俺と彼女はこうして知り合った02

「なにかしら? さっきから横目で、チラチラと」


「……いや……ごめん」


そんな、違和感を彼女に言える訳もなく。そして、女性に免疫もない俺に話を続ける技術はなく。話は、その一言を区切りに沈黙へと変わる。変り果てる。


「──じゃあ、今日のHRは終わりとする。今日は寄り道せずにちゃんと帰るんだぞッ」


──しまった。居眠りをしていた俺に、優しくもう一度説明をしてくれる。なんて、事は義務教育ではない、高校にある訳がなく。


どう、話が進行し話が纏まったのか、俺には全く持って分からない。


実に参った。志紀先生の言う罰も、勿論の事。明日の行事内容。彼女から感じる何か。その事が頭を、いや。身体の隅々を血管を通し行き交っている気がして嫌な感じだ。


「……っあ」


黒板の、消えた文字を読み解こうとしている時。何処か、哀れんでいるような瞳で俺を……この場合は俺達。に、なるのだろうか。

を見ていた、志紀先生と目が合う。すると“ニィ”っと、何処か、姉貴肌を感じるような笑顔を浮かべ。そして、背を向ける際に右手を顔まで上げ、一振り振った。


──何あれ、かっけぇ。大人の余裕みたいなのを感じてしまった。


そして、クラスの皆は、まだ陽も暮れない早い時間で終わった事により。遊ぶ為だろうか、数分もしない内に教室の中は、僅か数人と言う寂しい部屋へと早変わりをする。


当然のように、隣に座る彼女は読書をしているようだったが。徐に、古びた栞を挟み、鞄にし舞い込むと髪を“フワリ”とさせながら立ち上がり。見向きもせずに、甘い香りだけを残し教室から姿を消す。


何故か俺は、釣られるように教室を飛び出し。気が付けば、錆びた門の前に立っていた。


──なんで、俺は追いかける。なんて、真似をしたのだろうか。まぁ、いい。帰るか……。


緩い下り坂に足を向け、踏み出す時。向かい風は、まるで、まだ帰るなと言うかのように強く音を立てながら吹き付ける。


「……あれ。この感じ……何処かで……」


そう、何故か新鮮な気持ちにならず。喉につっかえるかのような、違和感が此処にもあった。


初めて、入学式を終え、帰るはずのこの場所が何故か初めてじゃない感じ。何処か……そう、何処かでみた……。


「夢……か?」


それは、確かに夢で見た感覚だった。今朝の事もそうだが、正夢と言うやつだろう。

そして、俺は、この正夢に対して何故か、ただならぬ何かを感じざるを得ない。


──その時だった、向かい風を気にもせず。髪を正しながら、何食わぬ顔で俺を通り過ぎる彼女が居た。


「ちょっ!! ちょっとまって!!」


「一体何を待つの?」とか、冷たい声で言われたら。俺は、なんて解すれば良いのだろうか。

正直、そこまで何も考えて居もしないのに。何故俺は、声を掛ける。なんて、勇気を出したのだろうか。自分が自分で良く分からないでいた。


「……」


が、それ以上にビックリしたのは、言葉を返してくれることも、目を合わすことも無く。要は『シカト』と言う、人類最強の攻撃に打って出たのだ。


その距離は、千里の道も一歩から。なんて言葉すら用いる事を許さない程の破壊力。

もはや、一歩も進む事を許してはくれない雰囲気だった。



──これでいいのか?


俺は、何故か、それでも彼女に対して諦められない何かを感じている。それが何を指し示しているのかは分からずも。


それでも、彼女の、何処か寂しい後ろ姿には嫌な予感と言う違和感を、朝と変わらず感じていた。


別に! 好きになっちゃった! とか、そんな青春じゃないし!! 確かに綺麗だけど、そんな感情ないし!!


俺は、意を決して。もう一度、声を掛ける事にした。

次は、肩を叩いてでも……。



「──あっ……あのっ」


そりゃあ、ないだろ……。


勇気を出し、肩に手を持っていった瞬間。まるで、後ろに目が付いているかのように、瞬時に反応し振り向き睨む。


その、蛇のような瞳に、草食動物……いや。カエルの俺は、動きを停止させてしまった。


つか、カエルってなんだよ。自虐も行き過ぎると清々しい。


「……なにかしら?」


「……いや、あの……さ」


「はぁ。用が無いのなら私は帰るわよ。大事な用事があるの、この後に」


「あっ!! ある!! 用と言うより……その、一緒に帰らないかな?」


まるで、全てを凍らす勢いがある冷たい溜息を吐き。俺に嫌悪を抱くような目で、ひたすら写す彼女に対し。俺は人生で初めて女性に誘いをかけた。


──やれば出来るじゃんおれ。すげぇよ、俺。


でも、何も考えずに出た言葉がそれとは。やはり、俺は彼女の事が気になって居るのか?


いやいや、出逢って間もない三次元女子に現を抜かすなんてことっ……!!


「ちょっと、何を一人で首振って、悶えるような顔をしているの? 気持ち悪いわよ……さすがに」


「っあ……いや、ごめん。で、一緒に……どうかな?」


向かい風が、追い風に変わる中。生まれた沈黙は生きた心地がしない、変に緊張するものだった。

今にも「冗談だよ」と、笑いながら逃げたい気持ちを“グッ”と堪る。すると、何時間も経ったと思える長い間を終え。彼女はやっと、口を開いてくれた。


「……気持ちは、嬉しいけれど……ごめんなさい。その誘いはお断りさせて頂くわ」


つんけんした、態度で「無理に決まっているじゃない」とかではなく。

何処と無く寂しげな表情を浮かべながら、彼女は丁寧に頭を下げ断りをいれた。


 その、表情は逆に俺の中にある何かを諦めさせるよりも、諦めさせないものへと働きかける。


「んーと、途中まででも良いんだ。急いでいるなら、そっちのペースに合わせるしさ」


「いいえ。無理なものは無理なの。だって……私と居たら、皆……不幸になるもの……」



まるで、さっきまでのキャラは作り物で。今の彼女が本物なのではないかと、思えてしまうほど弱々しいもの。

その、心苦しいそうな表情の奥に一体どんな闇が立ち込めているのだろうか。


俺は、そんな事を柄にもなく考えながら。そんな辛そうな瞳を見つめ。さながら二次元、主人公のように口を開く。


「そんな事はない。大丈夫、俺は不幸になったりしない。だから俺を信じてくれ」


──決まった。これは完璧に、彼女の凍りついた心を溶かし、揺れ動かしたにちがいない。


案の定、彼女は目を伏せ、恥ずかしそうな目でもう一度俺を見つめる。


「あの……正直。何も知らない貴方に、そんな事言われると……流石に……」


──ひゃあっ!! 何ですか……。その会心の一撃。もうダメ、僕立ち直れそうにもないよ。



ちくしょ! これだから三次元は嫌なんだ!! 俺の勇気を返せ!!


「──でも、ありがとう。なら今日ぐらい、お願いしようかしら……。私の名前は、蒼葉優縁よ。貴方は?」


「え? ぁ、ああ。俺の名前は長門雄大」


「長門君ね、よろしく」


相変わらず、淡々とした口調だが。しかし、心做しか先ほどの表情より。若干、気持ち程度かも知れないが、彼女……蒼葉優縁の表情が綻んだ感じがした。


そして、その表情を目の当たりにした俺も、満更でも無く。安心と言う喜びを感じずには居られなかった。



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