mk-2
「ではタケミカヅチ全面改修計画について簡単にご説明します」
会議室の照明は落ち、ホワイトボードに投影された光域に照らされて、眼鏡にポロシャツの男性がマイクを握って立っている。
「……誰です? あれ」
真矢は隣の猿渡に小声で質問した。
「聴いてなかったの? 大石教授の一番弟子、長尾准教授さ。タケミカヅチを作ったのは、大石教授とその趣味サークル、大石ロボット研究倶楽部のメンバーたちなんだ。大石教授亡き後、長尾准教授が実質的なリーダーで、タケミカヅチのオプションや改修案を研究し続けてたんだそうだ」
「……趣味で?」
「そう。趣味で」
「変わった人たちですね」
「そうか? 気持ちは分かるし、時間があればじっくり話を聴きたいよ」
「まあ手芸やガーデニングみたいなもの、と解釈すれば……」
「しっ、説明を聴こう」
ホワイトボードに投影されたパワーポイントにタケミカヅチの模式図のグラフィックが表示される。
その姿はボロボロで痛々しかった。
「これが現状のT-04。左腕は肩から断裂して欠損。背部発動機を強制排除した為、自律充電が不能。コクピットハッチは細かい亀裂が無数にあって設計強度がありません。またクローズロックと基部のヒンジに歪みと白化が見られますのでコクピット周りのフレームごと交換した方がいいでしょう」
パワーポイントの画像が、長尾の解説に沿って差し代わってゆく。
「T-04は基礎設計が七年前。完成が五年前で、予算や工期、また想定していた用途の要求性能との兼ね合いで現在の仕様な訳ですが、当初からもっと違う仕様の装備やパーツ、オプションもアイデアとしては上がっていました。
多くのものは、実際に制作直前の設計図やCADデータまで造られ、或いは試作品まで組まれた物もあります。
端的に言ってしまえば、タケミカヅチに戦闘能力を与えるような装備です」
真矢はごくり、と喉を鳴らして隣の猿渡に視線を送った。
彼は目を輝かせて、長尾の説明に聴き入っており、真矢の視線には全く気付かない。
真矢は小さく溜息を吐いた。
「先生はタケミカヅチ自体が関係機関から危険物と見なされて没収や廃棄されることを防ぐ為、それらを採用せず、作業機械として最低限必要な能力しか機体に組み込みませんでした。
録画を観ましたが、そのタケミカヅチであのゴリラと互角に戦えたのは、パイロットである真矢さんの操縦技術と度胸の賜物だとしか言いようがありません」
一同が一斉に真矢を振り返る。
真矢はどぎまぎした末にぺこり、とお辞儀した。
「コクピット周りのフレームとコクピットハッチ。スチール鋼とFRPだったそれを、丸々アルミ合金・A-七◯七五の鋳造パーツに置き換えます。左腕は倶楽部で保管していたT-03の物を移植。T-03の手先はクロー構造で、内蔵アクチュエータの仕様が若干現在の右腕と異なり、腕自体も太く大きくなりますが、その分パワーは強力です。発動機はガソリンエンジンに差し替えて、バッテリーも鉛・希硫酸型の二四ボルト二基から、リチウムイオン型の一三.二ボルト四基に変更。それに伴って変圧器や充電器、ケーブル類を交換。リチウムイオンバッテリーは充電時の電圧、電流量管理がタイトなので、その辺りは後で整備担当の竹中さんに詳細をお伝えします。各部の動力伝達系はそのままに、サーボモーターをドイツAMK社製の新型モーターに交換します。
我々の計算では、今までに説明した仕様変更だけで乾燥重量を九七.二%に軽量化。出力は一◯.六%増加。ただ、申し訳ないのですが燃料が変わる事でランニングコストが……」
「ちょっといいですか?」
猿渡が苦しそうに遮った。
「企画財政課の猿渡です。タケミカヅチのオペレーターを担当しています。質問させてください」
「どうぞ」
「准教授のプランは非常に現実的で具体的……現状の我々が望める最高の改修計画だと思います。ですが……」
「何か問題が?」
「予算です」
猿渡は思い切って言った。
「プランにあるパーツ類はどれも高価なものばかりのはず。私は不勉強で具体的な価格まで正確に見積もれませんが、小型の発電用ガソリンエンジン。リチウムイオンバッテリー四基と交換用の電装系部品。これだけでも数十万円するのは分かります。それにタケミカヅチの新しいコクピットハッチとフレームに使われるというアルミ合金・A-七◯七五。金属バットや航空機に使われる、いわゆる超々ジェラルミンですよね? 下敷き程の板が数千円する物凄く高価な素材。その鋳造パーツの値段なんて、想像するだけで脂汗が出ます。更に貴倶楽部が保管なさっていた試作機の腕など、値段が付けられないような物もある。残念ですが、我々はそれに見合う対価を用意できない」
「我々は市民ボランティアです」
長尾は笑顔で答えた。
「実費は頂きません」
「そんな! いけませんよ!」
「我々は嬉しいんですよ」
同席していた、他の倶楽部のメンバーが立ち上がった。初老と言っていい年齢の恰幅のいいスーツの紳士だ。
「我々が大石先生と組み上げた夢の結晶は、あなたがた蝙蝠山町役場の方々の手で命と居場所を得て、我々が想像していた以上に活き活きと運用され、その存在を世の中に示し続けている。是非、お手伝いをさせてください」
『大石研の出世頭、河本金属の社長、河本直樹氏だ』
隣の犬飼が猿渡に小声で囁いた。
「それに自社のいいデータの収集機会とアピールのチャンスになる」
同席の他の倶楽部員から笑いが漏れた。
「それに忘れないで貰いたいね」
また別の一人が立ち上がりながら言った。
油染みだらけのツナギを着、MA-1のジャケットを羽織った茶髪の男だ。
「俺たちゃ自分の手で、好きにロボをいじるのが大好きなんだ。敵はバイオゴリラ。生体兵器と戦って一回負けた正義のロボをこの手でパワーアップさせられるチャンスが一生に何度巡ってくると思うよ? 金の問題じゃない。申し訳ないがやるなと言われたとしても、勝手にやらせてもらうからね」
茶髪の男はにかっ、と黄色い歯を見せて笑った。
「時間がないんだろう? 任せな。最高のmk-2に仕上げてやるよ」
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