mk-2、大地に立つ
「これが……タケミカヅチmk-2……」
ツナギの上半身を腰に巻いて縛り、寝癖頭で息を切らして駆けつけた真矢は、オイルと金属の匂い漂う夜明け前のガレージで、生まれ変わった愛機と対面した。
「シッポが……付いてる」
「テイルスタビライザー、と言って欲しいな」
大きなあくびをしながら、油染みだらけのツナギの茶髪の男が真矢の隣に並んだ。
「格闘戦における二足歩行の弱点はその姿勢の不安定さだ。安心しな。テイルスタビは独立したAI制御で、T-04本体の姿勢制御OSと自動で連携しながら機体支持の為に最適な動作をする。あんたの操縦負荷は増えねえよ。よろしく。サンアイ自動車の高橋だ」
高橋、と名乗った男は、手だけを差し出して雑に握手を求めた。
真矢は取り敢えずおずおずとそれに応じた。
「真矢です。今回はありがとうございます」
「軽量化と出力向上の説明は長尾のおっさんが言ってた通り。性能が上がった分、正直操縦特性はピーキーになってる。
戦闘の録画と機体の動作ログを見たが、操作に力が入り過ぎだ。スティックを強く握ってもパンチが強くなるわけじゃねえ。今の八割の力で操作して、だが素早く正確な動きを目指せ」
「分かりました」
「左腕は一回り大きく重くなっているが、姿勢制御OSは更新されてるから歩行や体重移動の感覚は殆ど変わらないはずだ。クローはガスカートリッジ電気撃発のショットパンチが可能で、パンチの射程は構えた状態から六十センチ。クローを閉じた状態の打撃実験では三十ミリの鋼板をぶち抜いた。クローを開いた状態なら強烈な突き飛ばし攻撃になるだろうな。カートリッジは六発がリボルバー式シリンダーに装填してある。発射はマニュアル操作時、左コントロールスティックに増設した赤いトリガーだ。安全カバーを開けてから、トリガーを引く。いいな?」
「はい」
「右腕に増設した二本のブレードは電撃端子。エリンバー合金製で弾性はあるが硬度はそれほど無いから、打撃、斬撃武器としては使えない。当てて通電。飽くまでその為だけだってのを忘れないでくれ。サーキットに負荷が掛かるから空撃ちはなるべくしないで欲しいのと機体が濡れた状態では使わないこと。放電前、コンデンサへのチャージに約二十秒掛かる。連射はできない。
操作はマニュアル操作時の右コントロールスティックに増設した親指、人差し指部分の黄色のスイッチ。親指を押し込むとブレードが伸び、待機状態になってコンデンサへのチャージがスタートする。離すと待機状態は解除され、収納状態に戻るからそのつもりで。
待機状態から放電OKのサインが出たら、人差し指のスイッチで放電可能だ。放電時間は一秒程度。放電時の電圧は十五万ボルト、電流量は、例えば通常コンディションの人体なら約三百マイクロファラド。人間が近くにいる場所では絶対に使うな。タケミカヅチを殺人マシンにしたくないならな」
真矢は返事の代わりにごくり、と喉を鳴らした。
「エンジンは高回転のガソリンエンジンに変わってる。稼働音が甲高く感じるだろうが異常じゃない。テイルスタビは誘電エラストマ圧電セル式の人工筋肉の塊で、T-04の自重を単体で支えられる強度とパワーを持つ。のけ反って倒れる心配はいらねえ。常に壁に寄りかかっているつもりで戦っていい」
「分かりました」
「後は……ま、出たとこ勝負だな。ほら、新しいヘッドギアだ」
ぽん、とヘルメットのようなものが投げ渡され、真矢は危うく取り落としそうになってわたわたと慌てた。
「映像端子のコードを繋いでから被れよ。ジャックは起動キーのキーホールの左のHDMI。電源はバイザー左耳部分。インカムの電源を兼ねてる。インカムの音量とマイク感度の調整は右側に二つ並んだダイヤルだ。視覚深度はその隣の厚みのある大き目のダイヤル。少し遠くを見ながら調整しろ。できたら五、六メートル離れた所に人に立って貰って少し動いて貰え。それを見ながらピントを合わせるんだ」
「ピント?」
「mk-2の映像デバイスはな、両眼視差型3DVRなんだよ。じゃ、頑張れよ。俺は寝る」
***
『主発動機始動』
猿渡の合図に、真矢は市のゆるキャラのキーホルダーが付いたイグニッションキーを回す。
うぉん! るるるるるる……
(エンジンが……歌ってるみたい……)
真矢の装着したバイザーのモニターが起動し、一瞬システム仕様を報せる英字の画面が流れた後、周囲の景色が映し出された。
「おおっ、やばっ」
真矢は思わず声を漏らした。
タケミカヅチから視た風景が眼前に広がる……という表現では不十分で、タケミカヅチの首部分から頭を出して外を覗いたような、自分自身がタケミカヅチになったような奇妙な感覚が真矢を包んだ。
どちらを向いても、シームレスにその方向の景色が見えて、彼女はその視覚の自由さに感動した。
タケミカヅチのコンディションを示すアイコンの列と、残燃料、バッテリー残量、移動速度や傾斜計などは見やすいデジタルな表示で整然と視野の両端で列に並び、計器確認の為にいちいち視線をコンソールに送る手間も解消されている。
『返事が聞こえない。主発動機のコンディションは?』
「あ、すみません! 青点灯、チェック」
『電気系統』
「チェック」
『カメラ、センサー群』
「チェック」
『操縦・駆動系』
「チェック。全青点灯確認。タケミカヅチ、起動準備よし」
『よし。ゆっくり立って乗車だ。性能が上がってる分だけ動作の一つ一つのスピードが上がってる。操作は優しく。赤ちゃんを撫でるように』
「了解。タケミカヅチ、起動します」
新生タケミカヅチは、エンジンを少し強く鳴らすと、両の足ですっくと大地に立った。
周囲で歓声と拍手が上がる。
見回せば、油と汗まみれの様々な風体のロボ研の面々。
真矢はマニュアル操作で、彼らに対し敬礼を送った。
帽子を被ってない状態での敬礼は、儀礼上は誤った作法かも知れない。
だが、真矢にはそうすべきだとの確信があった。いや、敬礼したがっていたのはタケミカヅチなのかも知れない。
『みなさん! ご協力ありがとうございます! 行ってまいります!』
外部スピーカーが真矢の謝辞を告げる。
「頑張れよー!」
「真矢さんなら大丈夫! 落ち着いて!」
「やっつけて来いよー!」
「戦果を期待する!」
時刻は午前三時四六分。
思い思いの声援を背中に聞きながら、タケミカヅチmk-2は四トントラックのハロゲンライトに向けて歩き出した。
エンジンの音も高らかに。
歩みの駆動も、力強く。
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