対決



「……見つけました。軽トラック。窓から人間の手。意識はないようです。飯島さんだと思います」

『よし、こちらはワイヤを準備中だ。準備が出来次第下まで降りて要救助者を確保。撤収して病院に搬送する』

『課長、手伝ってください。これ重たくって』

『分かった。真矢。準備が出来たら合図する。そのまま待て』


 斜面を改めて見下ろせば、ワイヤなしのタケミカヅチでも単独で降りられなくはなさそうな環境だった。だが、犬飼はリスクコントロールを優先した。真矢はその判断は正しい、と思った。


 ふ、と真矢は息をついた。

 その時だ。


 ガサガサ、と少し離れた森の茂みが揺れた。


 真矢はタケミカヅチのコクピットで、犬飼と猿渡はその足元で、その音を聴いてそちらを見た。


「……課長」

『ダメだ。転倒でもしてみろ。飯島老も君もやられる』


 揺れは真っ直ぐ軽トラックを目指しているようだった。スピードは人が歩く程の早さ。だが、着実に近づいていた。


「課長!」

『待機だ真矢。急げ、猿渡』

『はい!』


 その時、森を揺らしていた移動体は茂みを割り、遂にその姿を現した。

 黒い毛皮。盛り上がった筋肉。原始の野生を宿す瞳。そびえ立つ小山のような類人猿の王。


『でけえ……』


 猿渡が漏らした感想の通りの感想を真矢も抱いていた。

 モニターに映るその大猿は、テレビや動物園で見るそれよりも明らかに一回り大きいかった。

 ゲー・フュンフと呼ばれる生体兵器は、左右を一度ずつ確認するとまた前進を始めた。軽トラックまでは三◯メートルとない。


 真矢の瞳がモニター上の黒い獣と、軽トラックの窓から出た手との間をせわしなく行き来した。


 次の瞬間、タケミカヅチの背中のエンジンが甲高くいなないた。


『よせ! 真矢!』

『真矢さん‼︎』


 タケミカヅチは未舗装の山野に踏み込むと、やや前傾になりながら軽トラック目掛けて一気にその斜面を駆け降りる。

 たちまちバランスと対地荷重、速度の警告灯が点灯し、けたたましくブザーが鳴り響く。


「わ、わわわわわ、わ、わ……!」


 既にゲー・フュンフは軽トラックに到達し、そのドアを開けようとノブに手を掛けている。

 坂道で付いた意図せぬ加速は機体の制動性能を超えており、タケミカヅチは過去最高の速度を記録しながら類人猿と軽トラック目掛けて突っ込んでゆく。


「くぅ……ふぬっ……‼︎」


 激しく上下するコクピット。衝突寸前、真矢はモニターに大写しになったゴリラに向けて僅かにコントロールスティックを倒した。


 どーん、という大きな音と、「ぎゃげっ」というくぐもった悲鳴が辺りに響いた。


 加速で得た運動エネルギーの大半をゲー・フュンフへのブチかましに使い、それを吹き飛ばしたのと引き換えに、タケミカヅチは軽トラックの脇に減速して停止した。

 ゴリラはなす術もなく黒い塊としてゴロゴロと茂みの向こうへ転がると見えなくなった。

 

「はっ、はっ、はっ……」


 興奮と緊張から真矢の息は荒い。素早く目線を走らせてタケミカヅチのコンディションをチェックする。今は役場の広告塔に過ぎないイベントロボットだが、製作者は単なる広告塔以上の強度と性能を与えていたようで、かなりの衝撃が加わったにも関わらずコンディションアイコンは全てグリーンだった。


 真矢はぺろり、と乾いた唇を舐めると、タケミカヅチの機体をゲー・フュンフが吹っ飛ばされた方向に正対させた。


「ちょっと無理させるけど……頼むよ、相棒」

『真矢!』

「すみません課長、でも……」

『話は後だ。状況は?』

「一旦ゴリラはぶっ飛ばしましたが、やっつけたとは思えません」

『だったら……』

「私がこいつを押さえます」

『その間に、俺が飯島さんを回収します』


 間髪入れず猿渡が提言する。

 一瞬の逡巡。


『……分かった。危険を冒す者だけが勝利する。頼むぞ。二人とも』


 二つの「了解」が重なった時、タケミカヅチの視線の先の茂みを構成する若いブナの木が、何か強い力でバキバキと音を立てて折れ、倒れて行った。


『行きます! 真矢さん十分……いや、七分だけ時間を稼いで』

「引き受けました! 飯島さんをお願いします」


 真矢がそう返事した時だった。


 空気が、震えた。

 ウオオオオオオオオオオオオッッッ


 掌の親指の付け根で激しく自分の胸板を叩きながら牙を剥き出した巨大な猿が立ち上がる。

 肩を揺するように荒く息をする巨大な獣。その瞳は倒すべき敵への怒りと憎悪に燃えていた。


「来いやこの……えーと、ゴリラァァァァァァッッッ!!!」


 負けじと叫び返した真矢の闘志に呼応して、タケミカヅチのエンジンの唸りが力強く天を突いた。


 

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