第4話:チートすらも打ち砕く、その名はアガートラーム


 4月2日午後1時30分、奏歌市内のアミューズメント施設、そこに姿を見せたのは私服姿の大和杏だった。

「ここ数年で日本にもイースポーツが浸透し始めている。現状では格闘ゲームやレースゲーム、FPSやTPSに限られるが――」

 大和は複数のゲーム筺体を見ながら、周囲を警戒しているように思える。

 大和が危険人物と言う訳ではないのだが、彼女の思想はゲーム業界としては歓迎出来ないというのだろうか?

「しかし、イースポーツでもARゲームで懸念されているチート問題が議論され始めた。チートを使って賞金を荒稼ぎするのは、超有名アイドルが一部投資家ファンを利用してCDランキングを独占するのと同義――」

 彼女はゲームセンターに設置された機種を確認しながら、下見をしているようにも見えなくもない。

 ゲームをプレイするのが目的と言う訳ではなく、目的の機種が置かれているかだけを確かめるが正しいのだろう。

「大和、イースポーツにこだわる理由は何だ? 格闘ゲームやFPSでは納得できないのか」

 信濃リンは大和と少し距離を置いて同行しているが、大和の考えが分からずにいる。

 あの話を理解できたかと言うと難しいが――。

「確かに……イースポーツと言えば、格闘ゲームやFPS、TPS辺りの専売特許だろう。しかし、他のジャンルにもすそ野を広げようと考えていたジャンルもある」

「それが、音楽ゲームにも広まろうとした?」

「日本だとスマホのソーシャルゲーム等が広まり、箱物自体が敬遠されていた可能性もある。廃課金やコンプガチャが問題になった事、イベント等で思わぬトラブルが発生して炎上サイトが更に炎上……と言う事もあったな」

「大和はイースポーツに、何を求めているの?」

「求めている物は決まっているだろう……」

 大和はドヤ顔で断言する訳ではなく、大和にタブレット端末に表示されたある記事を信濃に見せる。

「これって、実況者や歌い手のようなカテゴリーを増やすという事?」

 信濃が見た記事、それは日本でイースポーツを広めようとしている別勢力を扱った記事。

 過去にイースポーツを広めようとしていた協会も存在していたが、現在は消息不明だ。

「カテゴリーの数を増やしたとしても、夢小説勢やフジョシと言った勢力が手を出すような事があれば……それをネタにして超有名アイドル勢がコンテンツ炎上を仕掛けるのは明白的だ」

 相変わらずだが、大和の話す内容には付いていけない。

 何か謎の電波でも受信しているのでは……という疑問も浮上する可能性がある。

「超有名アイドルの様な一部信者で形成し、それを政治家が税金の回収手段として悪用するようなケースを……それが許せないだけ」

 彼女が本音を話す事はなく、信濃に対しても真相は隠しているような気配を感じる所があった。

 しかし、超有名アイドルコンテンツだけを残すというような事はネット上で炎上する位に問題視されたのも事実。

「政治家が超有名アイドルの売り上げに目を付け、他のコンテンツを排除しようと言う展開を生み出した流れ……それは知っているけど」

 信濃の方も半信半疑である。超有名アイドルに関する騒動は何度もあった。

 それに加え、政治家が絡むような事態に発展した例も指折り数える程度という規模ではない。

「今回は政治家が絡むような事案はないだろう。既に別の組織が動きだし、首謀者を摘発している頃だ」

 大和の方は余裕があった。今回のミュージックオブスパーダで起こった騒動、それは政治家ではなく別の勢力が絡んでいる案件である、と。



 同日午後1時40分、山口飛龍はミュージックオブスパーダの設置されているエリアへと足を運んでいた。

「結局、ここへ戻ってきたか」

 山口がセンターモニターを見ると、別のプレイヤーがロボットの様な外見のボスと戦っていたのである。

「楽曲によって、敵の姿も変わると言う事か」

 しかし、実際は山口の考えとは違っていた。正解率で言えば50%である。

「厳密には、楽曲ではなく難易度ですね。楽曲によって、ある程度の出現する敵は固定化されていますので――」

 山口の疑問に答えたのは、男性スタッフの一人だった。どうやら、巡回ついでと言う物らしい。

「敵の固定化? 出現する敵には法則があると?」

「現状でもプロトタイプと言う事なので、モンスターの数はそう多くはありません。アップデートで増やしていく方向性になると思います」

「敵の数は?」

「おおよそ100種類。ロケテストでは50種類だったので、テストの時よりは2倍になっています」

「2倍? モンスターの形状は似ているのに?」

「RPGでも、色違いのモンスターが出てくる傾向が多いのを踏まえると……あれでも法則を見破られないようにしています」

 その後も山口と男性スタッフの会話は続いた。

 モンスターの話題からシステムの説明、ガジェットのあれこれにまで発展し、最終的には山口を参戦させるのに成功した。



 同日午後1時50分、テレビのワイドショーではコンテンツ関係で政治家との癒着があった事が報道されていた。

『先ほど、2020年に東京で行われるスポーツ国際競技大会関係で……』

 ニュースの内容は政治家とデザイナーによる裏取引があった事だった。今回のデザイナーは色々な疑惑があったのだが、これで逮捕は避けられない物となる。

 競技の選出や入場式等で超有名アイドルのゴリ押しがあったという話を期待していた勢力にとっては、残念なニュースだろう。

【そっちのニュースかと思った】

【あの競技大会では競技場建設を含めて、さまざまな憶測が出ていた。競技場のデザインも、噂によると超有名アイドルのライブを行う為に発注したとされている】

【超有名アイドルコンテンツのゴリ押しを進める為だけに、税金が使われたと思うと……】

【この他にも、超有名アイドルコンテンツのゴリ押しを隠す為、さまざまな火種を別に用意し、そちらへ視線をそらそうと言う露骨な動きも見られる】

【もしかして、超有名アイドルが地球全土を支配するディストピアを築くという……Web小説の異世界転生物も真っ青なプロットが、現実化するとでも本気で思っているのか?】

【歴史は繰り返される。超有名アイドルのゴリ押しはチートの異世界転生物と類似している箇所が多い】

【何としても超有名アイドル規制法案を現実化し、超有名アイドルからアイドル投資家と言う外部ツールを排除しなくてはならない】

 さまざまな意見が飛び交うつぶやきサイト、こうした動きは過去にも何度かあった。

 当然だが、それはミュージックオブスパーダが稼働する前からも言及されている。

【アカシックレコード――。異世界転生で無双と超有名アイドルが音楽業界で無双する事は同類である……と決めつけている、アレか】 

 アカシックレコード、それは一種のまとめサイトとは違うと考えている人物もいる。しかし、そうした固有名詞を振りかざすような人物は多くない。

 その理由として、周囲から中二病などと言われるのを避けている可能性があったからだ。

「アカシックレコード、それが超有名アイドルにとっては逆風になる。この風を利用して、音楽ゲームのイースポーツ化を進めなければ――」

 大和杏が考えている音楽ゲームのイースポーツ化、それはタダ乗り勢力をふるいにかけ、正しいコンテンツ運用を考えている……というのもネット上で噂されていることであり、大和の真意とは程遠い。

「この右腕――これがあれば、アイドル投資家と言うチート勢力を一掃可能だろうか」

 大和の持つARガジェット、その名前は暗号化されていて読めない箇所も存在する。それを無理やり読もうとすれば、こう解釈できる。

《アガートラーム》

 アガートラーム、それはアカシックレコードにも記載されている最後の切り札。

 チート勢、フジョシ勢、夢小説、タダ乗り勢力さえも沈黙させる事が可能な力を持つと言われている奥の手であると同時に……。



 アカシックレコードの中でも封印というカテゴリーに属する者及び物が存在する。その一つが、アガートラームと呼ばれる物だ。

 様々な文献によって剣、義手と言うような形状で掲載されているのだが……アカシックレコードでは大型の籠手として触れられていた。

『その力は全てのチートを鎮圧出来る程の力を持つが、それと同時に大きな宿命を背負う事になる』

 設計図とは別に記載されていた説明には、圧倒的な力を得るのと同時に宿命を背負うと書かれていた。

『コンテンツ流通に関係する争い……それは、超有名アイドルに関係なく創作や創造の障害となる存在に対して拳を振るう事』

『コンテンツ流通に関係する争い……流血を伴う争いを持ちこむ事は力による絶対支配を誤認させる事は避けなければならない』

『コンテンツ流通に関係する争い……アガートラームを持つ物は、金の力で無双するような誤った勢力に力を貸すべきではない。その力は、正しくコンテンツ流通出来る勢力に力を貸すべきである』

 この他にも条文とも取れる文章は存在する。そこで触れられているのは、アガートラームを手にした人物は超有名アイドルに代表される金で無双する勢力に手を貸す事を認めない。

 フジョシや夢小説に代表される注目を浴びたい等の欲望だけで動き、その言葉には全く意味をなさない勢力に手を貸す事を認めない。

 極めつけとしては、タダ乗りに代表される勢力やネット炎上勢に力を貸す事も認めていない。

 アガートラームを持つ者、それが取るべき行動はコンテンツ流通を本当の意味で正しく認識出来る勢力に力を貸す事だった。

 そして、大和杏が力を貸す事にした勢力、それはミュージックオブスパーダの運営であり、音楽ゲームのイースポーツ化を推進しようと言う動きを見せる勢力……。

「音楽ゲームのイースポーツ化、これによって超有名アイドルの楽曲を演奏し、ステマとしてネットを炎上させる勢力を排除する事が……出来るのだろうか」

 未だに大和は自分が手に入れた力をアガートラームとは認識していない。アカシックレコードの中でも一部が凍結、大半が封印扱いと言う事も拍車を賭けているのかもしれない。

 この力を振るえば、コンテンツ業界でタダ乗りや便乗商法をしようと言う勢力を排除出来るかもしれない……と軽い気持ちでアガートラームに手を出したわけでもない。

「アガートラームは伝説にすぎない。これが本当にアガートラームだとしたら、その力は全てのチートを消滅できる」

 アカシックレコードから偶然に発見された設計図、それをベースにしてガジェット化されたのが、大和の持つARガジェットである。

 普段は右腕に装着されているタブレット型端末だが、ARゲームでは巨大なガントレットへと変化。この変化に関してはARゲームの方で具現化された物……と言うのが公式見解だ。

「チートを全て消滅させたとしても、規制法案等で制限をしないといけないのだろうか」

 チートを消滅させた後、おそらくは第2、第3のチートが横行する事を大和は予測していた。それを止める為には規制法案しかない……とも考えている。

「そうした規制法案が作られれば、それを逆手に取られて別勢力に悪用されるのは歴史が証明している。本来であれば、そうした逆手に取られる法案は不要なのに」

 先ほどまでのニュースをガジェットで視聴し、大和はそう言った事を考えていた。結局、何もしないのが正しいのだろうか?

「疑問を持った事に対し、放置を出来るのか……と言われれば、そこまでおとなしくしている訳にはいかないだろう」

 そして、大和は再び何処かへと向かっていた。先ほどのアミューズメント店舗より若干離れているが、規模としては近いゲームセンターである。



 4月2日午後2時、山口飛龍はミュージックオブスパーダのチュートリアルをプレイ後、早速1曲目のマッチング準備をする。

「武器タイプはどれでもよいという事だが……」

 色々な武器タイプを指定できる中、山口が選択したのは上級者向けとも言われるガンビット。ドローンの様な形状ではなくSFに出てくるようなダガーにも似ている為、どちらかと言うとソードビットかもしれない。

「それに、楽曲はどれを選ぶべきか迷う。スタッフの話では、特にモンスターの形状は問題視されないとの事だが」

 下手に考えても仕方がないことだ。この辺りは慣れの問題であるとスタッフも言っていたので、とりあえずはゲームに慣れる事が全てだろう。

「ゲーム空間とは思えないような……」

 山口が周囲を見回すと、ゲーム空間と言うのが嘘みたいな完成された光景がそこにあった。作り物の世界だと分かっているのに、現実と誤認してしまいそうな気配さえ感じる。

 おそらく、ARゲーム自体がネット上でも誤認識されている事も原因かもしれないが……真相が何処にあるのかは誰にもわからない。

「マッチングは――!?」

 山口が驚いたのは、ARガジェットに表示されたマッチングだった。そのレベル差は50を超えている。自分が1に対し……。

「このゲームでは特にレベルは関係ない。狩りゲーで言うランクみたいな物だ」

 山口の隣に突如現れたのは、マッチングしたプレイヤーの一人だった。武器はサブマシンガンを持っているようにも見えるが、ビームサーベルの様な物も確認出来る。

 外見に関しては山口も似たような物だが特に専用のギア等を装備しておらず、私服+ARガジェットという初心者プレイヤーに多い物だった。それを知ってか、山口もその辺りは言及する気配がない。

「とにかく、このゲームで重要なのは――」

 山口の前に突如としてモンスターが姿を見せる。外見としてはファンタジーや狩りゲーで見かけるようなタイプだ。しかし、このモンスターが唐突に攻撃を仕掛けてくるような気配はなかったのが逆に違和感を持つ。

「あのモンスターが動かないのと関係があるのか?」

 山口が質問をするのだが、それに彼が答える様子はない。

 そして、サブマシンガンを構え、音楽が流れてきたのと同時に引き金を引く。



 音楽の方はクラシック曲のアレンジらしく、有名どころの『冬』と言う曲のようだ。それに気付いたのはイントロを聞いた辺り。

「モンスターと言うより、あれはガンシューティングで言う的に当たる。ただの的とは違うがな」

 サブマシンガンで正確にモンスターを撃破していく彼だが、その様子はガンシューティング等のプレイスタイルとは大きく異なる。

「的とは違うのか?」

 山口の質問に、再び沈黙をする。あまりアドバイスをしたくない……と言う訳ではないが、彼がゲームに集中しているのは見ても分かっていた。

「これを、どうやって的に当てるべきなのか」

 自分が選んだ武器はガンビット、操作方法に関してはガジェットにも表示されているのだが、それだけでは分からない部分もある。

 やるしかない、と覚悟した山口は操作方法通りに動かす事を優先した。

 ガンビットはターゲットを自動的に補足し、それに向かって飛んでいくというタイプの物だったである。


 操作と言うよりは配置に近いのだが、それでも山口の操作はゲーム初心者とは思えないようなガジェット捌きだった。それを見た別プレイヤーは驚くしかない。

「あれでレベル1? 体感的には70か80に見えるぞ!」

「落ち付け。ARゲームでは基本的にサブアカウントの所有は禁止されている。アカウント凍結されて別のアカウントを持っている……と言う事であれば、話は別だが」

「その説明ポジションはフラグじゃないのか?」

「フラグとは、フラグと発言した地点で成立する。今の説明だけでフラグになるはずが――」

 驚いていたプレイヤーのレベルは70と75なのだが、一瞬の慢心とフラグが命取りとなり、1曲目で演奏失敗となっていた。

 その後も演奏失敗となった2名とは別エリアで、山口とサブマシンガンの青年は順調にターゲットを撃破していき、この2名のみが1曲目をクリアする。

「2名が離脱したとガジェットに表示されているが……」

 山口が2名の演奏失敗に関して疑問を持つ。それに対し、今までは黙っていたサブマシンガンの青年は一言。

「2人の設定を見たが、他の音楽ゲームで言う所のハードゲージを設定していたようだ。こちらで使用しているゲージとは少し異なる物で――」

 彼の説明によると、2人が設定していたハードゲージは通常よりも多くの報酬が得られるという利点がある一方、通常ゲージよりも1ダメージで減少するゲージが多く、わずか数回のミスで即閉店となるようだ。

「この設定は上級者向けの物だが、手っ取り早く報酬を得る為に使うプレイヤーは後を絶たない。外部ツールとかチートを使うプレイヤーよりは良心的とみるべきかは別として」

 2曲目に関しては、何とか苦戦をしつつもクリア出来た。サブマシンガンの青年は他のゲームで技術を磨いた訳ではなく、単純にこのゲームのプレイヤーだったというオチだったが。



 同日午後3時、山口のプレイをセンターモニターで確認していたのは大和だった。

 プレイと言っても録画されていたプレイ動画の再生だが……。

「山口飛龍、何処かで聞き覚えがあると思ったが……」

 大和の方は山口に全く興味がなかったわけではないが、あの時には何も感じなかった。

 ミュージックオブスパーダのコーナーに再び立ち寄り、そこで周囲が気になっている動画を見たのだが……。

「あれって、あの音楽番組に出ていた人物じゃないのか?」

「新人発掘番組と言われている、アレか」

「しかし、あの番組は超有名アイドルのかませ犬アーティストを作る為の番組とも言われているが」

 周囲の話が例の音楽番組に触れている事もあり、それが気になってモニターを確認した所、そこに映っていたのが山口だったのである。

「あの音楽番組は、選ばれた人間がかませ犬以前に消されると言う噂もあったが……こうして健在なのは珍しい」

 大和は含み笑いを浮かべるが、それを周囲が見てドン引きをしている様子はない。むしろ、動画に夢中で見えていないというのが正解というべきだろう。

「かつて、超有名アイドルを巡るコンテンツ合戦で失われた、伝説の右腕【アガートラーム】……そう言う、ことだったのか」

 しかし、大和は未だに自分が持つガジェットがアガートラームである事を自覚していない。むしろ、それを否定したいのだろうか。

「超有名アイドル商法根絶、コンテンツ流通の正常化を賭けた争い、ARゲームの変革――Web小説でも取り上げないような題材が、アカシックレコードには書かれている」

 大和は思った。アカシックレコードはフィクションであり、ノンフィクションではない、と。

 しかし、山口のプレイスタイルはアカシックレコードにも記述がある、それに近い物を感じていた。



 今から2年前程の話、その時も山口飛龍の時と同様に新人アーティストが選ばれた。しかし、その数日後に事件が起きる。

【新人アーティストが受賞辞退。受賞者は――】

 ネット上でも取り上げられたこのニュースは、想像を絶する程の早さで拡散していく事になった。

 その後、複数人がネットにアイドルグループAのファンが起こした襲撃事件である……とつぶやきサイトで拡散した事で、事態は悪化する事になる。

 それに加えて、この事件の真相を探ろうとした人物もいた。今回の事件が本当に超有名アイドルの仕業であるという証拠を発見する為に。

【芸能事務所A、今回の事件を受けて解散を決定】

 真相を探ろうとした翌日、このニュースが再びネット上をにぎわせる事になった。

 そして、今回のコンテストに関しては受賞者なしと発表、事件は急スピードで解決したのである。

 この急スピード解決に関してはネット上でも疑問の声があった。

 アカシックレコードを探ろうとして気づかれた、芸能事務所側が政治家と手を組んで裏取引をしていた、その他にもさまざまな説が浮上する。

 しかし、それでも真相を探ろうとしないのには理由があった。

 それは、当時の日本が超有名アイドル商法を成功させ、それによって不況を脱出していたという現実があった為である。

 この状況を崩壊させる事で、経済不況を生み出した張本人として叩かれてネットが炎上――。

 それを周囲が望まなかったのも理由の一つと言われているが、これもまとめサイトで取り上げられた仮設の一つであり、真相は不明のまま。



 それから2年後、今度は同じ番組ではないが別のコンテストで山口飛龍が選ばれ、同じように何者かによって襲撃される。

 しかし、これを阻止したのは南雲と名乗る人物だった。彼の正体はミュージックオブスパーダの開発者と言われているが、真相に関しては不明な個所が多い。

 これに関しては、あえて調べようと言う人物が現れることはなかったと言う。過去の前例を踏まえ、同じような事を起こしたくないと考えたのが大多数とみるべきか。

【結局、超有名アイドルが金の力で報道を封じた……と言う説が大きい】

【しかし、それだけの事をやればリスクは大きい】

【一方で別の勢力が起こした事とネット上で拡散させれば、あっという間に信じるネット弱者は多いだろう】

【これによって夢小説勢等を潰した経歴を持つのが、今の超有名アイドルファンと言う事か】

【まとめサイトやマスコミを利用し、巧妙なトラップを仕掛け、自分達は無尽蔵と言う富を得ようとする。そして、彼女達は全ての次元を制圧しようとしている】

【全ての次元とは?】

【我々のいる世界、このアカシックレコードを見ている読者、この記録をアーカイブで目撃している人物、まとめサイトと言う形で周囲に拡散している勢力――】

【どちらにしても全ての次元の地球で、超有名アイドル無双が起きているのは変えられないのか?】

【それを変えられる可能性は、ゼロではない】

【その可能性を秘めた存在こそが、封印されているリアルチート……トップランカーとアガートラームだ】

【トップランカーは音楽ゲーム絡みと分かるが、アガートラームは――】

 このまとめサイトと思われる記事は、ここで途切れている。



 4月2日午後3時30分、大和杏はセンターモニターで別の動画をチェックしていた。

 その動画は山口飛龍の物ではなく、別の上級者プレイヤーによるプレイである。

「そう言う事か。ここまで巧妙に仕掛けられていたとは……やってくれる」

 その動画を見ていた大和は、思わず歯ぎしりをしていた。

 その動画の上級者プレイヤーは一見するとチートを使っていないように見えるのだが、実は公認ガジェットと見せかけた違法ガジェットを使用していたのである。

 運営の方でもチートや外部ツールに関しては厳しい罰則を設ける等の対策を行っており、アカウント凍結だけではなく一歩間違えると国家予算クラスの賠償金を求められるケースも……。

 賠償金に関しては外部ツールに手を出す事に関しての忠告的な意味もあるのかもしれないが、

「あの上級プレイヤーもなりすまし……大方、評判を落とす為の超有名アイドルファンが仕掛けた罠と言うべきか」

 この一言後には、大和はフィールドへ乱入、アガートラームを使用することなく……別のARガジェットを準備していた。

「すみませんが、ミュージックオブスパーダではサブアカウントの使用は不可と――」

「これは別のゲームで使用する試作型ガジェットだ。本来のガジェットは、こっち」

 スタッフが別ガジェットを取り出した場面を目撃して制止を――と思われたが、大和は本来のガジェットでプレイするだけだと説明する。

 大和としては、アガートラームを見せびらかして安易に敵を増やしたくないという考えがあるのだろう。ただし、大和はアガートラームだと自覚はしていないが。



 30分後、大和はアガートラームなしでもあっという間にチートプレイヤーよりも上のスコアで撃破に成功した。

「上級者と思わせてのなりすまし……と思ったが、金で買収されていたとは」

 イースポーツでも耳が痛い話題だが、今回撃破したプレイヤーは上級者ではなく中堅の実力者だった。

 しかし、その実力は上級者と見分けがつかない。

 一部の上級者やトップランカーに代表されるプレイヤーであれば、その癖や特徴を見破れるのだろう。

「どちらにしても、超有名アイドル商法まがいのシステムがARゲームに浸透する事だけは……」

 大和の一番懸念している事、それは超有名アイドル商法がARゲームのシステムに導入される事である。

 これによって、一部勢力が絶対正義であり、他の勢力を排除するような展開が起こってはいけない――。

 これは、過去に起こった事件からも読み取れる事でもあった。

「超有名アイドルがミリオンヒットを飛ばし続ける事で、日本経済が上向きに見えるような世界は既に終わっている」

 大和の最終目的、それは音楽ゲームのイースポーツ化で間違いない――。

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