女と女と、女


 深夜零時の蝙蝠山町役場。


 平素なら非常灯以外の全ての電源は落ち、老いた宿直の警備員が巡回する以外は静まり返る庁舎に、今夜は煌煌と明かりが灯っている。


 それだけではない。


 耳を澄ませば、何かを打ち付ける金属音。甲高いモーターの回転音。どどど、どどど、と周期的に低く唸る電動工具の作動音が庁舎裏のプレハブガレージから鳴り響いている。


 また、バンやトラック、車検の通過も怪しいやんちゃなセダンや高級なドイツ車など、見慣れない車が何台もその駐車場にひしめいていた。


 大石ロボット研究倶楽部の面々は、犬飼による急な要請に快く応じて、海外に赴任していた一名を除き、今や現所属部員十一名全てがここ、蝙蝠山町役場タケミカヅチ収容ガレージに集結していた。


 ロボ研副部長(部長は今でも大石教授である)の長尾は立案された改修計画に基づきテキパキと部員の班分けと作業分担を行った。ハードウェアたる機体の改修と、新規パーツ管制と変更された重量配分に対応する為のバランス制御を含めたOSのアップデートを並行して実施する段取りだ。


 鋼材の支持ブームにフックとチェーンで吊り下げられたタケミカヅチは、外装を剥がされ、フレームを差し替えられ、新しい腕を据え付けられて、新品同様の別のロボットのように生まれ変わって行った。


 輝く溶接の火花。唸る工具のモーター。ノートパソコンの画面やタブレット端末を囲んでディスカッションしては、せわしなく作業に戻る様々な出で立ちの男たち。


 シャッター開けっ放しのガレージから少し離れた場所。共同溝出入り口マンホール用のコンクリート台に腰掛けて、真矢はぼんやりタケミカヅチ改修作業を眺めていた。


「眠れないのか?」


 斜め後ろを見上げると、小脇に書類ケースを抱えた石野が立っていた。


「市長……」

「寝るのもパイロットの仕事だ。横になって目だけでも閉じておけ。恐らく、四時間後には出発だ」

「出発……でも、ゲー・フュンフの居場所が……」

「君の相棒はかなり思い切り奴に突っ込んだみたいだな」


 石野は書類ケースから半透明のフォルダを取り出し、さらに何かの画像のプリントアウトを取り出して真矢に渡した。


「ドローンの空撮画像だ。先の戦闘の現場から、何かを引きずったような跡が森の奥に続いてる。奴は足を痛めた。終着地点は蝙蝠山の中腹。大正風穴」

「大正風穴……確か観光地として整備する筈が、地震で崩れちゃって中止になった……」

「良く知っていたな。……吸ってもいいか?」

「どうぞ」


 石野は慣れた手つきでシルバーゴールドのスティック状のライターを取り出すと、咥えた煙草に火を点けた。

 真矢の知る普通の煙とは違う、甘い香りの煙が細い線を引いて立ち昇る。


「役場に入ったばかりの頃、業者さんの視察に立ち会ったんです」

「なるほどな。風穴周辺の様子を覚えているか?」

「風穴前を整備してゲートと駐車場を造るとかで、森を切り拓いて整地まではしてありましたね。確か、固化剤を使った地盤補強工事まではしてあったはずです」

「上出来だ。優等生だな」

「業者さんの説明が上手だったんですよ。すごく熱心に教えてくれて」

「画像のプリントアウト、三枚目と四枚目を持っておけ。風穴前の整備敷地の空撮映像だ。そこが君とタケミカヅチmk-2の戦場になる」

「……!」

「マルヨン丁度にこちらを出発。

 同フタマル。現地着。指揮拠点設営と支援部隊甲、支援部隊乙の展開、配置。

 同サンマル。作戦開始。支援部隊甲は風穴北側の支洞から催涙ガスを注入。目標が出てきた所で支援部隊乙はネットスロワーにより捕縛網を投射。

 目標の動きが鈍った所で、タケミカヅチmk-2による近接格闘戦で目標を制圧。捕獲する。

 捕獲した目標は筋弛緩剤で身体の自由を奪い、貨車用コンテナに禁錮。自衛隊に引き渡す。

 ……以上が私と犬飼で立案した『カニムカシ作戦』の概要。上手く運べば、撤収まで含めて一時間程度の作戦だ」

「自衛隊に……引き渡す」

「そもそもアレは自衛隊……いや、某自由の国の軍の『備品』だからな」

「……ゲー・フュンフはどうなるんでしょうか」

「さあな。自衛隊から某国軍に渡されて、その後は……これだけ大きな事件になってしまっては殺処分かも知れないな」

「……」

「優しいな。真矢。だがそうなっても君のせいじゃない。ゲー・フュンフを殺す、とは考えるな。町民の危険を減らし、蝙蝠山を護るんだと肝に銘じろ」

「強いんですね。石野市長は」


 真矢の言葉に、石野は笑った。


「強さ自体は君と変わらん。こういう時のやり方を知っているだけだ。

 ……所で、会議の時にアレを『彼女』と呼んでいたな。

 追加資料によると確かにアレはメスなんだが、あの時点では君にその情報はなかったはずだ。何故、ゲー・フュンフがメスだと判った?」

「え、私……そんなこと言ってました?」

「覚えていないか?」

「あー……でも、彼女が彼女だってのは戦ってて伝わって来てた気がします」

「伝わって来た? テレパシーのようなものか?」

「そんな大層なもんじゃありませんよ、なんと言うか……言葉が難しいな。言うなれば……そうですね」


 真矢はうんせ、と立ち上がってツナギの尻の砂埃を払った。


「戦う女同士の共感、です」


「……今からでも三時間眠れる。眠れなくても横になって目を閉じておけ。脳にとって視覚情報を処理するのは重労働だ。目を閉じるだけで、脳は休まる。いいな。これは命令だ」

「市長としての、ですか?」

「同じく戦う女としての、だよ。戦士殿」


 石野は姿勢を正すと、びっ、と綺麗な敬礼をした。

 真矢はにっこりと笑うと少しぎこちない敬礼でそれに応えた。

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