出動、タケミカヅチ


「で、結局なんだったんですか? その人たち」


 作業ツナギの袖を捲った華奢で小柄な娘は大盛りのカルビ弁当をお茶で流し込むと、猿渡にそう尋ねた。

 歳の頃は二十歳そこそこだろう。可憐と言うよりは活発、美人と言うよりは愛嬌が先にくる子狸を思わせる顔立ちで、少し太めの眉は彼女の負けん気の強さを体現しているようだった。


 町役場のロビーからウォークスルーになった二十畳程のスペース「談話室」には、スナックと飲料の自販機と八組のテーブルセットが置かれ、住人や職員が休憩したり井戸端会議したり、持ち寄った宿題をやったりする為に使われている。

 

 猿渡は白身魚のフライを頬張りながら、同僚にして後輩である真矢みゆきの質問に小さく首を横に振った。

 咀嚼し、口の中の物を全て飲み込んだ彼は、日本唯一の役場ロボの女性パイロットに答える。


「課長に弁当届けに行ったら誰かと電話しててさ。町長に訊いたら、まあ例の如しで犬飼さんに一任してあるから、としか。厄介な事にならなきゃいいけどな」

「ふーん……ま、相手が本気の軍隊さんじゃ、広報の為の宣伝ロボは出番もないでしょうしね」


 役場ロボ・タケミカヅチは、元来、一個人が趣味と道楽の果てに作り上げた「私物」である。


 S産業大学の大石道昭教授と言えば、機械・ロボット工学の権威であり、また数多の特許と彼が監修した商品のパテント料で潤う県下有数の高額納税者であった。


 彼はその潤沢な資金で、後進の科学者・技術者を支援する為の財団を設立し、各種の奨学金や学術的なコンテストや基金を運用する知識人の顔と、自らの自宅地下に「秘密基地」を造り、休みに仲間や学生と集まってはガサゴソと「何か」を作る趣味人の顔の二つの顔を持っていた。


 彼の死後、二百ページを越える遺言の中には、その「何か」の処遇についても詳細な記述があった。

 膨大な手書きノートの操縦・整備マニュアルと、その特異な「何か」を主軸とする自治体の広報活動の、五年分に渡る企画・運用の資料。

 そして勿論、その「何か」そのもの。


 大石教授はその一切を、自らが生まれ育ち終の住処とした蝙蝠山町に、その役場に寄贈したのだ。


 無目的有人二足歩行作業機械「タケミカヅチ」


 かくて蝙蝠山役場の便利屋的部署、企画財政課は、通常業務の傍ら、日本唯一の役場所属ロボットの運用を始めたのである。


「あ、そうそう真矢さん」

「はい?」

「マニュアルの歩行練習、するなら声掛けてよ。可能な限り付き合うからさ」

「あ……その……すみません」

「いや謝んなくていいよ。偉いと思う。タケミカヅチは一人で運用してる訳じゃないんだし、僕も力になりたいよ。多少頼りないだろうけど、これでもほら、君の専任オペレーターなんだから」

「……はい」


「いやぁーっ参った参ったぁ」


 そこへ、くたびれた制服の、でっぷりと中年太りした警察官が入って来た。


 役所近辺を管轄とする駐在の橘巡査長だ。


「お疲れ様です橘さん。何かあったんです?」

「おう猿渡。何があったか訊きたいのはこっちよ。気持ち悪いったらなくってよ」


「オバケでも見たんですか?」

 真矢がやや冗談めかして尋ねる。


「オバケならまだいいさ。軍隊よ軍隊。県道の笹良岳の辺りに陣取ってなんかやってるんだわ」

「軍隊……自衛隊ですか? いつの話です?」

 猿渡は食い気味に尋ねる。

「今も今よ。追っ払われて帰って来たとこ」

「詳しく教えてください」

「いやね、椎茸やってる河本の爺さんから通報があってよ。道の駅に椎茸卸しに行く道すがら、峠のガードレールがぶち壊れてて、なんか事故じゃねえかって言うのよ」

「通報があった時間は?」

「朝の六時過ぎだったかなぁ。んでまあとにかく車出して現場見に行ったんだわ。したら長尾の爺さんの言うとおり、ガードレールが大き目の車が突っ込んだみたいな壊れ方しててよ。あっこはほら、道から高さもあって木も鬱蒼としとろ? 覗き込みはしたけんど何も見えんで。取り敢えず西署に連絡して、自分は現場に残って、西署の交通課に検分と救急の手配を頼んだわけ」

「それで?」

「待てど暮らせど応援はこんし、事故なら急がんと助かるもんも助からんよな。催促の電話したら署長が出て、この件は自衛隊が仕切るから自衛隊に引き継いだらすぐ帰れって言うんだわ」

「それが何時頃ですか?」

「現着が七時、催促したんが八時。自衛隊が来たのが九時過ぎだったな」

「え! 九時過ぎ⁉︎ 僕、さっきフジマートの駐車場で自衛隊を見ましたよ」

「んなら別の奴らだな。退去しろと高圧的に言うもんだから腹立ってなぁ。ここらが山ァ俺の縄張りだ、起きた出来事を見届けて解決に力を尽くす義務がある! ……とかなんとか二時間ばかりゴネてやった」


 定年間近の老巡査長は、そう言うとカッカッカッと愉快そうに笑った。


 その時、役場の館内放送が鳴った。


『業務連絡。業務連絡。企画財政課猿渡、真矢両名は至急町長室へ。繰り返す猿渡、真矢両名は至急町長室へ』



***



「タケミカヅチのコンディションは?」

 

 開口一番、企画財政課・犬飼課長はそう尋ねた。


「今日は火曜で、竹中さんが来てくれてました。歩行訓練の後、メンテして帰るって行ってましたから、いつでも動かせると思います」

「猿渡、四トンを回せ。時間が惜しい。詳細は移動しながら説明する」

「笹良岳、ですか?」


 犬飼は珍しく少し驚いた顔をした。


「耳が早いな。だが目的地はそこじゃない。笹良岳から十五キロ程東」

「え。ちょっと待ってください! 笹良から十五キロ東って言ったら……」

「蝙蝠山……」

「猪撃ちの飯島老人が昼になっても戻らないと奥方から通報があった。その内容が普通じゃなくてな。何か異常な事態に巻き込まれた可能性がある。今はとにかく急げ。

 宜しいですね? 町長」


 顔自体が笑ったような造りの小さな老婦人、水谷貴美江町長は、穏やかに答えた。


「この件は町長である私の責任の元で、事態の終息まであなたに一任します。犬飼課長。飯島さんを、お願いね」

「微力を尽くします。

 猿渡、真矢。タケミカヅチ出動だ」


***


『信頼できる情報筋から得られた現状を説明する』


 山腹に沿って蛇のようにうねる国道を、二台の車両が疾走する。

 黄色の回転灯を回しながら走る白い軽自動車。

 荷台に青いビニールシートで覆われた大きな荷物を載せた、白い四トントラック。

 二台の車両の側面には、「蝙蝠山町役場」と明朝体の飾り気の無い文字が描かれている。


『本日未明。自衛隊のある部隊が、国道二九九号を西進していた。表向きは七ヶ岳北壁を利用した山岳訓練の為。だが、実際はアメリカの国防高等研究計画局と、自衛隊技術研究本部が合同で進めていたある新兵器の実験の為だ』


 先行する軽自動車のハンドルを握る犬飼が、事の顛末をヘッドセット越しに説明する。


「ある新兵器?」


 猿渡の疑問はその時の犬飼には無視された。


『しかしその輸送車両にトラブルが起き、車両は笹良岳付近のカーブでガードを突き破り転落。移動はトレーラーとバン一台だったようだが、バンも巻き込んで二台とも落ちた。目立たぬよう最低限の車両編成だったことが仇となり、当局の事態把握までに時間が掛かった。現在、大宮駐屯地と座間駐屯地の部隊が現地入りし、その兵器、ゲー・フュンフを探している』


「げー、ふゅんふ?」

「ドイツ語だな。ゲーはG。フュンフは五。Gファイブ、くらいの意味だと思う」


 トラックの助手席の真矢の疑問には、運転席の猿渡が答えた。


『問題は座間から来た部隊が単なる捜索部隊では無いかも知れない点だ。中央即応集団特殊作戦群。恐らくその任務はゲー・フュンフのサーチ・アンド・デストロイ。装備は実包。彼らはゲー・フュンフをなんとしても回収するよう命じらている。その生死を問わず、だ』


「生死を問わず……! じゃあ、じゃあゲー・フュンフってのは!」

『生物兵器だ。ウィルスや細菌のようなミクロなレベルの物じゃない。軍事用に強化、訓練された大型の猛獣』

「どんな……種類の……?」

『そもそもプロジェクト・ゲー・フュンフは極秘扱い。今回の情報提供者もそこまでは探れなかった。だが、飯島老が午後一時過ぎに奥方に掛けた電話は、その正体を示しているかも知れない』

「電話の内容は?」

『奥方が聴いた内容はこうだ。雑音。荒い息遣い。動物の咆哮。車のセルモーターが回る音。飯島老の声でたった一言。


 ゴリラ。


 そして電話は切れ、何度掛け直しても再び繋がる事は無かった』

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