第2話 夢のかけら
老 女 ようこそ…思い出の館へ
此処では忘れ去られた思い出がオルゴールの中に入っています。
オルゴールの蓋が開き、メロディーが流れると思い出へと
人にはたくさんの思い出があります。
それは優しい思い出だったり、時には悲しい思い出だったりします。
その思い出達にも感情があるのをご存知ですか?
思い出されるのを、此処でずっと待っているのです。
そして奇跡は起きる。
老女の言葉に、いつの間にか現われた男、
ドアの前に立ち嫌味たっぷりの拍手をする。
そしてゆっくりと老女に近付くと
友 紀 奇跡だって?…くだらない。
そんな物が起こるなら、今、目の前で起こして欲しいもんだね。
友紀は老女が見える位置に座る
老 女 …
友 紀 出来ないだろう?
この世の中に奇跡なんて起こらないんだよ。
金持ちのヤツが何処までも金持ちのように、不幸なヤツには不幸しか
こない。
老 女 あなたは…不幸なの?
友 紀 不幸かって?笑わせるね~
「はい、不幸ですよ」って答えたら、あんたは俺を幸せにできるのか?
老 女 …
友紀、まるで何かを思い出したかのように
友 紀 (独り言)俺はな…何もたくさんの幸せを望んだわけじゃなかった。
ただ…あいつ等と静かに暮らしたかっただけなんだよ…それなのに…
老 女 あいつ等?
友 紀 (老女の声にハっとして、冷ややかな笑みを浮かべる)
あんた、此処は思い出の館とか言ってたよな。
人に聞くんじゃなくて、見せてみたらどうだよ
老 女 あなたの思い出を?
友 紀 どうせ「私はこの館を守っているだけ。何も出来ないのよ」とか
ほざくんだろう
老 女 その通りだわ…
友 紀 結局、ただの
老 女
友 紀 そう。楽しいか?そうやって人を騙して
老 女 私は、一度だって人を騙したことなんて無いわよ
友 紀 へぇ~…。だったら今すぐ、その奇跡ってヤツを起こしてみろよ。
出来ないだろう?
老 女 (しばらくの間)わかったわ、貴方がそんなに言うなら…
友 紀 へぇ~!そいつは楽しみだ。どんな奇跡が起こるのかね。
老女、胸のペンダントを握り締めると、誰かに救いを求めるよ
うに天を見上げ
老 女 あなた…私に力を貸して頂戴
老女の声に応えるように、オルゴール着きの懐中時計から音楽が流れ 始めた。
するとお店のドアが開き、一人の女性(青葉)が、手にオルゴールを
持って現われる。
老女は慌てて青葉に
老 女 いらっしゃいませ。
ごめんなさい。今、ちょっと取り込んでるの
友紀、老女の視線の先を見るが、何も見えない。
友 紀 ばあさん?何言ってるんだよ。誰も居ないぜ。
モウロクしたんじゃないだろうな?
それとも、ボケた振りして誤魔化す気か?
青葉、老女に歩み寄り、オルゴールを手渡す
老 女 あなた…私にしか見えないの?
青葉、小さく微笑み早足にお店を後にする
老 女 待って!
慌てて追いかけようとした老女に友紀が怒鳴り出す。
友 紀 婆さん!逃げんのか?
老 女 …あなたの知り合いに、髪の毛の長さが肩まである女性が居る?
友紀、老女の言葉に一瞬顔を強張らせる
老女はそっと受け取ったオルゴールを見詰めると
老 女 この中に…あなたの思い出が眠っているのね…
友紀、老女の手の中のオルゴールを見て慌てて立ち上がる。
友 紀 何でそれが此処に?
老 女 その女性が此処に持ってきたのよ。
友 紀 馬鹿を言うな!あいつは…あいつ等は…
老 女 ?
動揺する友紀に、そっとオルゴールを手渡す。
老 女 あなたの手で、このオルゴールを鳴らして頂戴
きっと、あなたの欲しがってた奇跡が起こるわ
友 紀 馬鹿馬鹿しい。
老 女 怖いの?
友 紀 何言って…。
分かったよ、鳴らせば良いんだろう!
老 女 十数えたら、オルゴールを鳴らして頂戴。
老女は、店内にあるろうそくに歩み寄る
そして数を数えながら、着いていた蝋燭を一本ずつ消して行く
店内は序々に暗くなり、老女の十の声と同時に暗転
若 葉 やだ!真っ暗。青葉、懐中電灯あったよね
青 葉 ちょっと待ってて。あ!これだこれ
懐中電灯の明かりが点いて、お店のスイッチを探す二人。
若 葉 大体さ!兄貴は何してるわけ?馬鹿兄貴
若葉の声と同時に電気が点く
二人、友紀の顔を見て悲鳴を上げる
そして、少し落ち着いてから若葉が友紀に歩み寄り、
鳴り続けるオルゴールを消すと
若 葉 兄貴!何やってるんだよ!ビビるじゃんか!
二人を呆然と見詰める友紀
若 葉 兄貴?どうかしたの?
青葉、ちょっと来て。兄貴がおかしい。
青 葉 お兄ちゃん?何かあったの?
お店を真っ暗にして一人でオルゴール聞いてるなんて…
若 葉 兄貴、失恋でもしたの?
青 葉 失恋!
若 葉 馬鹿!例えだよ、た・と・え!
友 紀 若葉?青葉?
若 葉 兄貴、まだ寝ぼけてんの?
青葉、悪いけどコーヒー持って来て
青 葉 あ!そうだね。ごめん、ぼ~っとしてた。
青葉、慌ててコーヒーを淹れに行く
若 葉 (呆れた顔で)それにしても…兄貴、今時居ないよ~
部屋を真っ暗にしてオルゴール聴いて凹んでる男。
気持ち悪いから止めてよね。
友 紀 いや…これは…
若 葉 まぁさ、どんな人に失恋したんだか知らないけど、その女が見る目
無かったって事だよ。
兄貴は見た目に寄らず、真面目なのにな~
青 葉 若葉!見た目に寄らずは失礼でしょう!
若 葉 やっべ~、青葉に聞かれちった。
青 葉 大体、その言葉遣い、何とかならないの!
若 葉 まったく!青葉はお母さんみたいにうるさいんだから!
友 紀 仕方無いだろう!お前がそんなんだから、言われるんだよ。
少しは女らしくしたらどうだ。
若 葉 これだよ…兄貴は何かって言うと青葉の肩をもつんだから。
友 紀 そんな事ないだろう!俺はいつだって平等だよ。
若 葉 (慌てる友紀を見て)はいはい。
嘘だよ…そんな風に思っていません!!
(独り言で)ったく、本当に兄貴は冗談が通じないんだから
友 紀 若葉!何か言ったか
若 葉 べ~つ~に~!
青 葉 (二人の空気を壊すように)はい、若葉のコーヒー
若 葉 お!サンキュー
若葉と青葉が話している姿を見て
友 紀 どうなってるんだ?
此処はあの婆さんの店のはず。
目の前に居るのは、本当に若葉と青葉なのか?
(はっとして)それにしても、婆さんは何処に行ったんだ?
立ち上がって老女を探そうとする友紀に
青 葉 お兄ちゃん?どうしたの?
若 葉 兄貴、トイレならそっち。
…ったく、自分の妹の店の店内くらい覚えておけよな
友 紀 此処は若葉の店?(友紀、考え込む)
そんな筈は無い。若葉と青葉は…此処に居る筈が無いのに…
若 葉 あ~にき!又、暗いよ。そんな失恋の一つや二つ。
そんな事で落ち込んでたら、私なんか毎日落ち込んでるよ。
っと!やばい。忘れるとこだった。青葉!
青 葉 あ!そうだった
青葉、慌ててカウンターに行き、若葉が電気を消す
蝋燭の明かりが点き、若葉と青葉が誕生日の唄を歌いな
がら友紀の前にケーキを置く。
若 葉 兄貴、三十うん歳の誕生日おめでとう!
青 葉 このケーキ、二人で作ったのよ。
若 葉 何ぼんやりしてんだよ!吹き消して!吹き消して!
友 紀 あ!あぁ、そうだったな。
友紀が慌ててケーキを吹き消そうとした時
青 葉 待って!
若 葉 何だよ、青葉。邪魔すんなよ。
青 葉 待って、お兄ちゃん。
駄目だよ。お誕生日ケーキは願い事をしてから吹き消すの。
若 葉 か~!いいじゃん、そんなの。消したら一緒じゃん。
青 葉 駄目!絶対に駄目⁉
友紀の目の前で言い争う二人、それを見かねて
友 紀 分かった、分かったから仲良くな…。
若 葉 ほら!さっさと願い事する
友 紀 そんな風に言われたら、出来ないだろう
青 葉 若葉!
若 葉 はいはい。結局、私が悪者なのね~。
友 紀 じゃあ、いいか?
友紀、願い事をしてから、蝋燭を吹き消す。
青葉・若葉 お誕生日おめでとう!
拍手の後、若葉、懐中電灯を顔の下で光らせる
若 葉 ば~
友 紀 馬鹿はお前だ。
さっさと電気を点けて来い。
若 葉 嫌だね~、人が折角盛り上げてあげてんのに…
若葉、文句を言いながら電気をつける。
友紀、ケーキを見ながら
友 紀 そういえば…今日は俺の誕生日だったっけ…
若 葉 兄貴のその顔、今日が自分の誕生日だって忘れてただろう?
友 紀 ま…まぁな
青 葉 お兄ちゃんはいつもそうね。
私達の誕生日は忘れたことが無いのに、いつも自分の誕生日を
忘れてるの
友 紀 忙しくて…つい…な…
若 葉 か~!本当に情けない。
そんな失恋の一つや二つで、てめぇの誕生日を忘れちゃうなんて…
友 紀 …若葉。
若 葉 はい~?
友 紀 さっきから黙って聞いてれば、誰が失恋したって言った!
若 葉 え?違うの?
友 紀 全然違うよ!大体お前はいつもそうだ!
そうやって、勝手に話を膨らませて、小さいことを大きく…
若 葉 スト~ップ!折角のケーキが不味くなる。
それに、兄貴の為に可愛い妹達が作ったんだよ。早く食べようよ
友 紀 そう言って…作ったのは、ほとんど青葉なんじゃないのか?
若 葉 ピンポーン♪さっすがは兄貴。
友 紀 お前ってヤツは…
若 葉 あ!でもね、スポンジを切ったのは私。
苺を洗って飾り付もしたでしょう?
青 葉 それに、生クリームを泡立てたじゃない!
若 葉 そうそう!生クリームを泡立てるのって、結構疲れんだよね~
友 紀 若葉の場合、そのクリームのほとんどを舐めてたんじゃないのか?
若 葉 酷い!そんなことしてません⁉
友 紀 へぇ~(物凄い疑いの目をする)
若 葉 疑うヤツには食わせないから!(若葉、ケーキを取り上げる)
友 紀 分かった分かった。
青 葉 (二人の空気を壊すように)じゃあ!私、ケーキを切ってくるね。
ケーキを持って立ち上がる青葉に、慌てて若葉が立ち上がる。
若 葉 ちょっと待った!それくらい私がしてくるよ
青葉は兄貴の相手をしてて
青 葉 でも…
二人でしばらく揉みあうが、若葉に促され青葉は席に戻る。
友 紀 お前、ケーキ切れるのか?
若 葉 失礼ね!私だって、青葉と同じ料理学校をちゃんと出てるんだから
友 紀 そうだった…すっかり忘れてた。
若 葉 兄貴…絶対、若葉を誤解してるよね
友 紀 理解の間違いじゃないのか?
若 葉 青葉~!ちょっと何とか言ってやってよ、このあほ兄貴に!
青 葉 若葉は本当に優等生だったんですよ
友 紀 へぇ~…
若 葉 (得意げに)わかった?…と言う事で、ケーキを切ってくるね。
若葉、青葉に目配せしてカウンターへ消える
青葉がぎこちなく座っていると
友 紀 ありがとうな…
青 葉 え?
友 紀 若葉はああゆう性格だから、誤解される事が多いんだ。
俺からしたら、可愛いたった一人の妹なんだけどな…
青 葉 羨ましいです…
友 紀 え?
青 葉 私、一人っ子だから…
若葉とお兄ちゃんみたいな兄妹が欲しかったです。
友 紀 そうなんだ…
でも、俺は青葉も本当の妹のように思ってるよ
青 葉 …
友 紀 始めは驚いたよ…
若葉がさ、小学校に入って直ぐに「兄貴、妹が居た」って叫んで
帰って来たっけ…。
青 葉 ああ…。
友 紀 貫井青葉に貫井若葉。本当に偶然、同じクラスだったんだよね。
青 葉 はい。誕生日が、若葉が六月一五日で、私が九月一五日だったんです。
友 紀 それで若葉がお姉ちゃんか。
頼りない姉ちゃんだな~。
青 葉 そんなことありません!
若葉は、孤立しがちな私をいつも引っ張ってくれて…
若葉がいたから、今の私が居るんです。
友 紀 (小さく微笑む)そうか…
青 葉 はい。だから、若葉には感謝してます。
友 紀 それは若葉も一緒だと思うよ。
あいつさ、物凄い照れ屋だろう?
だから素直じゃないんだけど…
青葉の話に随分救われたって言ってたよ。
一度だけ俺に、青葉から聞いた話をしてくれたよ。
青 葉 話?
友 紀 そう。確かあいつがパティシエールを目指したいのに、うちの両親に
大反対された時だった。
さぞかし泣いて悔しがっているんだろうって、あいつの部屋に様子を見 に行ったんだ。
でもあいつ、ケロっとしててさ。
拍子抜けした俺に笑いながら
「質問!何で赤ちゃんは両手をグーにしてるのか?」
って聞いて来たんだ。
青 葉 それ…
友 紀 俺は「未発達だから」って答えた。
青 葉 若葉と一緒だ
友 紀 で、先生。答えは?
青 葉 それは…
青葉、恥ずかしそうにして答えようとしない。
そんな青葉に、友紀は噛み締めるように
友 紀 人は生まれる前は天使だった。
だから、背中の肩甲骨は羽が取れた後なんだって。
人間界に学びの為に降り立つには、天使だった記憶や力…全てを置いて
行かなければならない。
でも、たった一つだけ持っていって良い物がある。
それが、夢のかけら。
赤ちゃんはそのかけらを放すまいとして、必死に掴んでいるんだって。 だから、人がどんなに笑おうとからかおうと、自分の夢は諦めちゃいけ ないって…。
あいつはそういうと、いつものおちゃらけた口調で
「全部、青葉の受け売りなんだけどね」って答えたんだ。
青 葉 私、そんな事を言ってたんですか?
友 紀 別に照れなくて良いよ。素敵な言葉じゃないか。
若葉、二人の背後にいつの間にか立っている
若 葉 それだけじゃないよ
友 紀 驚いた!いつの間に来てたんだよ。
若 葉 今さっき
ねぇ、兄貴。もう一つ質問。雪が溶けたら何になる?
友 紀 水だろう?
若 葉 ブ~!(憎憎しげに叫ぶ)
友 紀 うわ~!可愛く無い言い方するな~
若 葉 では、青葉さん(マイクを向ける真似をする)
青 葉 …(恥ずかしがって中々言わない)
若 葉 か~!恥ずかしがるガラかね~
友 紀 分かった!
若 葉 お!じゃあ、友紀君
若葉、友紀にマイクを向ける
友 紀 春だ…春が来るんだ。
若 葉 ピンポンピンポン~、大正解
若葉と青葉、拍手して盛り上げる。
友 紀 そうか…そうだよな。冬の後には春が来るんだからな。
若 葉 そうだよ…馬鹿兄貴。
若葉、俯いて呟くと、顔を上げて微笑む
若 葉 どんなに寒い冬だって、必ず春は来る。
だから、どんなに悲しい事があったって幸せは必ず来るんだよ。
友 紀 若葉?
若 葉 そんな大事な事、忘れやがって…
青 葉 あの日の事は、お兄ちゃんのせいじゃない!
友 紀 青葉
青 葉 それにね、私はお兄ちゃんを救えて幸せだったよ。
友 紀 …
青 葉 ……ありがとう。
本当は知ってて、知らないフリをしてくれたんでしょう?
友 紀 俺は!
青 葉 (友紀の声を打ち消すように)でもね!
好きな人を守れた事は私の誇りだよ。
分かってた…。お兄ちゃんの中で、私は永遠に妹なんだって…
若 葉 でもさ、兄貴は本当に馬鹿だよね。
20年だよ。20年間、兄貴だけを見てきた青葉の気持ちを
知らないフリしてるなんてさ
青 葉 これ…
青葉、そっとオルゴールを友紀に手渡す。
友 紀 ?
青 葉 二人で買った結婚祝い。
友 紀 何で?
若 葉 気付かないと思う?ま、私が気付いたわけじゃないんだけどね。
青葉がね、兄貴には恋人が居るんじゃないかって。
青 葉 偶然、見かけたの。二人がデートをしている所
一目で気付いたよ、ああ…結婚を意識して付き合ってるんだって…
友 紀 …ごめん
青 葉 謝らないで…。心から幸せになって欲しいって思ってる。
友 紀 青葉…
青 葉 ずっと見守っているから…。だから、幸せになって欲しいの。
私はお兄ちゃんが幸せでいてくれたら、それでいい。
それだけで良いの。
友 紀 …
若 葉 兄貴!いい加減に目を覚ませよ!
兄貴がそんなんじゃ、うち等が助けた意味無いじゃんか!
それに、兄貴がそんなんじゃ、ずっと兄貴を心配して待ってる彼女が
可哀想だよ。
青 葉 だから…ね…
青葉、友紀の手にそっとオルゴールを持たせる。
友紀、オルゴールから物音が聞こえて、慌てて蓋を開けると、
あの日に無くした筈の『婚約指輪』が入っている。
友 紀 これ…
青 葉 あの日、これもちゃんと守れたの。
若 葉 良い妹達を持てて幸せだね♪
青 葉 これを持って、彼女の元へ帰って。
そして、二人で幸せになって。
他人がどう思うのかは知らないけど、私は貴方が幸せに笑っていてくれ たらそれで良い。だから、もう私達の為に苦しまないで…
若 葉 兄貴、雪が溶けたら春になるんだろう?
もうすぐ春が来るよ。今はもう3月なんだから…
友 紀 本当に良いのか?お前達は、それで良いのか?
青 葉 (優しく微笑むと)一つだけお願いするなら
友 紀 お願いするなら?
青 葉 私達と過ごした日々を、優しい思い出に変えてください。
友 紀 思い出に?
若 葉 うん。忘れる事は罪じゃないよ。
兄貴に子供が出来た時、時々で良いから私達の事を話して聞かせてくれ
れば、それだけで充分だから。
青 葉 長いこと、苦しめてごめんね。
友 紀 若葉…青葉…
青葉、苦しそうに顔を歪める友紀に満面の笑顔を浮かべる
青 葉 貴方と出会えて私は幸せでした。
だからどうか、私達の分まで幸せになってください。
こんなに心から人を愛せて、青葉は本当に幸せでした。
青葉、笑顔のまま友紀を見詰める。
すると遠くで鈴の音が小さく鳴る
老 女 お名残惜しいけど、そろそろ時間よ。
青 葉 お婆さん
老 女 あなたが彼を此処へ呼んだのね。
友 紀 え?
老 女 どんな出会いも、偶然じゃないのよ。
此処でこうして貴方が私に出会ったのは偶然じゃない。
こうして同じ場所で同じ
運命の思し召しなの。
だから、どんな些細な出会いも大切にして欲しいわ…
友 紀 そうですね…
もしかしたら、この世の中に偶然なんて無いのかもしれませんね。
俺も、あいつ等の為に…嫌、俺自身の為にそろそろきちんと新しい
人生を歩き出さなくちゃいけませんね。
老 女 それが彼女達への最高のプレゼントだわ。
友 紀 わかりました。
青 葉 お婆さん、どうもありがとうございました。
老 女 私は何もしてないわよ。
あなたの彼を思う純粋な気持ちが、奇跡を起こしたのよ。
鈴の音が二度、三度とどんどん大きくなっていく。
若 葉 (ドアの向こうを見て、夢遊病者のように)青葉…行かなきゃ。
青 葉 そうだったね…
ドアに向かって二人歩き出す
友 紀 若葉!青葉!
若葉、ドアを開けると友紀の声に反応したように我に返り振り向く
若 葉 誕生日にバースデーケーキの蝋燭を消すとき、
願い事をするとその願いは叶う
青 葉 その願い、近い将来必ず叶うから
若 葉 だからそれまで、少しの間
二 人 バイバイ。
ドアがゆっくりと閉まっていく。
友 紀 若葉!青葉!約束するから、俺…
老 女 きっとあなたなら、新しい奇跡を起こせるわ。
友 紀 お婆さん…
俺はずっと、あいつ等の死を抱えて生きていかなくちゃいけないって
思ってた。
そうじゃないと、あいつ等が報われないって…
だって、あいつ等まだ26歳だったんですよ!
念願の店を構えて、これからって時に…
老 女 震災が起きた
友 紀 …はい。本当に一瞬でした。
ドンっという音と共に物凄い揺れが襲い、店内の物が音を立てて落ち
てきました。…その時…。
(深呼吸してから)古い店でしたから、老朽化してたんでしょうね。
建物の一部が落ちてきたんです。
青葉の声がした…と思った瞬間、背中を物凄い力で押され、振向いた時
にはもう…。一瞬でした。一瞬にして目の前で店が跡形も無く崩れ落
ちたんです。さっきまで、俺の目の前には二人が居たのに!
老 女 辛かったわね…
友 紀 俺は自分の無力さを恨んだ
俺のこの手は、誰も…誰一人も救えないんだって!
老 女 そうかしら?あなたは今、そうして生きている。
これからあなたのその手は、他の人を救えるんじゃないの?
友 紀 他の人?
老 女 あなたには、そんなあなたを心から心配して待ってくれている
まずはそのひと女を幸せにしてあげる義務があるんじゃない?
友 紀 それは…
老 女 人は愚かだから、目先の事ばかりを追いかけてしまう。
でもね、あなたを苦しめたくて、彼女達はあなたを助けたんじゃない。
それこそ、自分の命を捨ててまで助けてくれた彼女達が可愛そうよ。
友 紀 …
老 女 身近な人間を幸せにしなさい。
あなたがやるべきことは、まず一つ一つに責任を持って生きること。
それが一番大切なのよ。
友 紀 そうですね…
老 女 よく、人の為に生きたいと言って、周りの人を無視して他人に優しく
する人が居るわね。でもね、自分の一番身近な人間を幸せに出来なくて
何ができるの?
女はね、愛する
それはね、人を愛する為に生まれた生き物…それが女だから。
友 紀 人を愛する為に?
老 女 そうよ。女性には母性があるでしょう?母性とは無償の愛。
そして父性は…
友 紀 父性は?
老 女 自分より弱いものを守り慈しむ心。
それを育む為に、人は恋愛を繰り返すの。
そして、次の世代へと命の糸を紡いでいくのよ…
友 紀 だから全てに偶然は無いと…
老 女 あなたのこれからの生き方が、彼女達に喜んでもらえると良いわね。
友 紀 ありがとうございます。
時間を掛けて、ゆっくりと自分のやるべき事を探してみたいと思い
ます。
老 女 あなたの夢のかけら、掴めると良いわね
友紀、微笑んで老女に頷く
老 女 さ、行きなさい。このオルゴールを持って
友 紀 はい!
友紀、老女に一礼をしてドアへと歩き出す。
老女は笑顔で友紀を見送ると友紀が去った後のドアを見て
老 女 彼の願いは、自分の家族や大切な仲間達といつまでも仲良く暮らして
いたい。
きっと叶うわね、そう…遠くない未来に
老女は友紀の未来を見ているかのような瞳で笑顔を浮かべる。
すると、彼等を見ていた未来が呟く。
未 来 夢のかけら?
老 女 そうよ。人は誰でも夢のかけらを探しているの
未 来 私の両手にもあったんですか?
老 女 ええ、そうよ。だからあなたは毎日、此処に来ているのでしょう?
未 来 私の夢のかけら…
未来、両手を見詰めている。
老女は微笑んで彼女を見てから
老 女 コーヒーでも淹れ直しましょうか?
未 来 (両手に視線を向けたまま)いえ…大丈夫です
老 女 そう?遠慮しないでね。
未来は両手を見詰めながら思い悩む。
老女は未来に気を遣い席を外した。
すると、テーブルの上にさっきまでは無かった筈のオルゴール
が一つ置かれている。
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