第2話 青春的昼休み



昼休み、それは学校生活を送る上で最も至福のひとときだ。



俺はひとつなぎの大秘宝、もとい最高レア度の昼食を手に入れるべく、500円玉を握りしめて脱兎の勢いで購買に向かっていた。


最高のレア度とはつまり購買の人気商品ということ。伝説の剣エクスカリバーや伝説の金属オリハルコンと同様入手が困難な代物である。残念ながら手に入れるのは勇者では無い。


俺の教室は4階の1番端、購買部に辿り着くには階段を1階まで駆け下りそこから100mの全力ダッシュである。

その姿はさながら福男を狙いに行くかのようであった。


「………ないっ……」


やっとの思いで辿り着き、

息を切らしながら売り場を覗いたがそこに求めていた宝の姿は既に失われていた。

久々の入荷で初めてアレを味わえると思って1時間目から楽しみにしていたと言うのに


「……………」


俺が項垂れて悲しみに打ちひしがれていると、


「なに死んだ魚の目してるの。探し物はひょっとしてコレ?」


呆れた顔で俺を見ているあめの手に下げられた袋の中には、黄金のソレが入っていた。


「それっっ…!どうやって…!?」


あめと俺は同じクラスだ、チャイムと同時に飛び出して此処に駆けつけたから俺が一番の筈なのに…


「後輩に頼んだの、その子家庭科の授業だったから。」


その手があったかっ!!

確かに家庭科室は購買部の隣だ、1番速く着くにはベストなポジションであろう。

俺は雷に打たるが如き衝撃を受け感心したような、羨ましげな表情で宝を見る。


「……なに、欲しいの…?」


「もっ、貰えるなら是非!!!」


あめの一言で先程迄とは一転、目を輝かせ従順な犬の様に跪き口呼吸でハッハッと息をする

当然だ、あれが貰えるのなら俺は犬だって奴隷にだってなってやる


「もー、大袈裟なんだから。じゃあ半分ね」


「ワンッ!」


俺は従順な飼い犬の様に、あめに連れられて中庭にある木製のベンチに腰掛けた。


中庭には桜、公孫樹、ハナミズキ、カエデ、ツツジなど四季折々の植物が綺麗に植えられている。

どの木も葉を覆い茂らせ日光をより多く浴びようと必死だ。


あめは袋からいかにも高級そうな丸い木箱を取り出した。

箱をそっと開けると有明海産海苔のマットの上に新潟県産コシヒカリが丸みを帯びた三角に握られて丁寧に横向きに倒されるように置かれており、その上に太陽の木漏れ日を反射して輝く北海道産イクラが米の上から溢れて川を作っている。


そう、宝の正体とは最高級おにぎりである。購買のおばちゃんの完全な好みでわざわざ有名ななんとかって店から取り寄せているらしい。


この味は学園長も大いに気に入り、金額の8割を自腹で負担して限定5食で生徒達に提供している。

このイクラ、幾らかって?

実は本当は一つ1500円もするだが、学園長のお陰で俺らは300円でこの味を堪能できるという訳だ。

学園長、万歳ッ!


「にしても、これどうやって半分にするんだ?」


手で割るのは白飯の上に直接イクラが乗っているので無理だ。

本当は箸で割るのがベストなのだが、俺はイクラが上に乗ってるなんて知らなかったので箸なんて持ってきていない。


そもそも学期中2回しか入荷されない上に入荷日も知らされない幻みたいなものだ。

だからこのおにぎりの存在を知ったのも部活の先輩伝いだし、入荷日の事も購買のおばちゃんから頑張って聞き出したというのに、あめはしれっと手に入れている。

何故だ……。

というかおばちゃん俺が買いにくるって知ってて取っててくれなかったんだな、ちょっと悲しいぜ。


「お箸で割ればいいでしょ。蒼真、もしかして持ってきてないの?」


あめはおにぎりの形状なんて知ってて当然と言う顔で言った。


「こんな手で食べにくい形してるなんて知らなかったんだよ。っつーかなんで知ってんだよ」


「購買のおばちゃんが入荷日と一緒に教えてくれたのよ?」


おい、あなたは教えて貰えなかったの?みたいな顔で言うな余計悲しくなる。

……もしかして俺、おばちゃんに嫌われてるのか?何か気に触るような事でも言ったかな。いや、こいつが大人にやたら好かれるだけか。


「あー、お前は誰からも好かれるからな」


妬み半分、羨ましさ半分でボソッと呟いたが、あめには聞こえなかったらしく首を傾げてキョトンとしている。


「先にお前が半分食って、食い終わったら箸貸してくれ」


あめは初め俺の言ったことが理解出来なかったらしく、小さな口で何度か反復した。

そして、ハッと気付くとみるみる頬が紅潮していく。


「そ、蒼真バカじゃないの!?良くそんな事平気で言えるね、それって所謂か、間接キス……じゃない…」


初めは威勢が良かったが最後の言葉が恥ずかしかったのか、ごにょごにょ呟き再び赤面する。

恥じたり怒ったりまた恥じたり忙しい奴だな。面白いからいいんだけれど。


「いや、幼なじみなんだからそれ位気にしないだろ」


実際俺はあめを女として意識した事は一度もない。謂わばお互いの事を良くわかっている親しき友と言ったところだ。あめもそう思っているだろう。


「そうね、これくらい気に…気に、、気にするに決まってるでしょ!!蒼真は箸無しで食べろ!」


あれ?恋愛感情なんか無い互いの事を分かり合う友じゃないの?俺がそう思ってるだけ?

いやいや、これはアレだな一般的な恥じらいという奴だ。男同士でもペットボトルの飲み回しを嫌う人はいる、そう言う類のものだ。


「でも手汚れるのは…」


「犬でしょ!!!」


「ワフッ!」


そうだ、俺は今飼い主に従順な犬っころだった。勿論犬種は柴、柴犬こそ至高なり。靡く毛並みは黄金の麦畑を連想させ、天使の瞳は相手を確実に射抜く、犬だけに。


あめがおにぎりを食べるのを横目で見ながら下らない事を考える。

あめは箸で白飯とイクラを掬い上げ口に含むと、口角が上がりその大きな瞳を煌めかせ幸せを噛み締めている。


幾ら美味いと言ってもこんなに顔に出るか?イクラだけに。

…自分で思ってなんだけど今のは無いな、うん。



案外、俺はあめの事を分かっているつもりでいるだけと言うのは当たっているのかも知れない。


少し考えを改めなければいけないな。


いくら幼馴染と言えど、所詮は他人。

互いの事を全て分かりあうというのは少し、いや大分無理があるだろう。

目視できない壁があり、開くのを許さない箱がある。

暴走したエヴァでさえ中和できない心の壁や、パンドラでさえ開けるのを躊躇う厄災の箱…ほど禍々しいものでは無いが、少なくとも他人に侵入して欲しく無いエリアは誰にだってあるだろう。

一体俺は何を考えているんだろ…


「……ん。あと食べていいよ」


俺が物思いに耽っている内にあめは半分食べ切っていた。

これ以上考えるのも妙に馬鹿らしくなったので、俺は大人しくおにぎりを貪る事にした。


一口含むと二口。二口含むともう止まらない。この世にはこれ程の物が存在していたのか。

無言で頬張っている顔はハムスターもビックリの頬袋である。


その顔がよっぽど可笑しかったのか、あめはツボに入ったようでずっと笑っている。


嘘偽りない笑顔のあめに不覚にも心臓の深くをノックされた気がしたが、舌の上の幸福と相まって不思議と悪い気分では無かった。



やはり、昼休みは最も至福の時間だ。


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