第3話 過去からの贈り物

老 女  あら?こんな所にオルゴールが…



       老女はオルゴールを手に取り蓋を開ける。

       オルゴールの鏡に向かい



老 女  そうかい、そうかい。

     今日は何だか賑やかだね~。さ、最後のお客様だ。



       老女の声と共にドアが開く



老 女  いらっしゃいませ

あかり  ?此処って喫茶店だっけ?

老 女  何になさいます?



       戸惑うあかりに半ば強引に座らせてメニューを見せる



あかり  何?今時、喫茶店で飲み物だけってありえなくない?

老 女  ケーキセットならありますよ。

あかり  え~!ケーキセット?今、ダイエット中なんだけど。

老 女  ごめんなさいね

あかり  …じゃあ、取り敢えず紅茶下さい。

老 女  かしこまりました



        あかり、ゆったりと歩く老女を見てから店内を見回す。



あかり  それにしても、随分レトロな店だな~

     この辺にこんな店あったっけ?



         あかり、落ち着かない様子で店内の装飾品を見て回る

         老女が落ち着き無く動くあかりの席に紅茶を置くと

         あかりは慌てて席に戻り、紅茶を口にする。



あかり  お婆さん、お婆さん。

     このお店はどのくらい古いんですか?

老 女  さぁ…どのくらいだったかしらね。

あかり  なんか、見たこと無いものがいっぱい飾ってあるんだけど♪

     あれ、何?

老 女  レコード盤よ

あかり  レコード?へぇ~。

     じゃあさ、あれは?

老 女  オルゴールよ

あかり  オルゴール?マジ?

     何でこんなにたくさんオルゴールがあるの?



        無邪気に店内の物に興味を持つあかりに



老 女  それで…あなたは何故此処に来たの?

あかり  あれ?なんでだっけ?

     確か買い物に来て……

     そう!行き着けの店のドアを開けたら此処だった

老 女  …それで、何かあったのかしら?

あかり  なんで?

老 女  ドアを開けて入って来た時、随分とイライラした感じだったから。

あかり  ちょっと…親と喧嘩しちゃって。

老 女  喧嘩?

あかり  そう!喧嘩

     なんで親って、あんなにうるさいんだろう!

老 女  それはあなたを心配してるからでしょう?

あかり  心配?監視の間違いじゃないの?

     誰も頼んでないのに、勝手に生んで勝手に人の人生に口出ししてさ。

     私の人生は誰のものでもなくて、私のもんだっつうの。

     本当、放っておいて欲しいよ

老 女  随分と、悲しい事を言うのね。

     でもね、あなたがそうして存在しているって事は、ご両親の愛情を一身     に受けて育った証拠なのよ

あかり  愛情ね~

老 女  ご両親とは仲が悪いの?

あかり  別に。居れば居るでうるさいから、自分の部屋にこもってる

老 女  お父様やお母様が悲しまない?

あかり  様を付けて貰うほどの親じゃないよ。

     足の臭いオヤジと、太ったおばさん

老 女  何故、自分の親をそんな風に言うの?

あかり  別に。ただ、うっとおしくて

老 女  ねぇ、あなたは考えたことがある?

     あなたのご両親にも、あなたと同じ時代があったって

あかり  …

老 女  あなたが結婚して、あなたの子供に同じように言われたら悲しくない?

あかり  私は、ああはならないわ!

老 女  何故そう言い切れるの?

あかり  私はあの人達とは違うもん!

老 女  でも、あなたのご両親なのよ。

     あなたが病気をすれば心配するし、大きな事故があれば、自分の子供が

     巻き込まれていなければ良いと願うのよ

あかり  それがうっとおしいんだよ

老 女  …ねぇ

     あなたがそんなにご両親を嫌う理由を教えてくれないかしら?

あかり  理由?

老 女  そう。そんなに毛嫌いするなら理由があるでしょう?

あかり  別に…。ただ、干渉が酷いの。

     子供の頃からそう。何をするにも…なにを始めるにも…

     いつの間にかそれがうっとおしくて。

     父親は普段、仕事仕事でお母さんに構ってあげないから、

     お母さんは自然と私に目が行くでしょう?

     父親に仕事以外の事に目を向けろって言っても、仕事が趣味みたいな人     だし、お母さんは専業主婦だから暇なんだよ。

     もう、子供じゃないんだから、放っておいて欲しいよ。



           老女はオルゴールを手に取ると



老 女  あなたにこのオルゴールを上げましょう

あかり  オルゴール?あ、この店にたくさん飾ってあるやつね

老 女  そう。きっと素敵な夢が見られるわよ。

あかり  夢?いらないよ。はい、返す

老 女  いいから!

     さぁ、このオルゴールを持って目をつぶるの。

     そして10数えてごらんなさい。

     数え終わったら、そのオルゴールの蓋を開けてみて。

     必ずあなたに素敵な奇跡が起こるから。

あかり  奇跡?起こるわけ無いよ。今時、小さな子供だって騙されないよ。

老 女  いいから。さ、目を閉じて。



        真剣に言う老女に根負けして、渋々あかりは言われた通りにする



老女とあかり い~ち、に~、さ~ん、4、5

あかり    6、7、8、9、⒑



         店内が真っ暗になり、オルゴールの音色だけが聞こえる。



あかり  ねぇ、お婆さん。何にも無いよ。



         あかりの声と共に店内に明かりが点く

         お店には、先ほどまではいなかった妊婦が、なにやら楽しげに         絵を見ている。

         あかりが振り向くと、後ろに居た筈の老女の姿が無い。



あかり  婆、バックレた?

マ マ  いらっしゃいませ



        先ほどと変わって、若いママさん(老女の若い頃)がカウンター

        から出てきた



あかり  え?

マ マ  何になさいます?

あかり  あ…嫌。ほら、此処に紅茶がありますから。

マ  マ  あら、いつの間に?私ったら、ボケたのかしら?

あかり  あの!さっきまで此処にいたお婆さん、知りませんか?

マ  マ  お婆さん?



       不思議そうにされ、妙な雰囲気にあかりは苦笑いを浮かべ



あかり  あ!いいです。気のせい…かな?



         ママは不思議そうな顔のままカウンターへ戻る。

         あかりは店内を見回し、いつの間にか現われた妊婦を見る。

         一度見過ごしてから、慌ててもう一度妊婦を見る。

         妊婦はあかりの視線に気付かずに絵本を見ている。

         あかり、その妊婦に恐る恐る声を掛けてみる



あかり  あの~

寿 すず  はい?

あかり  失礼ですが、何処かでお会いしませんでしたか?

寿 々  ?…いいえ

あかり  (苦笑いしながら)ですよね~



         あかり、首を傾げながら自分の席に戻る。

         するとママがホットミルクを持って寿々の席へ行き



マ  マ  寿々ちゃん、明さんは今日も遅刻?

寿 々  ええ…いつもの事だから

あかり  (独り言)寿々?明?まさかね…

     でも…良く似てるのよね



        あかり、寿々をチラチラと見ている。

        寿々、なんと無く視線に気付きあかりを見る

        あかり、寿々の視線に慌てて視線をはずす。

        この行動を何回か繰り返す



寿 々  あの…宜しければお話しませんか?

あかり  はい!あ…でも良いんですか?

寿 々  どうぞ

あかり  それから…一つ聞いても良いですか?

寿 々  ええ、何?

あかり  今日って、何年の何月何日ですか?

寿 々  え?平成9年3月20日よ

あかり  平成9年!!!マジ?

寿 々  マ…マジ???

あかり  (言葉の意味がわからなそうにしている寿々に)

     あ…ごめん。マジの意味がわかんないよね。

     本当に?って意味です。

寿 々  そうなんですか?

あかり  って事は…やっぱり目の前に居るのは…

     (恐る恐る)すみません…違っていたらごめんなさい。

     もしかしてお名前、青柳 寿々あおやぎ すずさん?

寿 々  え?ええ、そうよ。何で私の名前を知ってるの?

あかり  でもって、ご主人の名前は青柳明!

寿 々  凄いわ!明さんまで知ってるの?

     もしかして、明さんのお知り合い?



        あかり、妊婦の言葉に思わず立ち上がり



あかり  お母さん!

寿 々  お…お母さん?

あかり  …に、なるんですね!

     ほら、お腹が大きいじゃないですか

寿 々  (あかりのリアクションの大きさに戸惑いながら)

     ええ、やっと7ヶ月目に入ったんです。

     (お腹の赤ちゃんに語りかけるように)大変だったのよね~

あかり  大変って?

マ  マ  それがね、何度も流産しかかったのよ。

     なんでも、自分の命も危なかったって…

あかり  えぇ!

マ  マ  自分はいいから、この子だけは助けてくれって大変だったらしいのよ~

寿 々  ママ~!

マ  マ  だって、本当の事でしょう?

寿 々  そうだけど…

マ  マ  つい最近まで入院してたんでしょう?

     やっと退院できたっていうのに、もう出歩いたりして平気なの?

寿 々  ええ、もう大丈夫。それに、今日は特別な日なんだもの。

マ  マ  あら!そういえばそうだったわね

あかり  何?何?

寿 々  結婚記念日なんです

あかり  え~、そうなの?

     …って言うか、それなのに遅刻?酷くない?

     自分は偉そうに『約束の時間も守れない奴はけしからん!』とか何とか

     いつも言ってるくせに!

寿 々  あの…やっぱり明さんのお知り合い

あかり  え~と…お知り合いというよりも身内?

     (あかり、考えながら寿々のお腹を見て)と言っても、今はもどきか…

寿 々  もどき?



         あかり、寿々の言葉に慌てて笑って誤魔化す

         するとお店のドアが開き、明が入ってくる

         あかり、明の顔を見て勢い良く立ち上がると



あかり  遅い!

     ちょっと!大事な結婚記念日に、何遅刻してんのよ!



        明、あかりの物凄い剣幕におされて、思わず深々お辞儀をして



 明  すみません!

    ……(お辞儀をしてから寿々に)寿々、知り合い?

寿 々  明さんの知り合いじゃないの?

 明   嫌、僕は知っての通り天涯孤独の身だからね

寿 々  そうよね…変ね~

あかり  (慌てて)ほら!細かい事は気にしない、気にしない。

     それより、一つお願いがあるんですけど…

寿 々  お願い?

あかり  お腹を触ってもいいですか?



         寿々と明、顔を見合わせて



寿々  どうぞ



         あかり、恐る恐る寿々のお腹に手を当てる



あかり  こんにちは、卵の私



         あかりの声に応えるかのようにお腹が動く



あかり  あ!

寿 々  良く動くでしょう。とっても元気なの。男の子かしらね。

 明   僕は寿々似の女の子がいいな。

寿 々  あら、女の子は父親に似るのよ

 明   え!そうなのか?

     どうしよう…生まれてきて大きくなったら

     『お父さんに似てるのは嫌だ』って言われたら

寿 々  馬鹿ね、そんな事を言うわけ無いでしょう。

     (お腹に向かって)私達の子供なんだから

明   そっか



        寿々の言葉に嬉しそうに微笑む明を見て、あかりは自分が

        たった今、明が心配していた言葉を吐いていた事を思い出す。



あかり  (俯き独り言で)……ごめんね

寿 々  どうしたの?

あかり  ううん、なんでもない

寿 々  そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね。

あかり  あ…そうですね。あかりです。

寿 々  あかりちゃん?どういう字を書くの?

あかり  ひらがなで「あかり」です

寿 々  良い名前ね

あかり  そうですか?でも、両親の知り合いから付けたって聞いてます。

     いい加減だと思いませんか?

明    でもさ、ご両親の心の灯りだったんじゃないのかな。

     そういう意味も込められていると思うよ。

あかり  そうかな~?何か、名前しか知らない人から付けたって聞いてますよ。

     絶対適当につけたと思います。

寿 々  でもね、きっとご両親にとってその人は余程、印象的な方だったのよ

 明   そうだよ!子供の名前っていうのは、考えるのは結構大変なんだよ

寿 々  特に私達は、お互いに気に入らないと駄目って決めているの。

あかり  へ~そうだったんだ

 明   僕なんて、画用紙に書き切れないほど考えたのに、全部却下なんだ。

寿 々  あら!心外だわ。だってね、男の子なら太郎で女の子は花子。

     一番目だから一郎とか壱子なのよ。可愛そうでしょう?

あかり  …お父さん。センス悪い

寿 々  あかりちゃんもそう思うでしょう?

あかり  私、お母さんに一票

 明   酷いな~。これでも一生懸命考えてるのに…

寿 々  仕方ないわよ

 明   え?そうなの?……

寿々・あかり ね~

あかり  そういえば、今日は二人の結婚記念日なんですよね。

 明   そうだった!ごめん、遅れちゃったから映画、駄目になっちゃったね

     此処に来る途中でさ、犬が逃げてしまったらしくて泣いてる子が居たん     だ。

     今日は大切な日だから、見て見ぬフリをしようとしたんだけど…

マ  マ  出来なかったわけね。

     はい、コーヒー

 明   ありがとうございます。

マ  マ  あんたは今時、馬鹿と言うか…人が好いと言うか…

寿 々  それで…見つかったの?

 明   ああ!子供は大喜びで犬を繋いで帰ったよ。

     その犬っていうのが馬鹿な犬でさ

     顔も見るからにまぬけそのものなんだけど、飼い主を見つけて喜びの余     り川に落ちちゃったんだ。

     驚いて犬の癖に溺れてて、ハタと気付いたんだろうな…。

     その川、めちゃくちゃ浅いんだよ。

     犬の奴、立ち上がって浅いのに気付いたら、何事も無かったような顔で

     飼い主の元に返ってきたんだよ。

寿 々  わんちゃんも不安だったのね

あかり  で、そんな事で大事な記念日をパーにしてんの?

 明   ………ごめん

あかり  謝って済む事じゃないでしょう!

寿 々  あかりちゃん、いいのよ。

あかり  でも!

寿 々  私、泣いている子供を見捨てて此処に来る明さんは好きじゃないわ。

あかり  お母さん…

寿 々  それにね、結婚記念日は来年もやってくるわ。

     そうでしょう?

 明   本当にごめん

寿 々  嫌ね~!良いって言ってるでしょう



       お互いを気遣う二人を見て、あかりは話を切り替えるように



あかり  ねぇ!二人の馴れ初めを教えてくださいよ

 明   えぇ!

寿 々  今更、恥ずかしいわ

あかり  良いじゃない。ねぇ…教えて、教えて。

マ  マ  教えてあげたら?減るもんじゃないんだから

 明   でも…人の馴れ初めなんて楽しいもんじゃないし…

あかり  お願い。どうしても聞きたいの



       明と寿々が顔を見合わせる



寿 々  このお店がきっかけだったの。

     私ね、新体操の選手だったの。これでも地元では結構有名だったのよ。

     でもね、全国大会の時に足に激痛が走って立ち上がれなくなったの。

     病院に運ばれて診察の結果、このまま続けたら歩けなくなるって言われ     たわ…。

     そんな時だったの、明さんと出会ったのは。

 明   まるで夢遊病者のように前の道を歩いていてね。

     遠目からでも危うげだったんだ。

     そしたら案の定、赤信号に気付かずに飛び出したんだよ。

     慌てて腕を掴んで顔を見たら、目の焦点が合ってなくて…

     だからひとまず、この喫茶店に入ったんだ。

寿 々  此処でアイスコーヒーを飲みながら、お互いの夢を語ったの。

     いつの間にか時が経つのも忘れて、閉店間際まで話してた。

 明   なんだかこのまま別れるのが寂しくて、同じ時間に此処で会おうって

     約束したのがきっかけ。

マ  マ  あら、プロポーズの時も此処だったわよね

 明   ママ!それは内緒でしょう!

あかり  何?何?ここでプロポーズ。

 明   いや、あれは成り行きまかせというか…イチかバチか…というか

あかり  へぇ~

 明   お見合いするって聞いて、居ても立ってもいられなくなって

あかり  そうなんだ~

マ  マ  でもね、それからが大変だったのよ

 明   (額の汗を拭きながら)ママ!もういいじゃないですか⁉

あかり  何?何なの?知りた~い

マ  マ  結婚を反対されて、駆け落ちしたの

あかり  え?マジ?お父さんやる~

 明   僕は新聞奨学生で、働きながら高校・大学と出た人間ですから…

     僕と一緒になれば苦労すると反対されました。

あかり  へぇ~。今じゃ婆ちゃんとお父さんは無二の親友みたいだけどね。

     分かんないもんだな~



         寿々と明、あかりを不思議そうに見る



寿 々  ねぇ、あかりちゃんは?

あかり  私?

寿 々  そう。やりたい事とか無いの?

あかり  私ね…留学したいの。

     でも、両親が反対してて…

 明   そうなんだ。

あかり  目的も無く留学して、こっちに帰って来て使い物のならない人間に

     なったら困るって…

     一方的に決めつけて、私の話さえも聞いてくれないの。

寿 々  そう…

 明   きっとお母さんは心配なんだね。

     それに、あかりちゃんは年齢いくつ?

     僕達よりずっと若く見えるけど。

あかり  二十歳ですけど…

 明   それじゃあ当然だよ。

     一人で海外留学なんて、反対しない方がおかしいよ。

あかり  でも!話くらい聞いてくれても良いと思うの。

     それを、話も聞かずに一方的に「海外旅行気分で留学するな!」

     って言われてさ…

寿 々  そうなの…

あかり  そもそもね、留学したいって思ったのは両親のせいなのに…

 明   どういう事?

あかり  見分を広めろって、両親が幼い頃から日本旅行はもちろん。

     海外旅行に連れて行ってくれたの。

     父親が独学で学んだ英語を話す姿が恰好良くて、通訳になりたかった。

     でも、ちっとも話を聞いてくれなくて…。

寿 々  だからと言って、ただ反対されているからと反発していたら、何の解決

     も出来ないんじゃないかしら?

 明   そうだね…。やみくもに反発するんじゃなくて、何を言われても

     「まずは話を聞いて」って訴えてみたらどうかな?

あかり  え~。そんな事しても無理無理。

 明   じゃあ、その夢は諦めるの?

あかり  …

 明   本当に叶えたい夢なら、理解してもらえるように説得しなくちゃ。

     ただ反発してるのは、子供と一緒だよ

あかり  …でも… 

寿 々  大丈夫よ。

     あかりちゃんが絶対に叶えたい夢なら、ご両親はきっとわかってくれる     から…。

あかり  寿々さん…

マ マ  あらあら。駆け落ちしてお母様を説得しなかった人が、他人にはそんな

     アドバイスが出来ちゃうのね。

     寿々ちゃん。出来るなら、あなたもお母様と和解なさい。

     早くにご主人を亡くして、女手一つで育ててくれたんでしょう?

寿 々  …でも………

 明   今なら僕もそう思うよ

寿 々  明さん?

 明   やっぱり、二人だけの生活では不安が多い

     特に身重の寿々を思うと、実家で出産させて上げたいのが本音だよ。

     それに寿々のお母さんは、寿々を女手一つで育ててくれたんだろう?

     心配していると思うんだ。

あかり  そう言えば…婆ちゃんが言ってた。

     私の産声が聞きたかったって…。そういう事だったんだ…。

 明   あかりちゃんのご両親も、結婚に反対されていたの?

あかり  そうみたいですね。私、何も知らなかったけど…

 明   みたい?

寿 々  知らなかった?



         あかり、自分の言葉に疑問を持つ二人に慌てて



あかり  私の事より、ほら、今は二人のことでしょう

     ねぇ、今からじゃ駄目なの?もう、仲直りできないの?

寿 々  あかりちゃん…

あかり  私の婆ちゃんね、私の産声が聞けなかった事を今でも悔やんでいるの。

     下手な意地なんか張らないで、会いに行けば良かったって。

     きっと、寿々さんのお母さんだってそう思ってるよ。

     うちの婆ちゃんなんか、会いに来てくれるんじゃないかって私の産着や

     玩具を用意して毎日毎日待ってたって。

     でも…結局、無駄になったけどって、いつも悲しそうな顔して笑って      た。

寿 々  でも…

 明   なぁ、寿々。実は僕もずっと考えていたんだ。

     僕、寿々のお母さんの会社を継ぐよ

寿 々  明さん!

あかり  何?どういう事?

 明   寿々のお母さんはね、何度か僕等に妥協案を出してくれたんだ。

     でも、結婚の絶対条件が寿々のお母さんの会社を継ぐ事なんだ。

     寿々のお父さんが一代で築いた会社を潰すわけにはいかないって。

寿 々  私、結婚の為に明さんの夢を諦めて欲しくないの

 明   でも、僕もあかりちゃんの話を聞いて、お義母さんに僕達の子供の産声

     は聞かせてあげたいって思ったよ。

     絵本作家になる夢は諦めるよ。

     僕の絵本は、このお腹の子供に読ませてあげればそれで良い。

     本当はね…もっと早くにそうしても良かったんだ。

     でも、寿々が僕の夢を諦めさせるくらいなら、一人でこの子を産むって

     言うから言い出せなくなってしまって…

寿 々  そんな…でも、子供の頃からの夢だって…

 明   寿々…夢の形は色々と変わるんだ。

     僕には、きみとおなかの子が何不自由無く暮らせる生活を送らせてあげ     る事が一番大切な夢だよ

寿 々  いいの?それで…

 明   ああ



          あかり、二人から少し離れる。

         (あかり唄:手紙~愛するあなたへ/藤田麻衣子)

          明と寿々は唄の間、ストップモーション



あかり  そうだったんだ。

     お父さん、私達の為に子供の頃からの夢を諦めたんだ

老 女  どう?少しは分かった?

あかり  お婆さん!

老 女  親というものは、何よりも自分の子供が一番大切なのよ。

     貧しくて食べる物が無いとき、親は自分の分さえも与えてしまう。

     そうしてあなた達は大きくなるの

あかり  うん、そうだね。

     大切な事を忘れてたみたい。

     私ね、子供の頃、お父さんのお嫁さんになるのが夢だったの。

     お父さんが私の為に水彩絵の具で書いてくれる絵本が大好きだった。

     なのに年齢を重ねて、いつしかお父さんが好きな事が格好悪く思えてき     て、今では洗濯物まで別にして洗ってもらうようになってた。

     こんなに愛されてたのに…

老 女  気付けてよかったわね。

あかり  うん、ありがとう



        あかり、二人の傍に行く



あかり  私、留学の事をちゃんと両親に話してみる。

     分かってもらえないからって反抗するんじゃなくて、ちゃんと

     分ってもらえるように自分から変わってみせる。

 明   あかりちゃん?

あかり  二人が私に勇気をくれたの。でも、一つだけお願いがあるんだ。

     婆ちゃん…寿々さんのお母さんとは仲直りして。

     寂しい思いをして、ずっと二人を待っているから。

 明   ああ、約束するよ。

寿 々  明さん?

 明   お義母さん、駆け落ちした僕達をずっと見守ってくれているんだよ。

     温かくて大きな愛情で

寿 々  知らなかった…。私、何も知らないでお母さんに酷い事を言ったわ。

 明   これからゆっくり、時間を掛けて修復していけばいいよ。

     僕も、もう、何を言われても大丈夫だから。

     守る人が居る人間は、どんな人だって強くなれるんだ。

     僕は寿々と生まれてくるこの子の為に、どんな事だって乗り越えられ      る。

寿 々  ありがとう

あかり  頑張ってね。

     さて、私、そろそろ帰ります。

老 女  オルゴールを持って出れば、元の世界に戻れますよ。

あかり  うん、ありがとう。



        あかり、寿々に手を出して



あかり  元気な赤ちゃんを産んでね

寿 々  もう、会えないの?

あかり  (そっと寿々のお腹に手をあてて)大丈夫、すぐ会えるから。

寿 々  この子に会いに来てね。

あかり  それはちょっと無理かな…。でも、必ず会えるから。

寿 々  約束してね

あかり  うん、約束



        二人、ゆびきりを交わす

        あかり、明に手を差し出す



あかり  これから、頑張ってね

 明   あかりちゃんも頑張れよ。

あかり  うん、ありがとう



      あかり、握手をした後、明を寿々から少し離れたところへ引っ張ると



あかり  あのね、一つだけお願い

 明   ?何だい?

あかり  仕事も良いけど、時々はお母さんの事も構ってあげてね。

 明   ?何だか分からないけど…分かったよ。



       あかり、数歩ドアに向かって歩いてから振り向き



あかり  最後に二人にお願い

     赤ちゃんが将来の夢を語った時、絶対に反対しないで

     話を聞いてあげてね。



       明、寿々、顔を見合わせる



寿 々  ええ、約束するわ

 明   僕も、約束するよ。

あかり  (満面の笑みを浮かべ)ありがとう、じゃあね。



         二人に背を向け、あかりはドアに向かう。

         そしてドアノブに手を掛けて、ゆっくいとドアを開けると

         二人に満面の笑顔を向けて



あかり  バイバイ、又ね!



         明、寿々も笑顔であかりを見送る。



寿 々  なんだか台風みたいな女の子だったわね

 明   そうだな

寿 々  不思議な子だったわね。

     私の事、お母さんだって。

 明   僕のことも、ずっとお父さんだったよ。

     なぁ、寿々。こんな事を言ったら笑うかい?

寿 々  なあに?

 明   何だか、お腹のこの子が未来から来てくれたみたいに思えたんだ

寿 々  明さんも?実は私もよ



          二人、顔を見合わせて



二 人  この子の名前はあかり

寿 々  あの子のように明るい子になりますように

 明   そして、僕達を照らす灯火ともしびでありますように

   


         二人は微笑み合うと



 明   ママ、又来ますね。

寿 々  コーヒー代、此処に置いていきますね。

老 女  はいはい。気を付けてお帰り

 明   なぁ、これから二人でお義母さんの所へ行かないか?

寿 々  ええ、この子の産声を聞いてもらわないとね



        二人は楽しそうに話しながらお店を後にする。



老 女  消え去った思い出が、今ようやく蘇ったわ

     オルゴールの音色が流れた時、この思い出は彼女の両親も夢として

     見ているのだから…



        老女は幸せそうに微笑むと二人のカップを片付ける

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