第2話 夢のかけら

老 女  ようこそ…思い出の館へ

     此処では忘れ去られた思い出がオルゴールの中に入っています。

     オルゴールの蓋が開き、メロディーが流れると思い出へといざな     われる。

     人にはたくさんの思い出があります。

     それは優しい思い出だったり、時には悲しい思い出だったりします。

     その思い出達にも感情があるのをご存知ですか?

     思い出されるのを、此処でずっと待っているのです。

     そして奇跡は起きる。



       老女の言葉に、いつの間にか現われた男、友紀とものり

       ドアの前に立ち嫌味たっぷりの拍手をする。

       そしてゆっくりと老女に近付くと



友 紀  奇跡だって?…くだらない。

     そんな物が起こるなら、今、目の前で起こして欲しいもんだね。

      


        友紀は老女が見える位置に座る


老 女  …

友 紀  出来ないだろう?

     この世の中に奇跡なんて起こらないんだよ。

     金持ちのヤツが何処までも金持ちのように、不幸なヤツには不幸しか

     こない。

老 女  あなたは…不幸なの?

友 紀  不幸かって?笑わせるね~

     「はい、不幸ですよ」って答えたら、あんたは俺を幸せにできるのか?

老 女  …



       友紀、まるで何かを思い出したかのように



友 紀  (独り言)俺はな…何もたくさんの幸せを望んだわけじゃなかった。

     ただ…あいつ等と静かに暮らしたかっただけなんだよ…それなのに…

老 女  あいつ等?

友 紀  (老女の声にハっとして、冷ややかな笑みを浮かべる)

     あんた、此処は思い出の館とか言ってたよな。

     人に聞くんじゃなくて、見せてみたらどうだよ

老 女  あなたの思い出を?

友 紀  どうせ「私はこの館を守っているだけ。何も出来ないのよ」とか

     ほざくんだろう

老 女  その通りだわ…

友 紀  結局、ただの詐欺師ペテンシってわけだ

老 女  詐欺師ペテンシ

友 紀  そう。楽しいか?そうやって人を騙して

老 女  私は、一度だって人を騙したことなんて無いわよ

友 紀  へぇ~…。だったら今すぐ、その奇跡ってヤツを起こしてみろよ。

     出来ないだろう?

老 女  (しばらくの間)わかったわ、貴方がそんなに言うなら…

友 紀  へぇ~!そいつは楽しみだ。どんな奇跡が起こるのかね。



        老女、胸のペンダントを握り締めると、誰かに救いを求めるよ

        うに天を見上げ



老 女  あなた…私に力を貸して頂戴



      老女の声に応えるように、オルゴール着きの懐中時計から音楽が流れ      始めた。

      するとお店のドアが開き、一人の女性(青葉)が、手にオルゴールを

      持って現われる。

      老女は慌てて青葉に



老 女  いらっしゃいませ。

     ごめんなさい。今、ちょっと取り込んでるの



         友紀、老女の視線の先を見るが、何も見えない。



友 紀  ばあさん?何言ってるんだよ。誰も居ないぜ。

     モウロクしたんじゃないだろうな?

     それとも、ボケた振りして誤魔化す気か?



         青葉、老女に歩み寄り、オルゴールを手渡す



老 女  あなた…私にしか見えないの?



         青葉、小さく微笑み早足にお店を後にする



老 女  待って!



         慌てて追いかけようとした老女に友紀が怒鳴り出す。



友 紀  婆さん!逃げんのか?

老 女  …あなたの知り合いに、髪の毛の長さが肩まである女性が居る?


         友紀、老女の言葉に一瞬顔を強張らせる

         老女はそっと受け取ったオルゴールを見詰めると


老 女  この中に…あなたの思い出が眠っているのね…



         友紀、老女の手の中のオルゴールを見て慌てて立ち上がる。



友 紀  何でそれが此処に?

老 女  その女性が此処に持ってきたのよ。

友 紀  馬鹿を言うな!あいつは…あいつ等は…

老 女  ?



         動揺する友紀に、そっとオルゴールを手渡す。



老 女  あなたの手で、このオルゴールを鳴らして頂戴

     きっと、あなたの欲しがってた奇跡が起こるわ

友 紀  馬鹿馬鹿しい。

老 女  怖いの?

友 紀  何言って…。

     分かったよ、鳴らせば良いんだろう!

老 女  十数えたら、オルゴールを鳴らして頂戴。



         老女は、店内にあるろうそくに歩み寄る

    そして数を数えながら、着いていた蝋燭を一本ずつ消して行く

         店内は序々に暗くなり、老女の十の声と同時に暗転



若 葉  やだ!真っ暗。青葉、懐中電灯あったよね

青 葉  ちょっと待ってて。あ!これだこれ



         懐中電灯の明かりが点いて、お店のスイッチを探す二人。



若 葉  大体さ!兄貴は何してるわけ?馬鹿兄貴



         若葉の声と同時に電気が点く

         二人、友紀の顔を見て悲鳴を上げる

         そして、少し落ち着いてから若葉が友紀に歩み寄り、

         鳴り続けるオルゴールを消すと



若 葉  兄貴!何やってるんだよ!ビビるじゃんか!



          二人を呆然と見詰める友紀



若 葉  兄貴?どうかしたの?

     青葉、ちょっと来て。兄貴がおかしい。

青 葉  お兄ちゃん?何かあったの?

     お店を真っ暗にして一人でオルゴール聞いてるなんて…

若 葉  兄貴、失恋でもしたの?

青 葉  失恋!

若 葉  馬鹿!例えだよ、た・と・え!

友 紀  若葉?青葉?

若 葉  兄貴、まだ寝ぼけてんの?

     青葉、悪いけどコーヒー持って来て

青 葉  あ!そうだね。ごめん、ぼ~っとしてた。



           青葉、慌ててコーヒーを淹れに行く



若 葉  (呆れた顔で)それにしても…兄貴、今時居ないよ~

     部屋を真っ暗にしてオルゴール聴いて凹んでる男。

     気持ち悪いから止めてよね。

友 紀  いや…これは…

若 葉  まぁさ、どんな人に失恋したんだか知らないけど、その女が見る目

     無かったって事だよ。

     兄貴は見た目に寄らず、真面目なのにな~

青 葉  若葉!見た目に寄らずは失礼でしょう!

若 葉  やっべ~、青葉に聞かれちった。

青 葉  大体、その言葉遣い、何とかならないの!

若 葉  まったく!青葉はお母さんみたいにうるさいんだから!

友 紀  仕方無いだろう!お前がそんなんだから、言われるんだよ。

     少しは女らしくしたらどうだ。

若 葉  これだよ…兄貴は何かって言うと青葉の肩をもつんだから。

友 紀  そんな事ないだろう!俺はいつだって平等だよ。

若 葉  (慌てる友紀を見て)はいはい。

     嘘だよ…そんな風に思っていません!!

     (独り言で)ったく、本当に兄貴は冗談が通じないんだから

友 紀  若葉!何か言ったか

若 葉  べ~つ~に~!

青 葉  (二人の空気を壊すように)はい、若葉のコーヒー

若 葉  お!サンキュー



          若葉と青葉が話している姿を見て



友 紀  どうなってるんだ?

     此処はあの婆さんの店のはず。

     目の前に居るのは、本当に若葉と青葉なのか?

     (はっとして)それにしても、婆さんは何処に行ったんだ?



         立ち上がって老女を探そうとする友紀に



青 葉  お兄ちゃん?どうしたの?

若 葉  兄貴、トイレならそっち。

     …ったく、自分の妹の店の店内くらい覚えておけよな

友 紀  此処は若葉の店?(友紀、考え込む)

     そんな筈は無い。若葉と青葉は…此処に居る筈が無いのに…

若 葉  あ~にき!又、暗いよ。そんな失恋の一つや二つ。

     そんな事で落ち込んでたら、私なんか毎日落ち込んでるよ。

     っと!やばい。忘れるとこだった。青葉!

青 葉  あ!そうだった



       青葉、慌ててカウンターに行き、若葉が電気を消す

       蝋燭の明かりが点き、若葉と青葉が誕生日の唄を歌いな

       がら友紀の前にケーキを置く。



若 葉  兄貴、三十うん歳の誕生日おめでとう!

青 葉  このケーキ、二人で作ったのよ。

若 葉  何ぼんやりしてんだよ!吹き消して!吹き消して!

友 紀  あ!あぁ、そうだったな。



        友紀が慌ててケーキを吹き消そうとした時



青 葉  待って!

若 葉  何だよ、青葉。邪魔すんなよ。

青 葉  待って、お兄ちゃん。

     駄目だよ。お誕生日ケーキは願い事をしてから吹き消すの。

若 葉  か~!いいじゃん、そんなの。消したら一緒じゃん。

青 葉  駄目!絶対に駄目⁉



       友紀の目の前で言い争う二人、それを見かねて



友 紀  分かった、分かったから仲良くな…。

若 葉  ほら!さっさと願い事する

友 紀  そんな風に言われたら、出来ないだろう

青 葉  若葉!

若 葉  はいはい。結局、私が悪者なのね~。

友 紀  じゃあ、いいか?



       友紀、願い事をしてから、蝋燭を吹き消す。



青葉・若葉 お誕生日おめでとう!


        拍手の後、若葉、懐中電灯を顔の下で光らせる


若 葉  ば~

友 紀  馬鹿はお前だ。

     さっさと電気を点けて来い。

若 葉  嫌だね~、人が折角盛り上げてあげてんのに…



       若葉、文句を言いながら電気をつける。

       友紀、ケーキを見ながら



友 紀  そういえば…今日は俺の誕生日だったっけ…

若 葉  兄貴のその顔、今日が自分の誕生日だって忘れてただろう?

友 紀  ま…まぁな

青 葉  お兄ちゃんはいつもそうね。

     私達の誕生日は忘れたことが無いのに、いつも自分の誕生日を

     忘れてるの

友 紀  忙しくて…つい…な…

若 葉  か~!本当に情けない。

     そんな失恋の一つや二つで、てめぇの誕生日を忘れちゃうなんて…

友 紀  …若葉。

若 葉  はい~?

友 紀  さっきから黙って聞いてれば、誰が失恋したって言った!

若 葉  え?違うの?

友 紀  全然違うよ!大体お前はいつもそうだ!

     そうやって、勝手に話を膨らませて、小さいことを大きく…

若 葉  スト~ップ!折角のケーキが不味くなる。

     それに、兄貴の為に可愛い妹達が作ったんだよ。早く食べようよ

友 紀  そう言って…作ったのは、ほとんど青葉なんじゃないのか?

若 葉  ピンポーン♪さっすがは兄貴。

友 紀  お前ってヤツは…

若 葉  あ!でもね、スポンジを切ったのは私。

     苺を洗って飾り付もしたでしょう?

青 葉  それに、生クリームを泡立てたじゃない!

若 葉  そうそう!生クリームを泡立てるのって、結構疲れんだよね~

友 紀  若葉の場合、そのクリームのほとんどを舐めてたんじゃないのか?

若 葉  酷い!そんなことしてません⁉

友 紀  へぇ~(物凄い疑いの目をする)

若 葉  疑うヤツには食わせないから!(若葉、ケーキを取り上げる)

友 紀  分かった分かった。

青 葉  (二人の空気を壊すように)じゃあ!私、ケーキを切ってくるね。



       ケーキを持って立ち上がる青葉に、慌てて若葉が立ち上がる。



若 葉  ちょっと待った!それくらい私がしてくるよ

     青葉は兄貴の相手をしてて

青 葉  でも…



       二人でしばらく揉みあうが、若葉に促され青葉は席に戻る。



友 紀  お前、ケーキ切れるのか?

若 葉  失礼ね!私だって、青葉と同じ料理学校をちゃんと出てるんだから

友 紀  そうだった…すっかり忘れてた。

若 葉  兄貴…絶対、若葉を誤解してるよね

友 紀  理解の間違いじゃないのか?

若 葉  青葉~!ちょっと何とか言ってやってよ、このあほ兄貴に!

青 葉  若葉は本当に優等生だったんですよ

友 紀  へぇ~…

若 葉  (得意げに)わかった?…と言う事で、ケーキを切ってくるね。



        若葉、青葉に目配せしてカウンターへ消える

        青葉がぎこちなく座っていると



友 紀  ありがとうな…

青 葉  え?

友 紀  若葉はああゆう性格だから、誤解される事が多いんだ。

     俺からしたら、可愛いたった一人の妹なんだけどな…

青 葉  羨ましいです…

友 紀  え?

青 葉  私、一人っ子だから…

     若葉とお兄ちゃんみたいな兄妹が欲しかったです。

友 紀  そうなんだ…

     でも、俺は青葉も本当の妹のように思ってるよ

青 葉  …

友 紀  始めは驚いたよ…

     若葉がさ、小学校に入って直ぐに「兄貴、妹が居た」って叫んで

     帰って来たっけ…。

青 葉  ああ…。

友 紀  貫井青葉に貫井若葉。本当に偶然、同じクラスだったんだよね。

青 葉  はい。誕生日が、若葉が六月一五日で、私が九月一五日だったんです。

友 紀  それで若葉がお姉ちゃんか。

     頼りない姉ちゃんだな~。

青 葉  そんなことありません!

     若葉は、孤立しがちな私をいつも引っ張ってくれて…

     若葉がいたから、今の私が居るんです。

友 紀  (小さく微笑む)そうか…

青 葉  はい。だから、若葉には感謝してます。

友 紀  それは若葉も一緒だと思うよ。

     あいつさ、物凄い照れ屋だろう?

     だから素直じゃないんだけど…

     青葉の話に随分救われたって言ってたよ。

     一度だけ俺に、青葉から聞いた話をしてくれたよ。

青 葉  話?

友 紀  そう。確かあいつがパティシエールを目指したいのに、うちの両親に

     大反対された時だった。

     さぞかし泣いて悔しがっているんだろうって、あいつの部屋に様子を見     に行ったんだ。

     でもあいつ、ケロっとしててさ。

     拍子抜けした俺に笑いながら

     「質問!何で赤ちゃんは両手をグーにしてるのか?」

     って聞いて来たんだ。

青 葉  それ…

友 紀  俺は「未発達だから」って答えた。

青 葉  若葉と一緒だ

友 紀  で、先生。答えは?

青 葉  それは…



        青葉、恥ずかしそうにして答えようとしない。

        そんな青葉に、友紀は噛み締めるように



友 紀  人は生まれる前は天使だった。

     だから、背中の肩甲骨は羽が取れた後なんだって。

     人間界に学びの為に降り立つには、天使だった記憶や力…全てを置いて

     行かなければならない。

     でも、たった一つだけ持っていって良い物がある。

     それが、夢のかけら。

     赤ちゃんはそのかけらを放すまいとして、必死に掴んでいるんだって。     だから、人がどんなに笑おうとからかおうと、自分の夢は諦めちゃいけ     ないって…。

     あいつはそういうと、いつものおちゃらけた口調で

     「全部、青葉の受け売りなんだけどね」って答えたんだ。

青 葉  私、そんな事を言ってたんですか?

友 紀  別に照れなくて良いよ。素敵な言葉じゃないか。



          若葉、二人の背後にいつの間にか立っている



若 葉  それだけじゃないよ

友 紀  驚いた!いつの間に来てたんだよ。

若 葉  今さっき

     ねぇ、兄貴。もう一つ質問。雪が溶けたら何になる?

友 紀  水だろう?

若 葉  ブ~!(憎憎しげに叫ぶ)

友 紀  うわ~!可愛く無い言い方するな~

若 葉  では、青葉さん(マイクを向ける真似をする)

青 葉  …(恥ずかしがって中々言わない)

若 葉  か~!恥ずかしがるガラかね~

友 紀  分かった!

若 葉  お!じゃあ、友紀君

     


         若葉、友紀にマイクを向ける



友 紀  春だ…春が来るんだ。

若 葉  ピンポンピンポン~、大正解



         若葉と青葉、拍手して盛り上げる。



友 紀  そうか…そうだよな。冬の後には春が来るんだからな。

若 葉  そうだよ…馬鹿兄貴。



         若葉、俯いて呟くと、顔を上げて微笑む



若 葉  どんなに寒い冬だって、必ず春は来る。

     だから、どんなに悲しい事があったって幸せは必ず来るんだよ。

友 紀  若葉?

若 葉  そんな大事な事、忘れやがって…

青 葉  あの日の事は、お兄ちゃんのせいじゃない!

友 紀  青葉

青 葉  それにね、私はお兄ちゃんを救えて幸せだったよ。

友 紀  …

青 葉  ……ありがとう。

     本当は知ってて、知らないフリをしてくれたんでしょう?

友 紀  俺は!

青 葉  (友紀の声を打ち消すように)でもね!

     好きな人を守れた事は私の誇りだよ。

     分かってた…。お兄ちゃんの中で、私は永遠に妹なんだって…

若 葉  でもさ、兄貴は本当に馬鹿だよね。

     20年だよ。20年間、兄貴だけを見てきた青葉の気持ちを

     知らないフリしてるなんてさ

青 葉  これ…



         青葉、そっとオルゴールを友紀に手渡す。



友 紀  ?

青 葉  二人で買った結婚祝い。

友 紀  何で?

若 葉  気付かないと思う?ま、私が気付いたわけじゃないんだけどね。

     青葉がね、兄貴には恋人が居るんじゃないかって。

青 葉  偶然、見かけたの。二人がデートをしている所

     一目で気付いたよ、ああ…結婚を意識して付き合ってるんだって…

友 紀  …ごめん

青 葉  謝らないで…。心から幸せになって欲しいって思ってる。

友 紀  青葉…

青 葉  ずっと見守っているから…。だから、幸せになって欲しいの。

     私はお兄ちゃんが幸せでいてくれたら、それでいい。

     それだけで良いの。

友 紀  …

若 葉  兄貴!いい加減に目を覚ませよ!

     兄貴がそんなんじゃ、うち等が助けた意味無いじゃんか!

     それに、兄貴がそんなんじゃ、ずっと兄貴を心配して待ってる彼女が

     可哀想だよ。

青 葉  だから…ね…



        青葉、友紀の手にそっとオルゴールを持たせる。

        友紀、オルゴールから物音が聞こえて、慌てて蓋を開けると、

        あの日に無くした筈の『婚約指輪』が入っている。



友 紀  これ…

青 葉  あの日、これもちゃんと守れたの。

若 葉  良い妹達を持てて幸せだね♪

青 葉  これを持って、彼女の元へ帰って。

     そして、二人で幸せになって。

     他人がどう思うのかは知らないけど、私は貴方が幸せに笑っていてくれ     たらそれで良い。だから、もう私達の為に苦しまないで…

若 葉  兄貴、雪が溶けたら春になるんだろう?

     もうすぐ春が来るよ。今はもう3月なんだから…

友 紀  本当に良いのか?お前達は、それで良いのか?

青 葉  (優しく微笑むと)一つだけお願いするなら

友 紀  お願いするなら?

青 葉  私達と過ごした日々を、優しい思い出に変えてください。

友 紀  思い出に?

若 葉  うん。忘れる事は罪じゃないよ。

     兄貴に子供が出来た時、時々で良いから私達の事を話して聞かせてくれ

     れば、それだけで充分だから。

青 葉  長いこと、苦しめてごめんね。

友 紀  若葉…青葉…



        青葉、苦しそうに顔を歪める友紀に満面の笑顔を浮かべる




青 葉  貴方と出会えて私は幸せでした。

     だからどうか、私達の分まで幸せになってください。

     こんなに心から人を愛せて、青葉は本当に幸せでした。



       青葉、笑顔のまま友紀を見詰める。

       すると遠くで鈴の音が小さく鳴る



老 女  お名残惜しいけど、そろそろ時間よ。

青 葉  お婆さん

老 女  あなたが彼を此処へ呼んだのね。

友 紀  え?

老 女  どんな出会いも、偶然じゃないのよ。

     此処でこうして貴方が私に出会ったのは偶然じゃない。

     こうして同じ場所で同じ時間ときを過ごしているのは、

     運命の思し召しなの。

     だから、どんな些細な出会いも大切にして欲しいわ…

友 紀  そうですね…

     もしかしたら、この世の中に偶然なんて無いのかもしれませんね。

     俺も、あいつ等の為に…嫌、俺自身の為にそろそろきちんと新しい

     人生を歩き出さなくちゃいけませんね。

老 女  それが彼女達への最高のプレゼントだわ。

友 紀  わかりました。

青 葉  お婆さん、どうもありがとうございました。

老 女  私は何もしてないわよ。

     あなたの彼を思う純粋な気持ちが、奇跡を起こしたのよ。



       鈴の音が二度、三度とどんどん大きくなっていく。



若 葉  (ドアの向こうを見て、夢遊病者のように)青葉…行かなきゃ。

青 葉  そうだったね…



           ドアに向かって二人歩き出す



友 紀  若葉!青葉!



       若葉、ドアを開けると友紀の声に反応したように我に返り振り向く



若 葉  誕生日にバースデーケーキの蝋燭を消すとき、

     願い事をするとその願いは叶う

青 葉  その願い、近い将来必ず叶うから

若 葉  だからそれまで、少しの間

二  人  バイバイ。



           ドアがゆっくりと閉まっていく。



友 紀  若葉!青葉!約束するから、俺…

老 女  きっとあなたなら、新しい奇跡を起こせるわ。

友 紀  お婆さん…

     俺はずっと、あいつ等の死を抱えて生きていかなくちゃいけないって

     思ってた。

     そうじゃないと、あいつ等が報われないって…

     だって、あいつ等まだ26歳だったんですよ!

     念願の店を構えて、これからって時に…

老 女  震災が起きた

友 紀  …はい。本当に一瞬でした。

     ドンっという音と共に物凄い揺れが襲い、店内の物が音を立てて落ち

     てきました。…その時…。

     (深呼吸してから)古い店でしたから、老朽化してたんでしょうね。

     建物の一部が落ちてきたんです。

     青葉の声がした…と思った瞬間、背中を物凄い力で押され、振向いた時

     にはもう…。一瞬でした。一瞬にして目の前で店が跡形も無く崩れ落

     ちたんです。さっきまで、俺の目の前には二人が居たのに!

老 女  辛かったわね…

友 紀  俺は自分の無力さを恨んだ

     俺のこの手は、誰も…誰一人も救えないんだって!

老 女  そうかしら?あなたは今、そうして生きている。

     これからあなたのその手は、他の人を救えるんじゃないの?

友 紀  他の人?

老 女  あなたには、そんなあなたを心から心配して待ってくれている

     ひとが居る。

     まずはそのひと女を幸せにしてあげる義務があるんじゃない?

友 紀  それは…

老 女  人は愚かだから、目先の事ばかりを追いかけてしまう。

     でもね、あなたを苦しめたくて、彼女達はあなたを助けたんじゃない。

     それこそ、自分の命を捨ててまで助けてくれた彼女達が可愛そうよ。

友 紀  …

老 女  身近な人間を幸せにしなさい。

     あなたがやるべきことは、まず一つ一つに責任を持って生きること。

     それが一番大切なのよ。

友 紀  そうですね…

老 女  よく、人の為に生きたいと言って、周りの人を無視して他人に優しく

     する人が居るわね。でもね、自分の一番身近な人間を幸せに出来なくて

     何ができるの?

     女はね、愛する男性ひとの為なら何でも出来るの。

     それはね、人を愛する為に生まれた生き物…それが女だから。

友 紀  人を愛する為に?

老 女  そうよ。女性には母性があるでしょう?母性とは無償の愛。

     そして父性は…

友 紀  父性は?

老 女  自分より弱いものを守り慈しむ心。

     それを育む為に、人は恋愛を繰り返すの。

     そして、次の世代へと命の糸を紡いでいくのよ…

友 紀  だから全てに偶然は無いと…

老 女  あなたのこれからの生き方が、彼女達に喜んでもらえると良いわね。

友 紀  ありがとうございます。

     時間を掛けて、ゆっくりと自分のやるべき事を探してみたいと思い

     ます。

老 女  あなたの夢のかけら、掴めると良いわね



          友紀、微笑んで老女に頷く



老 女  さ、行きなさい。このオルゴールを持って

友 紀  はい!



          友紀、老女に一礼をしてドアへと歩き出す。

          老女は笑顔で友紀を見送ると友紀が去った後のドアを見て



老 女  彼の願いは、自分の家族や大切な仲間達といつまでも仲良く暮らして

     いたい。

     きっと叶うわね、そう…遠くない未来に



         老女は友紀の未来を見ているかのような瞳で笑顔を浮かべる。

         すると、彼等を見ていた未来が呟く。


未 来  夢のかけら?

老 女  そうよ。人は誰でも夢のかけらを探しているの

未 来  私の両手にもあったんですか?

老 女  ええ、そうよ。だからあなたは毎日、此処に来ているのでしょう?

未 来  私の夢のかけら…



         未来、両手を見詰めている。

         老女は微笑んで彼女を見てから



老 女  コーヒーでも淹れ直しましょうか?

未 来  (両手に視線を向けたまま)いえ…大丈夫です

老 女  そう?遠慮しないでね。



         未来は両手を見詰めながら思い悩む。

         老女は未来に気を遣い席を外した。

         すると、テーブルの上にさっきまでは無かった筈のオルゴール

         が一つ置かれている。




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