決戦、大正風穴

「降車、完了」


『よし、そのまま前進。バリケードエリアの入り口前の停止線へ』


 猿渡の緊張した声。その指示に従い、真矢は愛機を停止線まで前進させる。

 周囲を見渡すと、風穴前のサッカーコート半分ほどの面積が、工事区画を仕切る二メートル程の高さの樹脂のフェンスで囲われている。

 あのバイオ強化ゴリラのパワーや跳躍力に対してどれだけ閉じ込めの効果を持つかは疑問だが、人間側としては仕切りがあるのとないのでは恐怖感が全く違うし、その辺りを考慮した市長と犬飼が手配したのだろう、と真矢は当たりを付けた。

 よく掻き集めたもので、その仕切りの外からこれまた工事用の照明車両五台が白い光で作戦エリアを照らし出している。

 また風穴の入り口の前には、何か見慣れない装置が三つ点在していた。

 タケミカヅチの改修と並行して石野と犬飼が手配したに違いないが、緊急かつ前例のない異常事態に対して、短時間の内にこれだけの対抗措置を整えて作戦を実行まで漕ぎ着ける二人の実務能力の手腕に、真矢は驚嘆した。


『作戦の手順は覚えてる?』

「風穴の奥……出口側の支洞から催涙ガスを注入、出て来たゲー・フュンフにネットを投射。動きが鈍ったゲー・フュンフを、私が格闘戦で制圧。捕獲します」

『上等。ゲー・フュンフはどうやら足に怪我をしてるらしい。出て来た時は催涙ガスのダメージを負ってるはずだし、三基のネットスロワーのネットが上手く掛かれば、奴はがんじがらめだ。楽勝だよ』

「はい……ガスの注入は誰が?」

『秋津署から機動隊の応援が来てくれてる。青年団の広澤さん達が同行して道案内してるらしい』

「ネットの投射はどうやって?」

『遠隔操作の投射装置で。元々は手持ちのセキュリティグッズみたいなんだけど、市の環境保全課の人たちが固定台と遠隔操作装置を急遽作ったんだそうだ』

「この、何時間かでですか?」

『元々、ネットランチャーを施設の壁や天井に埋め込んで自動や遠隔で発射する仕組みはあったんだ。それに土台を付けたってことらしい』

「なるほど」

『現状、うちの町と市とで用意できる最大の戦力。これでもし上手く行かなそうなら……』

「行かなそうなら?」

『全員でケツ捲って逃げよう。命あっての物種だ』

「はい」

『今の猿渡の言は、市長の私の命令でもある』


 通信に石野が割り込んで来た。


『万一の時はそれぞれ自分の身の安全を最優先にせよ。山の復興は市が責任を負う。だが、もし……もし可能なのであれば』


 石野は言葉を切った。

 そして一層力強く言った。


『アレを倒し、山を守ろう。ここにいる、全員で』


『何かボーナスはありますか市長。勿論、目標の捕獲に成功したらですが』


 リラックスした口調でそう割り込んだのは犬飼だ。


『……いいだろう。打ち上げは焼肉・じゅう八。一切の費用は私が私費で持つ。関係者は代金の心配なしに好きに飲み、好きに食べていい』


 冷やかすような口笛や笑い声がそこかしこから漏れた。

 猿渡は今のやり取りの空気感で、石野と犬飼が過去同じ職場で働いていた事を確信した。


『こちら甲班。松岡です。

 注入予定地点に到着。機器設営完了。いつでも行けます』

『こちら本部。甲班は予定時刻までそのまま待機。

 さあ、作戦開始六分前だ。

 信仰を持つものは祈ってくれ。

 タケミカヅチ。真矢。聞こえるか?』

「でっ⁉︎……は、はい!」


 名指しされるとは思っていなかった真矢はどきりとして必要以上に大きな声で返事した。

 

『カニムカシ作戦の成否は君に掛かっている。いつも通りの実力を発揮してくれ。タケミカヅチmk-2と共に』

「……はい!」


 時計のカウントが静かに進む。

 真矢に取って。いや、そこにいる多くの者に取って人生で最も長い二分四十秒だった。


『十秒前』


 猿渡の声が秒読みを開始する。


『五、四、三、二、一 ……』


 ピッ


『作戦、スタートです』

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