第13話:激戦区の始まり(その1)

 5月29日午前12時、山口飛龍のプレイに乱入してきたファントムと名乗る人物が姿を見せた。

「山口飛龍……聞き覚えがあると思ったら、あのコンテストに入賞した作曲家か」

 ファントムは山口の事を作曲家として見ている。その上で、彼はミュージックオブスパーダで決着をつけようと考えた。

 そして、山口はクラシックアレンジのジャンルから革命を選曲、ハンマーガジェットを操るファントムと激突する事になったのである。

 今回のプレイ動画に関しては、ファントムに偽名疑惑が浮上する程の動作、本当に同ランクバトルだったのか……という疑問が存在する。

【この動きは常識を超えている。あのスピードはスピードレースのアスリートでも出せるかどうか分からない】

【お互いに外部ツールの使用は認められない。だからこそ、動画が公開されている……違うか?】

【ブースト系のスキル自体は他のARゲームに存在はしているが、音楽ゲームにあるかと言われると思い当たるものがない】

【一体、どうやったらあのスピードを出せるのか?】

【動画を見ても、早送りなどの編集がされた部分もない、外部ツールの使用疑惑もない、ガジェットも正常に動いている……何処にトリックがあるのか】

【トリックに関しては、以前にもあったようだが……全てが駆逐されたように思えるが】

【わずか数日でチートが全て排除出来るとは思えない】

【しかし、チートの広まり方は日進月歩と言うか……もぐた叩きを思わせる】

【何とかしてエンドレスを防ぐ方法はないのか】

 ファントムの俊敏な動きにため息を漏らす一方、動画のコメントには様々な思いが書かれているようだ。

 つぶやきサイト上でも話題となっており、ファントムの正体に関して色々な説が浮上する程。

【DJイナズマがファントムかもしれない】

【あの体格だと、実は女性だったりして】

【確かに、あのプレイヤーはプレイ中は一貫して顔を隠していた。おそらく……】

【複数アカウントは禁止されているのに、DJイナズマや大和杏を引き合いに出すのは……】

【本当に素人プレイヤーなのか? アスリートがARゲームをトライしても思うような成績が出せなかったというジンクスがあると言うのに?】

 ファントムの正体に関しては、まとめサイトによると複数アカウントを持っていないプレイヤーである事は分かったのだが、それ以外は不鮮明すぎる。

 結局は謎の人物と言う事で結論は出ていたが、運営スタッフであるという可能性も否定できない。

【実際、ゲームのバランス調整や不正ツールの検出を目的として運営スタッフがダミープレイヤーで参戦している話もあるが】

【確かにダミープレイヤーであれば、偽名でも納得出来るが……】

【それでも色々な部分で無理が生じる。山口の機動力を踏まえると、なおさらだ】

【結局、あのファントムはチートを使用していないリアルチートのプレイヤーと言う事になるのか】

 さまざまな意見が交錯していく内に、ネット上では大淀はるかに続くランカー候補のプレイヤーが衝撃デビューを果たしていた。



 同日午後2時、身長167センチと言う平均的身長の女性、信濃リンがミュージックオブスパーダに衝撃デビューを果たした。

 最初の数度に関しては他の音楽ゲームとシステムが違う為か目が追いつかないという部分もあったかもしれない。

 それに加え、パワードスーツを思わせる重装甲系ガジェット、音楽ゲームをプレイするような服装とはかけ離れたインナースーツにARギア、ガトリングガジェット……他にも多数ある。

「複数のノーツへ対応する為にガトリングを選んだのが逆効果だったのか……」

 信濃はガトリングを構えるのだが、照準が定まらないという展開が何度も続いた。ガトリング自体は重装甲ガジェットと相性は良いのだが、使いこなすにはかなりのスキルが必要となる。

 中には、初心者用のガジェットであるハンドガンで二丁拳銃を披露したり、アクションゲームの主人公を思わせるアクロバットを披露するような人物もいるが、大怪我を招くようなプレイに関しては基本的には禁止となっていた。

 しかし、それでも暴走したプレイヤーは他人より目立ちたいという理由だけで、オーバーアクションを披露し、一部のゲームでは実際に入院と言うプレイヤーまで出てしまった。

 怪我人が出たのはARゲームではないのだが、システムとしてはARゲームと類似した物を使っている。その為、ARゲームではないのにARゲームの方が叩かれると言う有名税のような展開が続いているのが現状だ。

 こうした状況を重く見たARゲームメーカーは、安全性に特化したセーフティーを初めとした各種システムを開発、それをARゲームに組み込む事で安全である事をアピールした。

 それが、ゲームをプレイするのには不釣り合いなインナースーツ、ARガジェット、バイザー類である。まるで、SFアニメに出てくるようなパワードスーツを思わせ、下手をすれば軍事転用や戦争に投入される事もありえる……と発表当時は批判の方が多かったらしい。

「しかし、それを乗り越えてこそ……ゲームの楽しみが見えてくるはず」

 信濃の目つきは、今回のプレイを捨てゲーにするような雰囲気ではなく、エンジョイ勢の様にゲームを純粋に楽しんでいるような物だった。



 5月29日午前12時30分、山口飛龍とのマッチング終了後、ファントムはある一言をつぶやいた。

「この先の世界、下手に足を踏み込めば後戻りはできなくなる」

 この一言は、山口にとっては何度も聞き飽きている。最低でも、バウンティハンター、大和杏には言及された。

「それは、ミュージックオブスパーダか、それとも……」

「コンテンツ業界全体を揺るがせるような存在……まとめサイトやつぶやきサイトのわずかな情報で、全ては水の泡になる事もある」

「まとめサイトは申請制度が適用されつつあると言うが、つぶやきサイトも規制の動きがあるのか?」

「そこまではないだろう。しかし、日本人口全てにつぶやきサイトのアカウント所持と言う事が法案化されたら……どうなるか分かるな」

「超有名アイドル投資家等が情報誘導を行う可能性もある?」

「その通りだ。これも仮設でしかないのに加え、アカシックレコードの受け売りだ」

 ファントムの方は正体を見せることなく姿を消したが、スタッフ腕章らしきものは確認できたので運営の一人なのかもしれない。



 同日午後3時、動画サイトにアップされたミュージックオブスパーダのプレイ動画が話題になっていた。

 投稿者は上位プレイヤーなのだが、そのマッチング相手には衝撃を受けるユーザーが多かった。

【まさか、運営総本山が動くのか】

【コンテンツ業界を変えようと言う動きは本物だったのか】

【ARゲームのイースポーツ化をすれば、それこそ金目当ての傭兵崩れ等が生まれるのは明らかだ】

【どう考えても、あの能力は技術だけでフォローできる物ではないぞ】

【もしかして、あれが噂のリアルチートでもいうのか】

 動画のコメントには、様々な反応が書かれている。半数はマッチングプレイヤーに対しての反応だった。

【南雲蒼龍……あの南雲だと言うのか?】

【音ゲーの間で南雲と言えば、あの人物が思い浮かぶ】

【その南雲とは別人なのは間違いないだろう。関連性も薄いのに加え、あれだけの運動技術があるとは思えない】

【運動技術ではなく、ガジェットの能力も考えられないか?】

【あれだけの運動性能をフォローできるようなプログラムが確立されているかと言われると……断言はできない】

【ARロボットも技術革新があり、それこそ災害救助用や警察に配備されるようなロボットに転用できる技術も確立されたが……】

【ARゲームに他のAR技術からの類似例があってもおかしくは――】

 さまざまなつぶやきも流れる中、注目が行くのは南雲蒼龍という人物だろう。



 同日午後4時、自宅に一時的帰宅をした大和杏は、タブレット端末で南雲のプレイ動画を見ていた。

「ゲームのシステムさえも知りつくすと言われている南雲蒼龍、彼でさえもスコアは総合3位――」

 プレイ動画をチェック後は、ARガジェットでミュージックオブスパーダの総合スコアランキングを確認する。

「南雲が3位、2位は大淀。この辺りは少し前と変化はないが……!?」

 大和が驚いたのは1位になっていたプレイヤーが突如として入れ替わっていた事である。

 それは、少し前に4位となっていた長門未来が、気が付くとトップランカーになっていたのだ。

 こうなったのは理由があり、少し前に1位となったプレイヤーは外部ツールによる不正プレイが発覚してのスコア全損のペナルティを受けている。

 以前にもツールによる不正プレイは指摘され、その度に外部ツール対策をしてきたのだが……巧妙化するマクロやBOT、身代わりプレイ等もチート規制に拍車をかけていた。

「長門の1位は予想出来ていた。しかし、スコアラッシュと言えば山口飛龍も該当するが、どういう事だ?」

 ミュージックオブスパーダのスコアランキングは強制参加である。個別の公開データでスコア非表示のオプションは選択できる一方、総合スコアランキングは全員参加である。

 山口飛龍に関しては100位以内で名前を確認出来たのだが、あの実力で釣り合わない順位と言うのが逆に大和が疑問を持つきっかけとなっていた。

「むやみに目立てば、それだけ超有名アイドルファン等に叩かれる可能性はあるが……」

 超有名アイドルファンやアイドル投資家、政治関係者等は既に警察にも大漁に逮捕され、こちら側へ仕掛けてくる事は非常に少ない。

 逆に警戒すべきは、フジョシ勢や夢小説と言った勢力、まとめサイト等の炎上勢力である。それに加えて、大和は別の存在も懸念していた。

「ARゲーム否定派……彼らが下手に発言力を強くすれば、コンテンツ業界は再び超有名アイドルの独占市場に逆戻りする」

 別の呼び方も存在するARゲーム否定派、彼らが超有名アイドル側に肩入れすれば……歴史が繰り返されるのはアカシックレコードでも警告している事だ。

「どうすれば、連中を黙らせられる? 力づくでは、やっている事は超有名アイドル勢と同じだ」

 考えていても仕方がないので、大和は夕食の準備を始める。カップ麺等ではなく、ちゃんとした料理を作ろうと考えるのだが……。



 午後4時30分頃、自宅で大和杏はテレビを付けながら夕食を作っている。

「ニュースでは国際情勢のニュースばかりがメインで取り上げられている。国内のニュースでも交通事故等の様な物ばかり……」

 大和はラーメンの麺をゆでながら、テレビの方を見ているのだが……ラーメンの方をスルーしている訳ではない。

 テレビと言っても、キッチンの後ろに置いてあるタブレット端末でラジオ代わりにチェックしていた。その為、ラーメンの方に集中出来るという訳である。

 ラーメンの具はねぎのみじん切り、なると、わかめと言った物に、何故かポテトコロッケが準備されている。それに加えて、ひとかけらのバターも……。

 しばらくして麺の茹で終わりを確認し、スープの方も準備する。余談だが、スープは本格的なものではなく袋麺についていた醤油味のスープである。

「見た目は本格的。でも、あのアカシックレコードに書かれていたラーメン店と同じ味は不可能だけど――」

 大和はアカシックレコードで料理のレシピも調べており、そこにあったコロッケラーメンを再現しようと考えていた。

 他にも春雨サラダのサンド、たこ焼きのたこをチョコに変えたようなチョコ焼き、その他にも誰も発想しないような料理レシピがアカシックレコード内に存在する。

 おそらく、これらのレシピは別の世界で存在していた料理を書きこんだ物と思われるが、実際に挑戦した人間からの報告は存在しないと言う。

 まずいという事で報告しないのではなく、他の料理店にレシピを独占されるのではないか……というジレンマが働いている可能性は否定できない。



 同日午後5時、テレビのニュース番組では超有名アイドルを抱える芸能事務所の最大手に警察の強制捜査が入る事が報道され、テレビ局はそれ一色となった。

 唯一の例外はアニメで有名なテレビ局で、そこは数分程流しただけで次のニュースへシフトする。興味がないという訳ではなく、視聴率争いをしている訳でもない。

 これに関しては色々とネット上で言われているのだが一種の伝説として伝わっており、このテレビ局が緊急特番を組むのは地球滅亡時に限定などと神格化されていた。

 実際は予算的な部分等の諸事情と言われているが、ネット上ではその辺りをスルーしている様子がうかがえる。

【あのテレビ局は速攻で切り上げたな】

【他のテレビ局は同じニュースと言うと、明日の朝の報道バラエティーの方にも集中的に流す可能性がある】

【他のテレビ局は長期戦に突入する可能性もあるな。政治家の辞任などが飛び出さない限り、このニュースを続ける気だ】

【せっかく取材を受けたと言うのに、特集が潰されるのか――】

【別のテレビ局では、事故のニュースも簡略化されている。それだけ、あの芸能事務所支配が長かったという証拠か】

 ひとつの時代の終わりは、唐突にやってくる。この大手芸能事務所が積み上げてきた物は、おそらくはゴッドオブアイドルとは比べ物にならないだろう。

 その中で、わずかな不祥事や家宅捜索であっという間に潰され、この芸能事務所が立て直すのには相当の時間がかかると思われる。

 実は、この芸能事務所が抱えるアイドルグループと言うのは夢小説勢力が一番メイン題材にしていたであろう、あのグループだ。

 最近では県内某所で大きなライブを行ったが、地元からは思わぬ所でトラブルが起こる等の悲劇を生みだした存在でもある。

 アカシックレコードでも、このアイドルグループに関してはさまざまな世界で形を変え、反面教師として記述が残されているのが現状だ。



 5月30日、トップランカーになった長門未来だったのだが、その顔には達成感と言う物はなかった。

 トップランカーも一つの通過点にしか考えておらず、彼女が目指す目標は別にあったのである。

「ミュージックオブスパーダ、どちらにしても人を選ぶ音楽ゲームではあったが……」

 長門はプレイを止めることはせず、トップランカー到達後はエンジョイプレイとしてアップデートで更新された新曲などを楽しむ事にした。

 下手に力を入れ過ぎて大怪我をする可能性もあっての判断だが、ある意味でも長門の判断は正解となったである。

【ランカー狩りと言うか、夢小説勢の残党が動いているらしい】

【まだ超有名アイドルネタを引っ張ると言うのか?】

【彼らは3次元アイドルが国会を掌握し、全銀河系を握る位の妄想をしているのだろう。フーリガンと言う単語を使うのも、ファンに失礼だ】

【やはり、夢小説勢の一部にいる『悪目立ち』をする連中が、コンテンツ業界を苦しめる吐き気を催す邪悪だったという事か】

【悪目立ちする勢力は、他のまとめサイト等でも問題視され、こうした勢力さえも活性化させようと言う動きが一部の政党であるらしい】

【そんな事をすれば、本当に超有名アイドルが全世界線さえも――】

 ランカー狩りについて言及しているつぶやきの流れで、あるつぶやきだけが途切れると言う事態が起きた。電波障害と言う訳ではなく、メッセージは送ったはずなのに――。

【ある単語に関してはつぶやきサイトでも表示できないという事が言われているらしいが、こういう事か】

【つまり、その単語をつぶやこうとすると別の単語に差し替わるとか。例えば、『かきくけこ』とか……】

【そこまでのシステムがつぶやきサイトのプログラムに組まれているとは思えない。そうした技術があれば、もっと別の案件を規制するだろう】

 こうしたつぶやきを見て疑問に思ったのは、DJイナズマだった。彼は、規制された単語が何かを知っているからだ。

「アカシックレコード……遂に、向こう側が動き出す時が来たという事か」

 そして、彼はまとめサイト類を眺めつつ、何かを考えていた。

「まとめサイトも申請制度になり、コンテンツ業界も超有名アイドルに掌握されれば……それだけ危険性が増す。反超有名アイドルの過激派が大量破壊兵器を持ちだす程に」

「それこそ、ある程度のガイドラインを作る事も必要だが……臨機応変が可能なものにしなければ、コンテンツ業界は今度こそ滅びを迎えるだろう」

「創作された作品から影響を受け、そこから二次創作を生み出す事が不可能になる――メーカーから認められた一次創作しか存在できない世界」

 様々な事をつぶやきつつ、彼はインターネットのサイトを検索しつつ、そこからとあるキーワードを発見する事に成功した。

「超有名アイドルと【悪目立ちするファン】をイコールさせ、都合よく超有名アイドルを排除しようと言う勢力……そう言う事か」

 しかし、イナズマが発見した勢力は既に警察によってメンバーが逮捕されている。その正体とは、過激派とも言えるようなアイドルファンだった。

「アイドル投資家よりも性質が悪いと言うべきか……彼らの場合は、無差別テロも起こしかねないような軍事力も隠し持っていた」

 彼の言う軍事力、それはアカシックレコードから抽出したデータで作成した物だろう。しかし、アカシックレコードは流血のシナリオを起こすような存在を許さない。

「結局、アカシックレコード側が手を下す前に警察へ情報を横流ししたと言うのか……南雲蒼龍」

 彼らを警察へ密告した勢力、それをイナズマは南雲蒼龍を初めとした【音楽ゲームのイースポーツ化】を目指す勢力だと考えた。

 イースポーツと言っても単純に賞金制度を導入するような事ではないと思うが、一部勢力はARゲームにも賞金制度の大会を実装しようと思っている気配がある。

 果たして、南雲はどちらに所属するのか――?


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