フジマートの駐車場
フジマートの駐車場は「無駄に」と言って差し支えない程に広い。
役場の公用車である軽ワゴンでいつものように昼食の買い出しに来た猿渡はしかし、いつものように店舗の直近のスペースには車を停められなかった。
それどころか、店舗近くを占有する車両の一団の異様さは気安くは近寄り難く、駐車場の端の、コイン精米小屋のすぐ前に車を入れてエンジンを切った。
(……自衛隊?)
モスグリーンに塗装された四輪駆動車が三台。荷台に幌が掛かったトラックが二台。バイクが二台。迷彩の上下にキャップ姿で店を出入りする男たち。
運転席で少し様子を観察して、スマホの最大望遠で何枚か写真を撮った猿渡は、役所の名前の入った作業ジャケットを脱ぐと車を降り、努めて平静を装って一団に近づいた。
「お勤め、御苦労です」
自然に店の入り口を目指すようなコースで自衛隊の車両に接近した猿渡は、その近傍で立番している若い隊員に明るく声を掛けた。
「珍しいですねぇ、訓練ですか?」
「ええ。訓練予定地点に移動の途中です。ご迷惑をお掛けしております」
隊員ははにかむような笑顔を作ると答えた。
「大宮からですか?」
「はい。そっちの方面から」
「天気がもつといいですね。この辺は天気が変わり易くて。訓練頑張ってくださいね」
「お気遣い、ありがとうございます」
謝辞を述べた隊員は、びっ、と敬礼した。猿渡はきちんと頭を下げてそれに応えると、鼻唄でも歌い出しそうな足取りで店舗の入り口に向かった。
自動ドアを潜った猿渡は表情を硬くしながらスマホを取り出すと課に直通の番号をコールした。
『はい。企画財政課です』
「課長、猿渡です。今宜しいですか?」
『何があった?』
「今フジマートなんですが、自衛隊の一団が休憩してるんですよね。ざっと見積って小隊規模の。用向きを尋ねたら訓練地へ移動中だと言うんですが、何か聞いてます?」
『いや。だがまあ移動途中の休憩くらいでは役場へ届け出義務があるわけじゃないからな。何か気になることが?』
「大宮からか、と訊いたらそっちの方面からだ、と微妙な解答で。でも車両の認識番号の頭に『座』って漢字が。つまりどういうことかと言うとですね……」
『最寄りの大宮駐屯地の部隊ではなく、神奈川県相模原の座間駐屯地の部隊が出張って来てる、と言うことか。確かに不自然だな』
オタク気質の猿渡は、自分の感じたマニアならではの違和感を課長の犬飼に簡潔に説明するつもりだったが、先回りした犬飼の推察は正鵠を射ていた。
『分かった。町長に話して、市役所に問い合わせて貰う』
「あ、待ってください。もう一点」
『なんだ?』
「車両は四駆が三台、トラック二台、バイク二台なんですが、四駆の内の一台が……その……」
『構わない。言ってくれ』
「『ハンヴィー』みたいで」
『……メガクルーザーの陸自仕様車、いわゆる高機動車の見間違いではないんだな?』
「間違いないです。残り二台の四駆はその高機動車そのもので、フロントグリルにトヨタのマークが。でも一台はハンヴィーです。チラ見ですけど、運転席にいたのは黒人の兵隊に見えました」
『ハマーでもなく?』
「……はい。民生用の仕様変更車ではありません。ガチの軍用車両、ハンヴィーです」
答えながら猿渡は、犬飼の質問内容の的確さと、それを裏打ちする軍事知識の正確さに舌を巻いていた。
そして犬飼がこの町の役場の課長に収まる前の経歴についての噂を思い出した。
「ナンバープレートにもアルファベット。つまりこいつは--」
『--米軍、か。余り気持ちのいい話じゃないな』
「合同演習の下見とか、技術交流の為の視察か何かで、米軍の担当者と現地地方隊が行動を共にするということなら、まあ有り得ない話ではないです。ただ、だとすると……」
『なぜ母体基地を偽ったのか、だな。画像はあるか?』
「望遠ですのでナンバープレートまでは読み取れませんが。今から撮影し直しますか?」
『いや、深追いするな。この件はこちらで対応しよう。画像は全て最大サイズで私の携帯宛に。君は予定通り昼食を調達して帰って来い。よく報せてくれた』
「それとなく尾行しましょうか?」
『ダメだ。絶対にこれ以上のちょっかいは出すな。米軍が絡むとなると危険度の査定が難しい。何か明らかになれば必ず教えるから、君は安全運転にだけ留意して帰って来るんだ。いいな』
「分かりました」
***
電話を切った犬飼は溜息を一つ吐いた。
フォン、と控え目な通知音。
デスクの上のスマートフォンだ。画面の表示は、部下である猿渡からのメールの着信を報せていた。
五枚の添付画像を確認した彼は、そのまま何処かに電話を掛ける。
電子音と共に繋がった話者に、犬飼は丁寧に挨拶した。
「ご無沙汰しております。石野市長。蝙蝠山町役場の犬飼です」
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