にあった物、それはガンブレードと言うにはビームサーベルが3本合体しているようにも見える。それに加え、パイルバンカーにも思えるギミックも――。

「まさかと思うが、これはレーヴァテインか?」

「レ―ヴァでもなければ、レ―バでもない。この武器の名前は――」

 その武器の名前を聞いた木曾は別の意味でも衝撃を受けた。自分のHNがソロモン72柱を由来にしていたのも――驚いた理由の一つである。



 DJイナズマ、彼は木曾あやねに禁断の武器を提供したと言っても過言ではない。

『お前が何をしたのか分かっているのか?』

 無線の連絡主はアキバガーディアンのメンバーだが、実際は彼との面識は一切ない。

「分かっていますよ。ARウェポンでも一部機種で使用禁止、パズルゲームや音楽ゲームでようやくリミッター50%制限……」

『それを把握していて、あの人物に渡したと言うのか?』

「木曾あやね――今はあの武器と同じソロモン72柱の名を語っていましたか」

『コンテンツ業界の暴挙とも言える超有名アイドルのやり口は知っているだろう。奴らこそコンテンツ流通を阻害する獅子身中の虫――政治家と組んで一次オンリーを企む等……』

「超有名アイドルの芸能事務所が獅子身中の虫と言うのは同意しますが、何処かの政治家が実行しようとした計画を借りた『一億人創作作家計画』に協力した覚えは――」

『それもアカシックレコードの意思だと言うのか?』

 無線の主が段々焦り始める。おそらく、話相手の正体がDJ稲津魔都も気づかずに計画を話してしまっている事にも気づいていないのかもしれない。

「どうやら、獅子身中の虫はアキバガーディアンの名を語り、自分達だけが無限の利益を得ようとしているあなた達のようですね」

『何だと? ソレはどういう事だ――』

 無線の向こうでは何かの声が聞こえる。警察官と言うよりは、本物のアキバガーディアンが姿を見せたのだろう。

「あなた達は知り過ぎた。超有名アイドル、政治家、フジョシ勢、夢小説……そして、3次元アイドルと炎上ブログを利用し、賢者の石とも言うべき無限の利益を――」

 しかし、無線の向こうの人物の返答が来る事はなかった。どうやら、アキバガーディアンに捕まったと言うべきだろうか。

「どちらにしても、あなた達の様な悪意の塊、ネット炎上を更に悪化させる勢力を放置するわけにはいかない」

 イナズマがアンテナショップを出ると、そこに待ちうけていたのは長門未来だった。

インナースーツで少しやせているようにも見えるかもしれないが、彼女のぽっちゃり体格は目立つと言ってもいいだろう。

「私は政治的部分には口は突っ込まないけど、ARゲームが流血を伴う戦場になるのは……見ていて不愉快だわ」

 長門は『不愉快』の部分が弱気で、他は強気と言う様な口調でイナズマに話しかける。

「長門未来、君は大淀はるかの発言がネット上で悪用されると考えて動き出した……違うか」

 イナズマの方も若干だが発破をかけてみる。当たるかどうかは分からないが……。

「ARゲームはアニメやゲームであるような『玩具で世界征服』の様な事に利用されて欲しくない。大淀の発言は、それ以上の部分も見ていた」

 この話を聞き、イナズマの方は若干驚いていた。『玩具で世界征服』と言う単語が出てくるだけでも、アカシックレコードの『流血を伴うシナリオ』という回りくどい表現を砕いたと言える。

「ARゲームで怪我人が出ないという事自体、違和感を持つしかなかった。そう言ったご都合主義の積み重ねこそ、この世界の正体とは思わないか?」

 イナズマの質問とも言える発言だったが、それに長門が答える事はなく、彼女は別の話題に切り換えた。

「あなたが渡したARウェポン、あれはバルバドスね」

 まさかの直球発言にイナズマは凍りついた。渡したという部分で誰に渡したか、そこに関して長門は言及していないが……百も承知だろう。

「あれを持たせる人物を間違えれば、『玩具で世界征服』は現実化する。それこそ創作という一言で済ませられるような事が、4次元の壁を破って実現するだろうな」

 長門よりも先に、イナズマの方が一言を残して姿を消した。一体、イナズマは何を考えていると言うのか。



 数日前、あるソース不明の記事が拡散し、奏歌市外で話題となった。

何故、市外なのかは――別の理由がある可能性が高い。

【ARガジェットの転売不可と言うのを把握せずに転売しようとした連中が逮捕されたらしい】

【これによって、他のジャンルにも飛び火して大手オークションサイトは閉鎖になったらしいぞ】

【閉鎖はガセじゃないのか?】

【さすがに閉鎖はガセ――!?】

【転売チケットが問題視され、対策をしている話はあったがARガジェットの転売は出来ないのか?】

 市外で話題になったのはARガジェットの転売についてだ。

アンテナショップでも転売禁止であるという事も明記され、不要になったガジェットは買い取りを行っている。

実際、これをきっかけにしてARゲームに無関係なジャンルの転売が禁止となったケースもあった位だ。

ARガジェットの転売禁止には、チートガジェットやARウェポンが違法改造されて現実の武器になってしまうと言う可能性もあったからのようだが……。

【さっき、慌てていたのは?】

【閉鎖がガセと思って大手サイトへ行ったら、ショッピングサイトに変わっていた】

【しかも、オークションサイトとしては終了と告知されている】

【どのジャンルにも悪質な転売屋が存在するのは当たり前であり、それは避けて通れないのだが】

【こちらのジャンルは魔女狩りが続いているらしい】

【ガジェットが過激派集団に渡れば、それこそ……流血のシナリオが始まる】

 下手に、この話題を追求すればアキバガーディアンに睨まれると判断した一部ユーザーが、話題を別の物に変えようと提案し、この話はしばらくして終了となった。

【そう言えば、草加市内では地方ニュースでよく見るような特定の事件が減ったという】

【過激派組織絡みの銃撃事件は起きていないが、ソレの事か?】

【過激派自体は存在しているが、俗に言う暴力団や右翼等ではないようだ】

【どういう事だ?】

【噂によると、超有名アイドル投資家等が草加市の過激派組織として居座っているらしい。まるで、暴力団から超有名アイドルファンへ入れ替わっただけ】

【もっと別の時期に超有名アイドルファンによるディストピアと言う話題が出たが、それは皮肉でも何でもなかった】

 つぶやきサイトの話題はARゲーム特区である草加市に向けられている物なのだが、このつぶやきは県内で閲覧する事が不可能だった。



 都内某所、アキバガーディアンのデータ管理室、そこには一部の特殊犯罪者が収監されていた。

ここで収監されているメンバーは、殺人や人身事故の様な犯罪者ではない。そうした部類の犯罪者はアキバガーディアンの管轄外であり、警察に引き渡されている。

彼らが収監している人物、そのほとんどがコンテンツ流通妨害や超有名アイドルを意図的に他のコンテンツよりも上に……という人物が大半。

中には保護観察処分で釈放されているケースもあるが、これは収容出来る人数に限りがある為だ。下手に他の刑務所を間借り出来ないのにも別の事情が存在するのだが。

「ARゲーム特区、やはり何かが間違っている」

 VIP待遇とも言えるようなエリアにいたのは、メビウス提督だった。彼に関してはミュージックオブスパーダにも関係していた事もあり、アキバガーディアンからは特に優遇されている。

彼も元々はガーディアン関係者と言うのもあるのだが、『関係者』と言うだけで身内に甘い体制である事を拡散されないようにしている可能性もある。

しかし、この真相を知っているのは一部しかいない。

「面接を希望しているお客が来ているぞ」

 スタッフの一人がメビウス提督の牢屋……と言えるか疑問の部屋から連れだした。



 面接部屋へ向かう途中、メビウス提督は誰が面接に来たのかを聞こうとしたが、向こうも詳細は知らないらしい。

「到着したぞ。時間に関しては特に制限していない。面接が終わったら、呼び鈴を鳴らせばスタッフが駆けつけるだろう」

 男性スタッフは別の人物を迎えに行く為に、ここからは姿を消す。結局、誰が面接に来たのかは知らずじまいだ。

「貴様は――南雲蒼龍!?」

 メビウス提督は、パイプ椅子に座っている人物が南雲蒼龍であった事に驚きを隠せずにいた。

ザル警備と思われかねない殺風景な部屋、そこには折り畳み式のテーブルとパイプ椅子が2つ、その片方には南雲が座っていたのである。

南雲と言えば、ミュージックオブスパーダの開発者であり、複数のARゲームのスコアプレイヤーとネット上で言及されているが……。

「メビウス提督――聞きたい事がある」

 彼の目つきを見ると、遊び半分で面接に来た訳ではなく真剣そのものだ。この場所を知っているのは、アキバガーディアンでも一握りの存在である。

それに加えて、この施設はゲームセンターに偽装されており、警察やフジョシや夢小説の勢力にも突きとめられていない。

その場所を的確に特定し、ピンポイントに面接に訪れると言う南雲の行動力……それはメビウス提督が驚くのも無理はなかった。

「何を聞きたい? あの事件に関しての依頼人を話す気は全くないぞ。その一件は依頼人からも他言無用と言われている」

「その事件に関しては、こちらでも別のルートで調査している。聞きたいのは、そちらではない」

「ならば、何を聞きたいと言うのだ。ここまで足を運ぶ価値のある情報、それは一連の襲撃事件ではないのか?」

 一連の襲撃事件とは、メビウス提督が起こした一部勢力をおびき寄せる為の襲撃の事を指す。しかし、南雲はそちらに無関心と言うよりも、二の次に思える。

そして、彼はタブレット端末から素早い手つきでアプリの一つを起動し、スクリーンショットと思わしき画像をメビウス提督に見せた。

「このガジェットに見覚えはないか? 名前はバルバトスと言う」

 スクリーンショットには、バルバドスと呼ばれる槍にも似たような武器を構え、サバイバルゲームのプレイヤーを次々と倒す人物が映し出されていた。

「ソロモン72柱を名前の由来とするバルバトス――見覚えはないな」

 見覚えがないと聞いた南雲は、次の画像をスライドして表示させた。今度はミュージックオブスパーダのプレイ中に撮影された物の様だが――。

「質問を変える。この人物には見覚えがないか? 山口飛龍、お前も音楽ニュース等で聞き覚えがあるだろう」

「山口飛龍、お前は奴の何を知りたい?」

 山口飛龍、その名前を聞いたメビウス提督は表情を変えた。一体、南雲は彼の何を聞きたいのか。

「彼は本当に、あの音楽ゲームの出身者ではないのか。サウンドオブ――」

「違う。彼は決して、向こう側の人間ではない。ましてや、同人音楽ゲームの――」

 南雲がある音楽ゲームのタイトルを出そうとした途端、急にメビウス提督は怯え出した。そして、彼は口を滑らせて別の音楽ゲーム作品のタイトルを口にしようとしていた。

「成程。あの時から引っ掛かっていた物があったが、別の音楽ゲームで楽曲提供をしていたのか」

 南雲の方も彼の名前を聞いて何か引っかかるものがあり、動画サイトで彼の名義で発表された楽曲を何曲かチェックしていた。

それらの楽曲に共通するのは、J-POPとして発表する楽曲ではなく、最初から音楽ゲームを前提にして作曲していた物である、と。



 それから彼はいくつかの質問を行い、メビウス提督から情報を聞き出していた。それから30分は経過した頃である。

「最後の質問だ。ARゲーム特区、あれが生み出されたのは町おこしという話が表向きに発表されている――」

 南雲は最後の質問と宣言、その内容を途中まで聞いてメビウス提督は何か疑問を持ちだした。

襲撃事件関係を聞き出すのかと思ったら、ARゲームの誕生由来、超有名アイドル商法等――アカシックレコードに乗っている物ばかりである。

そちらを調べれば早い話ともメビウス提督は切り返したのだが、それでもしぶとく聞いてくる。

そう言ったやり取りが何度が続く中で、メビウス提督も南雲が何を本当に聞きたいのか興味を持ちだした。

「あれの真の目的、それは新たなARゲームを利用し、超有名アイドル商法を越えるコンテンツとして売り出そうと言う事だ」

「それは、本気で言っているのか!? ARゲームを開発していたお前が?」

 南雲は何となくだが草加市の意図を理解し始めていた。町おこしをするのであれば、草加せんべいを初めとして独自の物は存在する。

しかし、彼らが要求したのは超有名アイドルを越える集客力を持ったコンテンツだった。

遂に南雲は売れる作品とは程遠いようなARゲームを開発し、それがミュージックオブスパーダである。

「結果として、ミュージックオブスパーダはネット上の過熱ぶりを含め、予想外のヒットとなった。ここ数カ月だけでも10億円の売り上げがあったと聞く」

「10億だと? 南雲、お前はそれでも草加市の考えを疑問に思うのか?」

「当たり前だ。超有名アイドル商法では国家予算も比べ物にならない程の利益をあげている。自分から言わせれば、超有名アイドル商法はソーシャルゲームの外部ツール――つまり、あってはならない物だ」

「そこまで考えていて、何を聞きたい? アカシックレコードの真意であれば、聞くだけ無駄だ」

 メビウス提督は、それを前提に南雲が何を聞きたいのか想像が出来ていた。それを踏まえ、アカシックレコードに関しては答えない事にした。

「アガートラームの所有者、大和杏について聞きたい」

 予想外の事だった。大淀はるかに関して聞きたいと言う可能性もあっての前提発言だったが、彼が聞きたいのは大和杏についてだった。



 メビウス提督は数秒程の黙り込み、知っている範囲の話をする事に決めた。

「ネット上でも色々な憶測記事、金目当ての炎上サイトでも情報は存在する。しかし、それ以外で聞きたいのか?」

 メビウス提督の忠告とも言える一言を聞き、南雲は無口で首を縦に振る。

「大和杏、奴は音楽ゲームのイースポーツ化を提言しているが……それは、ある目的による物と言われている」

 そして、メビウス提督は南雲のタブレット端末を要求し、そこで何かの検索ワードを入力し、その検索結果から別のARゲームサイトを表示させた。

「ハンドレットランカー、音楽ゲームでトップランカーと言われる存在と同等と言われているが――それ以上は分からない」

 メビウス提督は別ARゲームのランキング表を表示させ、1位のプレイヤーを指差した。

「ハンドレットランカー、あれは知力チートとかパワーチートの様なネットスラングで片づけられる存在じゃない。その証拠に、アカシックレコードにも記載がないだろう?」

 その後、メビウス提督からは有力と言える情報は得られなかったが、何となくハンドレットランカーが何かと言うのは南雲には分かったのである。



 6月16日、あれから理論値をはじき出すプレイヤーは現れずじまい……と思われたが、課題曲の2曲目で大淀はるかが理論値を叩きだした。

【大淀も理論値を出したらしい】

【初日に出すとばかり思っていたから、このタイミングで出した事には驚いた】

【しかし、大淀のガジェットはパイルバンカーとばかり思っていたが】

【ガジェットが大破して新調したという話だ】

【相当な無茶をしない限りはガジェット大破はあり得ない】

【相当な無茶って?】

【ゲーセンで言うと、台パンとか――】

【ソレはさすがに、ARゲームでやるとマナー違反なのでは?】

【ARゲームの場合はガジェットの酷使と言うのはザラのようだ。レンタルではさすがに大破と言うのはあり得ないが】

【思っている以上にARゲームは苛酷なのだな】

 実際、ARゲームはジャンルによってはぬるま湯と例えられるゲームもあれば、地獄と例えられる物もある。

このような大差が出たのには、色々な理由が存在する。



 第一にARゲームでは流行と言う概念がない。どのゲームが人気でも、Aと言うゲームとBと言うゲームでユーザー間の干渉がないのである。

このような状況が生まれたのには、色々な大人の事情もあるのだが……それ以上に、こうした過剰とも言える仕切りに関してはある種のガイドラインもあった。

【分かりやすい例で言えば、フジョシ勢の流行の移り変わり。それでも分かりづらければ、ラグビーの日本代表が予想以上の活躍で、唐突にラグビーがマスコミなどに持ちあげられるとか――】

【ラグビーの例えは分かりやすいな。しかし、それとARゲームに何の関係が?】

【超有名アイドルが宣伝を行おうとした事例があって、こうしたタダ乗り便乗等を規制した結果――ジャンルによっては過疎化している物と繁盛している物で差が生まれたらしい】

【つまり、過疎化しているジャンルは超有名アイドルの宣伝力を頼ろうとしていた、と言う事か?】

【決定づける証拠はないのだが、間違っているようで間違っていない】

【どうしてだ?】

【確かにテレビで超有名アイドルが出演している番組で取り上げられれば、注目度は上がるだろう】

【しかし、超有名アイドルの方を目立たせて視聴率を狙う番組が多い関係もあって、数秒紹介されて終わりと言うケースもある】

【ああいう番組に限って、アイドル上げの様な傾向である事が多い。ARゲームの方が引き立て役にされたりかませ犬にされるのを恐れて、あのような制限を入れたのだろう】

【実際、アカシックレコードでも似たような事例が書かれていた。つまり、アカシックレコードが一種の予言書と言われる理由は、ここにもある】

【こうしたタダ乗り便乗勢力が違法な利益を得ないようにする為、さまざまなガイドラインが作られた結果が……過疎化ジャンルと人気ジャンルの差が出来た原因とも言えるだろうな】

 さまざまなつぶやきが流れる中で、スマホを片手にある人物はダイエットコーラを飲んでいた。

「タダ乗り便乗、流行に流されるだけ、そう言った人間を利用して【一億創作作家育成計画】の部類は無謀の一言だな」

 ホテル並みの優遇された部屋、パソコン、テレビ、ステレオ等も置かれており、更には冷蔵庫にはペットボトルのコーラ、アイス等も常備という……どう考えても、牢獄とは思えない部屋。

そこで情報収集をしていたのはメビウス提督である。この優遇された部屋の中で異質と言えるのは、複数の監視カメラだろうか。唯一置かれていないのはトイレと浴室位だ。

「あの時の南雲は、どう考えても向こうの世界に対して興味を持っているように見えたが」

 先日、南雲蒼龍はハンドレットランカーについても聞いていた。



 あの時、彼は面接部屋の方へやってきた。実際、面会ルームと言うのも存在しているからだ。

「ハンドレットランカー、あれは知力チートとかパワーチートの様なネットスラングで片づけられる存在じゃない。その証拠に、アカシックレコードにも記載がないだろう?」

「アカシックレコードは常に書き換わる。流行のジャンルがあれば、そちらへ流れるように」

「そこまで知っていて、何故にハンドレットランカーについて尋ねる?」

「彼女が持っているガジェット、それはアガートラームの疑惑があるからです」

 南雲は衝撃的な発言をした。彼は大和杏がアガートラームを持っていると考えていたからだ。

「アガートラームと言えば、全てのチートを過去の物にする位の威力があるガジェットじゃないのか?」

「その能力は外部ツールやチートを全て無効化する物。あの力が使われれば、嫌でも実力だけで戦わなくてはならない」

「アガートラームの力は圧倒的だ。チートなしで勝つのは難しいだろうな」

「それが楽をしてクリアしようとしたプレイヤーに対しての裁き――と言うには、おかしいかもしれませんが」

「ひとつだけ付け加えておくが、お前は何故に面接部屋を使った?」

「面接であれば時間無制限で対応できると聞いた。だから、敢えて書類を用意して面接として通したまで」

 どうやら、南雲が面会ルームを使わなかったのには理由があった。後日、その際に持参した書類を監察院から手渡しされたのである。



 メビウス提督が書類を手渡しされて数日後の6月16日、彼は条件付きで釈放となった。

どうやら、有力情報を絞りだせないとアキバガーディアンが判断したのか? 実際には情報と言う情報を得られなかったというのも理由だが。

『君が過去にガーディアンとして活躍していた功績を配慮し、一週間の観察処分とする』

 ガーディアン側の上層部は、観察処分と言う事で決着させた。有力な提督を手放すのを痛手と考えたのかもしれない。

「パルクールの方や別のARゲームに人材が流れた結果が、この処分と言うべきか」

 メビウス提督は釈放後、自宅の方へと戻る。竹ノ塚の某所にあるのだが――。

「部屋を借りているぞ」

 そこにいた人物、それは予想外とも言える人物だった。寄りにもよって、明石春である。

「どういう事だ? 部屋の中で情報になりそうな物を押収しに来たのか」

「そうではない。単純に冷蔵庫の食糧とか――もったいないからな」

 話がかみ合わない。冷蔵庫は何も入れていないというか、捕まる前日にはコンセントを抜いたはずだが……?

「冗談だ。丁度、隣の部屋だったからな。色々と事情を話して、合鍵を借りた」 

 更に話が……。隣の部屋とか言い出したのだが、ここはアキバガーディアン管轄の合同寮のような場所ではない。一体、彼女は何をする為に来たのか?



 6月17日、メビウス提督の部屋にいた明石春は自分の部屋へと戻っていた。この家はいわゆるシェアハウスと呼ばれる物ではないが、マンションと言うには構造も違う部分がある。

「アガートラームがチートとは違う概念を持っているのは間違いない。しかし、それを立証できるほどのデータも足りないのが現状か」

 明石は大和杏が使用しているアガートラームがチートとは違うと考えているのだが、その決定打となるようなデータは明らかに足りない。

ネット上ではアガートラームをチート武装の一つとしてカウントされている理由に『相手の能力無効化』と言う物がある。

【アガートラームの能力無効化はチートの一種じゃないのか?】

【サバイバル系のARゲームではチート認定はされていないが、アップデートで使用制限がかかったようだ】

【しかし、あのスキルは特定条件下でしか発動しない。つまり……相手側にも何かの条件が達成された場合にか発動しない可能性が高いだろう】

【どんな条件だ? 体力が一定以下のような格ゲーでもあるような条件か?】

【ソレが分かれば苦労しないが、面白い情報がある。このURLに書かれている動画を見ると良いだろう――】

 URLありのつぶやきが流れ、その動画を明石も確認する事にした。



 その動画の投稿日時は6月15日と記載がある。投稿日時とプレイ日時が一致しないのは良くある事だが……。

「なに、これ――」

 明石も動画の内容には動揺を隠せなかった。他の動画視聴者も同じような意見の為、反応としてはあながち間違いではないらしい。

動画の内容を簡略的に説明すると、大和が楽曲の選曲後にアガートラームを装着している方の右腕が輝きだしたのだ。

その後、対戦相手は全力を発揮することなく演奏失敗、大和の方はフルコンボを決めると言う流れになったのだが……。

【この数日後、対戦相手は外部ツールを使っていたとしてアカウントが凍結されたようだ】

【もしかすると――外部ツールやチートを使用している対戦相手に限定して発動するのでは?】

【そうだとすれば、大和が意図してチートプレイヤー狩りの様な事をしていたのかも納得出来る】

【だが、そこまでチートを嫌う理由は何だ?】

【単純に違法な事をしてまでハイスコアを狙おうとする自慢プレイヤーに嫌気がさした……だけでもなさそうだな】

【彼女の目的はARゲームのイースポーツ化と聞いている。おそらくは、不正プレイで賞金を刈り取られる事を懸念しているのかも】

【それならば、南雲蒼龍が賞金制に疑問を持っていた事も分かる】

【刈り取られた賞金が、超有名アイドルへの投資に使われると言う事か?】

【過去に振り込め詐欺で逮捕された犯人が『アイドルグループのグッズやCDの購入資金にした』という話があって――】

【これを封じる為にARゲームの賞金制度を禁止にしていたのか?】

【厳密には禁止ではない。制限をかけていただけだ】

 様々なやりとりを見ていく内に、明石は過去に自分が見てきた光景を唐突に思い出した。

その時もミュージックオブスパーダとは違うが、賞金を巡って醜い争いが起こり、超有名アイドル勢が様々な理由を付けて賞金を刈り取る事案が発生した。

しかし、この事件の真相は警察及び運営サイドが協議した結果、同じような事案の発生を防止するという理由で詳細は公表しない事になったのである。

これに関してはマスコミからも真相の追求があったようだが、それを阻止したのがアキバガーディアンだった。

「ハンドレットランカーもトップランカーも――同じランカーだ。所詮はチートを使っていなくても、不正プレイヤーが出現しただけで疑われる」

 明石は過去の事例を踏まえ、ランカーという種族はチート勢と結局は同じだと思い込んでいた。

しかし、その思い込みは思わぬ場所で無意味だったと理解する事になる。



 6月18日午前11時、遂に最後の課題曲でも理論値が記録された。理論値を出した人物は、意外な事に大和である。

「チート勢に対し、違法アプリは無意味だと知らしめるつもりが……理論値を記録したと言うのか」

 大和の方もスコアリザルトを確認するが、実感がわかない。いわゆる放心状態に近いだろう。

「アガートラームの力は、あくまでもチートの無力化のみ。ガジェット自体の力は他のガジェットと変わらない」

 この曲がプレイ終了したと同時に、大和はゲーム終了となる。他のプレイヤーとすれ違った際、何かのオーラを感じたのだが……気のせいと思う事にした。

【理論値が出そろったか】

【しかし、3曲とも別のプレイヤーが理論値一番手となった。問題となるのは、ここからだろう】

【それぞれの曲で使用するガジェットを変える必要はないのだろうか? 実際、理論値を取ったプレイヤーは使用するガジェットのタイプが違うと聞く】

【ガジェットを曲ごとに変えるのは、タイミング等が掴みづらくなるからお勧めできない。使いなれたガジェットで挑戦するしかないだろう】

【ウィキの攻略法に頼り切るのも問題がある。稀に偽情報がまぎれる事もあるからな】

【ネットの情報を鵜呑みにしてプレイするのも危険か。特にARゲームの場合は、それを痛感される】

【RPGであれば一本道もやむ得ないが、これは音楽ゲームだ。攻略法は人によって違うはず】

【それに、ミュージックオブスパーダの場合は攻略法が一定ではない。固定パターンが確立された場合にはアップデートで対応しているようだ】

【それって、意図的に攻略させないようにしているのか?】

【そう言う訳ではないだろう。TCGでもメタデッキが確立されたり、バランスブレイカーが出回ると、その対策の為に禁止カードを設定する等の対応をするはずだ】

【格闘ゲームでも一定のパターンが確立されると、調整が入る事があるな】

【音楽ゲームでこの手のバランス調整も珍しいが――いわゆる挑戦と言う事かもしれない】

 大和がつぶやきのタイムラインを確かめた辺りで、案の定というか理論値の出し方なども議論されていた。

「音楽ゲームのイースポーツ化を考えるならば、パターンという考えは排除するべきだろう」

 大和は音楽ゲームのイースポーツ化をあきらめたわけではない。ARゲームのイースポーツ化は別の人物に任せると言う手もあるのだが……。

一方で、音楽ゲームのイースポーツ化に反対する勢力も存在する。そうした勢力に命を狙われている訳ではないが、警戒を解く事はなかった。

「どちらにしても、音楽ゲームのイースポーツ化で反対する分野は検討が付いている。また、超有名アイドルの亡霊がミュージックオブスパーダに現れると言うのか」

 ドーナツを口にしながら、大和はコンビニ前のベンチに座り、各種情報を集めていた。超有名アイドルはミュージックオブスパーダからは撤退したはずなのに……。



 同日午後1時、次々と理論値を記録するプレイヤーは現れるのだが、一部は外部ツールやチートを使用したとして失格扱いになっている。

【あっさりと理論値が増えるはずはないか】

【長門未来やビスマルクも苦戦していると言うのに、ポンポンと理論値が出されたら困る】

【上位ランカーは地力も付いていると聞く。そうした勢力に対抗するには、それ以上の努力が必要になるだろう】

【それをチートで楽しようと考える人物、ああいう目立ちたいだけの勢力がARゲームの過疎化を生み出すと気づかないのか?】

【その議論はするだけ無駄だ。ソーシャルゲームやブラウザゲームでも外部ツール議論は何度もされている。その結果が、外部ツール禁止法案だ】

【向こうの方は法案が成立していたのか。ARゲームのチートが出回っている理由は、そちらの方ではチートが売れなくなった為に……と言う事か】

 チート議論も展開されているのだが、こちらに関しては県外のつぶやきである。埼玉県内ではブラウザゲーム等で使われるチートのつぶやきは出来ない。 

その理由として、埼玉県内ではソーシャルゲームでもイースポーツの種目に出来るように外部ツール禁止法案が出された為だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る